師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第五十三話 夢は何度でも

 

 

 一体何が起きたのか。

 考えられる事を様々と検討しても、どれもしっくりいく答えは出ない。

 

 断界を駆け抜け、夜道を急いだお陰か、勒玄に提示した時間よりも少し早めに到着することが出来た。

 

「明かりが……」

 

 いつも灯っている筈の隊舎の松明が消えている。

 明らかに普段と違う様子に、私はゴクリと息を飲んだ。

 

 門の前には、勒玄。

 

「何があった!」

「……此方へ」

 

 もう気がついている。隊舎の一角に、大勢の人が集まっていることを。

 夜中で、見張りの者以外が居ないはずの時間帯。

 そんな時間に、こんなに人が一箇所に……。

 

 嫌な記憶と、重なった。

 

 あの日もそうだった。

 雨が降りしきる夜中に、ただ一箇所へと集まる人々。

 咽び泣く声と、絶望の香り。

 

「誰がっ……死んだ……」

 

 乾いたような声を出す私に、勒玄は何も答えない。

 ああ、私の所為だ。

 ほんの数日隊舎を離れた時に起きた。

 

 あの日もそうだった。

 ほんの僅かな休日が……。私が辿り着く前に失わせた。

 

 隊士達の前で動揺は見せてはいけない。

 そう心に刻んで、震える気持ちを抑えて毅然と歩く。

 

 皆が集まっているであろう部屋の前に立つと、勒玄がちらりと懐中時計を見た。

 

「……やはり、少し早く帰ってくるのではないかという私の助言は当たっておりましたの」

「何の話だ?」

 

 私の質問と共に開けられる扉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 __パンっ!! 

 

 

「「「お誕生日おめでとうございます!! 如月大鬼道長!!」」」

 

 

 突然鳴り響いた小さな破裂音と、耳を塞ぐくらい大きな声。

 それと同時に、真っ暗だった隊舎に一気に明かりが灯る。

 

 それと同時に、ボーン……と低い音。

 日付を超えたことを知らせる鐘の音。

 

 何が起きたのか理解の遅れるのを他所に、次々に話し出す隊士達。

 

「やっぱ、土壇場で一番遠い演習場に変えてよかった!!」

「勒玄さんの言う通りでしたね!」

「灯りを消したのはやりすぎたかなぁ……」

「だって、初めてだよ! 大鬼道長が休んでるの! 大袈裟なくらいがいいよ!」

「いっつも、鬼みたいな顔して仕事してるから、やり辛かったんですよぉー」

 

 次々と聞こえる声に、私はゆっくりと勒玄の方を見た。

 相変わらず、機嫌がいいのか悪いのか分からない真顔の勒玄。

 

「……このような派手事は、私は好みませぬ」

 

 そう言って目を閉じてしまった。

 

 ああ……そっか。今日は私の……誕生日だった。

 ほんの数日前に、自分がもうすぐ誕生日を迎える事を知ったはず。

 けど流れる時間の中で、そんな小さな事など忘れてしまっていた。

 

「お前達はっ……何をっ……」

 

 私がどれだけ心配したと。

 失ったんじゃないかと。

 またこの隊に、悲しみを与えてしまうのではないかと。

 どれだけ……どれだけの想いで此処まで走ってきたかも知らずに……。

 

「大鬼道長。昔から進言している通り、私達は簡単にはくたばりませんぞ。その良い証明になったではありませんか」

「お前もお前だ! あんな電話……」

「普段の仕返しでございます」

 

 そう言ってふんっと鼻を鳴らす勒玄。

 見渡す人々は、皆幸せそうに笑っている。

 

 ……馬鹿だ。

 こんな仰々しくせずとも……。

 私の為なんかに、そんなに幸せそうな顔をしなくても……。

 

「ああああ!!! 如月さんが泣いた!!」

「や、やばい!! お前ら、もっと盛り上げろ!」

「うおおお!! 大好きです、如月大鬼道長ぉおおお!!!」

「馬鹿者っ……。泣いてなどいない!」

 

 一体いつぶりだろうか。

 悲しくもないのに涙が出るのは。

 辛くもないのに涙が溢れるのは。

 

 知っている。

 この喜びを……私は知っている。

 この……"幸せ"という気持ちを、私はもうずっと前から与えてもらっている。

 

「私はこの前から……泣いてばかりだ……」

「何を今更。貴女は元々から泣き虫ですぞ」

「煩いっ……黙れ……」

 

 次々にかけられる言葉の数々。

 山のように積み重なる贈り物。

 

 してやられたままでは悔しくて、私の中に悪戯心が芽生える。

 この小癪な爺に、何を返そう。

 

「……何を企んでおりますか。この荷物くらい、ご自身で運ばれてください」

 

 どうせ自室に運べと申し付けるのだろう。と私に小言をいう勒玄。

 そんな彼に、私は思いついた事を伝える。

 

「そうだな。企んでくれたお前に、私もお礼をするよ」

「……何の話ですか?」

 

 眉を顰める彼に構わず、贈り物の山の前に立つ私。

 

 そして、それに両手をかざした。

 

「さあ、皆。見逃すなよ。これが尸魂界最高峰の……転送術だ」

 

 

 バシュッ……と音がして、贈り物の山が消える。

 あれほどの質量を、一気に目的の場所に向けての転送。

 一瞬静まり返った空間に、どよめきと歓声が上がるのはすぐのことだった。

 

 今見たものの凄さを、近くの者達と騒ぎ合う隊士達。

 ……ただ一人、勒玄を除いて。

 

「その……術は……」

「ああ、有昭田家の者しか知らない術だ」

「なぜっ……それを……。私は教えてなど……」

 

 先程の澄ました表情から一遍。

 動揺が隠しきれていない彼に、私は微笑む。

 

「……生きてるよ。有昭田鉢玄は、生きている」

「っ———!!!」

 

 その場に力なく座り込む勒玄。

 そして、顔を両手で抑えた。

 

「勒玄が信じようと願った未来は、嘘じゃない。家族が生きていると、信じた未来は嘘じゃない」

「貴女はっ……この老いぼれをどこまで揺さぶれば気が済むのですかっ……」

「どうだ? 礼には充分か?」

「先のない老いぼれには身に余る程にございますっ……! この女狐……!!」

「褒め言葉だ」

 

 有昭田鉢玄の言葉を借りるなら、私が現世に居ることを勒玄は知っていた。

 それを黙認していたのは、彼もまた……自分の孫が生きているのではないかと、信じたかったからだ。

 その信じた道は、嘘じゃない。

 そう伝えることは出来ただろうか。

 

 

 夜中には見合わない騒がしさが落ち着いたのは、それから半刻後だった。

 一人、また一人と家へと帰る彼らを見送り、ようやく普段と同じ光景が戻ってきた鬼道衆隊舎。

 

 静けさと夜風が吹く中、私は勒玄に話しかける。

 

「……私が大鬼道長の座を降りると言ったら、お前はどうする」

「さすれば、私も副鬼道長の座を降りましょう」

「自分が上に立つという考えは無いのか」

「ありませぬ。貴女が指し示す道に、着いてこいと仰られたのは紛れもなく貴女自身」

「その道の先が、地獄だったら?」

「元より地獄から這い出たこの身。一度向かうも二度向かうも大差はありません」

 

 その返事に、そうか。と返して私は空を見上げた。

 輝く星達は、眩しいほどに美しい。

 

「……夜は悪くないな、爺」

「左様ですな」

 

 暫くの無言の中、私はふと思い出したことがあった。

 

「六番隊舎に今からいったら見つかると思うか?」

「見つからぬ自信があるから、そう申されているのでしょう」

 

 私は口角を上げて、鬼道衆隊舎を離れた。

 

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 …

 

 

 

 

 

「……ルキア。……ルキア」

 

 訪問したのは六番隊特別管理牢。

 すっかり夜も更けてしまったので呼んだ相手はなかなか起きてくれない。

 周囲に気を遣いながら呼びかけ続けると、やっと目を開けて私を見てくれた

 

「きさらっ……!」

 

 驚いて声を上げそうになったルキアを、し──っと咎める。

 彼女は慌てて、自分の口に手を当てて声を飲み込んだ。

 

「ど、どうされたのですか……こんなところへ来ているのがバレたら……」

 

 ルキアは、掠れそうな程小さな声を出して私に尋ねる。

 近くに来いと手招きすれば、音が鳴らぬようそっと足を進めながら近くに来てくれた。

 

「痩せたね……」

 

 そう言って頬を撫でると、目に見えてわかるくらいやせ細ってしまっている。

 きっとほとんど食べ物を口にしていないのだろう。見てて痛々しい。

 

「構いませぬ。如月殿……そんなことよりばれたら……」

「私を誰だと思ってんの。真昼間だってバレずに来れる自信あるよ」

 

 私の答えに、ルキアはほっと息をついた。

 こんな状況に置かれていて、人の心配してる場合なんかじゃないのに……。

 

 私はルキアの頭を撫でつつ、やっと伝えられる事実を伝えた。

 

 

「ルキア……一護は生きてる」

 

 そう言った私の目を見て、ルキアは驚いた表情をした後、目に涙を浮かべる。

 

「一護を……護ってくださりありがとう……ございます……」

「私を信じてくれてありがとう」

「疑った事など、一度もありません……!」

 

 そう言ってポタポタと涙を流すルキア。

 一護が来ることは伝えない方がいいだろう。

 彼女の心労が溜まるだけだ。

 

「必ず助ける」

「良いのです……私は……」

 

 俯くルキアの顔を両手で覆って、私は顔を自分の方に向けさせた。

 今の彼女に期待を持たせてしまうのは、酷かもしれない。

 でも、ルキアは助かる。助ける。

 

 親指で頬に流れた涙を掬う。

 私の雨を止めてくれた人がいたように。

 彼女の心の雨を止めてくれるのは……きっと一護だ。

 

「貴女に誓った言葉を、私は嘘にはしない」

「はい……如月殿」

 

 ルキアの少し笑った顔をみてホッと息をつく。

 しばらくそうしていると、彼女はハッと顔を上げた。

 

「こ、このような状態で失礼だとは分かってはおりますが……お誕生日おめでとうございます!」

「ルキアも覚えていたんだ」

「忘れたことなどございません! その……誓いを破ったのは私の方でございます……」

 

 そういえば、ルキアは今年の夏、私の誕生日の主催をしたいと言っていたな。

 そんな些細なことを気に負う必要などないけれど……きっと彼女は負ってしまう。

 だから、こうして此処にきた。

 

「夜はルキアの為に空けると言ったでしょう。だから、会いに来た」

「勿体ない程の……喜びでございますっ……」

「……ちょっと嘘。さっきまで忘れてたんだ。ごめんね」

「思い出していただけたという事だけでなく、叶えて頂いたと言うことがっ……それが嬉しいのです!」

 

 遠くから近寄る看守の気配に気がついて、私は腰を上げた。

 もうそろそろ、時間だ。

 

「叶わなかった約束は、また次の未来に上書きしよう。来年こそは、一緒に過ごせるよ。現世にケーキってのがあるんだって。一緒に食べようか」

「私に夢など……」

「叶う。叶う筈の未来を諦めないで。……私を信じて」

「自らの事は、信じられませぬ……。しかし、如月殿のお言葉は、私の夢をいつも叶えてくださると……知っておりますっ……。信じて疑えぬ暖かいお言葉だと……!」

「うん、いい子。じゃあね、また必ず会いに来る」

「如月殿!」

 

 立ち去ろうとした私を、ルキアが呼び止める。

 

「笑って……くださいませぬか……」

 

 何故そう言われたかは分からないが、言われた通りに笑う。

 それを見たルキアが、また目に涙を浮かべた。

 

「有難うっ……ございます……。思い残すことは……ありませんっ……」

 

 不思議に思いつつも、もう話している時間はない。

 そのまま尸魂界を立ち去った。

 

 

 現世に帰ると、浦原商店では同じように私の誕生日会が用意されていた。

 

「先越されちゃったっスね」

 

 そう言って笑う父は、私が呼び出された時にもう予想がついていたのだろう。だからあんなにのんびりと送り出してくれたんだ。

 

 私達は一度、一護に休暇を与えることにした。

 限界まで追い込んだ肉体には、休養を与えなければ壊れてしまう。

 本来の予定通り、一護たちは8月10日に尸魂界に送る。

 修行で傷んだ全身の疲れを癒して、心落ち着けることも大切な時間だ。

 

 私の素顔は見えていない筈の一護が帰り際、こう言った。

 

「そっちの笑い方の方が似合ってんじゃねーの?」

 

 

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