師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
「何用じゃ。鬼道衆副鬼道長、有昭田勒玄」
総隊長の刺し殺さんばかしの、凍てつく視線が勒玄を捉えた。
しかし、彼もまた何一つ臆する様子もなく足を前に進める。
「何分、長年私めが鬼道衆の総帥代理を務めてまいりました。今しがた、如月大鬼道長にお尋ねになられた事は、私の仕事にございます」
勒玄が紡いだ言葉。それに私は、大きく目を見開いた。
違う。警備配置は私の仕事だ。突入の日に合わせて、調節していた。
彼に非はない!
「罪を被ると。そう言っておるのか」
「被るも何も、事実」
「捕えよ」
総隊長の指示で、素早く勒玄に拘束をかける隠密機動。
そしてそのまま、私の隣へと同じように跪いた。
「……お前は……何を……何故」
「何も何故も、これが私が進む道」
私の動揺が伝わったのか、勒玄は意地悪そうに口角をあげた。
「有昭田家の矜恃。生涯ただ一人と決めた総帥に死しても傍に仕える事。我が家系は、何千年という歴史の中で、総帥の座に座ったことなどありませぬ」
「それは知っている! しかしお前は……」
私を恨んでいたのではないか。私達の関係は、偽りの上に成り立っていたのではないか。
そう紡ごうとした言葉は、彼によって遮られた。
「貴女が、言われたのですぞ。背中を追えと。決して見失うなと。私は、そうして副鬼道長の名を頂きました。あの日から、私の忠義は貴女の御心のままに」
「何を言っているのか……わからない……」
「とっくの昔から、私は貴女に飲み込まれた。そう言っておるのです」
そう言って勒玄は、私から視線を外して正面に顔を戻す。
そして、何処か遠くを見るように……微笑んだまま口を開いた。
「……私だけで良いと言ったのに。鬼道衆の奴らはきかん坊が多い」
霊圧知覚とは、平素から延々とやっているものではない。
探ろうと意識した時にしか使わない。そんなことより、自分が逃げ出す機会を伺っていた。
だから、気が付かなかった。
……この場に、まだ人が駆け寄ってきていることに。
「……まさか」
振り返ったと同時に、一番隊隊舎になだれ込んできたのは、よく知った顔ぶれ。
その数は、十人を超えるだろうか。
どれもこれも、私が鍛え上げた精鋭。
……鬼道衆の席官達だ。
「「「「縛道の六十三 鎖条鎖縛!!」」」」
入るやいなや、綺麗に揃った声で詠唱破棄された縛道。
その鎖はまるで、事前に打ち合わせをしていたかのように綺麗に各隊長の体へと伸びる。
そして漏れることなく一人一人を拘束した。
一寸の狂いもない、見事な縛道。
流石に総隊長に飛ばした者はいないようだが、その場にいた全ての隊長達の身動きが封じられた。
「一体どういうつもりだ!!! 貴様ら!!!」
私が唖然としていると、砕蜂隊長が鬼のような声で怒声を上げる。
それにも屈さず、彼らは負けじと声をはりあげた。
「お行きください!!!! 如月大鬼道長!!! 俺たちには構わないで!!」
「お前たち……」
事態の全貌を掴む前に、勒玄が私にしか聞こえない声で事実を伝える。
「仲間を護りたい。その気持ちを持っておるのは貴方だけではありませぬぞ。貴女の背に着いていくと、決めているものは私だけではありませぬぞ」
……馬鹿だ。この者たちは。
いつもいつも、私の気など知らずに。
昨日からずっとだ。
立てた計画を壊していくのは、この目に捉えている悪では無い。
全部全部、身内の所業。
……計画を壊されて、呆れて……どうしようもなくて……。
それに喜びを感じている自分がいた。
「全くお前達みんな……私の言うことなんか一つも聞きやしない……」
顔を下に向け、グッと唇を噛み締める。
そして自身の霊圧を一気に解放した。
「……散在する獣の骨 尖塔・紅晶
鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空……」
私の呟く言葉に、隊長達の目が一斉に見開いた。
拘束縄が私の霊圧の上昇を受けて次々はじけ飛ぶ。
「駄目だ! 姫乃ちゃん!!」
「よせ、如月!」
ごめんなさい。京楽隊長。
ごめんなさい。浮竹隊長。
私、この人を置いていけない。
隣にいる勒玄の顔を見る。
私と目が合った彼は、まるで分っていたかのように力強く頷いた。
そして、いつの間に自分の拘束を解いたのだろう。そっと私の手首を拘束していた最も強力な霊具を解除してくれた。
「このような物で、本当に貴女を捕らえたと錯覚しておったんでしょうかね」
ああ、全くだ。
それはお前も同じだろう。
鬼道衆の頂点二人を、このような弱い拘束で捕らえるなど……。
私は、既に暴発しそうなほど膨れ上がった霊圧を握る左手を……天に掲げた。
「 槍打つ音色が虚城に満ちる!
__破道の六十三 雷吼炮!!!」
滅多に遣わない、私の完全詠唱の破道だ。
別になんだって良かったんだけど。
せっかくなら、縛道と同じ番号の物を遣おうじゃないか。
斬魄刀を封じたからなんだ。
手足を拘束したからなんだ。
そんなもので、私の歩みは止まらない。
天井に大穴が空き、空が見える。
素早く副鬼道長を抱え、飛び立った。
煙と瓦礫が落ちてくる中、こちらを睨みつける総隊長と目が合う。
「……謀反とみなしてよいか。如月大鬼道長」
「ええ、それで結構!!! 私は私の信じた道を歩みます!!!」
私は父に貰った霊圧遮断の外套を被って、一番隊舎から離れた。
「ほんと、莫迦じぃ!! なんでついて来ちゃったの!!」
「血筋……ですかのう。結局私も、孫と同じ選択肢を取ったようです。……総帥様に着いていくと」
そう言って、勒玄は私に何かを渡してきた。
「隠密機動には全く別の浅打を渡しました。
貴方の斬魄刀の形が、意外なところで役に立ったようで何より」
それは、隊首室へと置いてきた私の斬魄刀。
『僕を置いていくとかありえないんですけど!?』
名無之権兵衛が刀越しに怒鳴っている。
いや、違うんだ。本当は回収を、夜一さんが……。
まあ、結果良しだからいいや。
私の気も知らずに、勒玄はしてやったりの顔をして満足そうだ。
「気を知らぬのは、お互い様」
「狸め」
「女狐に言われとうございません」
二人でふっと笑いあって、私は彼と共に一度身を隠せるところへ向かうことにした。
*********
__一番隊舎__
姫乃の旅立ちを見送ったかのように、鬼道衆達は隊長達の拘束を解いた。
「……いやはや。山じぃの部屋に大穴開けて逃げる子なんて、初めてみたよ」
大穴が開いた天井を見上げ、既に去った二人の姿をしばらく呆けて見つめていた隊長達。
しかし、京楽のその言葉にはっと意識を戻す。
「今すぐ追う……「不可能だヨ」
砕蜂の声を遮ったのは、涅だった。
いつの間にこの場に来ていたのか、旅禍侵入の調査結果を片手に、退屈げに耳をかいている。
「なんだとっ……」
やる前に無理だと抜かすその男に、砕蜂はいら立ちを隠さず鋭い眼光を飛ばす。
そんな砕蜂を全く気にする様子もなく、涅はやれやれといった表情をして肩をすくめた。
「小娘が去り際に被った外套。あれは、霊圧遮断膜だヨ。霊圧の痕跡が一切追えず、また結界術は護廷に右に出る者無し。さて、このなかでまだ奴の霊圧を感じ取れる者はいるかネ」
涅のその言葉に、誰も言葉を返せなかった。
沈黙は肯定。
涅は自分の言葉に否定が返ってこないことに気分を良くしたのか、そのまま言葉を続ける。
「霊圧遮断膜は110年前に考案時点で開発自体が禁止され、出回るはずのない製品だヨ。もちろん技術開発局に侵入者などいない。さて、さぞかし聡明な君たちならば、これ以上の説明は不要だと思っていいかネ」
涅のその言葉に、ニヤリと口角をあげ市丸が口を開く。
「そんなん……浦原喜助しかおらへんやろなあ」
「蛙の子は蛙。先人は言葉を良く考えたものだな。だから反対したのだ。あの者は、必ず平和を乱す存在だと」
「貴様らは知らんだろうが、あの副鬼道長も所詮、穢れた一族。鬼道衆は穢れた集団ということを、改めて認知させられる」
東仙の言葉と砕蜂の吐き捨てるかのような言葉。
そして怒りの矛先は、残された鬼道衆の面々へ向いた。
「貴様ら、一体何をしたかわかっているのか! 捕らえよ!」
「逃亡幇助。減給で済む話じゃないと分かっているのかな」
「後悔してももう遅ぇぞ」
砕蜂、藍染、日番谷の言葉にも彼らは一切表情を変えない。
「後悔などしておりません!」
そう言って、ただ真っすぐ隊長達を見つめ返していた。
砕蜂の指示で現れた隠密機動が、彼らを次々拘束していくも、抵抗は見せない。
「一体、姫乃ちゃんは何しようってのさ」
「知りません! 俺たちの自己判断です!!」
「知らないって……じゃあ、なんで助けたの、君たちは」
京楽のその言葉に、一人の男性が返事をした。
「敬愛を捧げているからです!!」
「そんなことで手を貸していい理由になるか!!」
「なります!!」
砕蜂の声を遮るように、一人。また一人と示し合わせたかのように、綺麗に言葉が繋がっていく。
「如月さんは、これほど人数のいる我々の名前も、得意不得意も全て知っておられます!!」
「個人個人が、護る力を得られるよう。一人も欠けぬよう。常に目をかけて頂きました!!」
「氷の女王!? 馬鹿にしないでください!!」
「あの人は、あんなにも暖かい!! あの人が何故、休まれないかご存知ですか!!」
「帰りを待っていただいているのです!! 雨の日も雪の日も、我々が一人残らず任務から帰るのを、門の前で必ず待っておられます!!」
「鬼道衆の灯りが消えたことは、あの人が鬼道衆に来られたその日から、一度たりともありません!!」
そうして、全員の声が重なる。
「「「お前達が帰る灯りを、希望を。私は決して消さない!!! 帰り道を、決して見失わせない!! 新人の頃より、全員が如月大鬼道長に伝えられる言葉です!!!」」」
その言葉に反応したのは浮竹だった。
乱暴に外へと出されていく彼らに一歩近づいて声をかける。
「君たちは……」
それ以上言葉を出せない浮竹に、最後に部屋を出されようとしていた鬼道衆が振り返って答えた。
「ずっと誰かの帰りを待つために足を止めていたあの人が、ようやく進むと決めたのです。あの人が灯してくれていた灯りを、今度は我々が灯し続けます。送り出したのなら、帰るその日まで。信じて待ち続けます」
そういって、彼らは真っすぐ顔を上げたまま部屋を出ていった。
「……ま、姫乃ちゃん美人だからねぇ……惚れちゃうのもわかるよ」
「理解に苦しむヨ」
京楽と涅のそんな会話。
誰一人声を上げられない中、入れ替わりのように地獄蝶が入ってきた。
【伝令です。十一番隊斑目三席、綾瀬川五席が旅禍による攻撃を受け戦線復帰不可の重症。卯ノ花隊長は至急救護詰所にお戻りください】
「斑目と綾瀬川がっ……重症!?」
その伝令に驚く日番谷。
十一番隊は戦闘集団。その三席と五席が負けたというのか……
にわかには信じられない伝令だった。
卯ノ花は総隊長に一礼すると、すぐに目的の場所へと向かって移動を開始する。
「おもしれぇ。一角と弓親を倒す奴かぁ……戦いてぇなあ」
自分の部下がやられたというのに、更木は嬉しそうにニヤついている。
彼にとっては怒りより、喜びの方が大きいのだろう。
【旅禍と最初に接触した十一番隊は半壊滅状態。現状確認できた旅禍の数は一人。一方、旅禍に損傷無し。更木隊長の救援要請が十一番隊から出ております】
戦闘において最も長けた集団。十一番隊。
その隊が、旅禍に一太刀も入れられてない。
しかも相手は、一人。
信じられない報告に一同絶句する。
__ドンっ!!!
総隊長の杖が鳴り、隊長達は一斉に前を見た。
「今は旅禍を捕らえることに専念せよ。これ以上瀞霊廷内を歩き回ること、決して許すでないぞ。逃げた童は後でゆっくり探せばよい」
鋭い眼光で隊長達を睨む総隊長。
思わず隊長達の背筋も伸びる。
そして、総隊長はゆっくりと口を開いた。
「……現時刻を持って、鬼道衆総帥大鬼道長 如月姫乃及び、副鬼道長有昭田勒玄。両二名からその役職の永久抹消 並びに 旅禍侵入の首謀者として発見次第、粛清を命ずる」
その言葉に大きく目を見開き、体を前に進めたのは浮竹だった。
総隊長の眼前まで詰め寄ろうかという気迫だったが、狛村によって両肩を押さえられそれ以上前へ進むことは叶わなかった。
「堪えろ。浮竹。気持ちはよう分かる」
しかし、浮竹は構わず叫んだ。
「お待ちください! 元柳斎先生!! せめて拘束の許可を! 査問の時間を!!」
「ならぬ! 十四郎! 言葉を慎めぃ!! 旅禍の企てに手を貸す正当な理由を、お主はこの場にて提示できると言うか!!」
総隊長のその言葉に、浮竹は唇を噛み締めた。
「敵の頭は、護廷最高峰の死神。臆するでない。引くでない。これは、我々の尊厳をかけた戦いじゃ。
行け、諸君。全面戦争と行こうじゃないかね」
その言葉とともに、各隊長は一番隊舎を飛び出した。