師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第三十七話 大切な贈り物を貴女へ

 

 

 鬼道衆隊舎内演習場最南端。

 その中心部にて、私は刃禅を組んでいた。

 周囲の景色は真っ白。所謂、精神世界に入っている状態だ。

 

『久しぶり』

 

 私と同じ体制で目の前で胡座をかいて座っている少年は、名無之権兵衛。

 昔から見ていた姿と何ら変わりはない。

 

『〆之菩胎は遣わないでっていったじゃん』

「遣わないと腕が鈍る」

『そうだけどさ……』

 

 むっと頬を膨らませる彼だが、不機嫌だと言うわけじゃない。

 霊力の枯渇を起こした後に、私が不確定要素で怪我を負う事を嫌っているのだ。

 

「鏡花水月は?」

『使用主の実力を越えられていない斬魄刀は遣えないよ』

「別に遣いたくて聞いたわけじゃない」

『分かってる。藍染の実力を越えられたか確認したいだけだよね』

「うん」

 

 暫く名無之権兵衛と見つめあって、私は本題に入った。

 

「……名無之権兵衛本来の卍解を教えて欲しい」

『嫌だ』

「何故。私の実力がまだ不十分だから?」

『とっくの昔から実力だけなら足りてるさ。屈服だとかそういう基準で話しているなら、僕はとっくの昔から君を認めている』

「じゃあどうして……」

『絶対に教えない。教えるくらいなら、僕は消滅を選ぶ』

 

 昔から卍解への修練は試行錯誤してきた。それでも、返ってくる返事はいつも変わらない。

 名無之権兵衛は私に卍解を教える気が一切ないのだ。

 やるべき事が近づいている現状、ここで一緒行き詰まっている訳にも行かない。私はもう一歩踏み込むことにした。

 

「決戦がもう目の前まで近づいてきている。今後の戦いに挑むためには、卍解が必要だよ」

『嫌だ』

「その結果、私が死ぬことになっても?」

『……それも嫌だ』

 

 藍染さんと戦うという事は、中途半端な技量では死ぬだけ。早々に死ぬつもりなど毛ほども無い。しかし、初めて私から出した自分が死ぬかもという言葉に、名無之権兵衛は顔を下に向けた。

 

『……君はずっと子供のままで良かったんだ。泣いて笑って無邪気に遊んで……戦いの中になんか行かなくていい』

「現実はそうはいかない。子供のままじゃいられないんだよ」

『君に変わって欲しくなかった』

「変わらなきゃいけなかった。ねぇ、話を逸らさないで。それは卍解とは関係がないでしょう」

『違う! 君は進むために変わったんじゃない!! 逃げるために変わったんだ!!』

 

 名無之権兵衛はそう声を荒らげると、少し沈黙して立ち上がる。

 そして、私に背を向けて歩き出した。

 

『……ごめん。八つ当たりだ。君が言う通り、僕が卍解を遣わせない理由とは関係がない』

 

 遠ざかる背中。周囲の白色と同化して、彼の姿が消える直前……名無之権兵衛は、私の方を少しだけ振り返った。

 

『僕は罪だ。僕の罪を君には背負わせない。だから、卍解は教えない』

「待って!! せめて理由だけでも教えて!」

『……どうしても知りたいなら、紅姫に会いに行きなよ』

 

 そう言って名無之権兵衛は消え去った。

 それと同時に景色の色が戻り、時間が動き出す。名無之権兵衛が背負う罪とはなんなのか。

 紅姫……それは父の斬魄刀の名前だ。

 頭の中に可能性は浮かんでいても、その可能性が意味する結論が全く見えてこない。

 

 父の居場所は分かっている。現世に行く機会は幾らだってある。

 それでも私が会いに行かなかったのは、あまりに長い時の中で……私が大人になってしまったからだ。

 幼い頃のように無邪気に会いたいと願うだけでは足りなくなった。

 不安と言いしれない恐怖が、私の足を竦ませていた。

 

「……まだ恐怖を感じるなんて……私は何時まで弱く在れば気が済むんだろう」

 

 父は私の存在を知らない。相対した時、そこに生まれる物は……拒絶か遠慮か。

 わからないからこそ怖い。

 私が刀を収めた時、就業を知らせる鐘が鳴る。

 その鐘の音を聞いて、私は気持ちを切り替えて隊舎を出た。

 

 

 

 

 *******

 

 

 急ぎ足で隊舎を出てから四半刻。日が落ち始めた頃、ようやく目的地に辿り着いた。

 

「ルキア!」

 

 辿り着いた先は、十三番隊の門の近く。私の接近に気が付いたルキアが表情を一気に綻ばせた。

 

「お久しぶりです。如月殿」

「最後に会ったのは……七年前か。大人になったね」

「如月殿は更にお綺麗になられましたね」

 

 雪避けの為の番傘にルキアを入れて、頭の上の雪を払ってあげる。

 どちらかが合わせずとも自然と合った歩調で、私達は歩き出した。

 

「如月殿! 最近は七十番台の鬼道の修練に励んでいます! 詠唱が難しくなかなか成功とはいかないのですが……如月殿の教えは大変役に立っています!」

「そう。すぐに出来るようになるよ」

「それでもまだ席次試験には及ばず……やはり剣術に乏しいことが原因でしょうか……」

 

 会えなかった分の近況を次々としてくるルキアを見て微笑む。それに気が付いたルキアが照れ臭そうに口元を手で隠した。

 

「すみません……私ばかり話を」

「ううん。沢山聞かせて」

 

 特段何処に行くわけでもない。ただ朽木家への帰り道を一緒に歩いているだけだ。

 そんな些細な時間でさえ、忙しさに飲まれて作ることが出来なかった。

 ただ、今日はどうしてもと意地で時間を作ってきた。

 

「その……如月殿……実は私……」

「春から現世駐在でしょ。聞いてる」

 

 私がそう言うと、ルキアは嬉しそうに笑う。

 ずっと届かなくて、努力してきた一歩を踏み出せた事が本当に嬉しいのだろう。

 

「満期終了して戻ってくる先輩と入れ替わりです。私もようやく一人での出撃を認められました……」

「頑張ったね。ルキアは本当に努力家だよ」

「如月殿には及びませぬ。本当に果てしなく遠いお方です」

 

 私が何も答えずにいると、不思議そうな顔でルキアが顔を覗き込んでくる。

 

「ううん。ルキアの教育係だったのに、離れることになってしまってごめん」

「とんでもないです! 私が足枷となってしまう事が一番心苦しいですから……」

「足枷だなんて思ったことは一度もない。本当に……本当に……」

「如月……殿……?」

 

 私は言葉に詰まってしまった。

 ルキアに決して消えない過去を背負わせてしまった。

 私が護ると豪語しておきながら、何一つ及ばなかった。

 私は長い時の中で、何一つ辛いことがないようにと多くの人に支えてもらったのに。ルキアにも同じように送りたいと願った未来の一つを潰えさせてしまった。

 

「お休みはとられておりますか? 顔色が……」

「私は一つの隊の頭だよ。休みなんてないよ」

「しかし……」

「大丈夫、大丈夫」

 

 ルキアの背中を押して、また歩き出す。

 すっかり日が落ちた帰り道を、二人で並んで歩いている間に、私はふと思い立った。

 

「ルキア、手貸して」

「はい」

 

 素直に差し出してきたルキアの左手を取って繋ぐ。

 

「て、手を引かれて歩くほど幼くはありませぬ!」

「昔ね、こうやって手を引いてくれた人がいたの。同じ日だった。雪が降って、暗くて。自分が選ぶ道が正しいのかどうかわからなくなった時に、こうして手を引いてもらったの」

「どなたに?」

「いつも影で、私の歩く道の小石を退けてくれてる人。そうやって歩いていたら、灯りが見えたの」

 

 私の顔を見上げるルキアに微笑んで、私は正面を指さした。

 それにつられてルキアも前を見る。

 

「帰る場所の灯り。どれだけ辛くても、苦しくても……心の距離が離れていても。待ってくれてる人がいる帰る場所」

 

 指さした先に見えるのは、朽木家の灯り。

 その門の前には、白哉が立っていた。

 帰りの遅いルキアを見に来たのか、偶然かは分からない。

 たぶん前者だとは思うけれど、ルキアにはそう捉えられないと思う。

 

「兄様! 帰りが遅くなってしまって申し訳ありません!!」

 

 ルキアがそう頭を下げても、白哉は何も言わないどころか見ることすらない。

 白哉の近くに近寄らせる前に、私は歩みを止めてルキアと視線を合わせた。

 

「如月殿。今日は共に帰り道を歩けて本当に幸せでございました。有難うございます」

「私も楽しかった」

「その……先程のお言葉ですが……。兄様が待っていたとは……思えませぬ。門限を超えた事へ呆れておられるのでしょう……」

「それもあるかもね。私にルキアを預けるとろくな事がないと心配しているのかも」

「そ、そんな事は!!」

 

 どっちの味方をしていいのか分からなくなって困惑しているルキア。

 そんな彼女に、私は懐から一つの木箱を取り出した。

 

「ルキア。誕生日おめでとう」

 

 そういうと、ルキアは目を大きく開く。

 自分ですら、自分の誕生日を忘れてしまっていたのだろう。

 

「え……あ……」

「大したものじゃないんだけど……プレゼント」

 

 あまりの驚きで固まってしまっているルキアに、私はそっと木箱を持たせる。

 

「み、見てもよろしいですか?」

「どうぞ」

 

 ルキアが木箱を開けるのを見つめる。

 カコンと木がぶつかり合う小さな音がして、中身が見えた。

 

「これは……首飾り……?」

 

 中に入っていたのは、小さな青い球体のついた首飾り。

 現世の資料を見て"地球儀"と記述してあった模型をモチーフにしている。

 

「お守り。三十年かかったんだけど、ようやく出来たの」

「そ、そんなに長い時間……!」

「……傍にいれなくてごめんね。今度は絶対助けるから」

 

 私がそういうと、ルキアは表情を歪ませた。

 その大きな目に浮かぶ涙は、喜びだろうか。それとも悲しみだろうか。

 腕の中に抱きついてきたルキアを思いっきり抱きしめた。

 

「如月殿! 私は恐ろしいのです! こんなにも暖かい温もりを持つお方から……私が"笑顔"を奪い取ってしまったのではないかとっ……。私の存在が枷になってしまっているのではないかとっ……。それなのに……そのように浅ましい心を持つ私に……このような贈り物をっ……こんなにも与えてもらってばかりで……」

「そんなことない。前を向いて歩こう。どんなに恐ろしい事も、辛い過去も……絶対に隣で支えてくれる人とルキアはこれからもっと沢山出会えるよ。ルキアにね、"お友達"が出来たらいいなっていつも思ってる」

「私は幸せ者です……。そのように私の未来を想ってくださる方に出会えて……これ以上ない幸せです!」

 

 腕の中からルキアを少し離して、私は首飾りを付けてあげた。

 普段は死覇装の中に隠れてしまうけれど、それでいい。

 

 離れた場所で待つ白哉と目が合って、私はルキアを半回転させた。

 

「さ、寒いからもう家の中へ。きっと今日の晩ご飯は豪華だよ」

「い、いつも豪華です」

「今日はより特別。私がそうしてって手紙書いてたから」

 

 ルキアの背中を押すと、名残惜しそうな顔をして離れていく。

 背中を見送っていると、ルキアがグッと拳を握りしめて私の方を振り返った。

 先程までの泣き顔ではない。

 真っ直ぐと私を見つめる黒い大きな瞳。

 

「如月殿が護られる程弱くないのは知っております! ですが、いつか私がお護りしたいとっ……そう願うことをお許しください!」

「うん。楽しみに待ってる」

「それと、夏の如月殿の誕生日は、私が主催をさせてください!」

「わかった。夜を空けれるように調節しておくよ」

 

 ルキアは深く頭を下げて、家の中に小走りで走っていった。

 相変わらず、門の前から微動だにしない白哉。

 私も特段声をかけることなく、その場を立ち去ろうとした。

 

「……如月」

 

 数歩歩いた時、そう後ろから声が聞こえる。振り返ることは無い。

 

「……何をしようとしている」

「ルキアの誕生日を祝いに来た。昔みたいに卑しく食事を貰いに来たわけじゃないよ」

 

 点で的外れな答えしか返さない私に対して、きっと白哉は眉間のシワを深くしているだろう。

 見なくたってどんな表情しているかくらい分かる。

 

「兄からまともな答えを得ようとした事が間違いか」

「あらま。謝るなんて珍しいね」

 

 そう返した後の無言。

 いつの間にか二人とも大人になって、言いたいことも聞きたいことも上手く言葉に出来なくなった。

 あれほど早くなりたかった大人の姿に、私達はなれたのだろうか。

 それは分からない。

 ただ、大切なものを失った悲しみと傷を抱き抱えて。それでも飲まれずに前に進むことが大人の姿だというのであれば、きっとそうはなれたんじゃないかな。

 

 これ以上自分から話す気のない白哉に気を遣って、私は少しだけ話を付け足した。

 

「……昔さ。よく二人で一緒に逃げたね。私は瞬歩が遣えないから、白哉が私を抱えて。私が鬼道で目くらましして」

「今度は何の話だ」

「もしかしたらさ、一人だって成し得たかもしれない。けど、二人だから出来たことも沢山あった。私と白哉は、何一つ似ているところなんてなかったから」

「……さっさと結論を言え」

 

 そう言われて、私はまた一歩を踏み出す。

 そして、一拍置いて答えた。

 

「私に出来ない事は白哉がやる。でも、白哉が出来ない事は……私がやるよ」

「出来ぬ事を兄に預けるほど浅薄ではない」

「でも勝手に預かっちゃう」

 

 ルキアが今後、罪人の名を背負うその時。

 白哉は動かない……動けない。

 だから、その出来ないことを私が勝手に預かる。

 

「悔しかったら、また取りにおいで」

「きさっ……」

 

 白哉が言葉を紡ぐよりも前に、私はその場から瞬歩で立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 それから、雪が解けて春が来て。

 桜が散って青葉が大地を色付け始めた頃。

 

 ……現世駐在となっていたルキアの消息が途絶えたと、十三番隊から電報が入った。






ようやく原作合流です……。大変お待たせしました……。
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