師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第三十四話 曇天の行く末

 

 

 五番隊隊首室前。開け慣れた扉が、いつもより大きく感じた気がした。

 

__コンコン

 

「藍染さん。いる?」

「ああ、入っていいよ」

 

 そう言われて扉を開けて見えたのは、いつもの様に椅子に座って書類仕事をしている姿。

 

「いつもは遠慮なく入ってくるのに、珍しいじゃないか」

「話したいことがあるの」

 

 そう言って私は、扉に強い結界を張った。誰も入ってこられないようにと。

 それに気がついた藍染さんがようやく顔を上げた。

 

「……藍染さんは、悪い人?」

 

 一番最初にぶつける質問としては、実に抽象的で幼稚な言葉だろう。

 それでいいと踏んで、あえてこうしている。

 

「そういえば、君は昔からよくその事を気にしていたね。前も答えた通りだ。悪いという物事の基準は人によって違う」

「……死神として聞いているの。護廷十三隊の掟に反する事をしているか……と」

 

 もっと遠回しに聞くことだって出来た。だけど、結局は誤魔化されるような気がした。

 いつだって、この人に口喧嘩で勝てた覚えがないから。

 藍染さんは少し間を開けて、表情一つ変えずに答える。

 

「ああ。その基準を当てはめるのであれば、そうだ」

 

 その返事に、私はグッと唇を噛む。現実だった。

 私が見ないようにしていた夢の欠片は、全て現実。多少の誤差はあれど、藍染さんが黒幕であるということの否定にはならない。

 

「どこまで……関わっていたの。海燕さんの件も、銀城さんの件も……」

「それは違う。伝えた通りだ。諸悪を全て僕に擦り付ける事は簡単だが、現実の事実は違う」

 

 その返しに叩きつけられるのは、やはりこの二つ件は私が存在してしまったことで起きてしまったという事実。

 藍染さんの言葉を二度頭の中で反復して、私はハッと顔を上げた。

 

「……伝えた?」

 

 呟いたその言葉に、藍染さんはクスリと笑う。

 

「ああ、ギンから伝令が届いていただろう?」

「なんで……あれは……」

「そうさせた。僕の指示だ。そうすれば、君は必ず僕の前に来るだろうと。まだ君が、僕の思う通りに動いてくれる存在で安心したよ」

 

 ギンが藍染さんを裏切る為に、腹心として控えていることは知っている。

 だから、あれはギンの独断の行動だと思っていた。……全部藍染さんの指示だった。

 

「……そんなの……私が貴方を……怪しんでいるという……確信がなければ出来ない行動だよ……」

「おかしなことを聞くんだね。昔から先に疑いをかけたのは君だというのに」

 

 書き終えた書類をまとめながら、藍染さんは話し続ける。

 こんなにも緊張感のある会話をしているというのに、行動は普段の雑談と何一つ変わらない。

 それほど、この人にとっては大したことではないということなのだろうか。

 

「元々……都さんや海燕さんを……殺す予定だったの……?」

「それは誤解だ。確かに興味深い虚だったが、その行く末までを見守るほど暇じゃない。……いや、興味が無いと言った方が正しいだろう」

「じゃあどうして!!」

「どうして定住型であった虚を十三番隊管轄から外したのか。手を引いたという意味はなんなのか」

 

 先に疑問を言われて、私は素直に首を縦に振った。

 

「それも変な質問だ。一帯の警戒をしていたのは君だ」

「……私が見張っていたことに……気がついていたの?」

「ああ、だから引いた。適当に反対方面の南流魂街に放ったが、その後誰がどう利用しようが構わない」

 

 私が黙っていると、藍染さんはふうっと小さく息を吐いた。

 

「つまらないな、姫乃。君が聞きたいことはそんなことじゃないだろう」

 

 自分達が関与していない事件である以上、大した結論は得られない。

 私が何のためにここに来たのか、既に分かっていると藍染さんは言いたいのだろうか。

 きっとそうだと思う。最初の質問の意図に、とっくに気が付かれている。

 

「僕が意図してやったことは、ギンからの伝令を出させた事だけだ。そうすれば君は、僕が君を想ってそうしたと錯覚する。想定外の事態ではあったが、物事が想定より上手く進むキッカケになったよ」

「なんの為に!! 今更っ……今更なんの為に!!」

 

 私がそう大声を出すと、藍染さんは実にゆっくりとした動作で椅子から立ち上がった。

 そして、一歩ずつ私へと近づいてくる。

 

「……今更なんの為に……自分が黒幕であると伝えに来たの……」

 

 正面に立った藍染さんにそう言うと、そっと顎の下に手を添えられる。

 

「そろそろ僕の元に帰ってきて貰わないと困るな。長い時の遊びは楽しかったかい?」

「……え?」

「自分の部下は優秀であるに越したことはない。のちのち作る予定の軍勢統括にも役立って欲しいからね」

「なんの……話……」

「随分と今日は理解が遅いじゃないか。君は初めから、此方側の存在だということだ」

 

 その言葉に、私は一歩後ろへと下がった。そして目線を床へとずらす。

 バクバクと高鳴る心臓の音がやけに煩い。

 

「実感してきたはずだ。仲間と呼んでいた存在を信用していなかったこと。信用に値しない存在であったこと。自分の知恵も力も、護る為の力ではなかったことを」

「っ……」

「いい余興だったんじゃないか。君を独りにさせまいと、四苦八苦する彼らの光景は実に面白かった。おかしいだろう。君は初めから、"独り"だというのに」

 

 どの言葉にも反論が出来なかった。

 つい先程、雨乾堂で叩きつけられた現実をいまこの場で言われているのだから。

 付けた力は、護りたいものを護れず。知恵は現実を叩き出す。仲間に真意を伝えず、仲間だった人を刺し……(霊力)を奪った。

 

 私は、震える唇で本当に聞きたいことを声に出す。

 

「何故っ……私をっ……選んだのっ……」

「浦原喜助が残した最高傑作だからだ。涅マユリが似たようなものを再現しようとしているが、何一つ及ばない。そして君は、私自身の最高傑作でもある」

 

 私は所詮物としてしか見られていなかったのだろうか。

 初めから……初めから"独り"。

 それは……藍染さんと共に過ごした日々すらも否定する言葉。想定していたより遥かに重い現実に、足元から全てが崩れ落ちていくかのような感覚を覚えた。

 

 あの日降り出した雨が一向に止まない気がした。

 

「行くよ、姫乃。僕の前に来たということは、何かしらの希望を見つけて来たのだとは思うが、同時に分かっているはずだ。帰る場所など無いということも」

「あるよ! 十三番隊の灯りが私の希望で……帰る場所で……」

「仲間を信用出来ていないと実感した今、その希望に縋るのは惨めだよ」

 

 何を言ってもそれ以上の言葉で返されて、何を返されても、それ以上の言葉で返せない。

 私とすれ違って、その場を去ろうとしている藍染さんの袖を掴んだ。

 

「行かないっ……藍染さんとは……行かない!」

 

 交わる瞳。見慣れたはずの顔が、随分と遠く感じた。私の返事に、藍染さんはただ微笑む。

 

「そうしたいなら、そうするといい」

 

 私が決めた道を、やっぱりこの人は否定しない。

 幼い時から何となく感じていた。道を選ばせてもらってるんじゃない。どの道を選んでも、たどり着く先は一つだと言われているような感覚。

 

「僕を制したいなら、足掻いてみなさい。君に僕は殺せない。そういう風に育てた。そしてその時に気がつく。君の歩む道の先は、僕の傍でしか息が出来ないということに」

「……殺せるよ。私の心は関係ない。護廷十三隊の死神として貴方を止める。その為の力を持っている」

「勘違いしないでくれ。実力の話をしているんじゃない。憎しみのない刃では何にも届かない。君は自分で道を選んできた。僕は何もしていない。自分で選んだ道の結末を見た。その結末に、僕は関与していない。あえて関与しないことを選んだ。もう分かるだろう。君が僕を憎む道理が一つもない」

 

 そう言い残して、藍染さんは出入口の扉の方に足を進めた。その扉には私の結界が……。

 

 __パリン……。

 

 結界があるから通れない。そう思ったのに、藍染さんの指先が触れた瞬間に砕け落ちる。

 嘘だ。少なくとも大鬼道長に匹敵する私の結界を指先ひとつで……息をするかのように壊した。

 

 

 藍染さんの気配が消え、ただ呆然と隊首室に立ち尽くす。

 

 この時自分にどんな感情が渦巻いていたのか、よく覚えていない。

 ただ、今のままでは駄目だということ。

 私はあの人の思い通りにはならないと決意したこと。

 自分自身が何処に在るのかを見失いたくないということ。

 

 それを強く願った気がする。

 

 変わらなければ……幼く弱い自分を捨てなければ。

 そうする必要が最優先事項だったのかは分からない。ただ、もう飲み込まれて奪われるだけの人生は……嫌だと強く感じた。

 

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 その日を境に暫くの時を過ごして、浮竹隊長が隊へと完全復活した頃。

 私は鬼道衆隊舎へと足を運んだ。やっと帰ってきた私に真っ先に駆け寄ってきたのは勒玄。

 

「副鬼道長!! 十三番隊の事情は分かっておりますが、一報くらいは出すべきですぞ!」

 

 そんな声を無視して、私は目的の場所へと歩く。

 たどり着いた先は、何も無い荒野。記録を撮るための映像装置を起動させ、中心に立つ。

 

「副鬼……」

「勒玄。お前は今でも私を殺したいか」

 

 真っ直ぐと目を見てそう聞くと、勒玄は一拍置いて返事を返す。

 

「左様。憎しみの心は決して消えませぬ」

「そうか。ならば真後ろからついてこい。いつでも刺せるよう決して見失うな」

「……承知」

 

 深く頭を下げた勒玄から目を離して、私は何も無い荒野に向かって両手を伸ばした。

 

 

「 破道の九十九 五龍転滅 」

 

 

 大地が割れ、巨大な五体の龍が出現する。

 そのままその龍に向かって、次の鬼道を唱えた。

 

「 縛道の九十九 禁 」

 

 五体の龍に巻き付く拘束具。互いの力が相殺し合って、弾け飛ぶ。

 その影響を受けて、周囲の木々が折れ、離れた場所にあるはずの隊舎の屋根が飛んでいく。

 

「……なんと……」

「映像の記録を総隊長へ。明日から私が、鬼道衆総帥大鬼道長だ。お前は副鬼道長として私の傍に」

 

 真っ直ぐと彼の目を見つめると、勒玄は何か言いたいことを抑えるように目を細めた。

 

「……どうぞお好きに利用下さい。私は貴女が自分を見失わぬ盾となりましょう。何時でも貴女を刺し殺す矛となりましょう」

 

 藍染さんが何故ギンを傍に置き続けているのか何となく分かった。

 勿論、ギンがどうやって自分を殺すのか興味があるということもあるだろう。

 ただ、自分の業を傍に置き続ける。それは……自分の歩いてきた道を照らす行灯代わりになる。

 

 映像の記録を持ってその場を立ち去る勒玄の背中を見ながら、私は伝霊神機を操作した。

 

『どうした? 如月』

 

 通話先は浮竹隊長。

 

「……すみません。浮竹隊長。私は前に進まなくてはいけません」

 

 その言葉だけで、何を意味しているのか伝わったようだ。

 踏み出す一歩が誇りになると言われた。……私のこの一歩は、なんの為の一歩なのか。

 その答えは未だに見えない。振り返ればどんな道だったのかいずれ分かるだろう。

 

『わかった。こっちの事は心配せずに行ってきなさい』

「……いってきます」

『如月。お前がどれだけ遠くに行っても、俺達は変わらず此処にいる。いつだって心は繋がっているからな』

「……ありがとうございます」

 

 

 途切れた伝霊神機を見つめながら、心の中で想う。

 

 帰る場所を知っている。消えない希望を知っている。

 ……海燕さん。そこへ帰る方法を見失った時はどうすればいいんですか。

 ごちゃごちゃ言わずに帰ってこいと言いますか。

 またしょうもない事で変な道を行こうとするなと、真っ直ぐに私の手を引いてくださいますか。

 

 

「……それでも、私は……どう足掻いても……素直な道を歩く事が赦されない存在のようです……」

 

 私が十三番隊に居続ければ、いつかもっと悲惨な出来事が起きるかもしれない。

 藍染さんとは違う姿の見えない悪意に、私の大切な人達が傷つけられる日がまた来るかもしれない。

 だから傍にはいられない。

 藍染さんと道をたがえる選択が、大切な人達を護る選択だと信じて。

 

 皆がくれた優しさと想いを踏みにじっていますか。

 きっと誰しもが、お前は一人じゃないと声をかけてくれますか。

 

 でもこれは……私の物語。

 腰につけた斬魄刀……名無之権兵衛にそっと手を触れた。

 憎しみは確かにない。けれど、私は私の正義だと思う道を行く。

 その正義で貴方と戦う。希望に縋れないのなら、私は私の正義に縋る。

 

 

「夢を捨てよう、名無之権兵衛。私とお前で、未来を変えに行こう」

 

 

 そう言って見上げた空は、晴れ模様。

 だけど私には、土砂降りの曇天に見えた。





夢ならばどれほどよかったでしょう
未だにあなたのことを夢にみる
忘れた物を取りに帰るように
古びた思い出の埃を払う

戻らない幸せがあることを
最後にあなたが教えてくれた
言えずに隠してた昏い過去も
あなたがいなきゃ永遠に昏いまま

きっともうこれ以上 傷つくことなど
ありはしないとわかっている

あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
そのすべてを愛してた あなたとともに
胸に残り離れない 苦いレモンの匂い
雨が降り止むまでは帰れない
今でもあなたはわたしの光
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