師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第六十話 共に並ぶは、護廷の古株

 

 

 明朝。まだ寝ている一護達を置いて、私は地下道を出た。

 その途中で聞こえてきた護廷内部の騒乱。

 

 五番隊隊長、藍染惣右介が死んだ。

 その訃報は、隠れて行動している私の耳にも風に乗って届く。

 

 動揺がひしめく護廷の中で、まるで此処だけが世界から隔離されているような静けさだった。

 

 十三番隊隊舎_雨乾堂。

 

 久々に目にした風景は、最後に目にした時と何一つ変わらない。

 カコン……と静かに鳴り響く鹿威しの音と、柔らかな夏の風。

 外套のフード部分を下ろし、私はただそこに立ち尽くしていた。

 

 西流魂街で体験したことと同じく、此処でも記憶の欠片が溢れかえる。

 

 目を閉じて、耳を澄ませば聞こえてくる。

 無邪気に笑う、自分の笑い声。それを追いかける海燕さんと、優しく見守る都さんの姿。

 海燕さんが私を捕まえたタイミングで、狙ったようにいつも浮竹隊長が顔を覗かせる。

 皆でおやつでも食べないかい? 必ずそう言うんだ。

 そうやって、激務の中でほんのひと時のたわいも無い幸せな時間を過ごした。

 

 信じて疑わなかった、崩れ落ちた私のもう一つの過去。

 

「おいで、如月」

 

 突然聞こえたその声に、ビクリと肩を上げた。

 雨乾堂の中に浮竹隊長がいることはわかっていたが、私の気配を察知されたことが予想外だったからだ。

 

 ゴクッと息を飲んで、私は雨乾堂の御簾を開けた。

 

「……どうして分かったんですか」

「勘だよ。如月は必ず此処に来る。そう信じていた」

 

 入口で立ち尽くす私に、浮竹隊長は優しい笑みを向ける。

 

「そういえば、また仙太郎が第六会議室の隠し扉に挟まれてな。立て付けが悪くなったかな?」

「あっ……あそこは、第四の鍵を引けば開かないようになるので……」

 

 突然振られた脈絡のない会話に、思わず反射的に答えてしまった。

 

「……覚えてくれていたんだな」

「……忘れたことなど、ただの一度も」

 

 どうすれば皆が仕事をし易いか、考えて考えて改築を繰り返したこの隊舎。

 どの道が何処に繋がっているのかなんて、考えずとも体が全て覚えている。

 

「如月が作り上げた思い出は、今もこうして繋がっているよ」

 

 その言葉に、私はグッと掌を握りしめた。

 

「……その思い出から……私は逃げたんです。前に進む理由を作って……逃げたんです」

「そんなことはない。如月は、選んだんだ。選ぶ事と逃げる事は決して、同義じゃない」

「その証拠に! ……こうして時が迫らねば、私は此処へただの一度も足を運びませんでした……!」

「じゃあ、如月を此処へ運んでくれた時の流れに感謝しなければな」

 

 どれだけ非を嘆いても、その全てを赦す慈悲の言葉に、私は半歩後ろに下がった。

 やはり、此処に来るべきじゃなかった。

 記憶の美しさと、残酷さ。その二つがせめぎ合うようにして、私の心に流れ込んでくるから。

 

「俺はよく、他者を信じろと。そういうだろう? どれだけ難しくとも、信じ続ければ分かり合える時が来ると」

「……はい」

「それが叶わない時。争いはその時に起こる。どうやっても交わることの出来ない信念がそこにある時、俺達は刃を持つ」

 

 浮竹隊長は一度お茶をズッ……っと飲んで、再び私の方に目を向ける。

 

「さあ、俺からの質問は一つだけ。如月。俺達はお前と刃を交えるべきなのだろうか?」

「それは私を……信用してくださると……」

「疑ったことなんて、ただの一度もないさ。如月が十三番隊を忘れたことのないように。俺もまた、如月を信じ続けるという想いを忘れたことはない」

 

 私がその言葉を頭の中で反復していると、背後にまた人の気配を感じた。

 振り返れば、最初に見えたのは女物の羽織。

 

「ボク達は、ずっと前から君の味方ってことさ」

 

 そこにいたのは、昨日会ったばかりの京楽隊長。

 浮竹隊長も、やっと来たかと言わんばかりに片手を上げた。

 

「素直になれない姫乃ちゃんに、ボクから等価交換の提案。ボク達は君を見逃す。その代わりと言っちゃなんだが、また情報をおくれよ」

 

 浮竹隊長と京楽隊長の決定的な違いは、藍染さんの件を気が付き始めているか、そうでないかの違い。

 私の過去を知っていて、私が藍染さん側でないという確証もない中で……それでも私が起こす波に乗ろうとしてくれているのだ。

 

「……どうしてそんなに私の事を」

「そりゃあ、女の子だからね。ボクは、女の子の言うことならなんだって信じるさ」

「お前は全く……そういう事じゃないだろう。如月の背を押す人達に、迷いがないからだ」

「迷い……ですか?」

「鬼道衆の子達も、有昭田も。きっと現世で会っただろう浦原達も。お前が進もうとしている道の後押しを、誰一人迷っていない。それは、如月が進む道が正義だと信じているからだ。そう信じさせる程、如月が誇り高く生きてきた証だよ」

「そ。じゃあ、ボク達も迷い悩む必要は何処にもないってことさ」

 

 京楽隊長に背中を押され、私の足は雨乾堂の中に進んでいく。

 そして、そのまま三人で輪になるようにして腰を下ろした。

 

「朽木を助ける。俺が元柳斎先生の言いつけに背くには、十分過ぎる理由だな」

「割と浮竹、一度決めたら頑固だからね。姫乃ちゃんが何言っても下がってはくれないよ」

「どうせお前も隣にいるんだろう」

「あったりまえでしょ。山じぃに怒られる時は、二人揃って一緒さ」

 

 そんな会話をしている二人を眺めながら、私は腹を括った。

 

「先に、他者が盗み聞きしないよう結界を展開してもいいですか?」

「ああ、頼む」

 

 私は雨乾堂を覆うようにして最高強度の結界を編み込んでいく。そして、準備が整って、輪の中へ再び戻った。

 

 作戦は知っている人が多い方がいい。

 内部との連携がより取れた方が確実。

 

 ああ、そんな事は建前。

 雨が上がって、空が見えて。

 振り返る事が出来た。

 隣を見ることが出来た。

 

 私の歩く道に、沢山の人が着いてきてくれていることに。

 

 先が見えている私と違って、先の見えない道だというのに。

 そこに光があると手を差し出す彼らの姿が……私の背にあると。

 

 ああ、私は……私の歩く道は……。

 一人じゃない。独りじゃない。

 

「……ルキアを助ける。それは物事の一遍に過ぎません。真の目的は……藍染惣右介を討つことです」

 

 私の紡いだ言葉。

 京楽隊長の表情は変わらずだったが、浮竹隊長は驚いた表情をしていた。

 

「き、如月は知らないかもしれないが……藍染は……」

「死去。それは……まやかしです」

「今回はやっぱりそっちかい。時灘じゃなくて少し安心したよ」

「京楽! お前はまだアイツの事を……」

「今は関係ない話さ」

 

 京楽隊長は、浮竹隊長の方に手をかざして話が逸れようとしたのを止めた。

 思考の中にあった答え合わせをしている京楽隊長より、まだ話の全貌が掴めていない浮竹隊長の方に合わせて、私は話を続ける。

 

「……全てを知っておりました。全てを知っていて、今までをあえて見過ごした私も、罪人同然です」

 

 そう前置いて、私は今までの全てを話した。

 昔から不思議な夢を見ていたこと。

 それに伴って、海燕さん達が死す事を知っていた事。防ぎきれなかった事。

 藍染さんがどんな人物で、何を計画しているのか。

 鏡花水月の真の能力。

 化けの皮が剥がれる今日この日を待つ為に、志波隊長をあえて見つけ出さなかった事。

 黒崎一護という存在が、藍染さんの計画を動かす為に必要だった事。

 

 私の抱えていた百年の歩みを全て説明するには、相当な時間がかかった。

 それでも、二人はジッと私が話終えるまでただ耳を傾けてくれる。

 

 涼しかった朝の気温が、肌に汗を感じるくらいに上がった頃。

 ようやく私は全てを話し終えた。

 

「すぐに四十六室の確認を!」

「無駄さ。行ったところで鏡花水月の力で、ボク達には普通に機能しているように見えるだろうね」

 

 立ち上がりかけた浮竹隊長だったが、グッと眉をひそめて再び腰を下ろす。

 そして私の肩にそっと手を乗せた。

 

「……すまなかった。如月がどれ程の時を苦しんでいたのか、俺は全く気がつくことが出来なかった……」

「そんなことありません! 浮竹隊長や、海燕さん達から頂いた沢山のお心のお陰で、私は今日この日までを歩んでこれました! それなのに……私は護りきれなかった……」

「なに、どっちがどうって話はいいじゃないの。そこに悪なんか何処にもないさ」

 

 再び話を止めようとした京楽隊長だが、今度は浮竹隊長は止まらない。

 

「……如月。それは違う。過去に戻り、あの日あの時の全てを知っていたとしても。何度戻って、繰り返しても。きっと海燕や都は、同じ道を選ぶだろう。仲間を助ける道を。自分の誇りを護る道を」

「何度……戻っても……」

「そうだ。どれだけ未来が見えても。どれだけ過去に戻れたとしても。心が変わらなければ、道を違うことはない。如月は、未来を知らなければ藍染の方を選んだのか?」

 

 その質問に、私は少し考えて首を横に振った。

 

「いいえ。頂いた心を……誇りを穢す道を、私は決して選びません」

「そうだ。変わらないものが心だと。そう言えるのならば、それが強さだ」

 

 優しく笑う二人に、私は深く頭を下げた。

 私の罪も、建前の上に成り立つ選ぶ道も。その全てを赦して、二人は共に歩くと選んでくださっている。

 

 苦しくて、建前を作って逃げて。

 そうして見ないようにしていた此処 (十三番隊)は、きっと何度人生を繰り返しても決して変わらない私の心の在り処だ。

 

 もっと多くの事を話したいし、此処に日が暮れるまで居たい気持ちはある。

 それでも、まだやるべき事が残っている以上動かなければ。

 

「私の話を信用していただき、ありがとうございます。……もう行きます」

「ああ、任せてくれ。如月の横に並ぶのは、護廷きっての古株二人。ちょっとやそっとじゃ折れやしないさ」

 

 私は立ち上がって、雨乾堂の御簾を上げる。

 外には既に、勒玄が木陰で待っていてくれた。

 

「茶渡は?」

「無事、搬送致しました」

「ありがとう」

 

 京楽隊長と浮竹隊長の姿に気がついた勒玄が、二人に向かって少し頭を下げながら私の質問に答える。

 

「二人も仲間だよ」

「存じ上げております。昔から、この二人の悪餓鬼の姫様への肩入れは気に食わぬのです」

「はは、相変わらず有昭田は手厳しいな」

「昔っからでしょ」

 

 私達が移動しようとした時、浮竹隊長が思い出したかのように私を引き止める。

 

「そうだ! 旅禍の子達を保護していたんだ!」

「へ?」

「現世の服のままだと何かと不便だと思ってな。死覇装を渡したんだが……えっと……何処に配置させてたかな……」

 

 その言葉で、ようやく疑問の一つが解決された。

 石田と井上が服を着替えたのも、十三番隊付近から動かなかったのも。

 全て、浮竹隊長の配慮だったのか。

 

 見つかったら自分の立場すら危ういというのに。

 ……いや、自分の身など後回しで誰かの為に動くのが、浮竹隊長だ。

 

「正確には、見つけたのは仙太郎と清音なんだが……。おーい! 二人とも! いるんだろう?」

 

 そう呼びかけると、屋根上から二人が瞬時に姿を現した。

 

「すいやせん! 隊長ぉ!! 今朝見失いました!」

「な、なんだって!?」

「仙太郎が見てないからでしょ!!」

「うるせぇ! お前が隠し扉があると自慢したからだろ!!」

「どの扉から出たか、覚えてない方が悪いんじゃないの!?」

 

 喧嘩を始めそうになった二人を慌てて止めて、私は事情を聞いた。

 二人の言い分は、他の隊士に怪しまれないよう、新人とかこつけて仙太郎の傍に置いていた二人だったが、今朝いなくなったと。

 恐らく、このまま立ち止まってる訳にも行かないと決めての行動だろう。

 

「ど、何処から出たの?」

「えっと……えっとですね……。うーん……ここら辺で見失いまして……。扉があるとは思うんですが、叩いても引いても開かなくて……」

 

 仙太郎が指さした先は、雨乾堂からも見える通路の一角。

 確かにそこには隠し扉が……

 

 そこまで考えて、私は頭を抱えた。

 

「……最悪だ」

 

 目の前での二人の証言。

 そして、同時期に感じ取った霊圧の衝突。

 

 その二つは、一つの答えを導く。

 

「……そこの通路、技術開発局までの道だ。一度開けたら、半日は開かない設定にしてある」

「ええええ!!!」

 

 はるか昔、白哉やギンとも共闘したあの虚軍勢戦。

 確か、刀を見せろと追いかけてくる海燕さんから逃げるために私も使った。

 というか、その後も何度か使用した隠し扉の一つ。

 技術開発局までの道のりを最短で行く、地下通路へ続いている道だ。

 

 入口は一つ、出口も一つ。

 何一つ迷うことなく、目的地へ運ばれる道。

 

「これは……涅が戦っているのか」

「そうみたいだね」

 

 京楽隊長と浮竹隊長も、涅隊長の霊圧の上昇に気がついたようだ。

 

 石田と涅隊長の交戦は出来れば避けたかった。

 それでも、これは思惑でもなんでもない美しいほどの偶然。

 

「姫様。救援に向かいますか?」

「……いや、行かない」

 

 石田は勝てる。

 それに、涅隊長の前に姿を現すのは、限りなく悪手。

 

「石田と戦う未来が変えられなかったのが最悪ってだけで、計画上は最高の展開。今のうちに技術開発局に行こう」

「しかし、あそこのセキュリティーは強固ですぞ」

「涅隊長の頭脳と、お父さんの頭脳。どっちが勝つと思う?」

「……好きになされよ」

 

 技術開発局に行くのは、この瀞霊廷突入作戦において最重要項目。

 私の侵入を拒むように作り上げられた城と、突破するための鍵。

 

 私が懐から出した、黒いカードキーを見た勒玄が、呆れたようにため息をついた。

 

 そうして、浮竹隊長達に別れを告げて私達は技術開発局へと足を運ぶ事にした。

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