師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
__8月6日
尸魂界でやらなければいけない事の殆どを終えた私は、三日ほど前から現世に戻ってきている。
今は絶賛、一護の修行相手中。
「ず、ずりーだろおお!!」
地下には、一護の絶叫が木霊する。
「なんだよその斬魄刀!! こんな数の刃どうしろってんだ!!」
「また井上さんの所に緊急搬送されたくなかったら、死ぬ気で避けてください」
「うおおおおお!?!?!?」
紅茶を飲みながら、本を読む。
その片手間で操作している千本桜の刃。
一護は、顔面蒼白になりながらも必死で攻撃を避け続ける。
「全部の刃を叩き切ればいいんですよ」
「いや、無理だろ!!」
「じゃあ、その腕要らないですね。
射殺せ 神鎗」
「っ———!!!!」
千の刃が一瞬にして消えたかと思うと、一本の薄く長い刃へと変化。
そしてそれは、音速を超える速度で一護の肩を貫いた。
「いっ……てぇ!!!」
「刀傷の痛みは慣れです。何度も斬られて慣れてください」
「鬼かよ……」
いずれは衝突を免れられない、神鎗と千本桜。
どちらともに、慌てず驕らず対処するには、現段階から慣らして置いた方がいい。
ボタボタと地面に血を流す一護に、テッサイさんが慌てて駆け寄って治療を始めた。
二週間の猶予を取った修行の日。
時間が経つのは早いもので、尸魂界突入まで残り三日に迫っている。
私が穿界門の開錠を行うので、時間のズレはない。しかし、流石に本番当日、双極の丘の真上に出すわけにはいかない。
瀞霊廷で戦うべき人物と戦い、一護の実力を高める必要もある。
修行したとはいえ、対人戦の経験が少ない一護をいきなり隊長格の前に放り投げるのは、自殺と一緒だ。
何度も戦い、負けを知り、そして強くする。
私たちがやっている修行は、あくまで基礎。
基礎体力向上のために、修行は全て結界の中での特殊環境で行った。
「包帯巻いたら、再開しましょうか」
「また千本桜か?」
「いえ、一護が一番嫌いな修行です」
そういうと、彼の表情が少し青ざめる。
鬼道をせっかくなら教えようかと思ったが、一護の霊圧知覚と霊力の扱いは壊滅的。
下位の鬼道で、ゆうに五十年は掛かりそうだったので早々に諦めた。
一方で剣術の腕は悪くなかった。
体術も、昔空手をやっていたおかげかそこそこ。
本来の死神の力と、ルキアの霊力が混ざり合わさった一護の霊圧。
そのレベルは、当初予定していた物よりも遥かに高くはなっているだろう。
あと必要なのは、経験と臆さない精神。
「姫乃殿。手当完了しましたぞ」
「ありがとうございます。おいで、一護」
そう言って手を招くと、一護は緊張した面持ちで私の正面に立つ。
テッサイさんが結界の外に出たことを確認して、私は軽く息を吐く。
そして、一護を真っ直ぐと見た。
「っう———!!!」
一気に表情が強ばる一護。
ビリビリと振動する結界。
今やっているのは、一護の正面で私の霊圧の全てを解放している。
そして、呼吸するだけで死ぬのでないかと錯覚させる殺気。
既に一護は、自分が何度も切り刻まれて死ぬ幻覚でもみているだろう。
「かっ……はっ……」
呼吸が荒くなり、恐怖の色が滲む瞳。
斬月を持つ手が震え、額には大量の汗。
それでも一護は、私に向かって一本足を出した。
そして、グッと刀を握りしめて口を動かす。
「月牙……天衝ぉおお!!」
刀を振るうと同時に、私に向かって白い斬撃が飛んできた。
私は拳に霊力を込める。そして、向かってきた斬撃に対して拳をぶつける。
ズドンッ……と地鳴りの様な音が周囲に響き渡り、月牙天衝が消える。
それと同時に、私は霊圧も殺気も閉じた。
「はぁっ……はぁっ……」
ようやく開放された一護が、酸素を求めるように必死に息継ぎをしている。
「手……大丈夫か……」
「傷一つないですよ」
手を握ったり開いたりしながら、一護に無事だということを見せる。すると彼は、ほっと息をついた。
「人の心配より、自分の心配をしましょう。どうでした?」
「怖いっつーことに変わりはねーよ。けど、逃げたいって気持ちは少しはマシになった」
「上等。でも、本番だったら貴方は百回死んでます」
「わかってるっつーの……。俺の刃が全く効いてないってこともな」
「そう。自分の今いる位置を決して過信しないで。休憩にしましょう」
そう言って私は結界を解く。
一気に地面に大の字に倒れる一護を見ながら、初期との変化を比べた。
どう足掻いても敵わない霊圧差と殺気にも、逃げるという意思が減ってきた。
自身の攻撃手段を少しずつ理解してきている。
ただの雑談の中でも、私の一挙一動に変化がないか、常に警戒の目は解いていない。
そしてなにより、安全だとわかるまで座りこまなくなった。
ほんの僅かな前進だが、大きな一歩だ。
「姫乃さん、どうぞ……」
「ありがとう、ウルルちゃん」
一護から離れて歩いていると、ウルルちゃんがタオルを片手に駆け寄ってきた。
それを受け取って、彼女の頭をクシャクシャと撫でる。
「えへへ……」
「ん?」
「……お姉ちゃんが……欲しかったから……」
照れくさそうに、嬉しそうに笑うウルルちゃん。
可愛いなぁ。と微笑んでいると、父が傍に寄ってきた。
「黒崎さん、どうっスか」
「どうでしょう。どれだけ鍛えても……更木隊長は越えられませんよ」
「アタシは会ったことない人ですねぇ」
「あの人は、獣ですから。相手が強くあればあるほど、強くなります。良くて相打ちじゃないですかね」
一護が今後ぶつかる相手。
更木剣八。
彼に関しては、強いから勝てるとか。弱いから負けるとか。
そういった理論の対象物としてみてはいけない。
一護が強くなればなるほど、彼もまた力の底を際限なく解放していく。
藍染さんが戦うことを避ける相手。
それは正しい判断で、私も戦いたくなどないからこの何十年と雲隠れしているのだから。
「んー……なんと言ったらいいか。私は少なくとも、絶対に戦いたくない相手です。まだ自分の命が惜しいですから」
「なるほど。隊長さん達の中でも特別浮いてそうっスね」
「どうでしょう。白哉は案外戦いたくてウズウズしてそうですけど。あいつもまあまあ戦闘馬鹿ですから」
「朽木隊長の事を馬鹿呼ばわりするのは、夜一さんと姫乃くらいっスよ……。そう言えば、同期でしたね」
「通算、私の934勝0敗です。白帝剣を出してきた時は流石に死んだかと……お客さん来ましたよ」
本題から逸れて、雑談に変わりそうになっていた時。浦原商店の一階に数人の人物が集まっていることに気がついた。
その人達は、そのまま地下への階段を降りてくる。
一人は、今しがた話題に出たばかりの夜一さんだ。
そして、残りは人間の二人。
「えへへ……お邪魔します」
「む……」
井上と茶渡。
久々に大人数が地下を訪れたことを確認した父が、パンっと扇子を叩いた。
「皆さんお揃いですし、時間も時間。夜ご飯にしましょう!」
そうして始まったご飯会。
私の肩に乗って寛ぐ夜一さん。彼女を落とさないように、机や座布団の準備をしていると井上が私に話しかけてきた。
「あれ? 如月さん、今日はお顔隠しているんですか?」
その言葉に、いち早く反応したのは一護だった。
「なんだ? 井上。この人の顔見たことあんのかよ」
「あるよ?」
「チャドは?」
「俺も……ある」
「なんで俺だけ知らねぇんだよ!!」
自分だけが私の顔を知らないことが不満なのだろう。眉間にシワを寄せて、私を睨む一護。
別に、ここまで来たら別に隠さなくてもいいんだけど……
隠していた方が面白そうだという理由だけ。
「
「アイツらと同い年だ!!!」
「別に、私の顔を見なくても見てるからいいじゃないですか」
「あん? どーいう意味だよ」
さっきまで伸びていたというのに、ご飯となれば元気を取り戻す一護。その喚きを聴きながら、私達はいただきますの挨拶をして食事を開始した。
「あ!! 夜一さん!! それ俺の魚だぞ!」
「ふん。鈍いのう」
「この……やろ……」
「まあまあ、追加持ってきたっスよー!」
「山盛りのゆで卵を食べる奴がどこにいんだよ!」
「それ、私のです」
「……如月さんは減量中のレスラーかよ……」
「大好物ですから」
普段より一層騒がしい食事風景。
それを眺めながら今後の事を考えていると、井上が私の隣に座った。
「如月さん。……ごめんなさい」
「ん? 何がですか?」
「如月さんに言われたこと、ずっと考えていたんです」
騒がしい中で、彼女の声は私にしか聞こえていないだろう。
少し遠慮気味に話す井上の言葉に耳を傾ける。
「誰かを助けたい。自分だけが助かるのは嫌だ。それは、護る力を持っている人しか遣えない言葉だっていう如月さんの言葉。その言葉をずっと頭の中で繰り返してました。そして、夜一さんとの修行で、なんの為に力を遣いたいのか学びました」
そういって、私の方を見る彼女。
「私……黒崎君を護りたいです! その為に強くなりたいです。私達は、黒崎君が進む道について行きます!」
その目を見て、強くなったなと感じた。
彼女は、自分がこの場にいる誰よりも弱い事を理解している。
その中で、自分が出来る最善を模索する事を選んでいる。
案外この中で、折れそうで折れない強い気持ちを持っているのは、この子かもしれないな。
私が何も答えないままでいると、井上はまた少し焦ったようにバタバタと手を動かした。
「あの、そのっ……だから……如月さんの気持ちも考えずに、酷い事を言ってしまってごめんなさい! 全部私達の為だったのに……」
「お気になさらず。一護の事、大好きなんですね」
「ひええええ!! ちがっ、ちがいまっ、違わないけど違いますぅぅぅぅ!!」
一気に顔が赤くなってバタつく井上をみて、クスクスと笑う。
そうして、ほんの一時の穏やかで騒がしいご飯会が幕を閉じた。
家に帰る井上と茶渡を見送って、食後の訓練だ。
今日の最後の修行は、一護と父の戦闘。
「なあ、如月さんと浦原さんってどっちが強いんだよ」
「夏が好きか冬が好きか。と同じくらい意味の無い議題を振るのはやめてください」
「……俺が悪かったよ。いや、なんつーか……如月さんのあの訓練受けたあとだと、落ち着いて戦えるからよ……」
「ですって。舐められてますよ、お……"浦原さん"」
「さあさあ、それじゃあやりましょうか、黒崎サン♡」
「お、俺が悪かったあああ!! そんな怒んなくてもいいだろーがよ!!!」
父に首根っこを掴まれて引きずられていく一護を見送り、私は自分の作業に没頭する。
どれくらい時間が経っただろうか。
ふと、私の懐の伝令神機が鳴って居ることに気が付いた。
「勒玄か……」
画面に表示されている名前を見て、ふうっとため息を着く。
「何の用?」
『いまどちらへ?』
「現世に買い物中」
『左様ですか。お休み中だとは存じ上げておりますが、一度隊舎へお戻りください』
そんな時間はないのにな。なんて考えながら、筆をクルクルと回して時計を見つめる。
「いまからか……日をまたぐかもしれない」
『それで構いませぬ。少し、緊急事態が起きました』
「少し? 今話して」
『回線上は危険です。速やかに隊舎へとお戻りください』
そう言って一方的に切れる電話。
その後何度かけても繋がらない。
「"浦原さん"!! パソコンを借ります!」
「どうぞー」
一護の相手をしながら返ってきた返事と同時に、私は画面を操作する。
鬼道衆に点在させてある、監視蟲に異常はない。
……緊急事態。
藍染さんの件が迫っていることもあり、嫌な予感がした私は、慌てて羽織を着て立ち上がる。
そしてその場で穿界門を開いた。
「隊舎に戻ります」
「はい、いってらっしゃい」
「お話。明日でもいいですか?」
「ええ、お構いなく」
現世に戻ったら話そうと約束していた父とは、まだ落ち着いて話せていない。
四六時中一護の相手をしている事もあるし、二人きりの時間が取れていないのも理由の一つだ。
突然舞い込んできた想定外の呼び出しに、私は急ぎ足で現世を後にした。