師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第四十三話 禁書の間

 

 

 グランドフィッシャー戦から一週間後。

 私は業務をこなす為に一度尸魂界へと帰還していた。

 

「大鬼道長。空座町は如何ですかの」

「問題ない」

「問題があるから行かれていたのでしょう」

「問題ない」

「……承知」

 

 はあ、っとため息をつく勒玄をよそ目に私は一度仕事を切り上げる。

 そして、様々な鍵を保管してある戸を開いた。

 

「書物庫に行ってくる」

 

 戸棚の一番奥の鍵を手に取る様子をみていた勒玄が目を細める。

 

「……それは、禁書の鍵ですぞ」

「知ってる」

「何用ですか」

「書物を読む以外の用はないでしょう」

 

 私がそう返すと、眉間のシワが更に深くなる勒玄。

 当たり前だ。この場所はもう二度と誰も立ち入ることのない場所だとされていたから。

 

「……如何様にして権限を手に入れられましたか」

「開けるなと言われれば言われるほど開けたくなる。私の研究を舐めないで欲しいね」

 

 自力で見つけたと言わんばかしの大嘘をついたが、勒玄はそれ以上詰めてくることもなかった。

 直ぐに向かおうとしたが、一度その足を止めた。彼がお茶を入れている姿を見たからだ。

 割と勒玄の入れるお茶がお気に入りだったりする。

 

「大鬼道長。来月の上旬、私は議会参加の為……」

「うん。非番取っていいよ」

「しかし、同時に五席も同じ日を希望しておりまして」

「子が産まれるんだろう? 別にいいよ。私がいるから。ああ、それと四席の部隊の子が今月末誕生日だったでしょう。非番って伝えておいて」

「月末は人手が毎回不足しております」

「その分私がやるからいい。気重に感じるだろうから伝えなくていいけど」

「……そろそろ誤魔化すのも難しくなってきましたぞ」

 

 その言葉に、今度は私の方がため息をつく番だ。

 勒玄は、この手の話は私が最も面倒くさがる話と知っていて振ってきている。

 毎回同じ答えしか返さないのに、何故何度も聞いてくるのか理解に苦しむ。

 

「だから、私は休みなんていらないから」

「私は欠片も心配などしておりません。しかし、下の者が騒いでおるのです」

 

 何の話かと言うと、私の非番問題。

 別に休みたいと思ったことはないのに、皆私が過労で死ぬのではないかと心配している。

 

 たまに、非番と偽って自室や研究室で隠れて業務をこなす。

 最近ではそれもバレてきているらしい。

 

 勒玄が出してくれた茶菓子をつまみながら、私は書類に適当に斜線をいれる。

 

「はい。来月の私の非……」

 

 そこまでいいかけて、私は書類を訂正した。

 

「三十年分の非番、何日溜まってるっけ?」

「丸々二年分でございます」

「じゃあ……来月7月22日から8月10日まで休む」

 

 その言葉に、勒玄はギョッとした顔をした。

 当たり前だ。休むと言わなかった私が休みが欲しいと願い出たのだから。

 しかもいきなりの長期間。

 

「……承知」

 

 勒玄は何か言いたげな顔をしていたが、結局何も言わずに書類を受け取る。

 どうせまた居るのだろうと思っているのかもしれない。

 

「あと用は?」

「そろそろ研究室の片付けをなさってください。埃臭くて敵いません。最後に片付けられたのはもう五年前でしょう」

「……え?」

「二度も同じことを言わねばならぬほど、耳が遠くなられましたかの?」

「何で研究室の事知ってるの?」

「何故知らぬと思っておりましたか?」

 

 互いに見合って、数秒の沈黙。

 この爺は、いつも何故私の身辺事情をいつの間に把握しているのか……末も無いのに末恐ろしい爺だ。

 

 少し考えてから、私は開き直ることにした。

 

「じゃあ、掃除よろしく」

「……はい?」

「え? 業務命令。片付け。よろしく」

「……何処ぞの暴君でございますか」

「鬼道衆原初三傑の姫君でーす」

「また余計な知恵をっ!」

 

 べぇっと勒玄に向け舌を出して挑発してから、私は部屋を出た。

 

 彼の怒りの霊圧をヒシヒシと背中に感じつつ、私は目的の場所へと向かう。

 

 

 *

 

 

 書物庫へと着いた時、突然現れた私に隊士達が慌てふためきだした。

 

「お、おはようございます!!」

「もう昼だけど?」

「ご機嫌麗しゅう! 大鬼道長!」

「……その言葉、流行ってるの?」

 

 ルキアも同じような言葉を使っていたなと頭の片隅で考えつつ、ふと隊士の持っている本に目が止まった。

 

「ああ、その本役に立たないよ。そっちの五段目、右から六十三番目の本に変えた方がいい」

「へ、あ、えっと……」

「四十番台の鬼道についてじゃないの? 貴方、そこでつまづいていたでしょ」

「そ、そうです……」

「分かったらさっさと動いて」

「は、はい!!」

 

 駆け足で私の指示した場所に向かう隊士。

 

「図書館で走るな」

「はい!! 申し訳ございません!!」

 

 声が泣きそうな声になってしまっているが、構ってる暇もない。

 私は席官以下の立ち入りを禁じられた通路へと歩き、扉を潜り続ける。

 

 副鬼道長以下の立ち入り禁止の間を超えて、書物庫最深部。

 明かり一つないこの通路の先が、禁書の間だ。

 

「赤火砲」

 

 私は通路の壁に付いている行灯に火を灯してから、目の前で沈黙するように閉じた扉を見つめた。

 そして、そっと手を伸ばす。

 

 _バチンっ!! 

 

「っ……」

 

 案の定、取っ手に手をかけるかかけないかの直前で私の手は弾かれた。

 扉自体は、大したことの無い木の扉だ。

 しかし、ここにかけてある結界術が長らく問題だった。

 相当な技術で練り上げられたこの結界は、どんな霊質も弾く。

 下手に未熟な者が触れば、その命すらを奪いかねない危険な結界だ。

 

 私は、テッサイさんに教わったとおりに……懐から小刀を取り出した。

 そして小刀を掌に当てる。

 

「やっと開けられる……」

 

 ピリッとした痛みを感じた後、掌に滲む自分の血。

 その上に鍵を置いて握りしめる。そして、その鍵に霊力を込めた。

 

 テッサイさんとの修行で手に入れた力。

 この自分の血と、鬼道衆としての本来の霊脈こそが結界を解く鍵だったんだ。

 そりゃあ、何百年研究してもたどり着けない答えだろう。

 その霊脈を手に入れる方法は、握菱テッサイ本人が現世へと隠していたのだから。

 

 鍵は僅かに赤く輝き、その後に黒ずんだ色へと変わった。

 

 そして、その鍵を持ったまま私は再度扉に手を近づける。

 

 今度は、弾かれなかった。

 

 鍵を回すと、カチャリと小さな音が聞こえて、ついに開いた扉。

 

「埃臭っ…」

 

 入った瞬間から思わずせき込んでしまうほどの古びた空間。私の研究室なんかより、ずっと埃臭いしカビ臭い。

 その空間の中心に一冊の書が保管されていた。

 それ以外は何もない。

 

 ただ、この空間に居るだけで息が上がる。

 それほど、侵入者の精神を削り取る重い空間だ。

 

 台座の上に置かれた本。

 ……鬼道衆がここまでして隠し続けた禁術。

 "時間停止"と"空間転移"。

 その二つの概要を読むために、私は本をめくった。

 

「……嘘だ」

 

 そこに書かれていたのは、私があの夢だけでは到底手に入れられなかったであろう真実。

 刻む時の流れも忘れて、私は書物を読み続けた。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 …

 

 

 そうして読み終えて、無事書物庫を出た。

 

「はー、疲れ……何してるの? 勒玄」

「片付け、にございます」

 

 廊下を歩いていて、たまたま通った道は私の研究室へと繋がる地下への入口。

 割烹着姿で口に布あてを付けて、はたきを持つ勒玄。

 通路の入口は、機材で山積み状態。

 

 そういえば、片付けを頼んだなと。自分で言いつけたことを思い出した。

 

「え、この配線抜いちゃったの?」

「文句があられるのであれば、ご自身でやられてください」

「……ナイデス」

 

 まあ後でどうにでもなるかと思い、疲れで催した欠伸を噛み殺す。

 勒玄は、特段アレは何だとかコレは何だとかと問い詰めて来ないから任せやすい。

 立ちっぱなしで本を読んでいたため、固まった背筋を解していると、鬼道衆の門に訪問者が来たことを感知した。

 

「迎えに行ってくる」

「はい? どなたを?」

「浮竹隊長が来た」

「……よくもまあ、平素時の霊圧を感知されますの」

「数少ない特技。じゃあ、よろしく」

「承知。捨てて良いものは?」

「書物以外で、十年触ってなさそうな雰囲気が出ているもの」

「……なんとまあ、暴君極まりない」

 

 勒玄の小言を受け流しながら、私は門の方へと踵を返した。

 

 

 

 

 

「如月! 久しぶりだな」

「浮竹隊長。こんな遠くまで御足労ありがとうございます」

「なに、たまには運動しないと。元気にやってるか?」

「ええ。問題ありません。隊首室に案内します」

「いや、立ち寄っただけだからな。此処で大丈夫だ」

 

 

 長居は出来ないのだろう。それならばと、私は近くにあった腰掛けへと浮竹隊長を案内した。

 浮竹隊長が訪れた要件はたった一つ。ルキアの事だろう。

 

 私が鬼道衆総帥の名を継いでから、護廷十三隊の隊長に会う事なんて片手で数える程度。

 浮竹隊長は伏せている事も多く、滅多に任務に出ない。

 だから……ルキアに会うより数少ない面会だ。

 

 座ると同時に、私は自分から話を切り出す。

 

「すみません。ルキアの霊圧捕捉はまだ……」

「焦らなくていいさ。きっと何か事情があるんだろう」

 

 浮竹隊長の心配げな表情を見て、申し訳ない気持ちになった。

 ……また、私は自分の目的のために真実を隠している。

 伝えないという選択肢を自分で取っている。

 

「朽木に何かあった時の責任の全面を背負うと進言しているのだがな。なかなか通らなくて」

「私が担当させてもらっていますので。私が全てを負います」

「如月が負う必要は何処にもない」

「……いえ、全ての責任は私が」

 

 自分でこうすると決めたのだから、すべての責任は私が負う。

 それが、道を選ぶということの責任。

 その為に今日までを歩んできた。

 

 久々に会った浮竹隊長は、少し痩せたように見えて……具合は百年前より少しまた悪くなったように感じた。

 

「そうか。ならば、如月が背負おうとしているものを半分分けてはくれないか?」

「困りましたね。それは難しい相談です」

「じゃあ、たまには振り返って欲しい。横や後ろを。如月が如月らしく歩んできた道には、必ず仲間がいてくれると言うことを」

「……それも難しい相談ですね。私の歩く道は茨ですので。誰にも傷ついて欲しくありません」

 

 私がそう言うと、浮竹隊長はクスリと笑った。

 

「では、俺達がその茨の花になろうか」

「相変わらず……優しいですね」

「如月の優しさには敵わんさ。みんな知っているよ」

「どうでしょうか。皆様が思う如月姫乃という……」

 

 そこまで言いかけて、私は言葉を止めた。

 今しがた言いかけた言葉に悪寒を感じたからだ。

 

 ……今私は、何を言おうとした? 

 

 皆が思う如月姫乃という人物など……何処にも存在しない。と……

 

 夢で見た、師と同じ言葉を刻もうとしていた自分に恐ろしさを覚えた。

 

『僕の傍でしか息が出来ないことに、いずれ気がつく』

 

 道を分かつと決めたその日に言われた言葉が、脳内に張り付いたような気分。

 

「如月」

 

 浮竹隊長に呼ばれて、ハッと顔を上げる。

 

「知っているさ。如月は、臆病なのに実は気が強い。負けず嫌いで、好奇心旺盛。完璧主義に見えるが、それは誰かの為に動く事を常に選ぶ為に……そんな子だ。そして、思った以上に我儘だな」

「……自分ではあまり分かりません」

「俺達が知っていればそれでいい。なんたって、こんな小さい時から見てきたんだからな」

 

 浮竹隊長は、そう言って笑う。おどけたように腰掛けより少し高いくらいの位置に手をかざして、私が小さかったということを主張した。

 

 その笑顔に返すように、私も微笑んだ。

 

「……大切なものがいくつもあって。どれかを選ぶのであればどれかを絶対に捨てなければならない時……浮竹隊長ならどうしますか?」

「絶対に後悔しない道を選ぶ。後悔しないとは……そうだなぁ……。一人でも多くの人が笑える道だな」

「私もそう思います」

 

 浮竹隊長は時計を確認して、慌てたように立ち上がった。もう時間を押しているのだろう。

 見送るために私も立ち上がる。

 

 半歩下がって門の前まで見送りのために歩いていた時、浮竹隊長が突然振り返った。

 

「俺を頼ってくれて、ありがとう。如月」

「え?」

「その期待に俺も答えねばな! じゃあ、朽木の件は頼んだぞ」

 

 そう言って浮竹隊長は鬼道衆隊舎を立ち去った。

 離れていく背中は、私が見送るには……少し眩しすぎる。

 

「大鬼道長」

「うわっ、いつから……」

「臆病なのに気が強い。という所からでございます」

 

 呆然と立っていると、いつの間にか背後に来ていた勒玄。

 私に気が付かれずに背中を取るとは……この爺はまた腕をあげたな、なんて思う。

 そして、報告に正しければ……私の弱音を聞かれたことに悔しさを覚えつつ、隊舎内への道を歩む。

 

「浮竹の見聞はお見事」

「浮竹隊長と呼べ」

「なにぶん、彼奴が童の時から見ております故」

「口うるさい爺ほど息が長いという説は本当らしいな」

 

 実に刺々しい会話を二人でしながら廊下を歩めば、庭先に山のように出されている古い機材が目に止まった。

 

「ええ、これ捨てちゃ駄目!」

 

 その山から見えたまだ使う部品に駆け寄って、回収する。

 

「……貴女のお言葉通りにしたまででございます」

「明日から全部の機材を覚えてもらう! お前を今日から、鬼道衆裏技術開発局の副局長に任命する」

「なんとまあ……暴君極まりない……」

 

 せっかく勒玄が片付けてくれたはいいものの、まだ使えるものや研究途中の研究体まで捨てられそうになっていた。だから結局二人でまた、地下室へと物を運び直す作業に時間を食われるのであった。

 

 目的の日が動き出すまで……あと一月と少し。

 ルキア捜索という大名目を背負って、私はまた現世へと向かった。

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