師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
——真央霊術院
春が来て、私は無事真央霊術院へと入学を果たした。
「ほら……あの子が……」
「愛想なくね?」
一人教室の角で座る私に向けられるのは、好奇の目ばかりだ。
真央霊術院主席入学、如月姫乃。
流魂街出身でありながら、特進学級に籍を置く私に興味を示す者は多かった。
けれど、友達と呼ばれる存在には恵まれない。
「……ここでも一緒か」
私と目が合った瞬間、避けるように逃げるように人は離れていく。
ただ、真央霊術院に入ったことは総合していいことの方が多かった。
まず、一般開放されている図書館だ。
図書館の歴史書を読めたことで、現在の各隊隊長格の名前だけでなく、過去の隊長達の名前を知ることができた。
私は机に座りつつ、借りてきた本に目を通す。
「……五番隊の前の隊長は、平子真子……。知っている人だ」
流石に過去の偉人の全てを知っているわけではない。ただ、記憶の中にいる人と一致する名前は多く見つけることができた。
「……離隊理由まではわからないか」
霊術院生が知れる範囲などたかが知れていて、この本に載っているのはただの名前だけ。
幼い時にある日突然流れ込んできた映像は、夢として時折見ることがあった。
変化はあった。死神になりたい。そう決めたその日を境に、私は
元々事象として説明のつかないものだったので、見なくなったことに関して特段思うことはない。けれど、今後長い人生の中で幼い時に見ていた夢をどこまで覚えていられるだろうか。すでにぼやけていることも多い。
そして、あの夢は……本当に正しいのだろうか。
「信じるには、余りにも根拠がなさすぎる」
私は本をパタリと閉じて窓の外を見つめた。
入学して二つ目によかったことは、得意な鬼道を好きなだけ訓練出来ることだった。
鬼道の才を認めてくれた教員が、特別に演習室の鍵を私に貸してくれたんだ。座学にはほとんど出ずに、一日中鬼道演習室に籠っていることが多い。
周りからの視線さえ気にしなければ、学生生活は存外過ごしやすい毎日だ。
そして、私だけが浮いている存在というわけではなかった。
チラリと視線を向けたのは隣の席。誰と会話することもなく、また誰も近寄ろうとはしない存在がいる。
明らかに高貴な貴族と一目でわかる身嗜み。
——朽木家二十八代目次期当主。朽木白哉。
彼と私が、今年の新入生の中で明らかに異質の存在だった。
「おい! 如月!! 授業を聞いとるのか!」
朽木から視線を外して外を眺めていれば、教鞭をとっていた教師から怒声が飛んできた。
聞いているのに聞いていないという扱いを受けるのは、私の受講姿勢がよくないのだろう。
「よいか! ここの一文は必ず覚え……」
「
己一人の命と思ふことなかれ。
「……覚えているならいい」
過ごしにくいわけではないが、心躍るほど楽しいこともない。嫌われることにも虐げられることにも慣れている。ただ、そうする人物が悪だとは思わない。私自身が他人と壁を作ってしまっているのだから。
じっと片隅に身を寄せて、ただ時が流れるのを待つしか術はなかった。
——キーンコーンカーンコーン……
授業の終わりを知らせる鐘が鳴って、今日の座学が終了した。
「次は剣術と鬼道実技だ! 五分で移動を済ましておけ!」
担任の指示に従い、生徒たちが移動を始めていく。
私は教室の鍵をかけるために最後に出る必要があるのだが……。
朽木白哉が動かない。
困った。四大貴族様に早く動けなどと言ったら不敬罪で首が飛ぶかもしれない。
「……あの。教室に残られるのなら施錠はしませんが」
そう声をかけると、彼は私の方をゆっくりと見た。
「……兄こそ、何故一度も振るわぬ剣を持つために演習場に向かうのだ」
「指示ですから」
「ここにいる間は、決して振るうことはないと?」
「……そういうわけじゃ」
彼の言う通り、私は入学してから一度も模擬戦で竹刀も真剣も振り下ろしたことはない。
刃を受け止めることもなく躱すだけ。だから、いつも不戦勝と戦闘意志無しの最低ランク評価しかもらえていない。
どうして試合をやらないのか。
答えは一つで、刃をぶつけ合う理由がないんだ。
楽しそうに剣術を習う彼らをいつも見学している。
そこに敵意も殺気もない。ぶつけ合う霊圧は綿のように軽い。
その錆びついた刃で……何を斬るつもりなのだろう。
入学するまで、藍染さんとしか戦ったことがなかったから、少し期待していた。もしかしたら、私にも好敵手のような存在が現れるんじゃないかって。
いないんだ。
傲慢だと思われるかもしれないが、皆……皆弱すぎる。
私の返事が止まったからか、彼の方が先に口を開く。
「私は本来であれば、形式だけ入学の手続きを取り、一月後には卒業をするはずだった」
「そう……ですか」
「主席の座を奪われ、そしていつも力を隠している貴様が気に食わぬ」
「……ごめんなさい」
そうしようと思ってしたわけではないが、私の成績のアンバランスさは四大貴族のプライドを大いに傷つけたようだった。
「故に!!」
朽木が私に向かってビシッと指を指してきた。
「貴様に試合を申し込む!!」
「……え?」
「女子に手を抜かれた上での卒業など、朽木家次期当主としてふさわしくない! だから貴様に今日真剣試合の申し込みを命ずる!」
……波風の立たない学生生活に、津波が突然押し寄せた。
——真央霊術院 実技演習場
実技は、鬼道と剣術の二組に分かれて行われる。
私は前半鬼道実技だ。
「次! 如月! 演目は赤火砲」
順番が来て腰を上げれば、私が通る道を開けるかのように人が避けていく。
皆私より背が高いのに……変な感じだ。一年生の中で最も幼い見た目だというのに。
立ち位置に付くと、私は片手を構えた。
「 破道の三十一 赤火砲 」
ドンっという爆発音と共に、私の掌から出された火炎玉。それは五十メートルほど離れた場所に設置してあるいくつもの的をすべて巻き込んで爆発した。
やらかした。一つは的を残していないと、後続の人たちが困ってしまう。
「……詠唱破棄だと?」
採点をしている教員が驚いたようなそんな声をあげた。いつものことだから今更? と思って教員の顔を見れば……なるほど、担当が変わったらしい。普段見ていた人じゃない。
私のことを見るのが初めてなのだろう。
「採点……お願いします」
「あ、ああ。特A評価だ」
「ありがとうございます」
自分の番が終わったら、あとは残りの人が終わるまで自由時間だ。
私は最初にいた場所に戻って、膝を抱えて座り込む。
……朽木白哉と勝負? やりたくないな……。
適当に負けてしまおう。
そう考えていると、誰かが私の前に立ったことに気が付いた。
顔を上げると、二人の女の子がいる。少し気まずそうに……何かを言いたげに。
「……何?」
「あの、えっと……」
二人は、モジモジしていたが意を決したように言葉を紡いだ。
「鬼道、教えてほしいの!!」
「如月さんすごく上手でしょ? だから……」
その言葉に、私は目を丸くした。
特進組なんて、貴族の集まりだ。仮にも流魂街出身の私に教えを乞うなんて……プライドが許さないはずなのに。
「私達、流魂街出身なの! だから如月さんにずっと憧れてて……」
「今日絶対話しかけようって、二人で決めてたんだ!」
ね? と顔を見合わせながら笑いあう女の子達。
私に憧れて? 憧れの対象になるようなことをした覚えはないが、話しかけてもらえたことは……純粋に嬉しかった。
「いいよ。うまく教えてあげれるかわからないけど」
私がそう返すと、二人は少し驚いたような顔をした。
「わあ……如月さんが笑った顔、初めて見た!」
「ね、姫乃ちゃんって呼んでもいい?」
「うん、いいよ」
五大貴族の跡取りとの試合という憂鬱な未来を前に、この学校にきて初めて嬉しいことがあった。
良いこともあれば悪いこともある。って、こういうことなのかな?
演習場の隅で三人で練習をしていると、いつの間にか人だかりが出来ていた。
「如月! 俺上手く直線に飛ばなくて……」
「えっと……霊力が足りてないかな。大きさにこだわる前に、小さくても中身が詰まっている方を意識した方がいいかも……」
「姫乃ちゃん、霊力知覚も出来るの!?」
「うん……変かな?」
「そんなことないよ! 凄いよ! 護廷でも出来るの副隊長さんたち以上だよ!」
一人切り出せば、後は波のように声をかけてくる人が絶えない。私の班は、指導員そっちのけで私を中心とした鬼道実技訓練に変わってしまった。
「私は途中で火が消えちゃうの!」
「詠唱しているときに、霊球がぶれてるよ。海隔て逆巻き南へと歩を進めよってところで集中力が切れちゃってるのかな……。うーん……最初に込める霊力を少なく意識してみて」
どうして上手くいかないのか一人一人に教えて、結果を見守る。
出来た! との声と共に笑顔で振り返る人たちにつられて、私もいつの間にか笑顔になっていた。
そうして時間を過ごしていたが、突然集団が全員黙り込んだ。
何事だろうと振り返れば、人だかりが一気に裂けて一本の道が出来る。
数メートル先に立っていたのは、朽木白哉だった。
「如月姫乃! 教員と話を付けてきた!」
話を付けきたんじゃなくて、首を縦に振らせたの間違いでは?
皆と一緒に練習することが嬉しくてすっかり忘れてしまっていたが、彼に真剣勝負を一方的に叩きつけられていたんだった。
「私と勝負しろ!」
朽木の言葉に、周囲が一気にざわつく。
「四大貴族のご子息様と勝負?」
「朽木様が持っているの、真剣じゃない?」
「嘘! 木刀じゃないの?」
周りのそんな言葉なんて一切気にしていないかのように、朽木は私を真っすぐ見て距離を詰めてくる。彼の手から差し出された剣を受け取ることをためらっていると、さらに詰めてこられる。
周りにいたはずの人たちは自然と遠ざかり、私と彼だけがその場に残った。
「受け取れ! それとも、差し出された剣を受け取らないほど恥知らずか!」
五大貴族とは、もう少し淡々とした人たちの集まりだと思っていたのに、彼はどうやら血の気が多いらしい。確か夢で……そんなこともあったようななかったような。
私はためらいつつも、拒否という選択肢を与えられていない以上受け取るしかなかった。
剣術演習場の中心部で二人で向かい合う。周りには、どこで話を聞きつけたのかほかのクラスの人たちや上級生までもが見学に押し寄せていた。
「手抜きは許さぬ!」
「そんなこと言われても……」
他の生徒と朽木が決定的に違うのは、明らかに殺気をまとっていること。曲がりなりにも英才教育を受けてきた五大貴族は、戦うということがどういうことは流石に分かっているようだ。
「如月って……剣術出来ないんじゃなかったのか?」
「いつも負けてるよね……」
「朽木様はなんであんな奴を指名して……」
コソコソと話をしている観戦者たち。
先に踏み込んできたのは彼の方だった。
「対峙しても剣を抜かないというか!」
「っ……」
周囲とは一つも二つも飛びぬけた太刀筋だ。後方に飛んだが、逃げ遅れた前髪が僅かに斬られた。
速い……。この人、剣術より歩法が圧倒的に上手だ。
「私の瞬歩を躱すとは……やはり力を隠しているようだな」
「……直感です」
瞬歩が使えるのか。それは厄介極まりない。
何を隠そう、私は瞬歩を使えない。藍染さんにもとっくの昔に匙を投げられたほど、私は壊滅的に瞬歩の才能がないんだ。
足に霊圧を込めて弾く感覚。と習ってやってみたら、山まで砲弾のように飛んで行ったことが懐かしい。
朽木からの追撃が来る。
——キィィィイン……
私は、剣を抜いて後方から迫っていた彼の剣を止めた。
「すっげぇ……誰か見えたか?」
「追えるわけねぇだろ。なんで如月は止めれたんだよ……」
「偶然だろ?」
私たちの戦いで何が起こっているのかわからない観戦者たちの声がする。周囲の声が聞こえるということは、私はまだ集中しきれていないらしい。
「剣、抜かせたぞ」
「流石です……。強いです」
「世辞はいらぬ!」
その言葉を最後に、朽木は口を閉じて猛攻を仕掛けてきた。
次から次に飛んでくる攻撃を受け止め続ける。
霊圧……殺意……技術。適当に負ければいいかと思っていたが、いよいよ集中しなければ私の方が怪我を負うほどの見事な剣術だ。
……楽しいかもしれない。
これが戦いだ。彼は、私の隙を的確に突いてくる。
強い。間違いなく強い。
私の中の闘争本能がジワリと引きずり出される。
もしかしたら、朽木白哉こそ好敵手となり得るかもしれない。
私も防御に徹するだけでなく仕掛けてみたい。
いつの間にか周囲の声は聞こえなくなり、私は少し笑った。
「……どうして瞬歩を使えない私が貴方の攻撃を全て止めれていると思いますか?」
キンッ! と刃がぶつかり合った反動を利用して後方へと飛ぶ。
彼は、距離を取らせまいと踏み込んできたが、私は初めて……自分も踏み込んだ。
ずっと防御に徹していた私が攻撃の姿勢を見せたことに、彼は僅かに驚いた表情をする。
「……遅いんです。貴方が」
どの面を取っても、間違いなく朽木は強い。けれど、その全ては藍染さんに届かない。
だけど、楽しい。楽しい。楽しい。私もずっと攻撃を受け止めてきた。彼の攻撃は遅いとはいえ、余裕で受けれるほど半端なものではない。油断したら刃が届くだろう。
だからこそ楽しい。全神経を戦いに集中されられたのは、この学校に来てから初めてのことだった。
だから、期待してしまったんだ。
私も彼の攻撃を止めた。
私も全力で返そう。きっと彼なら、私の太刀筋を読んで受け止めるだろう。
そして楽しい戦いは続いて、これからも好敵手になるんじゃないかと。
そう、期待してしまった。
朽木が剣を振り下ろすより早くに、シュッ……と私は真正面から剣を振った。
「……え?」
初めて全力を出していいんだと信じた試合。私は閉じていた霊圧も開放して全てを真っ向からぶつけた。
結果は……彼は反応出来ていなかった。
反応が遅れているとか、そういうわけじゃない。
私の霊圧に息を詰まらせた。それに気を取られて、迫っている剣に気が付いていない。
……なんで。
「っ……」
私はギリギリで刃の軌道を変えた。軌道が変わった刃は地面に刺さる。そのままだったら、朽木白哉を袈裟斬りにしてしまっていただろう。
「この私が……追いきれなかっただと?」
そこまでしてようやく、朽木白哉は自分が負けていたことに気が付いた。
「な、何故手を緩めた!!」
私は何も答えることなく、刀を鞘に納める。
そして彼に背を向けて歩き出す。
「待て! 如月! 答えぬか!」
ガッと肩が掴まれる。私は顔だけ彼の方に向けて、朽木の顔を見上げた。
「……五大貴族様を斬るなど……貴方の自己満足で私の命を飛ばそうとしないでください」
それだけ言ってまた私は歩き出す。
今度こそ、彼が追ってくることはなかった。
藍染さんに以外に死神の才を持った人たちと過ごしていく時間の中で、初めて本気で戦いたいと思った。
その結果は、私が……強すぎた。
誰も……誰も私の隣に立てる人がいない。
付けすぎた力は強大で……孤独な力だと知った。
その日から私は、全てに手を抜き始めた。
周囲と同じ技量で、平均的な存在でいようと決めた。
初めからバレてしまっていた鬼道はどうしようもなかったが、実技で既に見せた以外の技は詠唱込みで使うように徹底した。
威力も周りに合わせた。
誰かに教えることをやめた。
座学も、あえて間違いを適度に起こして主席の座から外れた。朽木白哉は願った通り主席の座を得ることができたようだ。
慣れていたはずの孤独とはまた違った意味で、『孤独』という名の海に深く深く沈められたかのような気持ちで毎日をそうやって過ごしていった。