師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第四十話 百年の空白

 

 

 改めてテッサイさんから差し出されたお茶を啜って、ふうっと息を吐き出した。

 

「厚かましく勝手な事を申すことをお許し頂きたい。店長は、決して不誠実なお方ではありません。私達ですら、あそこまで動揺する店長を見たのは初めてです」

「気になさらないでください。私が逆の立場だったとしても動揺しますから」

「きっと何か事情があっての事。それより、先に私はお礼を申さなくては……」

 

 テッサイさんは私の方を見ると、深く頭を下げた。

 慌てて私も彼と向かい合う。

 

「……鬼道衆の責務を背負っていただき、誠にありがとうございます」

「い、いえ……私はたまたま……」

「少なくとも同じく鬼道衆の頂点を任されていた身です。護廷十三隊以上に元老院の煩わしさやその重圧も知っております。そんな中で、部下を護って頂き……なんと御礼申し上げて良いか……」

「……どうか顔をあげてください」

 

 私がそう言うと、テッサイさんはゆっくりと顔を上げた。

 聞きたいことは沢山あるだろうに、それを優先しないことを選択している。

 私は決して、褒められるような事をしているわけじゃない。その意志をそのまま伝えた。

 

「私は比較的自由にさせてもらっているんです。そこらへんの重責は、全て勒玄が肩代わりしてくれていました」

「なんと……。勒玄殿……生きて……おられるのですか……」

「はい。副鬼道長として、私の傍で」

 

 そう伝えると、テッサイさんの眉が僅かに上に上がった。眼鏡が反射して目は見えないが、恐らく驚いたのだろう。

 

「勒玄殿が副鬼道長になることを選んだと……?」

「はい。半ば無理矢理ではありましたが」

「なんと……。そうですか……。勒玄殿も主を決められたのですね……」

 

 その言葉に、僅かな違和感を感じて私は首を傾げる。勒玄は形式上私の副官であるが、崇拝しているのはテッサイさんのはずだ。

 

「有昭田家の矜持は、生涯ただ一人と決めた大鬼道長に仕える事です」

「え、ええ。それは知っていますが……それはテッサイさんでは?」

「いいえ。鉢玄殿からの忠義は頂いておりますが、勒玄殿はあくまで鬼道衆の上官と部下」

「何が違うんですか?」

「……それは、私よりも勒玄殿の口から聞いた方が良いでしょう。あのお方は死ぬまで主を決めないと思っていましたが……貴女と巡り会えて幸せでしょう」

 

 その言葉に私は苦笑いした。テッサイさんは何か勘違いをしているようだ。

 勒玄は私を死ぬほど憎んでいるし、それを知った上で傍に置いている。

 天地がひっくりかえっても、幸せだということは有り得ない。

 これ以上訂正をする必要も特段感じず、私は別の話題を振った。

 

「そういえば、テッサイさんに聞きたいことが……」

「口頭継承の事ですな」

 

 流石に全てを言わずとも正しく伝わったようだ。私はコクリと頷く。

 

「……しばし時間を下され。拒否しているわけではありません。物理的な準備に時間がかかるのです」

「構いません」

「明日には」

 

 全くもって想像のつかない継承。これに関してはテッサイさんに一任した方が良さそうだ。

 私が総帥の名を受け継いだ経緯も話した方がいいかと思った時、地下へと繋がる畳が開いた。

 

 中からまず出てきたのは、猫の姿の夜一さん。

 その次に父。夜一さんに殴られたのか、右の頬が大きく腫れている。

 

「待たせてすまんかったの」

「いえ。お構いなく」

 

 夜一さんはちゃぶ台の上に乗って私の正面に座ると、まじまじと顔を見てきた。

 目を細めたり開いたり……こんなにも遠慮なく堂々と顔を見られるのは割と初めてかもしれない。

 ……素直に照れ臭い。

 

「ほー……。ちと喜助の遺伝子が濃すぎやせんかの?」

「よ、よく言われます……」

「母の要素は何処じゃ」

「め、目かと……」

「目も睫毛の長さが違うだけでほぼ喜助じゃ。ちとタレ目なのは母親譲りかの?」

「あとは瞳の色かと……」

「それはそうじゃな。それと……母は胸がない女性か?」

「い、いえ……。羨ましい限りの胸をしております」

「じゃあ、ここも喜助の血か。好きなだけ恨むと良い」

 

 接吻でもするつもりかというほどに、夜一さんの顔が近くにある。

 頬に当たる髭にくすぐったさを感じていると、夜一さんの首根っこが掴まれた。

 テッサイさんが引き剥がしてくれたんだ。

 

「夜一殿は此方に。ミルクのお時間ですぞ」

 

 視界のほぼ全てに猫の姿が写っていたせいで気が付かなかった。すでに父はちゃぶ台を挟んで正面に座っている。

 先程と違うのは、帽子を取っていること。

 まだ何処を見ていいのか分かっていないのだろう。目線は少し彷徨いがち。

 

 ふと互いに目が合って、互いに固まる。

 自分で言うのも不思議な気持ちだが、これは親子と認めざるを得ないくらいそっくりだ。

 

「そ、そっくりっスね……」

「私も同じ事を考えました」

「……でも、瞳は柚だ」

 

 確か父は、個人を呼ぶ時に"サン"と敬称をつけるはず。似つかわしくないと言ったら変だが、母への呼び名は、彼の中でこう固定されているらしい。

 

 父は帽子を胸に当てながら、私に向かって頭を下げた。

 

「さっきは誤解を招くような事を言ってしまってスミマセン」

「……いえ」

「貴女のお母さんとの話を少しさせてください」

「はい」

 

 父は一度咳払いすると、母との出会いを語ってくれた。

 

 ゴホっと咳をすると、母との出会いを話してくれた。

 父が隊長として働き出してすぐの時。

 西流魂街で任務中、たまたま怪我をして休んでいた事があったそうだ。その時に、たまたま父を見つけた母が面倒を見てくれたらしい。

 任務を忘れさせてくれるような穏やかな笑顔と太陽のような暖かさ。

 その母の雰囲気が好きで、時折家に顔を出していた関係だったとの事。

 

「その……さっきは嫌な言い方をしてしまいましたが……。柚とは約八年程の付き合いになりまして……。あ、貴女の前で言うのもおかしな話ですが、そういった関係は一度だけという意味でして……」

 

 先程までは少し誤解していた母と父の関係性。

 もっと色々と気になる事や聞きたいことはあるはずなのに、言葉が喉につっかえて出てこない。

 

「許されないと分かっています。今更アタシが父親面なんて許されないですし、望まれていないかもしれません。ただ、どうしても一つだけお伝えしたい事があります」

 

 顔を上げた父は、さっきまでのヘラッとした笑顔とは違った。真剣な表情。

 そこから、口角を上げた笑みへと変わる。

 

 ……さっきまでの掴みどこのない笑顔とは違う。なんて表現したら正しいだろうか。

 優しい……いや……母が私に向ける時の微笑み方と重なって見えた。

 

 

「産まれてきてくれてありがとうございます。アタシ……いや、僕に会いに来てくれて、ありがとうございます」

 

 

 その言葉に、私は目を大きく開いた。

 そんな言葉、予想していなかったからだ。

 

 どうして母を捨てたのかとか。

 どうして覚えていてくれていなかったのかとか。

 母の事を愛してくれていたのかとか。

 父がいないことで寂しい思いをどれだけ幼少期した事とか。

 言いたいことは沢山あって、次から次に溢れ出るはずなのに……。

 

「わ、た……しは……産まれてっ……良かったんですかっ……」

 

 沢山いろんな言葉があるはずなのに、喉から真っ先に出てきた言葉はこれだった。

 考えるよりも先に。

 心がこう言えと言っているかのように。

 

「僕は、貴女が産まれた日の事も……初めて話した言葉も、立った日も駆けた日も知らないっス。初めて笑った日も、泣いた日も怒った日も……何もかも知らない。何一つ知らないことが……心底悔しい程に……」

「っ……」

「娘がいるという事を……誇らしく思うほどに。産まれてきてくれて……生きていてくれてありがとう。目の前で会えるなんて……僕には勿体ないくらいの幸せっスよ……」

 

 この言葉一つで、不安も不満も何もかもが押し流されてしまう私は、単純なのだろうか。

 でも……私が心から求めている言葉で。

 ずっと欠けていて足りなかった空白をすんなりと埋めてくれる言葉で。

 だから、この言葉が素直に出てくる。

 

「お父さんっ……会いたかった……。ずっとずっと……会いたかった!!」

「寂しい思いをさせてスミマセン」

 

 幼い頃から、父がいない事で石を投げられた。

 バケモノの子供だと指をさされた。

 でも違う。

 こうして目の前にいるこの人は……思ったより優しい声をしていて、思ったより背が高くて。思ったより真剣に私に向かい合ってくれて。

 代わりなんて何処にもいない……たった一人のお父さん。

 

 何から吐き出していいのか分からない感情に飲まれていると、ふと私の手に水のようなものが触れた。

 なんだろうと思って目線をズラすと……。

 

「て、テッサイさん……?」

 

 涙で溺れ死ぬんじゃないかと思うほどに、隣に座っていたテッサイさんが声を出さないまま号泣している。

 

「ど、どうしてテッサイさんが泣くんですか!」

「姫乃殿っ……喜助殿っ……。御再会……おめでとうございますっ……!!」

 

 私が泣くよりも早くに、洪水のように泣くテッサイさんを見て、思わず口を緩ませる。

 それをみた父が慌てたようにテッサイさんに扇子を向けた。

 

「ちょ……テッサイ! せっかくの愛娘の涙を止めないでくださいよ! アタシの初記念日っスよ!!」

「今日はご馳走ですぞおおお!!」

「ささ、姫乃サン。テッサイに構わず、どーんっと感動の涙を……」

「もう引っ込んじゃいましたよ」

 

 テッサイさんはそのまま立ち上がると、買い物に行かねばと言って部屋を飛びだした。

 丁度外から戻ってきた子供達二人を両脇に抱えて……。

 嵐のように去っていったテッサイさんを瞬きして見つめていると、また眼前に夜一さんがうつる。

 相変わらず距離感がおかしいが、二回目ともなれば少しは慣れるもんだ。

 

「して、喜助や。こやつの母親の名はなんと言ったか?」

「へ? 如月柚乃サンっスよ。漢字がわからないんですか?」

「違うわい。なんと呼んでおったと?」

 

 夜一さんの言葉を聞いて、父の返しが止まった。

 不思議に思って黒い毛の端から父の顔を見ると、帽子で顔を綺麗に隠してしまっている。

 

「さて、喜助や。今一度聞こうかの。なんて呼んでおったんじゃ? んん?」

「べ、べ、別になんだっていいじゃないっスかあ!!」

 

 ニヤニヤとした顔をしている夜一さん。そして隠した帽子の端から見える父の真っ赤な耳。

 

「ほうほう。この件だけで生涯コヤツの事を脅すネタが出来たわい。姫乃や、感謝するぞ」

「え、ええ……。お好きに……どうぞ……」

「酷いっ!! 早速アタシの扱いわかった感じっスか!?」

 

 調子が狂うと言いたげに頬をかく父。

 夜一さんは色々と聞きたいことが止まらないようで、また接吻でもするのかという距離感に近づいてくる。

 

「いくつで真央霊術院に入ったのじゃ?」

「えっと……確か十五の時です。卒業は十六で……」

「ほー、優秀じゃの! 今いくつかの?」

「今年で丁度百になります」

「百? それは縁起の良い年じゃ。誕生日は?」

「あ、えっと……八月」

「八月七日っスか?」

 

 私が答えるよりも早くに、父が正解を出した。

 産まれた日の事なんて知らないと言っておきながら、なんでわかったんだろうと首を傾げると、答えをくれた。

 

「いやあ、そりゃもう……計算して正確な日に産まれていれば……痛い!!」

「子供の前で何を言うておる!! この助平が!」

 

 私の正面に居たはずの夜一さんが、一瞬で父の眼前に移動する。そしてその鋭利な爪で父の顔を遠慮なしに引っ掻いた。

 少し大袈裟すぎるほど騒がしいのはきっと……私の緊張を精一杯取ろうとしてくれているのだろうか。

 そんな優しさにも、心が暖かくなった。

 

「姫乃や。儂らのせいで随分と苦労したじゃろ。すまんかったの」

「あ、いえ……。それはほんの一時の苦労に過ぎなくて……」

「……これからも巻き込むことになるじゃろうなぁ」

 

 申し訳なさげに眉を下げる夜一さんに、私は声をかけた。

 

「……藍染の事でですか?」

 

 私のその言葉に、二人とも目を細める。

 

「……知っておったのか」

「ええ」

 

 何処から話そうか。そう考えた時、父が扇子をパタンと閉じた。

 

「今日くらい、殺気立つ話はナシにしましょ。ね?」

「……それもそうじゃな」

 

 夜一さんは、空気を変える為かそれとも丁度良かったのか。

 とにかく、私の頭の上に飛び乗ってきた。

 そして、頭の上から手を伸ばして私の頬を叩く。

 

「ほれ、姫乃。喜助に何でもお願いせい。叶えぬというなら、儂がいくらでも引っ掻いてやろう」

「え……いや、望むことなど……。もう充分に与えていただきましたから……」

「遠慮するでない」

「そうっスよ、姫乃サン。ぶりたいわけじゃないスけど、娘のお願いを聞くのも父親の幸せの一つですから」

 

 そう言われて、私は少し考えた。

 此処に来たということは、少なくとも浦原商店の人達にお願い事があって来た。

 それに協力してもらう約束をするのが一番だろうが……。

 私の心は、合理性よりもっと単純で……だけど何より望んでいるお願いがふと浮かんだ。

 

「……これからも、お父さんと呼んでいいですか?」

「勿論」

「……私の事を……姫乃と呼んで頂いても……いいですか?」

「……勿論っス」

 

 嬉しくて照れ臭くて。そうして目線を右往左往させていると、また夜一さんから頬を叩かれた。

 

「今すぐにと言わんかい!」

「へ、あっ、今すぐに!」

「は、はい! ひ、姫乃……」

 

 父もまだ言い慣れていない名前に硬さが残っている。

 私だって願った立場ながら恥ずかしい。

 

「もう一度じゃ、喜助!」

「ハイ! 姫乃!」

「はい、お父さん」

「……姫乃」

「……はい。お父さん」

 

 百年。

 たったこれだけの事を叶えるのに、百年かかった。

 もっと早くに動いていたら、もっと早くにこう呼んで貰えていたかもしれない。

 けど、それはタラレバ。

 沢山の葛藤と不安を押し殺した今だからこそ、心に染み渡る温かさがある。

 

 

………………

…………

……

 

 

 それからテッサイさん達が帰ってきて、その日は浦原商店の人達全員で鍋を囲んだ。

 明日からはまた進めていかなくてはならない事や伝えなければならないことが沢山ある。

 それでも……今は……今日だけは。

 百年の空白を埋める、何にも縛られない大切な思い出の日にしたい。

 そう願うことは、悠長すぎると怒られるだろうか? 

 今日だけは……少しだけ……。

 

「姫乃、この子どうっスか?」

「あ、えっと……ウルルちゃんでしたっけ?」

「はいはい、そうっス。そういえば、柚に似てません?」

「……そ、そう言われれば……。年齢が違いすぎて雰囲気だけしか分からないですけど……。母に似た黒い瞳のタレ目ですね」

「無意識ながら勝手に理想の女性像は似るもんなんスねぇ」

「またセクハラしとるんか、喜助。それより姫乃。豆腐は食わんのか」

「苦手で……」

「好き嫌いはいけませんぞおおお!!」

「うわっ! ウルルが俺の肉取った!!」

「ジン太君が遅いのが……い、痛いよう……」

「ジン太君。私のお肉あげるよ」

「マジか! お前良い奴だな!!」

 

 久々すぎる賑やかな食卓に囲まれながら、現世での一日目の夜がふけていった。






これが所謂鬼執筆。はちみつ梅の本業。
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