師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

63 / 89
第六十三話 見通した真実と牙城の綻び

 

 

 意識を取り戻した時、最初に目に入ったのは見知らぬ天井。

 牢でもない。外でもない。誰かの部屋だ。

 そう理解する。

 

 グッと体に力を込めると、起き上がれることが分かり、そのまま体を起こした。

 血に濡れていたはずの死覇装は取り換えられており、体の痛みが消えていることも順じて確認が取れる。

 

 寝起き独特の思考の遅さ。最後に覚えているのは、肉雫唼に……

 そこまで思考が回って、ハッと周囲を見渡した。

 

「気が付かれましたか」

 

 部屋の隅には、気配を完全に消していた卯ノ花隊長がいた。

 

「元々の霊力保有量が多かった為、回復には思ったより時間がかかりましたが、もう大丈夫です」

「何故……」

「私の要件はいつもただ一つ。傷ついた方の治療です」

「違います!! 何故、私を助けたのですか!」

「何故、助けられない存在だと思ったのですか?」

 

 卯ノ花隊長の話の意図が掴めない。

 確かに、四番隊は怪我人の治療を使命としている。

 ただ、今の私の立場は離反者。

 

「……査問に万全の状態でかけるわけではないですよね。恐らく、総隊長から粛清命令が出ているはずです」

「ええ、そうです。ただ、そこに大きな矛盾が生じます。四番隊は救命が責務。いかなる事があろうと、他人の命を奪う行動を取ってはならない。霊術院でも教わる内容でしょう」

「釣り合いが取れていないと、そう言っています」

「取れるかどうかは、これからです」

「査問を行うという解釈で間違っていませんか?」

「それで結構」

 

 卯ノ花隊長の答えは、どれもこれも的を得ていない。

 査問が必要なのであれば、拘束する必要がある。私の体には、それらを表す何物もついてはいない。

 つまり、逃げようと思えば逃げられる環境下だ。

 

 ただ、卯ノ花隊長が最後に言った言葉。

 選択を間違えるほど、愚かではないだろう。そう私に告げた。

 

 卯ノ花隊長は、私と会話をするという選択肢を突きつけている。

 この状況下、可も不可も私次第。

 場の決定権は、私にある。

 

 私は一度返事を返すのやめて、彼女の言葉を一から思い返した。

 何もかも、的を得ていないような言葉。

 その裏に隠された事実は……

 

 ハッと気がついて、私は質問を投げかける。

 

「……何日、経ちましたか?」

「丸一日と半日」

 

 その返事に、目を見開く。

 有り得ない。いくら霊力が枯渇していようと、目だった傷のない私の霊力だけの回復に、そこまで時間はかからない。

 せいぜい、半日から一日。

 

「思ったより時間がかかったのではなく……あえて時間をかけたと?」

「ええ。夜明けまで、あと一刻もありません」

「何故!」

「あら。どうしてそんなに焦る必要が?」

「……焦ってなどいませんよ」

「いいえ。回道は、手当てだけが目的ではありません。その道を極めることで、相手の心境を読み取ることが出来ます。貴女は、焦っている」

 

 私はグッと唇を噛んだ。

 護廷十三隊の創設時期と横に並ぶこの人の思考と、相手を視る技量。

 藍染さんが鏡花水月を遣ったにも関わらず、たった一度触れただけの死体にすら違和感を持った卯ノ花隊長。

 ……私の心情など、手に取るように分かると言いたいのだろう。そして、それを隠すことを貫く事は……間違った選択だと。

 

「……焦りを……覚えています」

「やはり、正しい選択を選ばれるのですね」

「もう、卯ノ花隊長は答えは持っていらっしゃる」

「ええ。貴女は……朽木ルキアさんの処刑の日を初めから知っていたのでしょう。本来の処刑日から逆算すると、旅禍侵入は……些か早すぎる」

 

 たったそれだけの事で……違和感を持ち、ここまでの答えに辿り着いた。

 藍染さんが卯ノ花隊長を警戒し、決して下に見なかった意味が今はっきりと分かった。

 

 そこまで辿り着いたのなら、後は簡単だ。

 藍染さんの死に疑問を持った。

 この惨状を予め理解した上で動いている私がいる。

 その二つが組み合わされば……いま起きている不穏の答えに辿りつくのではないか。そう考えている卯ノ花隊長の思考は、何一つ間違っていない。

 

「……藍染隊長が亡くなられました」

「はい、知っています」

「……やはり、それも知っていたのですね」

 

 何を隠しても、無駄だ。

 今私が、知っていると言った答え。

 その言葉の中から、私の心に動揺が無いのを感じ取られている。

 

「如月さんと会った回数は非常に少ないですが、最も古い時期から貴女達を知っています」

 

 真実を伝えるべきか否か。

 たとえ伝えたとしても、この人が最前を走ることは無い。

 無心で信じられるほど、互いに信頼もない。

 

「彼本来の動揺、それを感じ取ったのはあの時が初めてでした」

 

 返す言葉の正解が分からないままに、卯ノ花隊長は言葉を続けていく。

 

「彼の存在を初めて認識したのは彼が席官へと昇進した時です。名前も顔も見たことがない。その僅かな違和感に、私は四番隊の治療記録を全て見返しました。……四番隊に、彼の治療記録は一つもありませんでした」

「え……」

 

 あり得ない。それは、通常ありえないことだ。

 ……治療記録がないということ。

 それは、真央霊術院に入学してから席官の座に就くまで『一度も戦闘で傷を負っていないということ』。

 

「優秀。ただそれで片づけるには、出来すぎている。私が彼の観察を始めたのはそのころからです」

 

 平子さん達よりもずっと前から、この人は藍染さんの違和感に気が付いていたというのか。

 

 私と目が合う卯ノ花隊長の瞳は、最後の一欠片を掴めないだけでほぼ全ての予測が終わっている目だ。

 

「先ほど申した通り、回道の道を極めし者は相手の感情の揺らぎを察することができます。藍染隊長の霊圧を幾度となく観察し、ある二つのパターンに気が付きました。一つは、無感情。穏やかに笑みを持って人と接している時も、隊葬で周囲が泣いている時も。周囲の状況と表情は一致しても、彼の感情に起伏と言うものが何一つ感じられない。心を失くしているのではありません。《その場で起きている事象に興味がない》そんな感情です」

 

 藍染さんにとって、この世界で対人関係で起こりうる全ての事象は、観察対象。

 そこに過剰な私的感情が入ることも無く、常に一歩引いた目線から物事の全てを眺める。

 

「二つ目は、不安。恐怖。怯え。自分の隊長である平子真子と接している時や他の隊長と接している時に時折、彼がわずかに見せる感情でした。二つのパターンにはあまりにも不可解で同じ人物と認識するにはかけ離れている……《二人は別人なのではないか》? ……その答えに行き着いたときには、既に時が経ちすぎていました」

 

 藍染さんが平子さんを騙す為に自分の身代わりとしたのは、自分が取り込んだ別の隊士。

 鏡花水月でバレないとわかっていても、隊長格相手の霊圧の真横に立ち続ける行為に、わずかな恐怖を覚えるのは当たり前の感情だ。

 

 どれだけ言動を似せようと、心までは同じに出来ない。

 ……それを卯ノ花隊長は見逃していなかった。

 

「恐らくは、斬魄刀の能力なのではないかという推測をたてています」

「たった……それだけの事で?」

「欠片を掴むということの重要性は、この世界の事実を掴むのに必要なことです」

 

 漠然とした違和感? いや、違う。

 この人は、京楽隊長達が持つ違和感なんかとっくに超えて既に答えを持っている。

 平子さんは藍染さんを監視(・・)した。卯ノ花隊長は、観察(・・)していたのだ。

 ただ唯一分からないのが、 何故死したのか(・・・・・・・)

 ただそれだけだったのだろう。

 

 それを見極める直前に藍染さんの死。死者の心は読むことができない。

 しかし長い時の観察が、死体が藍染さんではないのかもしれない。という可能性を導き出した。

 

「……私が藍染さん側だとお考えですか」

「いいえ。貴女がこの事態をどうやって知ったか、いつから知っていたか。それが今重要なわけではありません」

「……本当に聞きたいことは、なんですか」

 

 私がそう聞いても、卯ノ花隊長はまた少し違う話をし始めた。

 正確には、最初からの話の続きに戻る。

 

「さて。先程も言ったことを覚えていますか?」

「ええ。 彼本来(・・・)と」

「貴女が死ぬか生きるかの瀬戸際を彷徨うあの日。彼は初めて、動揺していました。ああ、ようやく人らしい感情が見えたと、貴女の傷よりそちらに驚いたのをよく覚えています」

「……それも演技ですよ」

「そうかもしれません。二度目に彼に人らしい感情が見えたのは、つい先日。貴女が離反を叩きつけた日です。僅かに見えたのは、喜びや期待。……まるで、手の内から逃げる貴女に楽しみを覚えているかのような」

 

 藍染さんは夢の欠片で知る限り、完璧な人だ。

 全ての計画が、彼の手の中にある。

 予測していた事態も、予測出来なかった事態も。

 それらが全て、卓上に並んだ手駒でしかない。

 

 また自分が持つ答えを遠ざけるかのように、卯ノ花隊長はようやく私の質問に答えてくれた。

 

「如月さん。貴女は何を成し遂げようとしていますか?」

「……誇りと、未来の為に戦います。私の過去に清算を」

「いいえ。もう一度聞きます。貴女は、何を成し遂げたいのですか」

 

 ああ、卯ノ花隊長は、私の誇りを聞いているのでは無いのだ。その質問に正しく答える今……。

 私の声は、震えていなかっただろうか。

 それは自分ではわからない。

 

 たった一つの質問と、卯ノ花隊長が辿り着いた真実。

 それらの全てが、私がいくら取り繕っても無駄だと叩きつけてくる。

 

 

「……この世界にっ……私が居る意味を……。私が存在して……間違いではなかったのだという答えを……見つけたいです! ……そうすることで……私は、私の過去を……赦したいだけなんです……」

 

 ずっと前から知っていた未来の姿を。

 見ないように、見えないように蓋をしてきた。

 

 藍染さんが噛んでいても噛んでいなくても、私が存在した事で失った未来がある。

 藍染さんが、私を横並びになれる存在だと認めた。

 これから先起こる戦いで、誰かの流す涙を一つでも減らしたい。

 そうすることで、私はこの世界にいて良かったんだと……。

 

 

 

「藍染惣右介という存在をっ……利用して、私は私の存在を赦しますっ!! あの人に育てられ、あの人の背中だけを追い続けた過去を……私の正義で赦したい!!」

 

 今日この日までの物語を、知っていてあえて見過ごした。

 それは、私情を全て差し置く司法の元では、共犯。

 その罪も、何もかもを。

 あの人の所為だと押し付けて。

 すり替えて。

 それで正しかったんだと、私は私を認める。

 その為だけに、あの人を利用する。

 

 

 憎しみを持たない、弱い私の刃は……そうすることで、誰かが少しでも多く笑える世界に繋がる事だと信じたい。

 

「……既に、貴女の在る意味はあります」

「……え?」

「如月姫乃。貴女という存在が無ければ、決して尻尾を出さなかった牙城の綻び。その綻びは、完璧を崩すには充分の足がかりとなります」

「……進んでもいいですか。譲れない正義と誇り。成し遂げたい心を胸に」

「……あなたに使用した薬の中に、涅隊長が以前開発した霊圧を捕捉する監視用薬剤を混ぜ込みました。生涯、霊圧遮断膜を片時も脱がない限り、追跡が可能です。浦原喜助の義骸も、強固な結界も意味を成しません。

 ……貴方を捕らえるか否か判断するのは、明日以降熟考します」

 

 そういって微笑む卯ノ花隊長に深く頭を下げて、私は部屋を飛びだした。

 すでに朝日が見え始めている空。

 決戦の日の朝。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。