師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第五十九話 思慮の目が見通したもの

 

 

 想定通りに一護達を動かそうなんて考えは、捨てた方がいいかもな。

 そんな事を頭の片隅で考えながら、八番隊隊舎へと私は到着した。

 

 まるで私が来ることは分かっていた。

 そう言わんばかりに、綺麗に人払いがしてある八番隊隊舎前。

 

「明朝ぶりです。京楽隊長」

「そうだねぇ。君と日に二回も会えるなんて、中々ないんじゃないかい?」

 

 体力の消耗が著しい茶渡と、京楽隊長の間に降り立つ。

 私の背後には、茶渡。京楽隊長の背後には七緒ちゃん。

 緩い会話とは対照的に、緊張感が場を満たしていた。

 

「彼を殺さないでいてくれてありがとうございます」

「なあに、海老で鯛を釣る……なんて言葉もあるでしょ」

「お見事です」

 

 そんな会話をしながら、互いに剣を抜く。

 私の戦いの邪魔にならないよう、茶渡が一歩下がったのを横目で確認して、私はもう一歩前に出た。

 

「如月……さん……」

 

 しかし、前に出た私とは対照的に、京楽隊長より前に出てきたのは七緒ちゃん。

 

「七緒ちゃん……」

「総隊長の命令の元、貴女を……粛清します」

 

 そう言って彼女は両手を構えた。

 きっと言いたいことは沢山あって。

 きっと聞きたいことは沢山あるのだろう。

 

 それでも、この場においては敵同士。

 負けては……あげられない。

 

「破道の七十……」

「甘いよ。効かない」

 

 七緒ちゃんが鬼道を放つ直前。

 私は彼女との距離を一気に詰めた。

 そして、霊力を練り上げていたであろう右手を掴む。

 

「なっ!!!」

 

 私が手を掴んだと同時に、練り上げていたはずの彼女の鬼道が飛散した。

 今しがた起きた事への驚きで、大きく目を開く七緒ちゃん。

 

「反鬼……相殺!? 七十番台の鬼道をそんな……」

「出来るから、ここに立ってる」

 

 悔しそうに眉を顰める彼女を、そのまま京楽隊長の方へと投げ飛ばす。

 

「っ……」

「それに、教えたでしょ。鬼道は、隙の多い術。対面で自分より速い敵を相手する時に限っては、非有効的だと」

「詠唱破棄でも……間に合わないということですか」

「そう。その一秒で、殺されるの。これが、実践だよ」

 

 私の放つ圧に、七緒ちゃんはグッと息を飲んだ。

 私が今、手刀で甘さを出さなければ、自分は死んでいた。

 その事実を飲み込もうとしている。

 

「ほら、ボク言ったでしょ。実践初戦で姫乃ちゃんは無理だよって」

「……黙っててください」

「ありゃ、怒られちゃった」

 

 再び私に向かって駆け出してきた七緒ちゃん。

 気迫は充分。迷いのない動き。

 それでも……

 

「……隙だらけだ」

「っ———!!!」

 

 走りとの緩急を付けるために、瞬歩に切り替えたのはいい判断だとおもう。

 刀を持たない以上、剣の間合いを見極めようとした事も。

 でもそれは、私が教えた彼女への戦い方。

 手の内は、手に取るようにわかる。

 

 七緒ちゃんが私の背後に回るより早く、彼女の肩をほんの僅かに斬った。

 深くはない。

 言わば、薄皮一枚。

 

 入隊一年目の隊士ですら、コケるより浅いこの傷に騒ぐものなどいない。

 それは、経験があるから。刀で斬られるという。

 

「刀で斬られるのは初めてでしょう。……ごめんね、痛いね。でもこれが、七緒ちゃんが知りたがってた……死神の戦いだよ」

「はい、すとーっぷ」

 

 初めての経験と、初めての痛み。

 それに動揺した彼女を助けるように、京楽隊長が間に入ってきた。

 

「女の子同士で傷つけあうのは、ボクは好きじゃないなあ」

「私がこうするまで、ずっと見守ってたくせに」

「七緒ちゃんが素直になるまでさ」

 

 自身の戦力外通告に等しい行為を受けた七緒ちゃんは、ふらつきながら肩を抑えて下がる。

 

「……してですか……。どうして……私達を裏切るような事を……」

「秘密。裏切ったつもりもないよ」

「裏切りです!! 貴女に憧れて、大好きで……ずっと心を通わせていたと信じていた、私への裏切りです!!」

 

 

 __キンッ!!! 

 

 七緒ちゃんの言葉が私に届き、私が返事を返すより早いタイミング。

 京楽隊長の刃と、私の刃が交わりあった。

 

 そうしてもらわなければ、間に合わなかっただろう。

 

 七緒ちゃんはきっと、崩れ落ちてしまっていた。

 私は、彼女の信じた世界を崩したのだという気持ちに飲み込まれていた。

 

 すぐに意識は戦いの方へと引き戻され、場に刃がぶつかり合う高い音が響く。

 

「さ、本題に入ろうか」

「……相も変わらず、やり辛い人ですね」

「やだねぇ、褒められると嬉しくなっちゃうよ」

 

 互いに本気じゃない癖に、気を一瞬も抜けない攻防の中で、私達は互いに探り合う。

 どちらから。どのようにして。どう切り出そうか。

 

 幾度となく鍔迫り合いが続いた時、京楽隊長が口を開いた。

 

「……穏やかってのは、時に違和感に繋がると思わないかい?」

「なんの話でしょうか」

「弟子が想定もしてない方向に飛び立った時、ボクなら少なくとも驚くね。……随分と穏やかだなぁと思っただけさ」

「……想定できていたのなら、特段変ではありませんよ」

「そう。こうなることなんて、想定済みだったみたいだ。今回の事件、また暇つぶしの所業か……それとも、思惑か。どっちだと思う?」

 

 海燕さん達の事件の時のように。私に興味のある人物が起こした暇つぶしの騒動か。

 それとも、諸悪の思惑か。

 私が護廷十三隊の情報を横流しする代わりに渡していた、僅かな情報の中で……京楽隊長も核心へと近づき始めている。

 

 夜一さんに言われていた通り、私は京楽隊長に情報を渡した。

 

「……歩む道は違えど、心は護廷に。私は私の過去に精算を付けに来ました」

 

 それを聞いた京楽隊長は、口角を上げた。

 

「ボクはお節介だからね。女の子のお尻は、着いてくるなと言われても追いかけちゃう性分さ」

「……知ってます」

 

 恐らくはこの戦いにおいての最高速度。

 私を捕らえようと距離を詰めてきた京楽隊長に対して、私は回避する為に後方に宙返りする。

 

「おっと!」

 

 私のつま先が京楽隊長の顎に当たる直前、彼もまた回避の為に後ろに下がった。

 

「 啼き叫べ 名無之権兵衛 」

 

 そして、唱えた解号を聞いて京楽隊長はさらに下がる。

 千本桜か、神鎗か。どちらにも対応可能な距離感へと。

 

「……どちらも来ないということ、忘れちゃってますよ」

 

 私の刀の威力は絶大だ。

 他人のとはいえ、二種類の斬魄刀を操るその驚異性。それは、私の刀を知っている者であれば最大限に警戒を行う。

 叩きつけられる選択肢と、強い警戒。

 それは、眼前にある初歩を盲目とさせる。

 

 つまるところ、私が解号を唱えて何もしないという選択肢を見失わさせる。

 

「……おやまあ。捕まっちゃった。ボクが見誤るなんて、まだまだだね」

「見誤りますよ。誰と戦ってると思ってるんですか」

 

 京楽隊長はもう動けない。

 下がったその先に隠していた、吊星にひっかかってしまったからだ。

 あらかじめ、曲光で隠した吊星を定位置に置いていた。そこまで誘導をかけたにすぎない。

 

「三十番台とは言えど、君の縛道の解除なんてボクは出来ないよ」

「じゃあ、私の勝ちで」

「参ったよ」

 

 縛道の回避方法は三つ。避けるか、反鬼相殺か、術者以上の霊圧を瞬時に手に練り上げ吹き飛ばすか。

 どれも簡単じゃない。

 

 そして、捕まってしまった場合は二つ。

 霊圧と筋肉で力づくで壊すか、縛道を練り上げた質と回路を解析し分解するか

 

 壊す。という点に関しては霊圧が高くパワー系の人なら出来る。総隊長や一護とか、剣八とか、狛村隊長あたりが得意だろう。なんとまあ野蛮極まりない。

 

 

 分解は、術者の技術力によって組み方の変わる縛道の急所を探して、そこに同質の力を練り入れることだ。

 反鬼相殺の応用。

 

 よりわかり易く説明するとするならば、知恵の輪だ。

 例えば塞は、可視化すれば二つの輪で腕を拘束している。

 

 知恵の輪のように外れる部分を探し出してそこに術者が使用した霊質と同様のものをぶつければ楔が壊れて簡単に解ける。

 番号が上がればより難解になるし、術者の技術力でたった一つの知恵の輪でさえ難解になる。

 

 高い霊圧知覚と的確な分析能力、霊力調節が必要だ。

 敵戦力で一番得意なのは藍染さん。準じて東仙隊長。護廷隊長なら涅隊長、砕蜂隊長も得意だろう。

 

 まあ何が言いたいかというと、京楽隊長が私の吊星からすぐ抜けられる可能性は限りなく低い。

 

 私は刀を収めて、茶渡の所へ歩み寄った。

 

「……すま……ない……」

「おっと!」

 

 気力も体力も限界を迎えていた茶渡が、謝りの言葉と同時に体勢を崩す。

 それを支えると同時に、私の体に強い負荷がかかった。

 

「……重すぎる」

 

 これを山まで運ぶのかと、ゲンナリしていれば七緒ちゃんの視線を感じた。

 

「逃げられると?」

「ああ、随分と丁寧に結界を編み込んだみたいだね。これ、自分で作ったの?」

「私だって、甘く見てもらっちゃ困ります」

 

 八番隊隊舎内に私達を閉じ込めるためか、周囲には高度な結界が張り巡らされている。

 私はそれをそっと触って、粉々に破壊した。

 

「七緒ちゃんと初めて会った時の私なら壊せなかった。凄い結界だよ」

「全く褒められた気持ちになりません」

 

 これ以上打つ手が無くなった七緒ちゃんと、動けない京楽隊長。

 ……いや、動けなかったという状況になりたかったのだと思う。

 私を見逃す判断を、京楽隊長が取っている。

 

「……姫乃ちゃん。目的は?」

「ルキアの処刑を止めます」

 

 そういえば、言ってなかったな。

 そんな事を頭の片隅に思っていると、京楽隊長は少し黙った。

 

「……まいったねぇ。ボク達も大忙しになりそうだ」

「え?」

「明日の午前は暇かい? 浮竹にくらい、顔見せてから行きなよ。彼、ショックで寝込んじゃってる」

「……考えておきます」

 

 もう何十年も足を踏み入れてない雨乾堂。

 そこへ来いと、誘われている。

 

 その場ではすぐに返事を返さず、私は八番隊隊舎を立ち去った。

 

 

 …………………

 …………

 ……

 …

 

 

 戻った時には、すっかり日が落ちてしまっていた。

 茶渡を抱えての移動は、本当にしんどい。

 珍しく少し息を上げて戻った私に、勒玄が水をくれた。

 

「ご無事で何より」

「遊んでもらっただけ。あの人と戦うと、体力より精神が疲れる」

 

 眠ったままの茶渡を下ろし、私も壁を背に腰を下ろした。

 

「彼の治療は?」

「やるだけ無駄。怪我じゃなくて、命の消耗をしているから」

「承知」

 

 茶渡が起きないのは、疲れたとかそういう話じゃない。

 命を削って出した技で、生命体として本能的な防御反応故の眠り。死なない為に強制的な休眠状態に入っている。

 治療すれば起きるとか、そういうことじゃないんだ。

 

「これ以上、この人間を前線に立たせるのは危険かと」

「わかってる。一護と一緒に行動させる」

 

 そういえば一護は……と思った時、暗がりの中からふらつきながらも一護が私達に歩み寄ってきた。

 

「お、歩けるようになったんですね。山田花太郎は?」

「寝かせた。石田と井上は?」

「さあ。ここまで距離が離れると、分からないです」

「分からないって……!!」

「分からないということは、悪いことじゃない。何も情報がないという事は、裏を返せば何も起きていないということ」

 

 私がそう返すと、一護は少し安心したような表情を見せた。

 そして、今後の予定を今いるメンバーで確認する。

 

「明日の朝、勒玄が茶渡君を安全な場所に運びます」

「何処へ?」

「双極の丘の真下に、お父さん達が作った秘密基地がある。そこに運んで」

「承知」

「一護は、予定通り前に進んでください。私はちょっと別行動」

「一人で大丈夫なのかよ」

「大丈夫。勒玄は、仕事が終わったら雨乾堂に。私もそこにいるから」

「承知」

 

 夜である今運んだ方が、より安全は安全。

 しかし、一護達の騒動のどさくさに紛れた方がさらに安全。

 大体の説明が終わって、私は再び腰を上げた。

 

「どちらへ?」

「五番隊。ちょっと回収したいものがある」

 

 明日の朝、藍染さんの訃報が瀞霊廷全土に流れる。

 そうすれば、石田と井上の命の保証だけは確保される。そして……あの手紙は雛森副隊長には渡させない。

 彼女の心を、必要以上に弄ぶ必要など何処にもない。

 

 深夜二時を回れば、もう五番隊に藍染さんの姿なんてないだろう。

 再び地下から出ていこうとした私を、一護が呼び止めた。

 

「俺も行く」

「馬鹿言わないで。貴方の今の最善は、よく寝てよく休んで、明日の戦いに備えること」

「……わーったよ」

「それじゃ」

「あ!」

「何?」

 

 何かを思い出した。そんな表情をした一護。

 

「コッチ来る前から色々ありすぎて、すっかり忘れてたぜ。そういや、如月さんに渡すもんがあったんだ」

「何を?」

「それを覚えてたら今になってねぇつーの。えーっと……」

 

 死覇装をカザゴソと探る一護を見ていれば、段々と顔面蒼白になっていく。

 聞かずともわかる。無くしたのだろう。

 私はため息をついて、彼に背を向けた。

 

「無くしたり忘れたりする程度のものなんて、大したことじゃないから大丈夫」

「わりぃ……。おっかしいなぁ……」

「どうせ、森に落としたんでしょ。じゃあ、行ってくる」

 

 ようやく、長い長い一日が終わりを告げた。

 五番隊で手紙を回収し、無事地下へと戻った時には既に太陽が登り始めていた。

 僅かな仮眠を取り、瀞霊廷突入二日目へと物語は進んでいく。

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