師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
第三十八話 動き出した物語
__現世空座町
ルキアの消息が途絶え、捜索補助依頼が私に回ってきた。
捜索する事は、護廷に対する表向きの目的。
個人の目的としては、現世に赴くことへの理由付けが欲しかったから依頼を受けた。
空座町の中心部の上空にて、広範囲への霊圧知覚を開始。
「……ああ、これが黒崎一護の霊圧……」
ルキアの霊圧は捕捉出来ない。しかし東側から感じるのは、人間にしては異常なほど大きな霊圧。
沸騰した湯のように、盛り上がっては弾ける不安定で荒々しい。
本来現世に降り立った目的は別にあるが、私の足は自然と黒崎一護の方向へと向かっていく。
__ガラッ。
「おはようございます」
時刻的には、太陽が東にまだある時間帯なのでこの挨拶で間違いないはず。
「……んだ……てめぇは……」
初めて会った黒崎一護という少年は、そう言って固まった。
窓から来客が来たことに驚くべきなのか、ルキア以外の死神の姿をした存在に驚くべきなのか。それとも警戒が先か、質問が先か。
今しがた起きた状況に、何から手をつけていいのか分かっていない表情だ。
まだまだ判断が遅すぎるな。と思いながら、窓から入室する。
「おいコラ。誰だテメェは。俺の部屋の窓は玄関じゃねぇぞ」
「敵か味方か。どっちだと思う?」
「俺に用がある奴は、大抵味方じゃねぇ」
「そう」
一護の返事を聞いた瞬間、私は彼の背後に回った。
「なっ……」
ダンっ!!! と鈍い音が部屋に響く。
私が一護の腕を取って床に叩きつけたからだ。
「味方ではないと判断した相手への対応が遅すぎる」
「……ナニモンだ……」
床に這いつくばりながらも、私を睨んでくる一護。
一応殺気は感じるが、この程度じゃ虚は斬れても、死神相手には誰にも通用しない。
「くそっ……。女の癖になんて力してやがるっ……」
一護はどうにか私を振り払おうともがいてはいるが、ビクともしない。
確かに平均よりは強い子だが、ただそれだけの子だ。
私が一護から離れると、彼はすぐさま起き上がる。
「何が目的で此処に……」
「朝から何事だ! 一護!! 騒がしいぞ!!」
突然、一護の部屋の押し入れが開いた。
それも共に、彼の言葉を遮るようにして、割り入った怒声。
私にとっては、聞きなれた声。
「貴様はもう少し静かに……って……え?」
「おはよう、ルキア」
私が目線をルキアに向けてそういうと、一瞬の静寂が訪れた。
そして、今しがた騒がしいと言った彼女から飛び出る今日一大きな声。
「き、き、如月殿ぉおおおお!!!???」
一護の部屋に、絶叫が響き渡った。
………………
…………
……
…
慌てふためくルキアと、状況が一つも分かっていない一護。
二人がようやく落ち着き、私たちはようやく机を中心に輪になって腰を下ろした。
「ご、御機嫌麗しゅう……如月殿……」
極度の緊張からか、それとも現世で変な言葉を覚えたからか。
今までで一度も聞いたことの無いルキアの挨拶に、フッと笑う。
「テメェは誰だ。何が目的だ。つーか、そのわけわかんねぇマスク取りやがれ」
真っ先に食ってかかってきたのは一護。
「なっ!! 一護、貴様!! なんて口をきいておるのだ! 態度を改めろ!」
慌てて割って入ったルキアを手で制した。
今しがた一護が私に対して言った、"わけわかんねぇマスク"とは、名無之権兵衛が付けているような黒い面布。
この先の事を考えて、顔が分からないように付けてきた。
だから、二人には私の口元と髪くらいしか見えていない。
それでも、流石にルキアは霊圧で私だと分かったみたいだ。
「名前は、如月姫乃と言います。目的は、ルキアに会いに来ただけ。敵じゃない」
「簡単に信じられっかよ。いきなりねじ伏せて来やがって……」
「からかうと面白そうな子だなと思っただけ」
「んだと?」
「一護! 貴様は茶くらい持ってこぬか!!」
「なっ! 俺が悪ぃのかよ!? ったく……待ってろ」
不満は大いにあるようだが、ルキアが一切の警戒を見せていない姿をみて、一護は自分の中でどうにか消化したらしい。
渋々部屋を出ていく一護の背中を見送って、私は改めてルキアの方に顔を向けた。
「ルキア」
「はい」
緊張して背筋を伸ばすルキア。
「貴女が何をしたか、分かっているね? 護廷十三隊が探している」
「……全て覚悟の上です。後悔はありませぬ」
人間への死神の力の譲渡は重罪。
前例は銀城さん。あの時は、被疑者死亡の為罪は付かなかったが、今回は違う。
ルキアも、銀城さんと会った事は無かったが存在は知っている。
だから咄嗟に、力の譲渡という思考が出てきたのだろう。
漫画の世界で、黒崎一護とルキアの出会いは藍染さんが計画したものとあった。
その裏で、こんなにも細い糸が綺麗に紡がれている。
あの人の行動掌握術は天晴れだ。
「まだ見つかっていないよ。安心して」
「しかし如月殿が……」
「言ったでしょう。探しているのは護廷十三隊。私は鬼道衆。捜索の依頼は来たけど、命令じゃない。過去に鬼道衆を護廷十三隊管轄に入れることを蹴った老害は歯ぎしりしてそうだね」
私がそういうと、ルキアの表情が少しだけ和らいだ。
志波一心の捜索が誰にも出来なかった前例を踏まえれば、私が見つけられなかったと報告を上げてもなんら不思議はない。
自分達が出来なかった事を棚に上げて、私に不平不満をぶつけるのは惨めだからだ。
こうやって言葉の穴を突くのは昔から得意。
「ルキアが選んだ道を咎める事はしない。小石は全部私が払うから安心して。言ったでしょう。必ず護ると」
「なんと……お礼申し上げていいか……」
「代わりに、一護の世話はちゃんとお願いね」
「はい! 勿論でございます!」
私が話を切り替えようとした時、丁度一護が帰ってきた。
オレンジ色の髪に少しタレ目。目つきは悪いし、眉間のシワは常時らしい。
不満そうな顔でお茶請けを持つ其の姿。
「……」
「……んだよ。その菓子は食えねぇとか言っても知らねぇぞ」
私がジッと一護を見ていると、そう言われてしまった。
違う、今しがた扉を開けて入ってきたその何気ない動作と表情。
それが……海燕さんにふと重なったんだ。
「……今お父さんは?」
「外来に出てる。昼には帰ってくるぜ」
「……そっか」
「こやつの父親がどうかしたのですか?」
「ううん。その目つきの悪さは父親譲りそうだなって思っただけ」
ルキアは志波隊長と会ったことがない。だから、気がついていない。
一護が、海燕さんと血の繋がりがある子だと。
「そっか……そうか……」
「んだ? 一人で自己完結しやがって」
昔から、何で皆が私の顔を見ているようで見ていないのか。
今やっと分かった。重なるんだ。表情や仕草が、既にいないその人と。
懐かしさ……思い出が過ぎる。
幼い頃に、その目で見られることを嫌悪した過去の自分に伝えたい。
この抱く感情は、思ったより悪いものでもないと。
懐かしさに飲まれる前に、私は立ち上がった。
「もう行くよ。ルキアの顔を見れて安心した」
「ああん!? 茶くらい飲んでいきゃいいだろ!」
「……あはは。優しい子だね」
先程までの殺気を向けていた相手に、茶の心配か。
口元を緩ませた私の方を見て、一護は一瞬動きを止めた。
「如月殿が要らぬと申されたら要らぬのだ! 強要するでない!」
「ん、ああ……」
「頂くよ、ありがとう」
私は湯のみに入った冷たいお茶を一気に飲み干すと、また窓際に立った。
「またね。一護、ルキア」
「お気を付けて!!」
「俺の部屋の窓は玄関じゃねぇ!!」
二人の言葉を背に、私は黒崎家を後にした。
*****
姫乃が去った後の部屋。
嵐のように突然やって来て突然去った彼女に、一護はため息をついた。
「ったく……。おい、ルキア。なんだ、あいつ」
「如月殿は私の敬愛するお方だ。かけがえのない恩師だ」
ルキアの返事に、一護はまたため息をついて窓の外を眺める。
去ったのは今しがただというのに、既に姫乃の姿はどこにも無い。
「信頼していいのか?」
「ああ。私の命に変えてでもあのお方のお役に立ちたいと願うほどに」
「……そうかよ」
「まあ、如月殿はそのような事は決して望まれない立派な方であるがな」
一護はちらりとルキアの方を見る。
そして、先程自分が思った疑問を口に出した。
「アイツ、笑ってなかったぜ。なんつーか、表面だけっつーか……」
ルキアに向かって微笑んだ時も、先程自分に笑いかけたその姿も。
口元だけの判断ではあったが、何処か取り繕ったような作り笑顔だと一護は感じ取っていた。
笑っていないのではない……笑えていないのではないかと。
一護のその言葉に、ルキアは目を伏せた。
「そうか……。一護は一度会っただけで分かったのか……」
「そういうんは昔から得意なんだよ」
「私ですら、気がつくのに長い時間がかかった。元々如月殿は、太陽のように明るく笑うお方だったのだ。如月殿が笑わなくなったのは……」
そう言ってルキアは言葉を止める。
それを見た一護は、それ以上何も言わなかった。
*******
黒崎家を出た後、私は空を駆けていた。
目的の場所に向かうために。
現世に来た目的は三つある。そのうちの二つは、同じ場所にある。
地上を眺めながら探索していると、商店街が立ち並ぶ大通りから少し外れた所。そこにそれはあった。
「……見つけた」
緊張故か、少しだけ鼓動が早くなる。こうやって時の流れが後押しをしてくれなければ動けない程。それほど、ここに降り立つという事は私にとって人生の原点であり一番の山であった。
私が訪れたのは、"浦原商店"。
降り立つと同時に、店先にいた二人の子供が私の方を見た。
「……誰だ、お前」
「じ、ジン太君……知らない人に向かってお前って言っちゃだめだよ……」
「うるせぇ、ウルル! 明らかに不審者だろ!!」
いきなり目の前で喧嘩を始めた二人に、私は声をかける。
「あっちに虚がいたの。私じゃ倒せなくて……」
「マジか! しゃーねぇなあ……行くぞ、ウルル!」
「ジン太君……知らない人の言葉に乗っちゃダメってテッサイさんに怒られるよう……」
本当は嘘だけど。
素直に私が指さした方に駆けていく子供逹を見送って、改めて店の前に立った。
特段出迎えはない。いないのではなく、警戒されているのだろう。
大きく深呼吸して、私は店の扉に手をかけた。
「ごめんください!」
そう大きな声をあげても、返事は返ってこない。
店の中に足を進めると、部屋の奥に変な結界を見つけた。
比較的上手く隠してはあるが、畳一枚の上に張られた平面型の結界。
不法侵入だとは言われそうだが、そこに足を進めて腰をかがめる。
「……ここに結界引いたら、ここに何かありますよって明言してるのと同じだと思いません?」
「…………そうじゃの」
畳の下からそう声が返ってきた。この下に目的の人物がいることは確定のようだ。
「触れた者の霊圧を返す攻撃型の結界ですか……。面倒ですね」
「見ただけで分かるというのか?」
「私も好きな結界の一つなので」
こうして会話をしてくれるのは、結界術に余程の自信があるのだろう。確かにこの結界は、藍染さんを除いた護廷十三隊の隊長格ですら破れる者はいない。
そう、護廷十三隊なら。
「壊していいですか?」
「壊せると思うておるのか」
「簡単です。結界強度を超える力をぶつければいい。並大抵の技量で放った鬼道じゃ、返されて自傷するだけですが……」
私は下ろしていた腰を持ち上げて、一歩下がった。
そして、畳に向けて片腕を伸ばす。
「代償は、この店の消失。失礼します。破道の九十……」
「待て待て待て!! 待つのじゃ!!!」
私の行動を止める慌てた声が聞こえた。私もそれに合わせて、練り上げていた鬼道を握りつぶす。
本気で打つつもりはなかったが、彼らとの交渉にはこうした方が早い。
そこからは割と一瞬の出来事だった。
少しの無言があったかと思うと、畳の上の結界が消えた。——と同時に、畳が開いた。
目の前に結界が張られていた畳じゃない。私が立っている畳の方だ。
重力に合わせて、私の体が下に沈んだ。
「こ、こっちですか」
「ふははは! 侮ったようじゃな! それはタダの囮じゃ!」
「……楽しそうで何よりです」
突然の訪問者に警戒しているのか、それとも楽しんでいるのか。
口調的に、今私と会話していたのは四楓院夜一に間違いは無さそうだ。
そんなことを頭の端で考えながら竪穴を、私は重力に身を任せて落下する。
この先で待つであろう父との初対面。
第一声が何一つ決まっていない中、ゴクリと唾を飲み込んだ。