師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第三十三話 託された希望

 

 

 まるで、自分の目を通して他人の光景を見ているかのようだった。

 悲しむ仲間の姿も、移りゆく景色も。

 

 まるで他人の喉を通して言葉を発しているかのようだった。

 淡々と告げる銀城空吾との戦いの結末。発作を起こした浮竹隊長の代わりに、隊の指揮を執る。

 

 

 まるで他人の耳を通して聞いているようだった。

 海燕さんの戦いの行方を。

 

 体は、その全てを受け入れることを拒絶しているような感覚だった。

 立ち上がる事を拒絶し、息をする事さえ拒むように。檻の中に閉じ込められたかのように。

 

 

 

「……ちょっといいかい。姫乃ちゃん」

 

 事後報告と遺体のない形だけの隊葬の全てが終わり、自室で呆然としていた私の処にやってきたのは京楽隊長。

 動かなければいけないのに、指のひとつさえ動きやしない。

 ……銀城さんに人の心を持っていないと言われた。正解かもしれない。私は涙一つ出ないのだから。

 

「……君にこれを告げることは、酷かもしれないと分かっているよ。それでも、君が消えていなくなる方がボクは嫌だ」

「……なんの……話ですか……」

「出来すぎている。君もそう思ったんじゃないかい」

「……その答えは見つかりません」

「……聞く覚悟はあるかい」

 

 京楽隊長と目が合って、私は小さく頷いた。

 今更これ以上何を言うというのか。本当に藍染さんが全てを仕組んだのか。信じた二つのものが同時に砕け落ちようと、もうどうだって良かった。

 

「……世の中にはね、心底理解出来ない思考を持つ人がいるんだ。人の幸せを是とせず、絶望に歪み苦しむ姿を楽しむ人がいる」

「……そんな人もいるかもしれませんね」

「……例えば、朽木白哉と仲が良いという理由。たったそれ一つだけで、双方を苦しめる物語を全身全霊をかけて用意する。なんて事もある」

 

 伝えられた言葉は少ない。それでも、私の頭は勝手に正解を導き出す。

 拒絶しても、拒絶しても……褒められた知能はただ淡々と答えを出していく。

 

 私が記憶の欠片で見ていた虚が見つからなかった。それは、六番隊の管轄区域にいた。

 一部隊が壊滅したと聞いたら、救援出撃をどの隊も慎重に判断する。

 困っているのならば直ぐに駆けつけると判断するのは十三番隊だ。

 自然と救援要請が出たら、浮竹隊長はそれを受け取るだろう。

 実質的な指揮官が海燕さんである以上、自然と出撃する隊はその真下である都さんの部隊になる。

 

「……銀城さんの件は……」

「彼の証言を元に、映像庁の確認を徹底的にしたよ。……殺害の記録もなければ、彼が仲間だと呼んでいた人間すら見当たらなかった。結論、妄言だと片付けられたよ」

 

 ……白哉がもしルキアから、あの日私が非番だと言うことを聞いていたとする。

 ああ見えて優しい奴なんだ。ルキアと私が会う事を楽しみにしていると知っていて、邪魔をしない判断をしたのだと思う。

 ……だから私に通達が来なかった。

 名無之権兵衛の契約をさせるだとか、戦闘に手こずっていたということが……もしも結果論だとしたら?

 初めに考えたように、私が現世に行くしかないという道筋だけを選ぶように仕組まれていたとしたら。

 

 その企みは全て、私の絶望を見たい。

 ただそれだけの理由で……

 

 原因が白哉と仲がいいから。

 

 たったそれだけの事だけだったとしたら……。

 

 

「何一つ証拠は残されてない。この話も、ボクがこうかもしれないという勝手な推測で話してるだけさ」

 

 見つからない答えの一つが出た。

 何故あんな出来事が起きたのか。何が不十分だったのか。その答えを、言葉に乗せた。

 

「……私が……二人を殺したんだ。私がいなければ……起きなかったんだ……」

 

 藍染さんから並べられた現世に呼ばれた理由。ギンから伝えられた言葉。

 どれもこれも、信じるには値しない。ただ、その全ての結論は……彼らではない誰かが、私の絶望を見たかった。白哉の苦しむ姿を見たかった。

 狂気が空白の"不十分"を埋めていく。

 

「……それは違う。自分の存在を否定しちゃだめだ」

 

 夢より……ずっと残酷だ。

 例え私がいなかった世界線でも物事が変わらなかったとしても……必要以上に苦しめた。

 与えられた言葉が真実かどうか。誰を信じればいいのか。どの言葉に縋って行けばいいのか。わからない。

 

 誰かの喜びを満たすためだけに、私は利用されたのだろうか。

 

 私を苦しめたくてこの推測を伝えに来たわけじゃないと分かっている。京楽隊長はもう一つ、何かの可能性を伝えたがっている。その答えは……もう持っている。

 私達に沈黙が流れた時、部屋に向かってバタバタと足音が近づいてきた。

 

「如月さん!! 京楽隊長!! 浮竹隊長が目を覚ましました!!」

 

 なだれ込むかの様に部屋に入ってきたのは清音。

 戦闘の際に発作が起き、そのまま要治療となっていた浮竹隊長の目覚めを知らせる伝令。

 私達はその言葉を聞いて立ち上がり、雨乾堂へと向かった。

 

 

 

 

*********

 

 

 

__雨乾堂

 

 

「……情けないな。部下に戦後処理を任せてしまった」

「気に病むこたぁないさ。君がこうして意識を取り戻したことの方が大事だ」

 

 まだ熱が続いているのだろう。顔色の悪い浮竹隊長は、数回咳き込みながらも体を起こした。

 

「……海燕さんは……誇りを護って……逝かれましたか」

 

 私がそう訪ねると、浮竹隊長は深く頷く。

 

「ああ、立派に。……手を出さずにいてくれて有難う、如月」

「……私の選択は……」

「如月は何も悪くない」

 

 私の言葉を遮るように、浮竹隊長は言葉を挟んだ。

 その言葉が頭の中を満たしていく。

 

 

 ……後悔。この世界が現実であると掴むために、一つのことを見捨てる。

 それでもいいと覚悟して動く……そうした先に背負うのは、死んでも死にきれない後悔。

 

 

 銀城さんから言われた言葉が心に強く残っていて、そうならない為の自分の中での最善を選んできたつもりで。

 

 見捨てるわけが無い。例え未来が変わっても、守り抜くつもりだった。

 

 

 ……ああ、そうか。

 

 

 私は姿勢を正して、浮竹隊長に深く土下座をした。

 

 

 ……そうだ。

 ……私は最善を尽くした"つもり"だった。

 それを誰にも"伝えなかった"。

 

 夢の一遍、理論のない事象。どうせ誰にも信じてなど貰えないと……そう決めつけて、私の中だけで戦っている"つもり"になっていた。

 困った時、辛い時、悲しい時、嬉しい時。何だって仲間に伝えていいと。

 何時だって頼っていいと教えられてきた。

 

 私はその教えを……受け取らなかったんだ。

 

 受け取れている"つもり"になっていた。

 変われた"つもり"になっていた。

 

 

 

 私が見捨てたのは……与えられた優しさだった。

 

 

「……私の所為です。私は皆様を信じているようで……信じきれていなかった所為です。海燕さんを……都さんを殺したのは……私です……。申し訳……ありません……」

 

 銀城さん。この後悔……死んでも死にきれません。

 

「私の心が弱く在った所為です……」

「顔を上げなさい……」

 

 そう促されても、体を動かすことは出来なかった。

 浮竹隊長の手が、私の肩にそっと触れる。

 

「何かを選ぶということは、何かを選ばないということだ。振り返れば、より良い道はあったのかもしれない。だが進んだ時は戻らない。弱さに打ちひしがれる事は簡単だ。後悔に沈む事は簡単だ。……それで死者は……喜ぶだろうか」

「っ……」

「……きっと海燕なら……難しい事考えず、お前の心の叫びを聞かせろ……。全部受け止めてやる。……そう言うだろうな」

 

 

 私の心の叫び。

 それを今更出すことは弱さだ。惨めだ。愚かだ。

 

 浮竹隊長が言った言葉だというのに、耳元で同じ言葉が海燕さんの声で聞こえた気がした。

 

 

 

『ドーンッと来い! 如月!! 難しいことばっか考えてっと老けんぞ!! お前の心の声、この志波海燕様がぜーんぶ聞いてやる!!』

 

 耳元で聞こえる空耳が、私の唇を勝手に動かした。

 

 

 

 

 

 

「ずっと貴方と一緒に生き"た"か"った!!!! 護りた"か"っ"た"!!! もっとずっとっ……笑いあっていた"か"っ"た"!!!」

 

 

 

 

 握りしめた拳は血が滲み、叫び声を上げた喉は酷く痛む。

 なんと強欲でおぞましい存在なのだろう、私は。

 自らの過ちと後悔を差し置いて、欲望を唱えている。

 なんと……なんと弱いのだろう。

 

「俺もだ、如月」

 

 浮竹隊長の言葉が部屋に響く。

 

「自分の体が弱い所為で、朽木に刃を持たせてしまった。俺の弱さが、朽木の心に消えない傷をつけてしまった。……弱さを認める事が恐ろしいか?」

「恐ろしいですっ……自分が如何に惨めで、矮小で……愚かな生物であるかと言うことを叩きつけられますっ……」

「そうで在るということは、罪だろうか」

 

 浮竹隊長の手が私の頬に触れ、その手の動くままに顔を上げた。

 私を真っ直ぐと見つめる隊長の目は、深い悲しみを感じた。しかし……後悔をしているようには見えなかった。

 自分の体の弱さを呪っているようには見えなかった。

 

「俺達は機械人形じゃない。自分の無力と渇望と現実に悔い、悩み、正しさと愚かさの間で苦しみ続ける。それでも前を見て進む。……何故だか、如月はもう答えを海燕に貰っている筈だよ。海燕が如月に預けた心はなんだい?」

 

 私の顔が歪んでいくのが自分で分かった。

 どうして離れる時に、海燕さんが私に言葉を声に出させたのか。ジワッとボヤける視界。

 

 悲しいからじゃない。辛いからじゃない。……今の私に、あまりにも暖かすぎたから。

 

「希望が潰えぬ限りっ……。誰かの想いがっ……紡がれ続けている限りっ……私達は……立ち上がって進むっ……」

「……そうだ。その一歩が誇りに変わる。託されたものを抱えて前を見る。弱さを受け止め、認めて……それでも心を堕とさないように、希望がある。だから、俺が責任をもってこの言葉を如月に伝えるよ。海燕からの……遺言だ」

 

 一拍置いて、浮竹隊長は海燕さんが死に際に託した遺言を伝えてくれた。

 

 

「 おかえり、如月 」

「ただいまっ……戻ってっ……まいりましたっ――!!」

 

 

 

 

…………………

…………

………

……

 

 

 

 浮竹隊長が再度眠りについたのを確認して、私と京楽隊長は雨乾堂の外に出た。

 

「浮竹が完全復帰できるまでの間、隊の隊長権限代理は姫乃ちゃんだよ」

「はい、お受けいたします」

「ボクも補助するから、安心しなさい」

「ありがとうございます」

 

 会話と裏腹に隊舎の外へと向かう私に、京楽隊長は不思議そうな顔をする。

 

「……少し出かけてきます」

「……わかったよ」

 

 私の頭は、先ほどのように重くはない。進むことを拒絶していた思考を受け入れたことで、隠された真意の底が見えてくる。

 

 次に向かい合うべき人物。藍染さん。

 何故ギンが、藍染さんが暗躍している事に私が気がついていると知っていたのかは知らない。

 ただ、それが重要なわけじゃない。……藍染さんが護廷十三隊の掟に反する事をしている人物だと言うことを伝えてきている。

 それを確かめる必要がある。

 

 ……もう逃げない。もう怖くない。

 希望の灯りが消えない限り、私はどんな事実からも逃げない。

 

 夢を信じるのはずっと先のことかな。なんて言っていた時があった。

 ……違う。それは拒絶していただけ。

 夢を信じるんじゃない。現実を見る。

 

 物語が進む出来事を証拠とするのではなく、私が私の言葉で。

 この物語の事実を掴む。

 

 向かう先は……五番隊。






白哉と同期にしていた伏線の回収が一つ終わりました。
海燕編は次で終わって時を進めたい(願望)
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