師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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知りたくないほど
知りすぎてくこと
ただ過ぎる日々に呑み込まれたの
それでもただもう一度だけ会いたくて

あなたの言葉に頷き信じた私を
一人置き去りに時間は過ぎる
見えていたはずの
未来も指の隙間をすり抜けた
戻れない日々の欠片と
あなたの気配を
今でも探してしまうよ
まだあの日の二人に手を伸ばしてる


第五十一話 雨が止む音

 

 

 __西流魂街第一地区 潤林安北部

 

 昔と何も変わらない、物静かで穏やかな村の外れ。

 尸魂界に戻って、やらなきゃ行けないことは沢山ある。

 けど、足は自然と此処に向かっていた。

 導かれるように、背を押されるように。

 

「なんにも変わらないなぁ……」

 

 見渡す景色。

 小さな湖と、生い茂る森林。

 ここが私の死神としての原点。

 

 ……藍染さんと初めて会った場所。

 共に過した場所。

 

 私は近くの木を背に木陰に座り込んだ。

 目を閉じても、耳を閉じても……

 聞こえてくる、二人の笑い声。

 今でも鮮明に見える、思い出の数々。

 

 膝の上に置いた、名無之権兵衛の柄をそっと撫でながら呟く。

 

「……長い間、預かっててくれてありがとうね」

 

 向かい合わなければならないのは、現実でも未来でもなくて……過去。

 迫る戦いの時間に比例するように、私の中で叩き起されていく恐怖。

 

 藍染さんに教えてもらったこと。与えられたもの。それら全てが、私の一部を構成するものだということ。

 

「ううん。それは……実は大したことないの。おかげで、私こんなに強い死神になれたから」

 

 そして、閉じていた目を開いて僅かに斜め後ろを振り返る。

 

「……ね、私強くなれた? ……藍染さん」

 

 そう言うと、日陰の中から出てきたのは、今しがた名前を呼んだ人物。

 

「バレるとは思わなかったな」

「適当だよ。居ると信じて声をかけてみただけ」

 

 私はまた前を見て、穏やかに風が吹く景色を眺める。

 夏の匂いが満ちるこの土地の空気を、ゆっくりと吸い込んでは吐いた。

 

「二人で木に登って、虫取りしたね」

「懐かしいな。ほら、あの湖で溺れかけたこと、覚えているかい?」

「うん。あそこで追いかけっこした事は?」

「ああ、覚えている。最後に君は、必ずコケて泣くんだ」

 

 言葉を交わす度に、時が一つ一つ巻き戻るかのよう。

 これから迎える戦いの日々が、夢なのではないかと思うほどにゆっくりと流れる時間。

 

 見えないように、気が付かないように。

 否定して蓋をして。

 そうして過ごせば過ごすほど、不安定になっていくことは分かっていてそうした。

 もう、限界が来ていることにも気がついていた。

 

「……私の負け。藍染さん。私……この景色を見て、こんなにも深く息が出来てる」

「知っていたさ」

 

 昔っから、この人の言うことに反論出来た試しがない。

 それは……全部正解だから。

 どれだけ沢山の物を得ても、この人の言葉は……私の根幹を突いてくる。

 

 私という存在が、一つの大木だとしたら。

 死神として過ごした時の中で、出会って得たものは沢山の果実。

 けど……認めなければならないのは、この人は根だということ。

 私という存在が存在し続ける限り、朽ちて落ちることの無い深い根。

 

 そしてこの人は……また私を揺さぶる言葉を嘯いてくるんだ。

 

「もう頑張らなくていい。君は充分、頑張った。誰かが傷つくのを見たくないと言うならば、僕の腕の中で寝てていい。起きた頃には、全てが終わっている」

「……もう抱えられるほど小さくない」

「誰かが君を強くなったと評する。誰かが君を変わったと評する。残念だよ。君は何一つ変わってなどいないというのに。こんなにも怯えて手を伸ばしている。その手を本当に掴んでいる者は、誰もいない」

 

 そういって、私に真っ直ぐと向けられる藍染さんの右手。

 変わらない笑みと、変わらない声。

 私の欲しい言葉を、簡単に吐いて与えてくる。

 

「おいで、姫乃。帰り方を忘れてしまったんだろう。だから、迎えに来た。一緒に帰ろう。君を置いていったりなどしない」

 

 帰りたい場所はあるのに、どうやって帰ればいいのか分からなくなった。

 待っていてくれると分かっていた場所にいる人達に……。

 ああ、私は迎えに来て欲しかったのかな。

 

 欲しかった言葉は、"いってらっしゃい"でも"おかえり"でもなくて。

 

 一緒に帰ろう。

 

 その言葉だったのかな。

 

 何もかもが分からなくなって。

 この言葉さえも嘘だと、頭の片隅では分かってる。

 でも、本当かもしれないとまた信じそうになる。

 藍染さんの言葉に……飲み込まれる。

 

 立ち上がろうと、少し体を動かした時。

 カチャっ……と聞こえたのは、私の傍にあった名無之権兵衛が鳴らした音。

 刀を動かせば鳴る、鍔鳴りの音。

 

 偶然かもしれない。

 鍔鳴りの音は剣士の恥。刀を手入れできていない証拠だと、誰しもがそう言う。

 今まで鳴らした記憶なんて……。

 

 そう考えて、あっと気がついた。

 そういえば、平子さん達の戦いで前の鞘を壊してしまったんだった。

 新しい鞘と、刀本体の調節がまだだった。

 

 私は、名無之権兵衛を見つめる。

 

「姫乃」

 

 呼ばれた声に、ゆっくりと藍染さんの方を見た。

 

 

「……何度でも言うよ。行かないよ。私が選ぶ道は、貴方の隣じゃない。帰りたい場所に、一緒に帰ってくれる子……もう先約があるの。私の手を取って、泣き叫ぶ子がもうここに居るから。生憎、私の両手はそれでいっぱいなの」

 

 私がそう言って微笑むと、藍染さんも微笑む。

 

「そうか。ならば、次会う時は敵同士だ」

「貴方が描く未来を壊すために、私は強くなった」

 

 穏やかな夏の風が二人の間を通り過ぎた後。

 藍染さんは私に背を向けて歩き出す。

 

「質問に答えていなかったな。君は強くなった。僕の想像以上に。今の僕と肩を並べられる可能性があるとするならば、それは君だ。だが、追い越せはしない。ああ、それと……」

 

 藍染さんが指さした先。

 それは、ここらで一番大きい大木。

 

「少し早いけれど、誕生日おめでとう。昔予想した通り、君は比較的背が高い女性になった。大きくなったね、姫乃」

 

 そう言って、藍染さんの姿が消えた。

 

 消える、消える、消える。

 失いたくなかったものが、音もなく崩れ落ちていく。

 

 フラフラと進んでいく先は、今しがた指し示された大木の前。

 

 何もかもが泡のように消えていく中で。

 思い出の中だけの映像にすると決めて、閉じようとした蓋。

 

 

「なんでっ……まだ……残っているの……」

 

 

 その大木に刻まれているのは、いくつもの横線。

 そして、その線の隣に刻まれた年月。

 昔から一年の中で一番二人で楽しみにしていた、私の成長の記録。

 

 いつの間にか忘れていた。

 此処に来ても思い出すことすらなかった。

 

 だって……線は消えないけど……手入れをしなければ、草や木の蔓に紛れて見えなくなるから。

 なのにどうして。

 私の指先にあるその幹。

 

 

「なんでっ……なんでこんなに綺麗なままなのっ……!!」

 

 

 上手に決別出来たはずだった。

 思い出は思い出のままでいいから。

 自分が自分であると、認めてあげて。

 そして互いに違う道を進むと決めた。

 

 貴方は……私の決意を、こんな簡単なことで簡単に崩す。

 

 

 口から吐きでたのは、ずっと隠してきた私の心の叫び。

 

 

 

「私は……強くなったんじゃない!!」

 

 

 

 足りない。そうじゃない。

 死神になりたかった。

 なりたい理由があった。

 それでも、一つだけ絶対に違ったこと。

 

 

 

「私はっ……貴方と争うために強くなりたかったんじゃない!!!!」

 

 

 いつか隣に並べるように。

 幼さを棚に上げて、得意げに願った未来の形。

 そう願った形は、歪に歪んだ形となって叶えられてしまった。

 

 

 築き上げては崩れ落ちる、私のこの醜い弱すぎる心。

 その全てを受け止めてくれる人が欲しい。

 迷っても、回り道をしても。

 必ずそこにいると私が信じている人。

 

 それは……誰だっけ。

 無様に子供のように泣き叫んでも、変わらず抱きしめてくれる人……。

 

 この雨を、止めてくれる人。

 

 何もかもがわからなくなって、私は駆け出した。

 

 

……………

………

……

 

 

 気が付いたら、その扉の前に立っていた。

 

「……ただいま」

 

 そう言って開けた扉。

 懐かしい匂いと変わらない部屋。

 その中にいる、変わらない笑顔。

 

「おかえり、姫乃」

 

 久々に会った母は、また少し痩せた気がした。

 

「おおきくなったわねぇ」

「いつの間にか、お母さんよりおおきくなっちゃった」

 

 幼い頃に見上げていた母の顔は、今では私より低い場所にあって……。

 こんなにも時が流れたのかと強く実感した。

 

「……怒らないの?」

「どうして怒られると思ったの?」

「……ずっと帰ってこなかったから」

 

 最後に会ったのは……もういつだったか覚えていない。

 此処に帰ると、もう動けなくなる気がしたから。

 全ての現実から逃げて、昔みたいに母の背に隠れて縮こまってしまう気がしたから。

 

 話したいことは沢山あるのに、どれもこれもが言葉にする前に弾けて消える。

 

「お父さんに……会ったよ」

「あら。どうだった? 思ったより、変な人だったでしょう」

「うん。思った以上に。まだちゃんと話せてはいないんだけど」

「あの人は不器用だから。……不器用で、臆病で……大切な事は何も言わないの」

「でも、優しかった」

「そう。……優しすぎるのよ、あの人は。いつもいつも、回り道ばっかり」

 

 そこで話が止まってしまった。

 何をしに此処に来たのかも、自分でも分からない。

 伏せた目を上げることも出来ず、ただ玄関に立ち尽くす私。

 そんな私を見て、母は大きく両手を広げた。

 

「おいで、姫乃」

「……行ったら動けなくなる」

「そんなことないわ。だって、昔からお母さんが捕まえても捕まえても、貴女は遠くに走っちゃうんだから」

 

 動こうなんて思ってないのに、私の足は一歩、また一歩と勝手に前に出る。

 その度に、固く結んだ心の糸が解れて溶けていくような感覚を覚える。

 

 母の目の前まで立った時、そっと優しい温もりに包まれた。

 

「歩くのは楽しいねぇ、姫乃」

「……?」

「貴女が初めて歩いた時に、お母さんが貴女に言った言葉。得意げに笑う姫乃を、今でも覚えているわ」

 

 小さい時にあれだけ大きいと感じていた母の手は、ずっとずっと小さくて。

 軽々と私を抱き上げていた腕は、ずっとずっと細かった。

 それでも変わらない、真っ直ぐと私を見る瞳。

 

 その目に飲み込まれるかのように、身体から力が抜け落ちる。

 

「お母さんっ……あのね……大切な人が沢山出来たのっ……。でも、全部消えてなくなっちゃうっ……。護りたいのにっ……私が壊してしまう!」

 

 何度も何度も修正を加えた心は、もうなにがなんだか分からないほどバラバラだった。

 

 取り戻せない過去。

 真実を置き去りに刻んだ時間。

 正しいと信じたい未来。

 叶わない願い。

 

 夢を描くことを捨てたあの日から、見ないように見えないように隠してきた。

 

 そうしていつの間にか、鍵が何処にあるのか見失った。

 

「探しているものがずっと見つからない……! 二つとも失わない未来が……いつまでも見つからないのっ……!!」

 

 藍染さんが起こす戦いで、多くの人が傷つく。

 体にも心にも傷を負う。

 それを、何か一つでも変えたい。そう願って今まで走り続けてきた。

 だから藍染さんの所にはいかない。

 私が皆を傷つける世界なんて、絶対に来て欲しくない。

 

 今度こそ、私が護るんだ。

 

 でも……藍染さんを失うことが、怖い。

 

 怖い。

 ああ、本当は……ずっとずっと怖かった。

 

 過ごした時の全てが嘘だったとしても。

 追いかけた背中は、嘘じゃない。

 繋がれた手の温もりは、今でも覚えている。

 

 嘘じゃなかったんだと、信じたい自分を今でも捨てられない。

 

「御願いっ……間違ってないよって、言って……。怖くないよって言って……。いらない心を……捨てる方法を教えてよっ……!!」

 

 叫び続ける私の背中を、母はずっと撫でてくれた。

 強くなる方法が知りたい。

 壊れたものを捨てる方法が知りたい。

 

「預かるわ」

 

 私の叫びを聞いた母が、そう一言呟いた。

 

「捨てなくていい。逃げなくていい。姫乃の悲しみも、苦しみも、恐怖も、迷いも。全部、お母さんが預かっててあげる」

 

 二人の体がそっと離れて、また優しい瞳が私を映し出す。

 

「頑張ったわねぇ。苦しいね、辛いね。でも進みたい道は決まってるんでしょう?」

「うん……」

「じゃあ後は全部、お母さんが預かる。大丈夫よ。こうみえて、預かり物をするのは得意なの」

「お母さんっ……」

「だから、お母さんからのお願いは、たった一つ。貴女が描く未来に、貴女がいて欲しい」

 

 母を見ているはずの視界が、ジワリと滲んでいく。

 もうずっと……ずっと忘れていたはずの……これは、涙だ。

 また私は泣くのか。

 まだ泣くほど弱いのか。

 

 泣いても何も変わらないのに。

 進む未来が変わる訳でもないのに。

 

「私っ……大人になれなかった……! 皆みたいに、強い大人になれない!!」

「あら。親にとって、子供はいつまでも子供。泣いていたら、抱きしめてあげる。それを悪だという人は、何処にもいないわ。だから、沢山泣いていいの」

「っ……ぅ…うぁぁあああ———!!!」

 

 何が悲しくて泣いているのかも分からない。

 何が辛くて泣いているのかも分からない。

 

「雨がやまないっ……!! ずっとずっと……雨がやまないの!!」

「じゃあ、傘をさしてあげるわ。お母さんのだけで足りなかったら、お父さんもきっとさしてくれる。傘を頂戴って、言ってごらん」

「真っ暗で何も見えないのが怖い!! 見えない未来が来るのが怖いよっ!!」

「じゃあ、皆で探検しましょう。暗闇の中でしか見つけられないお宝があるかも」

「なんにも無かったらどうしようっ……私が私じゃなくなったら、どうしよう!!」

「変わっても変わらなくても、私は姫乃のお母さん。それだけはずっとずっと変わらない」

 

 溢れる私の涙を、母が丁寧に拭き取ってくれる。

 ずっと誰かに吐き出したかった、私の弱い心。

 その全てを綺麗に拭き取ってくれる。

 

「雨が降る事って、そんなに悪いことかしら? ずっと暗いことは、そんなに悪いことかしら?」

「逆の方が……絶対にいいよ……」

「だって、虹は雨の後にしか見れない。星は夜にしか見えない。ああ、凄いね、姫乃。姫乃は、綺麗なものを沢山見れるね」

 

 母の言葉は、私が渇望していた言葉ではない。

 違う。私が想い描けなかった言葉の数々。

 

 こんなにも……壊れた心の隙間を綺麗に埋めていく。

 

「まだ怖い?」

「……怖くない」

「まだ悲しい?」

「……悲しくない」

「まだ苦しい?」

「……苦しくない」

 

 私の答えに、母はクスクスと笑った。

 

「ほら、言った通り。お母さんがぜーんぶ、預かっちゃった」

「……ずるいよぅ……」

「ふふ。言ったでしょう、得意だって。ほら、また歩ける。姫乃はもう、迷子にならない」

 

 

 

 ……降り続いていた雨の音が、止んだ気がした。

 




境界線は自分で引いた
「現実は」って見ないフリをしていた
そんな私じゃ
見えない見えない
境界線の向こうに咲いた
鮮烈な花達も
本当は見えてたのに

知らず知らずの内に
擦り減らした心の扉に鍵をかけたの
そこにはただ美しさの無い
私だけが残されていた

誰にも見せずに
この手で隠した想いが
今も私の中で生きている
目を閉じてみれば
今も鮮やかに蘇る景色と
戻れない日々の欠片が
映し出したのは
蕾のまま閉じ込めた未来
もう一度描き出す

あの日のあなたの言葉と
美しい時間と
二人で過ごしたあの景色が
忘れてた想いと
失くしたはずの未来を繋いでいく
戻れない日々の続きを歩いていくんだ
これからも、あなたがいなくても
あの日の二人に手を振れば
確かに動き出した
未来へ


*******
ハルジオン
姫乃のテーマソングです。
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