師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第四十二話 新たな力と戦う少年

 

 

 微睡む景色と消えかけそうになっては戻る意識。

 時折誰かの気配を感じるけれど、声はほとんど聞こえない。

 代わりに聞こえるのは、自分の浅い呼吸音と心臓の音。

 

「——ッサイ。このままでは……——」

「あともうすこ……——」

 

 自分の腹に刺さっている二本の針をただずっと眺め続けた。

 いくらの時間が過ぎたかなんてものは分からない。

 散々に様々な方法は試したが、何一つ効果的だと思える結果は得られなかった。

 

 私はもう一度目を閉じて、深く深く思考する。

 テッサイさんは、何一つ手がかりがないままに私をこうしたわけではない。

 

 私が学んできた鬼道術は全て正しい。

 全て正しいが故に原点が間違っていると。

 

 恐らくは、この針の破壊を霊力で行おうとしている事が間違いだと。そこまではわかっている。

 鬼道衆としての原初の力。それは、霊力に依存したものではなく……血。

 

 どうやって手繰り寄せたらいい。

 

「……諦める訳には……いかないから……」

 

 そう小さく呟いて、再び目を開けた。

 

 

 

 ……それは、偶然か否か。

 隊首羽織の内側に縫い付けてある、布生地が目に止まった。

 それは、リボン。もう身につける年齢ではないからと外して、それ以来羽織の内側に縫い付けていた。

 赤と緑の不格好なその布を見て……こんな時なのに懐かしいなと思った。

 この件以来、確か白哉は創作物を創るという事にハマって、感性に難のある物を作り続けている。

 最近のあの人のお気に入りは……ワカメ大使とかなんとかだっけ。自分が緑色が好きだということに彼は気がついていないだろうな。

 

 なんて思った時、思考に一つの光明が見えた。

 

 このリボンの赤い布が霊力だとしたら、原初の血は別の物。色までは不明だが、全く違うものを……縫い合わせる。

 純血ではない私が力を遣う為には、二つのものを一つに合わせなければならない。

 

「……縛道の——……」

 

 僅かに残っている自分の霊力を遣って、私は自身の霊力を可視化させた。

 私の周りに漂う赤い糸。これは、死神の力を表す霊絡と呼ばれるもの。

 

 そして……見つけなければ。

 私の血に刻まれた尸魂界の歴史の糸を……。

 

 探して、探して、探して……。

 

 

 それは、深い深い暗い海の中に落ちたような感覚。

 

 私の心臓の付近からほんの僅かに見えた色の違う霊絡。

 ……あ、本当に緑だった。なんて一瞬思ったが、それをそっと掴む。

 

 テッサイさんにやれと言われたのは、破壊。

 けれどそれは、文面だけを読み取るのではなかった。

 学問を正しく学んで、正しく鍛錬すれば鬼道を間違えることは無い事と同じ。

 言葉を正しく聞き取れば、正しい正解にたどり着く。

 

 だけど、原点が違うのであれば。

 それが正しいと造り変えなければならなかったのであれば。

 

 

 私は赤い霊絡と緑の霊絡の二つを掴んで、結び合わせた。

 

 

「……もう一度……繋ぐ……」

 

 これが正当方向じゃなかったとしても、造り変えた物が決して悪いものでは無い。

 それは、父の……私の祖先がそうしたと立証されている事実。

 そして、私自身の信じている考えの一つ。

 

 偶然か否か。

 自分が持っている考えと歴史は形を変えて重なっていた。

 やる事なす事考える事、家族は……そばにいなくても似るものらしい。

 

 

 

 二つの糸が絡まりあう。

 

 

 

 …………パリン……

 

 

 硝子が砕けたような音が聞こえて、私の体から一気に力が抜けた。

 自分の力で支える事が出来ずに、迫る地面を見つめている。すると誰かに体を抱きとめられた。

 

「お疲れ様っス。姫乃」

「……え?」

「お見事でございました。姫乃殿」

 

 目線を上げると、私の体を支えたのは父。

 そして、隣に立つテッサイさんは満足気に首を縦に上下させている。

 

 自分の腹を見れば、刺さっていた針は消えていた。

 元々攻撃するものではなかったのだろう。死覇装の破けはあれど、傷はない。痛みも既に消えていた。

 

「あと三分で三日を超える所でしたぞ」

 

 その言葉を聞いて、本当にギリギリだったんだと知った。

 体感として、そこまでの時間が経っていたなんて気が付かなかった。

 

「……とりあえず……風呂に入りたいです」

「はい、ちゃんと沸かしてあるっスよ」

 

 回りきらない思考の中、一番最初に出た欲求。

 それは、この全身にまとわりつく自分の汗を洗い流したいという事だった。

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 ……

 

 

 清潔さを取り戻し、腹を満たし、気を失うように睡眠を取った。

 そうして不足していた全てが満たされ、ようやくいつもの調子を取り戻した。

 

「あんまり何かが変わったようには思いません」

「そうですとも。自らの血脈を日々感じながら生きている者はおりませんから」

 

 定番だが、手を開いたり握ったりしてみても、何も変化はない。

 

「霊圧知覚をやってみてください」

 

 テッサイさんにそう言われて、私はいつもより少し押えて周囲の状況を探る。

 

 

「……え?」

「それが、鬼道衆としての原点にして最高点の力ですぞ」

 

 普段より抑えたはずだった。

 しかし、普段と同じ……いや、それを超える範囲の知覚が可能。

 数日前、現世に降り立った時には探れなかった人物達の気配すら捉えられる。

 

 死神の力を殆ど無くした筈の志波隊長とルキア。その二人の僅かな霊力と、魂動。

 

「大気中の僅かな空間変動まで……。凄い……」

「儂からすれば、これを普段から平然としておる喜助が底知れぬがの」

 

 そういえば父は、誰も気が付かない大気中の変化や人探しがやけに得意だった記憶。

 これは……紛れもなく、死神としての最高峰の力であることに間違いがない。

 

 周囲の状況を探り続けていると、ひとつの事に気がついた。そして顔を上げる。

 

「気がついたっスか?」

「グランドフィッシャーが……」

「どうやら黒崎サンと交戦中みたいっスね。数日前からこの辺をウロウロしてることには気がついてたんですけど……。ぶつかり合うなんて、これも運命っスかねぇ」

 

 グランドフィッシャー。長い間、私達の警戒の包囲網から逃れ続けた高ランクの虚。

 恐らくは中級大虚に分類されるのではないかと推測されてきたが、その姿を捉えたものはほとんど居ない。

 父は気がついていて、私はこの力を手にするまで気がつけなかった。

 現世に住まう死神達と、私達尸魂界組の力の差は明確的であるという事実。

 

 現世に来たことは間違いではなかったと再確認させられると共に、私は腰を上げる。

 

「行くんスか?」

「志波隊長に用があるので」

「ついでに打ち漏らしの後片付けもお願いします♡」

 

 ニコニコとした笑顔の父に見送られて、私は浦原商店を出た。

 

 

 

 

*****

 

 

 空座町の外れにある山。

 私は一護の戦闘の様子を探った後、まずは小さな小屋の前に降り立つ。

 

「誰だ? お前?」

 

 私に話しかけてきたのは、一護の姿をした別の者。……確か……改造魂魄。名前までは残念ながら覚えていない。

 今は名前は重要ではないので、特に気にすることなく私は小屋の中を見つめる。

 

「おい、無視すんなよ! ねぇさんの友達か?」

 

 そんな声を聞き流していると、中から一人の人物が出てきた。

 

「おーい。交代してくれや。父ちゃんは便所を所望する!!」

「ん、え、ああ……。わ、わかった!」

 

 私の存在を伝えようとした改造魂魄は、その意志を思いとどまって一護になりきる。

 そして、戸惑いながらも小屋の中へと姿を消した。

 

 外で二人きりになった私と志波隊長。

 私の存在には気がついただろうが、声や姿は通じるのだろうか。

 そう思案していると、先に志波隊長の方が口を開いた。

 

「場所、変えるぜ」

 

 そう言って歩き出した志波隊長。

 その背中をついて行き、小屋からほんの数十メートル離れた所で志波隊長の足が止まった。

 

「おめぇの姿を見るのは……何十年ぶりだろうなぁ。随分とまあ、デカくなったもんだ」

「お久しぶりです。志波隊長」

「やめてくれや。俺はもう志波でもなければ隊長でもねぇよ」

「……では、一心さん。今は昔話をしている暇は……」

「わーってる。行ってこいよ、あの虚の所に」

 

 その返事に、私は数回瞬きをした。

 確かグランドフィッシャーは、一心さんの妻を殺した原因の一端だったはず。

 もし彼が望めば、戦えずとも現場の目の前までは連れていこうと思っていた。

 

「どうせ、変な気遣いしてんだろ。海燕から聞いてるぜ。お前は気遣いなんて向かねぇタチだってよ」

「結構失礼ですね。これでも色々考えて動いてるんですよ」

「だからだろ。自分の信念や、やりたい事の為に真っ直ぐ走れ。お前らの家系はそんな奴ばっかだ。その道端で拾った程度の気遣いなんてもんでよそ見すんじゃねぇよ」

「……お心遣い感謝します」

「おう、これが気遣いだ。覚えとけ!」

 

 そう言って笑う一心さん。

 本来もっと若い人だったはず。霊力を失い人間として生活する間に、死神では有り得ない速度で老けてしまった。

 何故今霊力が戻ってきているのか。

 それはきっと……奥さんとの契約が切れたからだろう。

 悲運の結果が彼に残したのは、戦う力。

 

「つーか、元々アイツなんか仇でも何でもねぇ。誰が倒そうが変わらねぇよ。まあ、欲を言うなら……倒すのがお前で良かったってくらいだな」

 

 その言葉に、一度頭を下げて感謝の意を示す。そして、志波隊長に伝えるべき本題へと入った。

 

「あの……一護の事ですが」

「ほらな。本題はそっちだろ?」

「……すみません」

「謝ることでもねぇよ。それも好きにしろ。お前さんが修行してる三日の間に、浦原から大体は聞いた。むしろ、頼んだぜ? 俺の馬鹿息子の事をよ」

 

 ……お人好し。という言葉はこの一家の為にあるのかもしれない。

 私が伝えたい事や、未来を変えてしまう事で起こりうる不確定要素を謝らねばいけないのに、この人は何一つ気にも止めていない。

 

 話は終わりだと言いたげに、一心さんは話題を変えた。

 

「父ちゃんに会えてよかったなぁ、姫乃」

「はい」

「背中、デカかったろ? 親父の背中はデケェんだぜ?」

「はい、とても」

「……一つ、俺からエールを送ってやるよ。親と子は背中を合わせて護り合うもんだ。けど、弟子は師匠の背中を超えていくもんだぜ」

「……勝ちます。藍染に」

「浦原には、お前の過去を一つも言ってねぇ」

「……お心遣い、感謝します」

「おう、これが気遣いだ。覚えとけ! んで、そろそろ行かねぇとウチの馬鹿息子がヤバそうだぜ」

 

 一心さんが、親指を立てながら手を後ろに向ける。長々と話してしまったので、もう向こうの戦闘は終盤だ。

 ただ、私としてもまだ一護の前に素顔で立つつもりもなかった。

 一心さんに再度頭を下げて、私は空へと駆け上がる。

 

「暇がありゃ、藍染に礼の一つでも言っといてくれ!」

「え?」

「護るもん、三つもくれてありがとな! ってな!!」

 

 一心さんの言葉に少し口角を上げて、私は彼に向かって片手を向けた。

 

「ん?」

「でも、これは貴方に会ったらやるって決めてた事なので」

 

 私がパチンと指を鳴らすと、一心さんの首が後方に傾く。現世で言う、デコピンというやつだ。

 

「いってええええ!!!」

「差し引いても、志波家の事は許し難いですよ」

「悪かった!!! おら、とっとと行きやがれ!!」

 

 額を抑えながら涙目で大声を上げる一心さん。その言葉を背に、私は山頂へと向かった。

 

 

 

 

 山頂付近の木の影で、私は一護とグランドフィッシャーの最後の結末を見届ける。

 

 

「終わりだ、フィッシャー! そして敬意を表しよう! 

 テメーは俺が出会った中で一番年食ってて、一番汚くて、そして一番カンに障る虚だったぜ」

 

 一護の一閃がグランドフィッシャーの体を切り裂いた。

 だが、甘い。浅すぎる。

 

「!! 後ろだ!! 一護!」

 

 

 グランドフィッシャーの反撃が一護に襲いかかるが、間には入らなかった。

 いま手を出せば、一護の誇りに傷が付く。

 ルキアの堪えた思いが無駄になる。

 

 戦況に不利を察したグランドフィッシャーが逃避の態勢へと変わった。

 

『たとえ斬れたとしても、その体ではわしを追う事などできん!』

「もう良い! よせ! おまえも……奴も、もう戦えぬ! ……戦いは……終わったのだっ……!」

「あいつはまだ死んでねぇ……! 俺はまだ、戦えるっ……!!」

 

 その言葉を最後に、一護の体が揺らいだのを確認し、私はグランドフィッシャーを追った。

 

 

 

『ひー……なんと面倒な小僧じゃ。力を一つも使わずに遊ぼうとしたが……慢心じゃのお』

「そして、目の前の死神にも気がつけない程愚かということも付け加えた方がいい」

『な……なんじゃ……貴様は……』

 

 本来、グランドフィッシャーに対して、一護は触れることすら出来ない力の差がある。万全の状態であるルキアでも、傷一つ付けられないだろう。

 こいつの油断と慢心が、危機的状況を突破したに過ぎない。

 

「長らく仲間を喰らい続けてきたお前に、挨拶をしにきた」

『喰らわれに来たの間違いかのう』

 

 ニタニタと笑い続けるグランドフィッシャーに向けて、私は片手を翳す。

 人差し指を向けて、狙いを定めた。

 

 私が過度に攻撃を繰り出して、尸魂界側に戦闘をしていると感知されるのは嫌。

 だから、刀は使わずに低級鬼道で処理したい。

 

 ……どうしてだろうか。全く負ける気がしない。

 私はきっと未来永劫、虚相手に苦戦などしないのだろう。

 

 

『その指一つで何が出来るというのじゃ! 刀すら抜かぬ死神とは笑止!』

「……その慢心。先の戦いで何も学習していないな、お前は」

『なんじゃと……』

「指一つで充分だってこと。さようなら、グランドフィッシャー。

__破道の四 白雷」

『ガアアアアッ!!』

 

 今まで遣っていた白雷より明らかに早く、強い閃光。

 それが、グランドフィッシャーの頭を一撃で撃ち抜いた。自分ですら、今しがた出た鬼道の威力に驚きを覚える。

 

 塵となって消えていくグランドフィッシャーを確認した後、私は一護とルキアの元へと戻った。

 

 現場では既に、ルキアが一護の治療を開始している。

 

「一護……大丈夫だ、必ず治してやるっ……」

 

 気を失った一護に必死で治療を施しているルキアの側に立つ。

 ルキアは私が現れたことに安堵の表情を浮かべた。

 

「如月殿っ……」

「代わって。私が治療する」

 

 私の回道のほうが優れている。

 そう判断できない訳じゃないルキアは、迷いなく私に一護を託してきた。

 

「……よく、耐えたね。ルキア」

「私は……一護の誇りを護れたのでしょうか……」

 

 戦いに手を出さなかったこと。それがどれほど身を焼くのか、この子が一番知っている。

 手の届く距離で仲間が傷つくのを、待つしかない痛みを。

 

「護れているよ。この子はもっと、強くなれる。その傍に、ルキアがいてあげてほしい」

「はいっ……」

「グランドフィッシャーはもう死んだ。だけど、一護にそのことは言わなくていい」

 

 何故なのか、聞かずともルキアは理解して頷いてくれた。

 私は、一護の傷がすべて治ったのを確認すると、彼が目覚めぬうちにその場を離れた。

 

 結局一心さんに伝えたい事の殆どは、彼のお人好しさで伝える前に片付いてしまった。

 ……私が一護の物語を計画の為に傍観した事。

 謝らなくてはいけなかったのに、謝らせて貰えなかった。

 そんな必要は何処にもないと。

 

 現世でやらなくてはいけないことはまだまだ多い。

 私は一度尸魂界に帰還した後、更なる計画を進めることにした。

 現世に住まう現行の護廷十三隊よりも強い存在との力比べ……。仮面の軍勢との接触を図る準備を進めるのだ。


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