師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
結論から言えば、それはそれは……苦しい戦いだった。
元々百年前に隊長の座についていた人物に、虚の力が加わる。そしてそれを使いこなす彼らの力は、私が経験してきた戦いの中で最も苦しい戦いを強いられた。
私に休憩がないのとは違い、彼らは八人で呼吸を整える時間がある。
「はあっ……はあっ……」
「なんや、威勢が良かったんは最初だけかいな」
「話してる暇ちゃうやろ!! ハゲ真子!! 畳み掛けるで!!」
ひよ里さん、矢胴丸さん、拳西さん、ましろさんらが前衛を常に張り攻めるいる手を止めない。
中衛から愛川さん、鳳橋さんの二人。
後衛から警戒しなければならないのは、有昭田さんの縛道。
そして、全体を常に見渡す司令塔の平子さん。
どれだけの時間戦い続けているのかもわからない。
「そうですね。お互いに時間が経ちすぎています。そろそろ人を削る具合ですかね」
「息切らして吠えても何の説得力もないで」
私がそういうと、右横方向から飛んできたのは矢胴丸さんの刀。
薙ぎ払うかのように振るわれた刃を躱す為に、反対方向へと下がる。
「んんんっ……スーパーましろ……キーック!!」
途端に私が下がる場所に合わせたかのように打ち込まれる、ましろさんの蹴り。
それを脇で挟むようにして受け止めた。
__ズダアアアアアンッ!!!
ぶつかりあった私達は、勢いそのままに閃光のような速度で壁に叩きつけられる。
その衝撃波は凄まじく、コンクリートで造られた真っ平らだったはずの壁の一面が歪に凹むほど。
「ゲホッ……」
胃から逆流し、口の中を満たした血を地面に吐き出す。
僅かに届いた矢胴丸さんの刃の切っ先が、隠していた私の顔布の一部を斬り裂いていた。
右目だけが彼らからも見える状態。これだけならまだ素顔は分からないだろう。
「んんん?」
思ったような威力が出なかった事が不思議なのか、ましろさんは首を傾げる。
「ましろ!! 下がれ!!」
拳西さんのその指示は……少し遅い。
私は僅かに口角を上げて、ましろさんの胸元に手を翳した。
「っ……」
そのまま崩れ落ちるかのように地面に倒れ込むましろさん。
意識が刈り取られた反動か、付けていた仮面が割れて消えた。
「何しやがった!」
「煩いなぁ……白伏ですよ」
怒鳴り声を上げる拳西さんに向かって、口元の血を拭いながら答える。
その返事に、にわかには信じられないという表情をする彼。
「そんなわきゃねぇ……俺らに白伏をかけられるほど隙なんてねぇぞ」
白伏は、鎖結と魄睡に鬼道をねじ込んで一時的な仮死状態にする技。
戦闘中において、最大の神経を張り巡らせているような人相手に使える技じゃない。
あくまで、相手の完全な隙をついて叩き込む不意打ちに近い術だ。
「だから、久南ましろさんを選びました。彼女が戦闘において、一番集中力に欠けていて隙が多いことは、貴方達が一番知っているでしょう」
「っち……。それを差し引いてもってことだ」
「理解が遅いですね。それほどの技術が私にあると認めた方がいいです」
戦闘員が一人欠けた。その事は、彼らが今まで攻め込んでいた態勢を変える必要を求められる。
一度止まった彼らの足。
その中心から私の正面に立ったのは、平子さんだった。
「その気持ち悪い敬語やめぇや」
相変わらず歯を見せる程に笑い顔の平子さん。
戦闘による疲れからか、汗は見えるがまだ追い込まれているようには見えない。
「やっと……感じたで」
「何の話ですか?」
「さっき、"煩いなぁ"ゆーたやろ」
「すみません。無意識でした」
「そん時や。お前からようやく"殺気"を感じたで」
会話をするくらいなら、もっと追い込んで欲しいのに……。
会話による小休憩を求めているのか、それとも別の目的があるのか。
どちらにせよ、様々な場合を考慮しても……私に特段メリットも感じなかったがデメリットもないと判断した。
「お前と戦っとるとな、まるで機械を相手しとるみたいや。こっちの手に対して確定有効打のみをひたすらに返す。感情がないねん、お前の戦いに」
「……戦いに感情なんていらないですよ」
「そや。けど、それに合わせて殺気すらない。……俺らで遊んどるんなら、ますます"アイツ"にそっくりや」
彼が言う、アイツとは……藍染さんの事だろう。
似ているか似ていないか。それだけを判断基準としている彼らは……少し愚かだと思う。
昔から、誰に似ているだの誰には似ていないだの。
……私は私なんだけどなぁ。
そんな事を思いながら、死覇装についた砂埃を払う。
しかし、次に平子さんが紡いだ言葉に、私は
「はよ、お前の本性見せぇや。こっちも手加減無しや。バケモンはバケモンらしく戦わんかいな」
何がきっかけかは自分でも良く分からない。
本気で自分達全員を倒されるわけが無いと思い込んでいる彼らの浅薄さか。
それとも、久々に言われた"化け物"という言葉か。
それとも、好きに戦えという提案か。
なんにせよ、私は……楽しさを覚えた。
これだけの長時間戦って、未だに不意をついて一人沈めただけ。
その事実が、私の細胞をうずかせる。
勝ちたいのではない。
どうやって彼らに敗北を叩きつけようか。
その事を考えると……楽しい。
私の中の、"ナニカ"が私を飲んでいくような感覚。
私じゃない私が、全身を蝕んでいく。
「……ええ目するやんけ」
その会話を皮切りとして、戦闘が再開した。
真っ先に突っ込んできたのは、ひよ里さんと矢胴丸さん。
刀身に突起物が無数についた大剣を振りかざすひよ里さんの刃を受け止める。
「死ねや」
そのまま彼女が被る仮面の一本角に集まる光。
虚閃だ。
私はその角を……掴んだ。
「は?」
まさかの行動に、仮面越しですら彼女が大きく目を見開いた事が手に取るように分かる。
そしてそのままひよ里さんを、矢胴丸さんが向かってきていた方向へと投げ飛ばした。
二人がぶつかり合い、地面に叩きつけられて転がる。
信じられないような物をみた彼らの目を見て、私は彼らに微笑む。
「本当に面白い人達。逆ですよ。私が貴方達を見下しているんじゃない。貴方達が私を見下しているんです」
「だったらなんだってんだ」
拳を握りながら距離を詰めてきた拳西さん。
私はその彼の手を蹴り飛ばす。
「 散れ 千本桜 」
そして、体勢を崩した所を間髪入れずに、無数の刃で彼の全身を飲み込んだ。
「だから、貴方達は……私の言葉を聞き逃す」
たった一瞬で三人が地面に落ちた事を、流石に警戒したのか残りは踏み込みを止めている。
今更だ。もう遅い。
私は自分の鎖骨付近をトントンと指で叩いて見せた。
「私は護廷十三隊の中でも、結構特別のようでして。知っているでしょう、限定印。それをもれなく私も刻まれています」
「仮にそうだとしても、公式戦闘ではない今、解除の方法などない筈デス!」
有昭田さんの言葉に、私は少し死覇装の襟元を引いて見せた。
その鎖骨付近に打たれた限定印。
各隊の隊紋が刻まれている。
それを打つも解除するも……私達の専売特許。
薄れて消えていく隊紋。
しかし、彼らの目にはしっかりと見えただろう。私が何処に所属している者か。
有昭田さんは……言葉を失った。
その動揺は……戦闘時において敗北を意味する。
瞬歩で近づいた有昭田さんの真横。
そこで、私は囁くように言葉を紡ぐ。
「どうも。お初にお目にかかります。自己紹介がまだでしたね。鬼道衆総帥大鬼道長、如月姫乃……と申します。お爺様は、実に有能な私の
その言葉が意味するもの。
それが分からない彼ではない。
全身の力を無くし、その場に膝をつく有昭田さん。
「ほら、貴方達は……こんな言葉一つで戦意を失う。脆い、脆すぎる」
「流石にもういいよね、真子。
卍解 金沙羅舞踏団 」
鳳橋さんの卍解。
それにより、周囲に無数の人形のようなものが召喚された。
周囲に響き渡るのは不協和音に近い音楽。
その音が私の耳に届くと共に、視界が大きく歪んだ。
「
卍解の術の一つだろう。
現れた人形達が回転を初め、それ共に津波のように現れる水流。
それが私を閉じ込めるかのようにして全方位を包囲した。
「何を聞き逃したか、教えてあげる。私を倒すのに、時間がかかりすぎていると。此方がどの順番で戦力を削るのか、計算させるには充分すぎる時間を与えてしまった」
私は……なんの躊躇いもなく、自分の耳に指を突っ込んだ。
高揚しているからか、それとも他に付けられた傷の方が痛いからか。
どちらにせよ、痛みは感じない。
音を拾わなくなった耳。
それと同時に、目の前に展開されていたはずの水流が消えた。
「聞こえなければ役に立たない卍解など、見せない方がマシだったという事を覚えていた方がいい」
彼らが何が口を動かしているが聞こえない。
体内に反射する自分の声だけが聞こえる。
私が構えた刃が、真っ直ぐに鳳橋さんへと伸びた。
寸前で躱す鳳橋さん。
「ほら、もう忘れている。私の攻撃手段が刀だという意識に飲まれている。自己紹介はしたはずだ。
_破道の九十 黒棺」
私の放った黒棺。それに飲まれる鳳橋さん。
だが……その黒棺が開いた時、その中に彼は居なかった。
_ドンッ!
私の背中に感じたのは、誰かが私の背中を殴りつけた音。
視界の端で、クルクルと片手で刀を回しているのは、平子さん。
この二つの事象が、現状の答えを導き出す。
「……逆か」
平子さんの口の動きを見る限り、『よー気がついたやんけ。騙し討ちは俺の専売特許でもあんねんで』
と伝えたいようだ。
そして、背後にいた拳西さんの懐剣状に変化した刀。これは……彼の卍解か。
無限に叩き込まれる殴打。
骨が砕ける音と、久々に感じる激痛。
それにより私の体は地面を何度か転がった。
「見くびりすぎだぜ。ハッチ以外の俺らが鬼道を一切使えないと勘違いしてねぇか? 気配を消すくらい出来なくてどうすんだって話だ」
……ああ。楽しい。
こんなにも体が痛いのは、いつぶりだろう。
間髪を入れずに距離を詰めてきた愛川さんを視界に捉える。
……いや。もう、耳も……目も要らない。
そう思って、目を閉じる。
『戦闘で姫乃が目だと思っているものはなんの役にも立たないよ。心の目……所謂、霊圧知覚能力で相手の動きを読むんだ』
幼き頃より、泣いても喚いても叩き込まれてきた戦闘術。
今はっきりとわかる事。
それは、あの人が教えてくれた戦闘術は、虚と戦う戦闘術なんかでは無かったという事。
元来より、私に刻まれてきたのは……対人戦。
私が学んできた事は、護る力なんかじゃない。
向かい来る人を……薙ぎ払う力。
戦意を奪い去る為の圧倒的な対人用戦闘術。
その力を今、遺憾無く発揮して……楽しいのに。
どの角度から攻め込んでも、未だに戦いを辞めない彼らが楽しいのに。
久々に戦っていると実感出来て……嬉しいはずなのに。
愛川さんを斬り捨てる。
逆撫の効力は、もちろん効かなかった。
そのまま私は、起き上がりかけた人を全て感知して、刃で……鬼道で……持てる術を余すことなく遣い、地下を駆け回った。
そして、十分ほど経った頃。再び目を開ける。
そこには、あちらこちらに転がる戦闘不能な人物達。
「……もう終わりですか?」
どうしてそれを見ている視界が滲んでいるのだろうか。
ここまで本気で戦えることが嬉しくて、楽しくて。
それなのに、目に滲むこの暖かいものは……一体なんなんだろう。
私は一体……何を本能に刻まれたのだろうか。
……私は、誰なんだろう。
「……立って下さいよ。一度二度斬られたくらいで、沈まないで下さいよ」
流石に両耳聞こえないのは不便だ。鳳橋さんはもう動けそうにない。
そう思って、回道で片耳だけ修復した。
音を再び拾えるようになって、聞こえてきたのは平子さんの声。
「……此処にお前ん探し物はあらへんで」
「ああ、話せるんですね。まだ壊れてないですね。起きてください」
「……聞こえてへんのか」
「聞こえています。でも今は関係ないでしょう。戦いを続けましょう。こう見えて、踏み潰せば直ぐに壊れてしまう物を壊さないよう加減するのは難しいんですよ」
私のこの口を操っているのは……誰だ?
私が私ではなくなる。
そんな感覚。
この視界が滲んでいるのはきっと、それに対する精一杯の心の拒絶。
私は、持った刀を逆さに返した。
「名無之権兵衛
〆之菩胎……」
これを遣えば、これ以上戦えなくなると分かっていて。
それでもこうすると決めたのは……。
実は自分の体の方も限界を感じていたからか。優勢に見えるが、実の所八人相手にキツいのは本当だ。
ここまで戦いに心頭していなければ、負けていた可能性だってある。
いや、それは理由のただの一部。
……あれ。此処に来た目的はなんだっけ。
ああ、そうだ。ちゃんと目的はあった。
けど今……私は彼らに何をしようとしているんだろう。
壊しに来たわけじゃないのに。有昭田さんに何を言ってしまった?
戦意を失わせるためだけの為に……私の口はどんな言葉を紡いだ?
あれ……私は……。
『もうやめて!!! お願いだよっ……お願い姫乃っ……これ以上……変わらないでよっ……』
解号を唱える寸前。
見ていた景色が止まった。それと同時に、世界の色の全てが白へと変化した。
『姫乃っ……僕がいるよっ……。僕が絶対に傍にいるからっ……。だから、そっちに行かないでっ……』
大泣きしながら、名無之権兵衛が手に何かを持っている。
彼の体格には全く見合わない為、半ば引きずるようにして両手で持ってきた刀。
『実物じゃないけどっ……刀を模倣出来るから……幻影くらいは造れるよ……』
必死で名無之権兵衛が私に見せる刀。
それは……捩花。
海燕さんの刀。
『彼の言う通りだよ。此処に姫乃の探し物はないよっ……。帰ろう、僕と一緒に……帰ろうよっ……』
「……帰る場所なんて何処にもないの」
『あるよっ……皆待ってるよっ……』
「私は藍染と戦わなきゃいけないの。此処で止まれないの」
『戦わなくていいよぅ……。姫乃の心が壊れちゃうよっ……』
ワアワアと声を上げて泣く名無之権兵衛。
その姿が……幼い時の自分と重なった。
怖くて、悲しくて。何処にも光が見えなくて。
そんな中……安堵出来た場所は……何処だっけ。
いつも涙を止めてくれたのは……誰だっけ。
私は名無之権兵衛をそっと抱き上げた。
この子の涙を止めてあげられるのは……私しかいないんだ。
抱き上げたと同時に、私の意識が闇へと落ちた。