師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
状況の理解が追いつかないまま、辿り着いた先の十三番隊隊舎は絶望に満ち溢れていた。
啜り泣く声が場を満たす中、私は足を進める。
私が到着した事に気がついた人達が、中庭への道をそっと開けた。
目線の先にあるのは、白い布をかけられたナニか。
「……なんで」
その布をそっと取ると、目をつぶったまま冷たくなった都三席の顔が見えた。
『海、出来るの楽しみに待ってるね!!』
「っ、ぅ、あ……ぁあ──ッ!」
この十年、手は抜いたつもりはなかった。
この悲劇の記憶を取り戻したことには意味がある。そう信じて、障害となるものがないか探し回った。
十年にも及ぶ同じ命令を、鬼道衆の皆も何か変だと気が付きつつも、何も言わずに手伝ってくれていた。
あと何が。一体何が足りなかったのか。
六番隊からの救援要請……白哉が私に送ってこなかったのは、恐らく私が隊にいないだろうと踏んでのことだったのか。
それとも、久々の非番だということを知っていてあえて連絡しなかったのか。
その真実は今は分からなくていい。
今ここにある事実は一つだけ。
"護れなかった"
ただそれだけ。耳元で羽ばたく地獄蝶。聞こえてくるのはただひたすら同じ伝令内容。
『現世の空間固定をお願いします。現世の空間固定をお願いします。現世の――……』
グシャリ。私は地獄蝶を握りつぶした。
そして、勒玄へと通話を繋げる。
『……何用ですかの。伝令は既に届いておるはず』
「私は十三番隊の救援に回る。現世には勒玄が行って」
『なりませぬ。隊長格二名の戦闘。人間への影響を皆無に留めるには副鬼道長の空間固定能力と結界術が必要にござります』
「お前がやれ!!」
私の怒鳴り声に、勒玄は沈黙した。
「なんの為の三席だ!! なんの為に有昭田の名を背負っている!! 結界術に秀でたお前が行け!!」
『……なりませぬ。貴女もご自身でお分かりになられているはずです。私では力不足だと』
その言葉に、私は伝令神機を強く握りしめた。
勒玄が抑えられるのはせいぜい一人。限定解除をしているのかどうかも分からない戦闘で、二人分の霊圧を一人で抑えるのは無理だ。
恐らくは、現世への影響を考慮して彼らは力を抑えて戦っているであろう。
「……藍染さんが出ていて……何故そこまで……。誰と戦って……」
何故そんなに戦闘が長引いているのか。
ただの虚ならばそうはならないはずだ。
混乱する私の脳に叩き込まれるのは、受け入れ難い真実だった。
『……敵は銀城空吾。奴が離反を起こしました』
「銀城……さんが?」
『既に彼は隊長に匹敵するほど力を持っています。限定印の有無の差が戦闘を長引かせております』
「そんなわけない!! 限定印の有無だけで、藍染さんが押されるわけないでしょう!!」
『そう思うのであれば、尚のこと向かうべきです。私情と公務は分けられよ』
二つの物事が同時に起きている。これは……本当に偶然と呼ぶべきか。
いや、そんな短絡的考えで済ませていいわけがない。
……仕組まれた。私を現世に行かせることが目的だ。
この一連の出来事はずっと昔から用意されていた。
呆然と言葉を失う私の肩を、誰かが叩く。
「行け、如月」
振り返った先にいたのは、海燕さんだった。
「……嫌です」
「お前はお前にしか出来ないことをやるんだ」
「……嫌です。嫌です。嫌です……。私も……出撃させてください」
「如月!!! ……もうガキじゃねぇだろ。それにこれは、俺の戦いだ。死んでもお前には譲らねぇ」
海燕さんの目は、何にも揺るがない覚悟を背負う目をしていた。
既にやるべき事を決意して、成し遂げるための覚悟を決めている。
私だけだ……二つ並べられた選択肢に覚悟を持って選べていないのは。
海燕さんは私を抱き寄せ、小さい声で呟く。
「如月……お前の誇りはなんだ。お前の正義はなんだ」
その言葉に、私は震える声で返事をした。
何十年と揺るがない誇り。私の剣の在り処。
「……仲間です。護廷十三隊で共に戦う仲間を誇りとし、護る為に……。仲間の誇りを誰にも汚されぬように……」
「お前の希望はなんだ。崩れても壊れても絶対に消えない希望はなんだ」
「十三番隊の……灯りが輝き続けていることです……」
いつの日にかの雪が降る帰り道。京楽隊長に手を引かれて歩いた幼い頃。
暗くて寒い道のりの先に、"おかえり"の声が響く灯りが見えた。
死のない世界などない。その時は誰にでもやってくる。
例え誰かが消えたとしても……繋がれ続ける灯りが希望になる。
「じゃあ、行ってこい。んで、お互い帰ってくるぞ。おかえりって言い合うんだ」
体から海燕さんの温もりが離れる。
笑えない私に向けられるいつもの笑顔。
「それともなんだァ? 俺が死ぬとでもお前思ってんのか?」
「……いいえ。互いの誇りの為に……。生きてまた此処へ……」
「そうだ!! 笑え、如月!! 俺の誇りを護ってくれて有難うな!」
……この時私は精一杯の笑顔を作れていただろうか。
戻らないと分かっている人を見送る笑顔を……。
そして海燕さんは、真剣な顔へと戻る。奥で待機していた浮竹隊長は、私と目が合って一言だけ呟いた。
「……銀城の事、頼んだ。きっとなにか大きな誤解があるはずだ」
「……はい」
託された想いとやるべき事。そして私の思考が導き出した結論。
この事態を作り上げたのは……誰だ。
可能性として浮かぶ人物の元へ向かうかもしれない。
私の正義は……正しさを選んでくれているのか。
繋がったままの伝霊神機に私は再び耳を当てた。
「……行くよ。現世空間固定及び魂魄保護を第一優先事項。それが整い次第、隊長二名の限定印解除。現地での戦況判断に基づき、場合によっては戦闘への参加を行う」
『……承知。こちらでの操作がなくとも、現世印解除はご自身で可能ですね?』
「うん。穿界門の座軸調節も私がやる」
『ご武運を』
ただの建前の通話。途切れる通信。私はそのまま現世に向かって駆け出した。
表で起きている物事。その裏の真実を掴めるのは私だけだ。
それを確かめなければならない。それを……受け入れなければならない。
__拝啓、いつかの君へ
__そんなに愛想笑いが巧くなってどうするんだい?
__忘れた訳じゃないだろ いつまでそこで寝てんだよ
__「あんたの正義は一体なんだ?」
__目に映るすべての景色が変わって 変わって 変わって
__淡々と進んでいく毎日にいつしか 流れて 流れて 流れて
__AとBの選択肢 突如現れた狭間に
__あんたの正義は助けてくれるのかい?
*********
__現世
到着して早々に、私は広範囲に及ぶ空間固定を行った。そして魂魄保護のための結界術を展開する。
こんなにも単純なことが、何故私しか出来ないのか。
私にしか出来ないことが、私の道を閉ざしていくような錯覚を覚える。
戦闘場所の探索を行わずとも、戦いの目視は出来て……私は藍染さんとギンの傍に降り立った。
「すまない、姫乃。手間をかけてしまったね」
「調査結果送る前に戦闘になってもうたんや」
二人は居るというのに、銀城さんの姿が見えない。
「……彼は何処に」
「結界術を使って雲隠れ。先程から、攻撃と潜伏を交互に繰り返されて中々しっぽを掴めない」
銀城さんは結界術や鬼道を遣えなかったはず。
その報告を聞いて迷うことなく私は答えを出した。
「……私の疑似結界装置ですね」
「ああ。まさかこんなにも時が経って遣えるとは思っていなかったよ」
銀城さんと初めて会った時に死した死神が持っていた機械。
長時間の使用で既に使用限界を迎えていると判断して、回収は行わなかった。
せいぜい遣えて、後数回だろうと。銀城さんはそれをずっと持っていたんだ。
初めは本当に危機が及んだ時か、誰かを守るために持っていたのかもしれない。
けれど今、護廷に反する為に遣っている。
「姫乃ちゃんの結界は、ボクらじゃどうにもならへんわ」
「総隊長からの最終指示もまだ届いていないからね」
「……戯言を」
思わず口をついて出た言葉。そう言おうと思って言ったわけじゃない。
なのに、言葉が先に口をから出てきてしまったんだ。
私はそっと手を前に出すと、鬼道を発動させる。
「……破道の三十一 赤火砲」
真っ直ぐに飛んだ炎の塊は、空間を進む中で不自然に弾け飛ぶ。それと同時に、何かが割れる音が辺りに響き渡った。
「……銀城さん……どうして……」
目線の先に現れたのは銀城さん。
結界で防いだとはいえ、既に限界を迎えていた機械では防ぎきれなかったのだろう。死覇装には焼け焦げが目立つ。
「なんで……」
どうして居場所が分かったのかと言いたげに、こちらを睨む彼に答えを出した。
「私の結界術ですよ。私が分からなくてどうするんですか」
「嬢ちゃん……前は見つからなかったって……」
「いつの話ですか。……当時作った機械に、今の私が同じなわけないでしょう」
彼を拘束しようとして前に出たギン。その体を私は腕で止めた。
「……彼の行動監督総責任者は浮竹隊長です。私は浮竹隊長から"彼を頼む"と代理を受けています」
そう言うと、ギンは何も言うことなく微笑みすら崩さないまま、後ろへと下がった。
そして、殺気を放つ銀城さんの元へと歩み寄る。
「……どうして」
「そりゃこっちの台詞だぜ。お前らがやった事、忘れたとは言わせねぇよ」
「……代行証の監視機能の事ですか」
私がそう言うと、銀城さんは歪んだ笑顔で私に向けて何かを投げつけてきた。
地面に転がるのは、割れた代行証。
木材で出来ているはずの代行証の中から覗くのは、細かな機械。全て彼の行動を監視する為の物だ。
「それだけじゃねぇ。お前らは俺の仲間を殺した!」
「……なんの事ですか?」
そんな報告は一度も上がっていない。ましてや、彼の仲間とは人間の事だろう。
人間に手をかける人など存在しない。
「勘違いを……」
「勘違いなんかじゃねぇ!! 今更見間違うはずがねぇだろ! 死神の霊圧をよ!! 死んだ仲間からは全部死神の霊圧がまとわりついてた!!」
「その死体に案内してください。霊圧残滓から人物の特定を行います」
私がそういうと、銀城さんは声を上げて笑う。
楽しそうなのではない。まるで壊れたかのように……私の知るあの底抜けに明るい笑い方じゃない。
「……やっぱ死神か。人の心を持っちゃいねぇ……。死んだなら案内しろ? 調べる? ふざけんじゃねぇ!! そんな淡々と仲間の死体にお前らを近づけてたまるか!!」
「しかし!! そうしなければ真実がっ…」
「真実なんて一つだ!! 誰がやっててもいい!! 死神が仲間を殺した! その事実に変わりはねぇ!!」
銀城さんの姿が一瞬消えたかと思うと、背後に現れる。
振るわれた大剣を私は躱した。地面に刺さった刃を中心として、周囲に大きな亀裂。
……なんという攻撃力の高さだ。
「だから俺もお前らの仲間を殺す。復讐だ。なにが悪ぃ。奪われたもんを奪って……何が悪ぃ!」
再び迫ってくる銀城さんの攻撃を私はただ避け続けた。
藍染さん達を見る限り、この戦いに手出しをするつもりはないらしい。
ただ、無情な尸魂界の決定が伝えられた。
「……姫乃。総隊長からの伝令だ。……彼を離反者として正式に扱い、殺害許可が下った」
その言葉に、私は唇を噛む。
誰がこんなことを……。
銀城さんは人間だ。例え捕らえても、尸魂界の掟に人間を裁いていい法律はない。
だから離反時に下される決定は、殺害。彼が居なくなっても困らぬよう、人間社会から隔離させた。
全ては、こうなってもいいようにと用意された布石。ただの布石を……転がしたのは誰だ。
最後の確信が何もかも足りない。
「はははっ、こっちの言い分はまるで無視か。自分達は悪くねぇってか……」
「話し合いましょう。きっと大きな誤解があります」
「今更話すことなんか……ねぇ!!!」
__ブンッ!!
恐らくは彼の最高速度で放たれた斬撃。
全ての憎しみと怒りを込めて振るう刃。
私だって……私だって何が何だか一つも分かってない。
過ごしたはずの日々が、何故ここまで崩れたのか。
穏やかな日常が、経った数刻で崩れ落ちる程の闇の根源に私はまだ届かない。
__ズンっ………。
「なん……だと……」
首元まで迫った彼の刃は、私に届くことは無かった。
「……縛道の八 斥」
銀城さんは強い。それでも……私には届かない。
彼の想いを、決断を……私は力でねじ伏せた。
その道しか私達には残されていないのか?
……彼を殺さなければいけないのか?
戦いに手を出すなと言った以上、ここで逃げ出して藍染さん達に任せるのはお門違いだ。
見たくないものから逃げているに過ぎず、その助けを求める人物にさえ不安を抱いてしまっている。
「何迷ってんだ、嬢ちゃん。俺はお前を殺す。お前は俺を殺しに来た。それ以上でもそれ以下でもねぇぜ。例え力の差が明白であっても、俺は刃を止めねぇ」
きっと、色んなことを考えすぎているんだと思う。
全力でぶつかっているはずの彼に対し、私は他の物事を多く考えている。
_心と心を真っ直ぐに向かい合わせるんだ。その間に生まれたもんを大事にするんだ。
海燕さんの教えは、私の正義。
「 ……啼き叫べ 名無之権兵衛 」
「やっとやる気になったか」
刀を抜いた私に薄ら笑いを返す銀城さん。
……結論、勝敗は一瞬にして決した。
「 射殺せ 神鎗 」
銀城さんへと伸びる音速を超える刃。回避は不可能。
「ガッ……」
血飛沫を上げて、銀城さんは地面へと崩れ落ちた。私は彼のそばへと足を進める。
「…… 銀城さん。どうか信じて欲しい。……私達は……貴方が大好きだった。嘘じゃない。浮竹隊長は……ずっと貴方の事を信じていました」
崩れ落ちた銀城さんにそう声をかけても、返事はない。
降り出した雨。
それはまるで、この結末を嘲笑うかのよう。
「見えているはずだった世界が、見えない世界に塗り替えられていくのが怖い……。見ようと進む事が怖い……」
彼からそっと離れて、戦いを見守っていた藍染さん達の所に戻った。
普段だったらもっと慎重に発言していただろう。ただ、もう……逃げたくなかった。
「……君はどうして、自ら茨の道を進もうとするんだい」
「……何故私を呼んだんですか」
「一つは伝令通りだ。緊急性のある戦いに、限定印があるとはいえ、隊長格の戦いを援護できる存在が必要だった。現状君しかいない。人手を用意する時間がなかった。二つ目は、この件の最高責任者は十三番隊だからだ。君達が判断するべき内容だと思った」
「……真意は……何処ですか……。苦戦するふりをしてまで、何故……」
「……少し混乱しているようだね」
続きの言葉を言おうとした時、私の伝令神機が鳴った。取りたくない。
取りたくないのに手は勝手に伸びていく。
『……如月四席……こちらの戦いは終わりました……。死亡者は……海燕副隊長ですっ……。隊葬ご参列のっ……ご用意、をっ、お願いっ……しますっ……』
降りしきる雨の中、私は手からそのまま伝霊神機を手放した。
それはそのまま、ガシャっと音を立てて地面に落ちる。
何も、何一つ頭は回らない。
「……彼、死んでへんね。止めはボクが刺しといたろ」
「動くな、ギン。……総隊長からの命令は"殺害許可"。"殺害命令"じゃない」
「……せやから千本桜やのうて、ボクの神鎗で鎖結と魄睡だけ射抜いたん?」
「……殺し損ねただけ。もう死神の力はない。それ以上の手出しをするなら、私がお前と戦う」
睨みつけた私の目を見て、ギンは両手を上げてニコッと笑うと後ろへと下がった。
「そら怖いわ。今の君にならホンマに殺されてまいそうやわ」
もし彼らが、私が自ら戦うと決めると分かっていたら?
銀城さんを殺せないと分かっていて、あえて戦わせた?
……名無之権兵衛に二本目の契約をさせる為?
……いや、それにしては出来すぎている。
鬼道でも同じことは出来た。
ただ、刀でぶつかる彼に対して、刀で答えるのが向き合うという事だと思ったからそうした。
藍染さんがいくら私の思考や心境を理解していたとしても、あまりに……あまりにも出来すぎている。
「そうや、これ返しとくわ」
ギンから渡されたのは、今朝方私が貸した改造型地獄蝶。
黙って受け取って懐へと仕舞おうとした時、私にしか聞こえない音が流れてきた。
『……姫乃ちゃん。ボクらちゃう。……藍染さんは、海燕君の件から手を引いたはずや。……ボクは嘘つきやから、信じるかどうかは君次第やで。けど、あの虚は……誰かに盗まれたんや』
そういって、音は途切れた。私はギンの方は見なかった。
何を意図してこれを私に伝えてきたのか分からない。新たに与えられた混乱。
まだ私に考えろとこの世界は言いたいのか?
しかし、心を支配した絶望がそれ以上考えることを赦してはくれなかった。