師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
随分と長い落下中に、私は体勢を整えて無事着地した。
広い空間。霊圧を外へ一切逃がさないほど強固な結界術。更地に所々ある岩肌。
しかし、辺りを見渡しても霊圧を探っても先ほどの声の主はいない。
恐らく結界で隠れているのだろう。
結界の次は隠れんぼか。これは、警戒でもなければ遊んでいるわけでもない。
私の実力を試しているものだと確信した。
適当に足元の小石を拾った。そして、数回掌の上で跳ねさせてから、グッと握る。そのまま腕を振って、右斜め方向に思いっきり投げた。
これは……ただの勘で投げただけ。
「痛い!!」
何も見えないはずの場所から、男性の悲鳴が上がる。
それと同時に結界が解け三人が姿を現した。
浦原喜助。四楓院夜一。握菱鉄裁。
漫画を通して、容姿は知っていた。しかし、実際に対面するとなると、今しがた聞こえた一言でさえ私の心臓を掴む程に重い。
見えていなかったときはあんなに強気に石を投げたというのに、急に怖気付いた私は、あえて視線をずらして夜一さんとテッサイさんのほうを見る。
「テッサイの結界が見破られるとは……ちとお主弱くなったのではないのか」
「そんなはずはないのですが‥‥」
二人のヒソヒソ話はしっかり聞こえている。
勘だと言いたいのを黙っておこう。
「貴様は誰じゃ。いきなり人の家に不法侵入しよって」
そう言って夜一さんは腕を組んで私を睨む。
しかし、私の羽織を見て少しだけ目を大きく開いた。テッサイさんも、表情自体は変わらないが、少し顎を引く。
「……む。その羽織は……」
テッサイさんの言葉に、私は少し頭を下げた。初対面とはいえ、前任者である彼には敬意を払わなければならない。
「申し遅れました。私は鬼道衆総帥大鬼道長 如月姫乃と申します」
自己紹介をしたと同時に感じたのは、殺気。
先程一護から感じたものの比じゃない。戦闘術を心得ている者が発する、明確な敵対心。
私は直ぐに地面を蹴り、後方に下がった。
「っ……」
私が今しがたいた場所の地面が大きく陥没。目では追えない程の速さで迫った夜一さんの打撃による衝撃だ。
「よう避けたの」
「直感と経験です」
「経験を語るにはちと若すぎると思うがの」
再び姿を消す夜一さん。と同時に、私の右半身に強い衝撃が来た。
__ダアアアンッ!
吹き飛ばされた私の体は、無造作に突出している岩へと叩きつけられた。
瞬歩の技量、この白打の熟練度……間違いなく、護廷十三隊には存在しない最高峰の力。
砕蜂隊長なんか……足元に及んでいないのではないかと錯覚……いや、事実だ。
「どうじゃ。経験とやらは何か教えてくれたかの」
「……そうですね。逆に、不用意に相手に触れてはいけないという経験はございませんか?」
私が何事も無かったかの様に返事をした事に、夜一さんは目を細めた。
「……咄嗟に低級縛道で衝撃を収めよったか。無詠唱の使い手は、儂の知る限り今の護廷十三隊にはおらんかったと記憶しておるが」
「私の記憶にも、鬼道衆にそのような力を持つ者はただ一人ですぞ」
「そうじゃったの。今出来るのはテッサイとあとは……」
テッサイさんとの会話を続けようとしていた夜一さんの言葉が止まった。
正確には、それ以上話すことが叶わなかったということ。
「人の言葉を聞き漏らしちゃダメですよ」
私の言葉と同時に、夜一さんの体が崩れ落ちて膝を地面に付ける。
「痺れているでしょう。まあ特段それ以上の害はない薬なので安心してください」
三人は名目上罪人だ。尸魂界から来た死神である私に敵意を見せるのは当たり前。
捉えられる前に潰すという判断は間違いじゃないが、私は戦いたくて来た訳では無い。
岩に叩きつけられた衝撃で肩に乗った屑を払いながら、私は夜一さんに一歩近づいた。
悔しそうな諦めたかのような表情。
そして、もう一歩近づいた時……刺すような雷のような霊圧が私に襲いかかった。
「……なんじゃ、この戦い方は。鬼道衆におる前は十二番隊にでもおったのか?」
「……いえ。十三番隊です。生憎、あそこの隊長からは酷く嫌われていまして」
痺れて話せなかったはずの夜一さんが、立ち上がる。その様子を見て、私は警戒を再び高めた。
「鎖結と魄睡に直接叩き込む薬……。生憎じゃが、儂に霊質を御する薬は効かぬ」
「……そのようですね。それ以外の薬は特段持ち合わせていません」
「信用するとおもうたか。薬程度で儂が臆するとでも思うたかの。生憎、此方には解毒の専門家がおる。後でどうにでもなるじゃろ」
夜一さんと目が合う……その瞬間、再び戦闘が再開した。
目に追えない速さで私に攻撃を加える夜一さん。縛道で捕縛しようにも、早すぎて間に合わない。
せいぜい、打撃の衝撃を和らげる程度にしか使えない。
こういう戦いは鬼道が圧倒的に不利だ。対象を捉えられなければ、どれだけ強い鬼道も意味をなさない。
当たらなければ意味が無い理論と同じだ。
私は鬼道での攻めを一度諦めて、斬魄刀を抜いた。
「始解も出来ておらぬ鈍刀ではどうにもならんぞ」
私の刀が浅打であることを確認した夜一さんは、口角を上げる。
鬼道衆は剣に乏しい者が多く、斬魄刀を持つことを諦めて帯刀しない者も多い。
前例と凡例に従って、夜一さんも私が始解未習得者だという判断をしたようだ。
……始解は此処に来る前に、
「 散れ 千本桜 」
私のその言葉に、夜一さんの霊圧が初めて揺らいだ。
刀身が崩れ落ちるように細かい刃へと変わり、千の刃が展開される。
「それは……白哉坊のっ……」
驚きで動きがわずかに鈍ったのを見逃さず、千本桜を夜一さんの後方に展開し退路を断った。
白哉が始解したのは、この人達が尸魂界を去った後だ。だから、何故千本桜の事を知っているのかは知らない。
今はそこまで重要な事でもない。
「経験と凡例に当て嵌めていいのは、凡人に対してだけですよ」
「……自分が天才だとでも言うておるのか」
「そうみたいです」
後ろに下がるという選択肢は奪った。
次なる誘導は、正面に再度突っ込んでくることを止めさせる事。
「__破道の七十三 双蓮蒼火墜」
「っち……」
私の手から放たれた青白い閃光を避ける為に、夜一さんは動く。
彼女の瞬歩が最高峰の速さであることは間違いがない。私では追いつけない。
ただ、こちらも……尸魂界最高峰の速さを持つ刀がある。
「 射殺せ 神鎗 」
双蓮蒼火墜は、夜一さんを中心として僅かに左に寄せて打った。だから自然と避ける先は右。
「っ……刀が……変わったじゃと……」
瞬歩で逃げようとした夜一さんの、眼球ギリギリに迫る刃。
千本桜が後方にあるという潜在意識は刷り込ませた。正面にも攻め入れないと判断させた。
右への退路を選択させた。
こうなると、後は上に飛ぶしかない。
誘導通り、夜一さんは瞬時の判断で上に飛んだ。
空中は地上と違って、若干体の動きが制限される。だから、空に逃げるという判断は……戦闘において劣勢を意味する。
「__縛道の七十三 倒山晶」
そのまま私は、夜一さんごと倒山晶の中へ閉じ込めた。殴る音が聞こえてくるが、壊される程脆弱な熟練度ではない。
私は刀を鞘に収めた。戦闘は終わりだ。
それと同時に、後方からパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。
「いやあ、お見事っスね! 夜一サンがここまで綺麗に負けたの久々に見たっスよ!」
「鬼道の熟練度もその名に相応しいものでした。これ程のお方が総帥を名乗られて居るのであれば、安心致しました」
私は振り返る事無く、パチンと指を鳴らす。
すると、倒山晶に閉じ込められていた夜一さんが出てきた。
「何故戦いを止めた!」
「敵ではありません」
「その言葉の何処に信用があると?」
確かに言葉には何処にも信用がない。どう答えようか迷っていると、後方からまた父の声が聞こえた。
「夜一サーン、その子、戦う気ないみたいっスよー」
「戦い方は実に緻密に計算された誘導でありましたの。破道も、夜一殿が避けると確信してのものでありました」
「初めっから、捕縛にしか意識を向けてなかったみたいですね」
テッサイさんと父の言葉に、夜一さんは舌打ちをした。
「気づいとったならさっさと言わんか」
「面白かったんで、観戦したくなっちゃったんスよ。ねぇ、テッサイ」
「これ程の鬼道の使い手を目にするのは久々でありましたので」
改めて夜一さんが私の前に立つ。私よりは小柄な人だが、組んだ腕の上に乗る溢れんばかりの……いや、やめておこう。
「如月といったな。貴様の目的はなんじゃ」
「どこからお話すれば……」
話の切り出しを迷っていた私に、夜一は言葉を続ける。
「大体、さっきのいやらしい戦い方はなんじゃ。まるで喜助そっくりじゃ、顔くらいみせい!」
「あっ……」
瞬歩も早ければ、不意打ちも早いのか。兎にも角にも、至近距離の不意打ちに反応できず、私は面布をあっさりとはぎとられてしまった。
「……」
私の顔をみた夜一さんが固まった。
まだ私より後方にいる二人にはバレていない。
年々歳をとるたびに実感するのは、私は父に非常に似ているという事。
幼少期でさえ、その面影を尸魂界の皆が共有していたのだから、夜一さんが気が付かないわけがない。
このまま口を閉ざしてもらうことを懇願するか、開き直るか。
「お、お主……そ、そ、その顔……」
少し迷った結果、バレたことは仕方がないと腹を括った。
本当は、自分の決意が固まった時に正体は明かすつもりだった。
ここに用事があるうちの一つは、素顔が分からなくても達成出来ることだったからだ。
夜一さんが固まった事を不思議に思ったのか、後方の二つの霊圧が歩いて近づいてきているのは分かっている。
私は大きく息を吸った。……その息を吸う唇も息すらも、極度の緊張で震えているの自分でも分かった。
「此処に……来た目的は……二つです。一つは、鬼道衆の前任者に会うこと。もう一つは……」
ゴクリと唾を飲んで、震える唇で言葉を紡ぐ。
「父に……会いに来ました」
その言葉を聞いた夜一さんが、突然煙を上げた。……結果的に、黒猫の姿に変わった。
目は見開き、瞳孔は大きく開いている。
私の緊張に比例するかのように、彼女も動揺しているのだ。
そのまま私は後ろを振り返る。
のんびりと歩いてきていたはずの二人の足は止まったまま。
顔を隠していたものは夜一さんが取ってしまったので、素顔での対面だ。
父は帽子を被っていて、口より上は影で見えない。ただ、笑顔のまま固まってしまっている。
テッサイさんも岩になった。
「っ……あの……。は、初めまして……お父さん……」
お父さんと呼んでいいのか分からない。ただ、これ以外の呼び名を知らない。
私の言葉を最後に、場に流れる静寂。
__バタンっ……。
「て、店長ぉおおお!!!!」
父はその固まった状態のまま、真後ろへとひっくり返った。
………………
…………
……
…
静寂が流れる浦原商店地下。
ちゃぶ台一つに輪になるようにして座る私達。
先程の黒崎家と同じ光景でありながら、場に流れる空気は硬い。
テッサイさんに起こされて、どうにか座っただけの父。
猫の姿になったり人の姿になったりと忙しそうな夜一さん。
驚きが一周回って逆に無なのか、黙々とお茶を人数分入れるテッサイさん。
誰もが話の切り出しを見失っている中、一番最初に無言を破ったのは夜一さんだった。
「喜助ぇ……お主、ウルルとジン太以前にこんなもの造っておったのか……? 儂は聞いとらんぞ……」
「あ、あ、アタシには覚えが……く、涅さんの悪戯でしょうか……」
父のその言葉を聞いて、改めて実感した。
やはり、父は私の存在を認知していない。
認知していないと知っているという事と、その現実を目の前で見るという事は……やはり苦しい。
心臓がギュッと掴まれて、息が出来ないような気分だ。
「涅隊長からは何も。検査にて、貴方と血縁関係がある事は証明されています」
「へ、あっ、そ、そうっスか! えっと、あの……な、なんと申したら良いか……。お、大きくなられて……」
「莫迦者! 小さい時も見たことがなかろう!」
「あああっ、そ、そうでしたね!」
夜一さんに頭を叩かれて、慌てふためく父の姿。そのあまりの動揺の激しさに……私はフッと口元を緩ませる。
今更認知してもらおうなんて期待していない。受け入れてもらおうとも思っていない。
ただ、母を覚えているのかくらいは聞きたかった。
「私の母は、西流魂街第一地区 潤林安に住む"如月柚乃"です。覚えておられませんか?」
「如月柚乃……西流魂街……」
記憶を辿るように斜め上をみる父。すると心当たりがあったのだろう、顔面蒼白になった。
「……なんじゃ喜助、身に覚えがあるのか」
「か、彼女とはその、偶然、あの!!」
「かー! お主もだらしない男じゃ! 花街の女ならともかく、保護対象の流魂街魂魄に手を出した挙句、子供まで作って逃げたんか!!」
「ち、違いますって!! アタシもまさか、子供ができてるなんて思ってなかったんっスよ!!」
「ほーほ、お主が西流魂街の調査にだけは一人で行きたがっとった訳がよーわかったわ!」
「あ、あ、あれは!! 西流魂街だけ虚の出現率が低いのを確かめる正当な調査っス!! 一度きりの関係ですよおお!!」
夜一さんに言い訳するためか、勢い出てきた言葉。
一度きり。その言葉の意味を理解出来ないほど、幼くない。
ズキっと……心臓が痛む音が聞こえた気がした。
ただ改めて確認が取れた事実は、私は間違いなく二人の子供だということ。
……望まれない子だったとしても。
事実の確認が取れた。記憶の中にしか居なかった父と対面出来た。
声を知ることが出来た。想像していたより声色は低くなくて、想像していた通りに少し軽い口調の人。
母のことを思い出してくれた。
……それで充分だ。
言い訳を探すほど母との関係性を拒絶されても。
私が存在することに酷く動揺されても。
それでもいいと決意して此処に来た。
「店長!! 夜一殿!! いい加減になされよ!!」
ずっと黙っていたテッサイさんが大声をあげた。
その言葉で、言葉の応酬をしていたはずの父と夜一さんが固まる。
「……それ以上、この子を傷つけてはなりません。この子の顔を見られよ」
自分がどんな顔をしているのか分からない。
二人は私の顔を見ると、少しバツが悪そうな顔をして目線を下に向けた。
「……少しばかし時間が必要ですな。如月殿。私と共に上に参りましょう」
「お気遣いありがとうございます」
私が立ち上がると、テッサイさんはそっと背中を押して誘導してくれた。
立ち上がる時も、立ち去る時も……私は父の方を見れなかった。