師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第六話 独りだが一人ではない

 朽木白哉との試合の噂話は色々と尾ひれをついてまわったが、結果は朽木白哉の勝ちだったんじゃないかと周囲は結論付けた。

 

 何が起きていたのか一つも追えなかった彼らは、私が防御に回ってばかりだったことと、たった一度振り下ろした刃が地面に落ちたこと。

 それだけを評価して私の負けだったんじゃないかと言った。

 

 それで構わない。

 

 ただ、唯一……観戦にいた教師達だけは事の真相を知っているだろう。しかしそれも、五大貴族を相手に真実を言いふらすようなことはしない。

 

 そうして、周囲の都合のいいように噂話は回っていき、やがてはその月日が流れると共にその話題もなくなった。

 

 彼とは、あれから話すことはなかった。どうしてまだ卒業しないのか理解に苦しむが、彼は未だに在籍を続けている。

 

 私の居場所は、入学当初から通いこんでいる鬼道演習場だけだった。

 そこで一人で籠っている時間が好きだ。

 

 そんなある日、受講のために教室の移動をしていた時、やけに前方が騒ぎたっている日があった。

 人だかりは随分と長い距離続いていて、進むに進めない。

 

 私がこんな人混みに入ったら、足元をみていない人達のせいで踏み潰されてしまう。

 

 どうしたものかと悩んでいれば、この人だかりの原因が聞こえてきた。

 

 

「やばい! 藍染隊長と目が合ったかも!」

「嘘!? いいなぁ!」

「今日の特別講義も凄かったなぁ……」

「次こそ教室の中で受けたいね!」

 

 

 生徒達の会話に、私は顔を上げる。そして、先程までは踏みとどまっていた人だかりの中に夢中で足を進めた。

 

「あのっ……前に行かせてくださいっ……」

 

 足の間を無理やり通ろうとする私に舌打ちをする声も聞こえるが、そんなこと関係ない。

 ようやく人混みの最前列に出た時、私はこの学校に来てから一番大きな声をあげた気がする。

 

「藍染さん!!!」

 

 私の声に気がついた藍染さんが振り返った。

 持っていた教本が腕からこぼれ落ちるのも構わずに、私は駆け寄って腕の中目掛けて飛び込んだ。

 

「久しぶり。姫乃」

 

 藍染さんも飛びついてきた私をいつもの笑顔で優しく受け止めてくれる。

 いつものお香の匂いと慣れ親しんだ腕の中。私は安堵でジワッと目に涙が浮かんだ。

 何事かと悲鳴に近い声をあげだした周囲なんて関係ない。

 

「わざと来なかったくせに……久しぶりだなんて酷い……」

「そういうつもりじゃなかったんだけれど……流石に再会してすぐ泣かれるとは思わなかったな。お昼ご飯は食べたかい?」

 

 その言葉にブンブンと首を横に振る。藍染さんは私が落とした教本を拾いながら周りからの質問に答えていく。

 

「藍染先生! その子は?」

「君達と同じ学生だよ」

「でも、変です!! その子だけ抱きつくなんて!」

「おや。君達がそうしなかっただけで、僕は一度も駄目だなんて言ったつもりはないよ?」

 

 また上手いこと言いくるめてるなぁ。なんて思いながらも、私も口喧嘩で藍染さんに勝てた試しがない。

 私の姿を隠すように抱き抱えて、藍染さんは人混みの中から抜け出した。

 

「あっ! 待ってください!!」

 

 集団が私たちを追う。藍染さんが何かしてくれるわけでもないので、私は廊下の角を曲がった瞬間に縛道を使った。

 

「 縛道の二十六 曲光 」

 

 攻撃ではなく、私達自身にかけた。この学校に私の曲光を見破れるものは存在しない。

 

「あれ……どこいったんだろう……」

 

 考えた通り、追ってきていた生徒たちは私達を見失った。

 

「上手だ」

「藍染さんだったら見破れる?」

「今だったらね。五十年後はお手上げかもしれない」

 

 そのまま、建物の中から中庭へと出た。

 わざと霊術院に来なかったわけではないと言ったことは本当のようで、少し痩せた気がした。隊長業務が多忙なのだろう。

 

「ご飯食べてないの?」

「そういうわけじゃないさ。少し不規則が続いていただけだ」

「ふうん」

 

 ずっと顔を上げない私に、藍染さんは少し間を開けて話しかける。

 

「お昼でも食べに行こうか」

「戦いたい……いますぐ……」

「……わかったよ」

 

 私の我儘を否定することなく、藍染さんは進行方向を変える。私がこう言うなんて、もしかしたら分かっていたのだろう。

 当然のように、上級生しか使えない特別演習場の鍵を藍染さんは持っていた。

 

 広い演習場は、お昼時で誰もいなかった。

 それでも、私と藍染さんが戦うとなったら何もしないわけにはいかない。藍染さんが結界を張ってくれている間に、私は集中力を限界まで高める。

 

 静寂の時間が数分経った。すでに藍染さんは結界を張り終えていて私のことを待っている状態だ。

 

「……いい?」

「いつでも」

 

 その言葉と共に、私は一気に距離を詰める。私の走りなど藍染さんにとっては亀のように遅いはずなのに、振るった刃を避けることはしなかった。

 

 ——キンッ……

 

 互いの刃が交わった。私たちの身長差がありすぎて、藍染さんの刀は下向きで私の刃を受け止めたことになる。

 いつも初動だけはこうして受け止めてくれるんだ。

 

 私は剣を持っていない左手を即座に構えた。

 

「 縛道の四 這縄 」

 

 這縄は藍染さんの右足首に絡みつく。それをそのまま手前に引いた。

 

「手法は悪くないけれど、流石に体重差と筋肉差がありすぎるよ」

 

 藍染さんの言う通り、拘束はできても移動は出来ない。

 身長が130㎝程しかない私が、185㎝の大男を動かすのは一苦労だし、体重差も50㎏近くあるんだ。

 

 ただまあ、無理だと分かっていてやったんだけれど。

 

「 ……破道の十一 綴雷電 」

 

 ピンと張った這縄に沿うようにして電流が流れる。綴雷電が身体に届く前に、這縄を断ち切ろうと判断した藍染さんが剣を振るった。

 その瞬間を狙って、私は再度藍染さんに斬りかかる。

 

 綴雷電を回避するためには、私の剣を避けられない。私の剣を止めようとすれば、綴雷電を受けることになる。

 

「間に合わないとでも?」

「……間に合わせてくると信じていました」

 

 這縄を断ち切ったうえで、私の剣を止めてくるだろう。その思考を捨てているわけではない。

 ただ、順番を確定させることが出来た。行動に関しての誘導権を私が持っているということ自体が、必要なことだった。

 

 ——キィィインッ……

 

 再び互いの刃が交じり合う。

 

 弾き返される力を利用して、私は体を回転させた。そのまま水平に薙ぎ払うかのようにして藍染さんの腰を狙う。

 

「っ……」

 

 後わずかで届く。その前に、私は動くことを止めた。いや……動くことが出来なかったんだ。

 私が身体を回転させたその僅かな時間の間に、藍染さんの刀の向きが変わっていた。

 

 私の首元に沿わされている刃。このまま踏み込みを続けていたら、私の首は落ちていただろう。

 

「よく踏みとどまったね」

「……参りました」

 

 綺麗な私の負けだ。結局……また藍染さんを一歩も動かすことが出来なかった。

 

「相手がこうするだろうという想定をした上で攻撃を仕掛けるということは、強い誘導力が必要だ」

「はい」

「強い誘導力は、すなわち自分の力への自信だよ」

「……ん?」

「姫乃の綴雷電は、流石に無視は出来ない。それを君自身が確信しているからこその戦法だ」

「……褒めてるの?」

「そういうことだ」

「素直にいいねって言えばいいのに」

 

 良い評価を与えられたところで、勝てなかったら意味がない。

 でも……届かない相手がいるということは、嬉しい。何か月も続いた孤独が満たされていくような感覚だった。

 

「負けて嬉しいと言いたげな顔をする子を素直に褒めるのはいかがなものかと思ってね」

「そうじゃないよ……」

「じゃあ、どうして前期の試験を流したんだい」

 

 その質問にはすぐに返事が出来なかった。学年の飛び級試験は前期後期と二回用意されているが、私は前期の試験を受けなかった。

 藍染さんの予定の中では、前期には卒業試験に合格して後期からは、学生でありながらも護廷の見習いとして仕事の同行をしているはずだったのだろう。

 

「……もう、特別な目で見られたくない」

「特別?」

「力を付けるって、孤独なの。友達は一人も出来ない。そして……私は強くなればなるほど、大人から変な目で見られる」

 

 藍染さんと二人で修行している時から時折そうだったが、この学校に来てからはなおさら強く感じた。

 私が死神としての力を使っているとき……私の中にいる他の人を見ているかのような感覚。

 

「……ねえ、藍染さん。誰を見ているの?」

「そういう気持ちにさせていたのなら謝るよ」

「皆、私の中に誰を探しているの? どうして私を見てくれないの?」

「……悪気はないんだ。ただ、君は……父親によく似ている」

 

 私の容姿が死神の父と似ているから? 藍染さんだけでなく、真央霊術院の教師までもが知っている名前だということなの? 

 

 そんなの……。

 

「……私のお父さんは、どこかの隊の隊長なの?」

「だった人だ」

「死んだの?」

「分からない」

 

 藍染さんですら生死を知らない? 

 頭の中に混乱が押し寄せた。私の父は、隊長だった人。そして、今隊長である藍染さんがその生死を知らない。失踪ということなのだろうか。

 

 私が黙り込んでいると、藍染さんが腰を下ろして私と目を合わせた。

 

「姫乃。確かに君の容姿はよく似ている。けれど、ただそれだけだ。君の中に懐かしさを感じていたことは否定しないが、それは君を見ていないということと同義じゃない」

「……私、これ以上強くなりたくない」

「自分でどれだけ否定しても、姫乃は強くなる。生まれ持った才能がそうさせている」

 

 私が持てている力は特別で、父親も特別。育った環境も特別。

 それが今……私を苦しめている。

 

 見つからない。

 見つからない。

 見つからない。

 

 私と同じ視線に立てる人がいない。

 

「姫乃は仲間が欲しくて死神になったのかい?」

「違う。誰かを守ったり……私の力を必要としてくれるならそうしたいと思ったから。そして、お父さんに会いたいから……」

「じゃあ、試験を受けなさい」

「……はい」

 

 私が藍染さんの首に手を回すと、そのまま抱き上げてくれた。

 

「少し見ない間にまた重くなったね」

「……そうかな」

「僕は君の力の成長だけじゃなくて、ちゃんと君自身の成長もみているよ。こんなに小さかったんだ」

 

 藍染さんが笑いながら親指と人差し指で小さな空洞を作って見せた。

 そこまで小さくないよと心の中で突っ込みながらも、そのおどけた表情につられて笑う。

 

「やっと笑ったね」

「いつか藍染さんより強くなっちゃったら……嫌だなあ」

「君が孤独じゃないと感じるその日までは、僕は君より強くあり続けると誓おう」

「わかった」

「早く卒業しておいで。五番隊三席の席は空けておくから」

 

 私はその提案に少し考えた。

 今まで客観的評価を貰えなかったからわからなかったけど、私は上級席官に匹敵するほどの力を持っているのだろう。

 藍染さんの師匠バカなのかもしれないけど……。

 

「んー……やだ」

 

 私が否定するとは思わなかったのだろう。藍染さんは少し驚いた顔をした。

 

「だって、五番隊じゃ副隊長にしかなれないよ。いつか藍染さんと同じ目線で仕事がしたいから、ほかの隊がいい」

 

 私の提案に、藍染さんはふふっと声を上げて笑った。

 そんなにおかしいことを言ったかなと思っていれば、優しく頭を撫でられる。

 

「ほら。どんなに力を拒んでも、姫乃は負けず嫌いだ」

「他の隊の隊長には負けないって、宣戦布告みたいになっちゃった?」

「そうかもね。だから面白い」

「藍染さんのツボがたまにわからない」

 

 護廷に入れば、私より強い人はきっといっぱいいる。私より弱い人もいっぱいいる。

 強者か弱者か。そんな世界の中で、この腕の中だけが私の平穏なんじゃないかと錯覚しそうになる。

 

「藍染さんがもっと若かったら、好きになってたかも」

「会って早々戦えと言ってくるじゃじゃ馬は、僕の好みじゃないな」

「うんちくじじい。十年探しても見つからない白髪を今日こそ見つけてやる!」

「こら」

 

 久々に本気で戦って、清々しく負けて、胸の中の不安を暴露して……こうやって笑いあえば、心が軽くなった気がした。

 過ごしている籠が小さすぎるから、あんな気持ちになったんだ。ずっと苦しむより、さっさと抜け出そう。

 

 私が藍染さんの腕から抜け出して隣を歩いていると、誰かが駆け寄ってきた。

 

「姫乃ちゃん!」

 

 前に鬼道を教えてくれと言ってくれた子のうちの一人だ。

 

「あの……また鬼道を……」

「ごめん……やらない」

 

 私が藍染さんの後ろに隠れるようにしてそう答えると、その子は残念そうな顔をして立ち去っていく。

 その背中を眺めていると、上からクスクスと笑い声が降ってきた。

 

「何?」

「いや、人見知りはいつになったら取れるのかなと思って」

「人見知りじゃない」

「一人の子供として姫乃に友達が出来ないことが心配だ」

「……いらない」

 

 そう返すと、藍染さんはまたクスクスと笑った。

 

「藍染さんだってお友達いないじゃん」

「痛いところを突かれたな」

「部下がーとか、同僚がー、って話は沢山聞いたけど、お友達の話は一度も聞いたことない」

「そういう歳じゃなくなっただけだよ」

「負け惜しみだ」

「こら」

 

 藍染さんが帰ってすぐに、私は担任に試験の申込をしたが、藍染さんが何かを言っていたのだろう。特段驚かれることもなかった。

 

 

 一年生の終わり頃、私は卒業試験を受けたが……こればかりは手の抜き方がわからず、まじめに受けた結果……

 私は『歴代受講者最高得点』の名を背負って真央霊術院を一年で卒業することとなった。

 

 

 ちなみに、朽木白哉も私より少し早くに学院を去った。だから入学時に騒がせた二人が、ほぼ同時期に学院を去り、護廷十三隊へ入隊するという結果だ。

 

 五大貴族朽木家御子息の入隊か、私のことか……どっちを噂話の話題にすればいいのか、迷っている人達を見るのは少しだけ面白いと思う。

 

 あとは入る隊を決めるだけだと思っていた頃に、担任に呼び出される。

 

「如月! お前を入隊させたいと隊長殿が面接を申し込まれているぞ」

「あ……わかりました」

 

 五番隊以外ならどこでもいいやと思っていたので断る理由がない。

 

「じゃあ、ここに行ってこい」

「え? 学校の中でしないんですか?」

「少しお身体が悪い方だからな。お前が元気ならお前の方から行け」

 

 その情報だけで、誰が私を取ろうとしているのか分かった。

 ……十三番隊か。藍染さんもここの隊長とは一番仲がいいって言ってたし、行ってみるか。

 

 かくして私は、雨乾堂に足を運ぶこととなるのだが……。

 

 

「……一人は嫌だ」

 

 一人で知らない場所に行って、知っているけれど知らない人に会う。

 夢の中で見る事とはわけが違うんだ。

 私は散々に悩んで、結局藍染さんに『着いてきてくれなきゃ蛆虫の巣に入隊してやる』と脅迫文を送った。

 

 

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