師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
仮面の軍勢と呼ばれる彼らの拠点。
その一階にて数名の人物が寄り集まっていた。
「ねー、絶対真子が変な地雷押したんだって」
「なんで俺の所為やねん!」
頬に空気を入れて風船のように膨らませるのは、久南ましろ。
彼女の隣にあるソファーに寝ている少女こそ、先程まで戦闘を行っていた如月姫乃だ。
「ねー、やっぱ義骸じゃないよー。この顔の布取っていい?」
「やめとけ。見たっていいことなんか一つもねぇぞ」
寝ている姫乃の腕や頬をつついては難しそうな顔をする久南。
それを横目で見ていた拳西は、はあっとため息をついた。
「コイツが意識ぶっ飛ばなきゃ、今頃俺達は五体不満足者で済めば良好ってとこか」
「ウチには、刀が無理やり止めたように見えたけどな」
「そりゃ、優秀な刀だ」
本に目を通しながら見聞を話す矢胴丸。
その答えは正解であるが、正解だと教えてくれるものはいない。
それぞれが自分のやりたい事をやりつつ、ポツポツと交わされる会話。
それに限界が来たのか、バンッと机を叩いて立ち上がったのはひよ里。
「はよコイツ叩き起こせや!! 家を滅茶苦茶にされた挙句、ウチらん事侮辱したんやで!? 首絞めて、何者か聞き出すんが普通先やろ!?」
「侮辱じゃねぇよ。挑発だっつーの」
「何がちゃうねん、ラブ! どっちも一緒や!!」
当然のように見つかった自分達の所在地。
そして藍染との確執を知っている事。
ただの死神……では済まされない事は彼らも理解出来ている。
「じゃあ、ひよ里はコイツをなんだと思ってんだよ」
「敵に決まってるやろ、このアホナス!! 藍染の事を知ってようが知らまいが、死神っちゅー時点でウチらの味方ちゃうわ!!」
一を百で返す勢いで、愛川の質問に答えるひよ里。
「んー、まあ、勝つ為とはいえ平気で自分の鼓膜突き破る子は、確かに普通の子じゃないねぇ」
「ローズは論点がちゃう!! 黙っとれ!!」
「はいBaby、そんなに怒ったら腹の傷がまた開くよ」
会話自体は普通に行われているように見えるが、全員満身創痍。
正直、姫乃が倒れた事にほっと息をついたものも多い。
「どうみても喜助の所為やろ。ひよ里、アイツ連れてこんかい」
「なんでウチやねん!! ハゲ真子が行けや!!」
「お前が此処におると、煩くてしゃーないわ」
シッシと手をひよ里に向かって振る平子。
それに苛立った表情をみせるひよ里だったが、結局愛川同行の元、浦原商店へと向かうため出ていった。
ひよ里達が出ていった扉から目線を逸らして、再び彼らは姫乃の方を見る。
「……ましろは何で寝とんや」
「さっきまで寝て、また寝る。そういう奴だろ、ほっとけ」
「んん……拳西のえっち……」
「……こいつ……後で殺す……」
姫乃にもたれ掛かるようにして寝ているましろの頭を拳西が叩いた。
それでも彼女が起きる様子がない。
兎にも角にも、ようやく場に落ち着きが戻った。
「笑いながら戦って泣くて……気持ち悪い奴やわ」
「闇深い系女子。クズ男に捕まる典型的なメンヘラやな」
「……リサ……。その見立ては合ってても間違っててもどっちでもええわ」
「割とエロ本に出てくるタイプの女やで」
「知らんがな……。男知ってそうな顔には見えへん」
「見てへんやろ、顔。それがまた萌えの想像を掻き立てるんや」
「……黙っとれ」
相変わらず本から目を離さず、好き放題言う矢胴丸に平子がため息をついた。
先程からこの場にはため息が尽きない。
「まあ、こいつの主張から推測する限り、俺らとぶつかったんは度胸試しみたいなもんやろ」
「まんまと乗せられた俺らもヤバいけどな」
「んで、ほんまの目的は……ハッチ。お前ちゃうか」
平子がそう言って視線だけを横にズラす。
この場にいて、未だに一言も話さない一人の大男。
それが、有昭田鉢玄。
「……だんまりかいな」
突然嵐のように巻き起こった事象は、結局浦原喜助の到着……もしくは姫乃が起きるまで解決しないのだろう。
これ以上会話する事はないと判断した平子は、その場を立ち上がって自室に帰ろうとした。
その時、小さな……聞こえるか聞こえないかの声で口を開いたのは、沈黙を決め込んでいた有昭田。
「……マス」
「なんや、大きい声で言わんかい!」
「私は……この子が何者であっても……手助けをしマス」
紡がれたその言葉。
流石に全員が有昭田の方を見た。
「……俺らを裏切るんけ」
「……例えそうなったとしても。これは……祖父から私に託された願いデス」
「何がや」
「祖父がこの子の動向を把握していない筈がない。それでも……黙認しているということは……。この子についていくと決めているのデス。私は……家族の想いを裏切る事は出来ないデス……」
有昭田の説明に、平子は頭をかく。
「……ひよ里外に出しとって正解やわ。今の言葉、この場限りやで」
「ハイ」
再び場に静寂が流れようとした時、バタバタと大きな物音が遠くから聞こえてきた。
「……早ないか?」
平子が言った通り、この物音の原因は……今しがた出ていったばかりのひよ里達だ。
ダアアアンッと凄まじい物音と共に、リビングの扉が開く。
現れたのは、ひよ里と愛川。そして首根っこを掴まれた状態でヘラヘラと笑っている浦原。
「……随分早いな」
「倉庫前におったんや!!」
「いやあ……見つかっちゃいまして」
ようやく進む物事に、平子は再び椅子へと腰を下ろした。
浦原は部屋に入るなり、寝ている姫乃を見て目を丸くする。
「あれ? 負けちゃったんスか?」
「実質、俺らの負けだ。コイツが勝手に意識を失ったんだ」
「そしたら、希望の対話が無事叶ったんスね」
満足そうに扇子を閉じる浦原。
その様子に拳西がこめかみに青筋を浮かべた。
「やっぱてめぇの仕業か……。一から十まで洗いざらい話しやがれ」
「最悪の事態になった時、止めれる準備は万端やったっちゅーことやな」
拳を鳴らしながら近づいてくる拳西を見て、浦原は慌てて惨状の説明を始めた。
……………
………
……
…
「ウチは認めへんでぇええええ!!!」
全ての説明が終わった時、真っ先に怒鳴り声を上げたのはひよ里。
「この際、此処に来た理由はどうでもええわ! けどなぁ、何でコイツが藍染を討つ作戦の主軸やねん!!」
「そ、それは……先程も言いましたけど、この子の記憶に基づいて動いた方がより有効的だからっスよ」
「その信用は何処にあんねん! あらへんやろ!? 大体、数日前にあったばかりの女の話を何で喜助が丸々鵜呑みにしとんや!!」
捲し立てるように詰めるひよ里を、平子が一度手で下げた。
浦原は、何処か視点が定まっていない様子だ。
「……煩いけどな、ひよ里がゆーとる事は正論や。お前には世話になっとる、感謝もしとる。そんで、女にたぶらかされた言葉に乗るほどアホやとは思ってへん。……何が目的や」
平子と浦原が互いに見つめ合う。
「一つゆーとくで。あのガキ、戦いには向いてへん。何処かで落としたままの心を見失っとる」
「……アタシも分かってますよ」
「なんでや」
「……聞けないっスよ。だから平子さん達を頼ったんです」
「なんでや、聞いとんねん」
「……どれだけ取り繕っても、離れすぎた時間は……踏み込む事を躊躇わせるからっス」
要領を得ない浦原の回答に、平子が目を細める。
だが浦原もそれ以上答える気はなさそうだ。
互いに膠着状態になった時……。
「んん? あれ、この子……なんか誰か似てない?」
全員の背後から聞こえたのは、寝ていたはずのましろの声。
振り返ると、拳西に開けるなと言われていた顔布を……当たり前かのように取っていた。
「ん……」
それと共に、差し込んだ照明の光が眩しかったのか姫乃が身じろぐ。
「……誰に似てるも……何も……」
拳西の言葉と共に、全員の顔が浦原の方へと戻った。
「アハハ……」
乾いた笑いを出す浦原。
先程の説明では一切されていなかった事実。
目を開けた姫乃の声が、部屋に響いた。
「……お父さん? 何で此処に……」
寝ぼけたような声。
「おはよう、姫乃。気分どうっスか?」
「……良くはないです」
「……誰や、コイツ……なあ、喜助……」
「アタシの娘っス」
一拍の間があった後、倉庫の外まで聞こえる絶叫が響き渡ったのは当然の事だった。
**********
意識が途切れた後、いつぶりか覚えていないほど久々に……深く寝た気がした。
ずっと恐ろしかった。
立ち止まれば……寝てしまえば。また夢に喰われるのではないかと。
何処まで逃げても、藍染さんの影が私の背中に張り付いて取れない。
戦いの最中、自分の言動は嫌ってほど師匠と重なる。
それで……そうして行った戦いが楽しいと思えた。
そんな自分が嫌だった。
あの時、名無之権兵衛が止めていなければ、彼らから……戦う力を奪うところだった。
ねぇ、権兵衛。
私は何処に行けばいいのかな。
何かを掴もうとするこの道は、孤独だ。
誰一人に打ち明けられない心。
同じ立場など誰もいなくて。
独りの道だと分かっていて。
それでも独りに怯える私は……弱くて臆病だ。
だから精一杯大人になろうとした。
責務で自分を塗り固めた。
誰かの為に動くこの道で……私の為に動くことが出来ないまま。
誰かの為と毎日毎日心を縫い付ける間に、自分の心を見失ってしまった。
あれほど与えられた心が、指の隙間からこぼれ落ちていく。
どう防げばいいのかわからない。こぼれ落ちそうになる心の留め方を、誰からも教わっていない。
この土砂降りは……何時になったら晴れるのかな。
『……それが分からない間は、僕は君に卍解を教えられない』
頭の中で聞こえた名無之権兵衛の声。
お願い。もう一度……蓋をして欲しい。
あと少しだから。あと少しで……終わるから。
『……君がそう望むなら。でも、向き合わなきゃ何も……』
わかってる。あと少しだけだから……。
また心の鍵を縫い付ける。
それと共に、意識が現実へと戻って行った。
起きて直ぐにした会話はよく覚えていないが、怒涛に迫る仮面の軍勢からの質問にひたすら答える時間。
全ての説明が終わった時、とっくに夜になっていた。
「ウチが必死こいて仕事しとる間に、白玉はわけわからんもの作って、ハゲは子作りしとったんか!! それでええと思っとるんか!? なんか言えや、ハゲ!」
「落ち着け、ひよ里。そりゃあ、初恋が玉砕した気持ちも分かるけどよ」
「ちゃうわああああ!!!」
ひよ里の叫び声に、一同が耳を閉ざす。
私ももれなく、その内の一人だ。
「いくらワンナイトラブで出来た子ゆーても、可愛いもんは可愛いんか」
「リサは言い方をどうにかしろっての」
「わん……ないと、らぶ?」
「ひ、ひ、姫乃は知らなくていいんスよ!! 要らない知識ですから!!」
「浦原も落ち着けよ……」
ツッコミ役に回っている愛川さんに疲れが見えてきた頃、どうにか場が落ち着き出した。
私達に興味を失った人達から、一人また一人と部屋を出ていく。
そんな様子を眺めていると、ひよ里さんが私の前に立った。
「ウチは認めへんからな!! 勝手にやって、勝手に死んだらええねん!!!」
「おーい、ひよ里。それじゃ、死ぬなって言ってんのと同じだぜ」
「じゃあ死ねや!!!」
「……ありがとうございます。もがいてみます」
ニコッと笑ってひよ里さんにそう返すと、彼女は少し目を開いた。
そして、思いっきり私の足を蹴る。
「いっ……」
「その笑い方!! 気に食わへん!! あのハゲと同じ笑い方や!!」
「ご、ごめんなさい……」
ふんっと鼻を鳴らして、ひよ里さんは部屋を出ていってしまった。
その方向を眺めていると、目の前に飲み物が入った湯のみが置かれる。
拳西さんが何か飲み物をいれてくれたみたいだ。
「やり方がとことん気に食わねぇな」
「……ごめんなさい」
「浦原も浦原だ。親ってのは、子供の願いを叶えるために駆け回るのが仕事じゃねぇよ」
拳西さんがそういうと、父は困ったように笑った。
「確かに要件の殆どは叶っただろ。けど、その分……」
「拳西。構いすぎや。ほっとけ」
拳西さんの言葉は、平子さんによって止められた。
「昔から、子供相手に甘すぎや」
「じゃあ、真子も席を外せよ」
「俺は喜助に用あんねん」
なんとなく場に居づらくなって、私は一度倉庫の外に出た。
現世で見る星も、尸魂界で見る星も変わらないな。なんて思いながら夜風に当たっていると、シャッターが開く音が聞こえた。
仮面の軍勢は普段、義骸に入っている為、気配がわかり辛い。
私の背後から近寄ってきたのは、有昭田さんだった。
「……転送術デスね」
「お願いできますか? 有昭田家のみに伝わる術ですから」
「ハイ。わかりました」
「……勒玄は元気ですよ。嫌ってくらい」
「それを聞けただけで、私は貴女に感謝しなければなりまセン」
私は有昭田さんと向かい合い、頭を下げた。
「先程は酷い伝え方をしてしまって申し訳ありません。勒玄は好んで私の傍にいるわけではないんです。貴方を失った復讐心を利用させてもらっています」
「……祖父は、もう赦しています。きっと、貴女と共に時を過ごせて幸せデス」
それは有り得ない。
勒玄が私といて楽しそうだった事もなければ、互いに探り合いの関係性。
現世にいるテッサイさんも、有昭田さんも知らないのだろう。
鬼道衆がどれだけ深い絶望の中にいたのかを。
「会いますか? 連れてこれます」
私の提案に、有昭田さんは首を横に振った。
「……私は、握菱さんと共に。祖父が忠誠を誓った貴女に、私も敬意をはらいマス」
「……感謝します」
その日から、実に歪で刺々しくはあるが、私は現世に赴く時間の許す限りを彼らと共に過ごすことにした。
鬼道を封印した戦闘術の底上げ。有昭田さんから伝えられる私の知らない結界術の数々。
そして、現世にてやらなくてはいけない事をやり尽くすため。
焦っても焦らずとも、時は等しく刻まれていく。
現世に住まう、忘れられない人……忘れたことの無い人に再会したのは、この日よりまた時が進んだある日の事だった。
現世に姫乃絡みの奴はあと一人いるだろう……。
ほんの僅かな再会の時を……。