師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第六十七話 選ばされた選択肢

 

 戦況の均衡が崩れたのは、突然だった。

 それは、本当に一瞬の隙。

 

 藍染さんが千本桜を避けた直後に、名無之権兵衛本来の刀の姿に戻して斬撃を入れた。

 それを真っ向から受け止めたことで、振動が最大に伝わる。

 刃から手首。手首から腕へと。

 小さな電流にも似たその痺れは、次の動きを鈍らせる原因として充分成り立つ。

 

「っ……」

 

 私が下から振り上げた刃。

 それが、彼の脇腹付近から鎖骨までを斜めに斬り裂く。

 

「……浅いか」

 

 それでも私は、追い詰めることを止めない。

 まるで獲物を罠に誘導するかのように。淡々と、淡々と。

 相手に選択肢を叩きつけ、意図した方を選ばせる。

 本人は、自分で選んでいると錯覚する。

 それがただ、私の用意した道筋だと気がつく頃には……命が刈り取られている。

 

「 射殺せ 神鎗 」

「ぐっ……!!」

 

 まるで自分の五感の全てが消え去ったかのように、研ぎ澄まされた感覚。

 自分が出す呼吸音だけが、頭の中で鳴り響くような……そんな世界の感覚。

 

 左手があれば、神鎗を手で受け止めただろうがそれは叶わない。

 藍染さんは、肩を一線に突かれて近くの瓦礫の山へと磔となった。

 

 肩を貫いたままの神鎗。それを持つ手を僅かに回転させれば、その表情は更に苦痛で歪んだ。

 

「……選択肢は二つ。降参。もしくは、その右手の刀を捨てて力で押し返す事。難しいことじゃない。一護だって出来るし、さっき白哉もやってた」

 

 何一つ抑揚のない声。

 私のその全てに、気圧される事も無く藍染さんは言葉を紡いだ。

 

「……そろそろ終わりにしようか」

「……そうだね」

 

 そう返事を返すと、また少し彼の口角があがった。

 

「……!」

 

 藍染さんが取った行動は、降伏でも刀を捨てることでもない。

 まるで、肩が貫かれていることなど気に求めていないかのように、私との距離を詰めてきた。

 

 拘束したということは、その拘束の原因を辿れば目的の人物へとたどり着く。

 神鎗は、私へ辿り着くための一直線の案内図。

 

 藍染さんは、私にたどり着くと同時に刀を手放し、私の首を掴んだ。

 

「っ……」

 

 首が一気に締めあげられ、呼吸が苦しくなる。

 

「……せっかくの幕引きだ。名無之権兵衛の三つ目の刀の情報を得ようとしたが、出さない。もしくは未契約なのならばこれ以上長引かせても仕方がない」

「よく……三つだと気がついたね……」

「君の斬魄刀は、他人の斬魄刀を模倣出来るが、制限がある。この日までに見た斬魄刀は二種類。切り札は最後に取っておくという定石に当てはめれば、君が使える斬魄刀の種類は三つだ」

「正解」

 

 私が捕らえられた事に危機感を覚えたのだろう。

 一護が藍染さんの背後に迫っている。もう継続時間もギリギリであるだろう卍解を握りしめて。

 ……それを拒むように、私は一護の方へ向けて手を伸ばした。

 

「……縛道の……七十九……九曜縛」

「ほう。この状況でも選択を誤らないか。例え腕がなくとも、黒崎一護程度では、私の霊圧で逆に負傷するという判断は至極正しい」

「ええ。確かに貴方を拘束するためじゃなく、一護の方に向けて打ちましたよ。私は仲間を傷つける選択肢は取らない」

 

 戦況は突然にして傾いた。

 ……それは、私が圧倒的に優位だという方へと。

 

 

「……人の体、勝手に触って無事で済むと?」

「いいや。君は私に有効的な手段を持ち得ていない」

「……望みを叶えて欲しい? ほら、私から目を逸らさないで」

 

 右手に持つ刃を、自分の顔の真横まで持ってくる。

 それに気がついた藍染さんが眉をひそめた。

 

「……三つ目だよ。砕けろ……」

 

 その解号を聞いた瞬間に、藍染さんの目が大きく見開かれる。

 咄嗟に彼が行った行動は、私を手放すという選択。

 

 彼ならば……目を閉じても何一つ問題は無い。

 そもそも、視界を利用して戦闘など行っていないのだから。

 一連のその行動に、私は勝ちを確信して微笑んだ。

 

「ああ、見ないようにする事はともかく……離しちゃダメでしょ」

 

 そして今しがた起きた事への、簡易的な説明。

 

「ごめん、嘘」

 

 

 "だーるまさんが、こーろんだ"

 この場に似つかわしくない、間の抜けた遊び唄。

 そんな声と共に、藍染の背後に一人の男性が現れ、振り返る藍染と同時にその二本の刀を振りかぶった。

 

「あら。咄嗟に前に出直すなんて流石だねぇ。体の上下を切り離すつもりだったんだけどね」

「京楽……春水!!!」

 

 肩から腰までにかけてクロスするかのような大きな二つの傷が出来た藍染は、ふらつきながらも京楽隊長から距離を取る。

 受けすぎた傷に明らかに動きが鈍っている。倒れないのは彼の保有霊圧の高さ故。

 

「遅刻ですよ、京楽隊長」

「ごめんよぉ、この子の気分がなかなか乗らなくてさ」

 

 もはやまともに歩くことすら出来ていない藍染さんを、崩れた襟元を正しながら横目で見る。

 

「私が突きつけた二つの選択肢を、どちらも選ばないという誘導はかけてあった。必ず私を手に捕えるという確信があった。何故なら、鍵は私の心臓にしかないから。その意識を先程体に叩き込んで覚えさせた」

 

 彼らの勝利は、私から 皇玉(こうぎょく)を無効化する鍵を取り出すこと。

 

「……鏡花水月を遣うという意識。私の体に触れ続けて本当に問題が無いのかという、一瞬の迷い。その二つは……私を一度遠ざけるという選択肢を選ばせる。……まあ、そう演技しなければならない状況だったとしてもね。それを分かってて、そうさせた」

「姫乃っ……!!」

「煩いなぁ。貴方に名前を呼ばれる筋合いは何処にもない」

 

 最後の力を振り絞って、私の方を向いた彼に……私はチェックメイトの言葉を投げる。

 

「ほら、余裕が何一つない。だから……貴方は私の言葉を二つも聞き漏らす」

「なん……だと……?」

 

 私は縛道を、一護に向かって打ったわけじゃない。

  一護の方へ向けて(・・・・・・・・)打った。そう言った。

 

「言ったでしょ。 遅刻(・・)だと」

「なっ……!!」

 

 藍染の後方。完全に死角の所の景色が裂け、もう一人姿を現した。

 自慢の長い白髪は、全身を覆う真っ黒の外套……霊圧遮断膜によりわずかに見える程度。

 

 その人物が持つ二つの刃は……目的の人物を既に捕らえていた。

 

「一護を止めた。だなんて一言も言ってないけど? さっきの縛道、何処に消えたんだろうね」

「浮竹か!!!」

 

 この戦い。初めから、貴方に選択肢など何処にも存在しない。

 全てをそう選ぶように、選択させた。

 

 あるようでないその選択肢は……敗北への片道切符。

 

 藍染さんが逃げるより早く、浮竹隊長はその刃を振るった。

 ……カランと、この戦場に似合わない竹の音が響く。

 

 

「  双魚の理!!!  」

 

 

 私が先刻放った縛道を、浮竹隊長の双魚の理で反す。

 それは藍染の全身が拘束し、体が地に這うことへと繋がった。

 

「先ほどと同じだ、こんなもの……」

「誰の縛道だと思ってるんですか」

 

 無理に決まってるでしょ。貴方には解けない。

 二人が作ってくれた最大の隙。仕留める。

 私は両手をかざして詠唱を開始した。

 

「_千手の涯届かざる闇の御手 映らざる天の射手 光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな我が指を見よ

 

 _滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器 湧きあがり・否定し 痺れ・瞬き 眠りを妨げる

 

 _光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔 弓引く彼方 皎皎として消ゆ

 

 _爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ」

 

「九十番台……二重詠唱だと!?」

 

 藍染さんの瞳孔が激しく揺れ動き、悔し気に唇を噛み締める。負けを確信したんだ。

 もう、何しようが遅い。

 

 

「…… 貴方(・・)より私の方が強かった。ただそれだけ。

 _破道の九十一  千手皎天汰炮!! 

 _破道の九十   黒棺!!  」

 

 

 私が放った完全詠唱の破道。あなたの今の鬼道の実力よりはるかに上です。

 黒棺は、千手皎天汰炮と藍染を巻き込みながら密閉するかのように蓋を閉ざした。

 

「黒棺の重力の反発で、延々と跳ね返る千手皎天汰炮。結構効くでしょ」

 

 私は斬魄刀を鞘にしまい、額の汗を拭いた。

 一護、浮竹隊長、京楽隊長もすぐそばに寄ってきてくれ、浮竹隊長は私の傷口にすぐ回道をかけ始めてくれた。

 

「……よく合わせてくれたな」

「お礼を言うのは私の方です。お二方が間に合う事には、最初に気が付きました。咄嗟に変更した戦闘ルートでしたが、上手くいって良かったです」

 

 浮竹隊長には、霊圧遮断膜を渡していた。相手は強敵。

 霊圧と姿を消さねば、完全に背後を取るのは不可能。

 二人は私に合わせて、攻撃のタイミングを見計らってくれていたのだ。さすがとしか言いようがない連携。

 

「如月さん……やっぱすげえな……」

「あえて身を差し出す必要はなかったろうに。見ていて危ない戦い方だったさ」

「本当だよ。ま、藍染の肉片の一つくらい残っておいてくれよ」

 

 浮竹隊長達はそんな会話をしながら、肩をすくめた。

 未だに黒棺は、爆音が絶え間なく鳴り響いている。

 

「……二つの鬼道があの人の体に届く直前、千手皎天汰炮の中に隠した白雷で、魄睡と鎖結を打ち抜きました。仮に生きていても、もう戦える体ではありません」

「三重鬼道かい。怖いねぇ、全く。ボク達が手を出す必要なかったかな?」

「ありましたよ。お陰で、最終的な確認も出来ましたから」

「……確認?」

 

 不思議そうな顔をする浮竹隊長とは反対に、京楽隊長はやれやれとした顔で、後方に控えていた東仙とギンを見た。

 主人の負けを知った二人は、何も言わずに私達を見返す。

 二人を拘束することはそこまで難しくないと悟った京楽隊長は、ふぅと息を吐いて一護に目線を逸らした。

 

「おーい、一護君。無事かいー」

 

 京楽隊長は呑気に一護に声をかけている。

 

「あぁ……如月さんのおかげで怪我してねぇよ」

 

 一護は強くなった。

 藍染との力量差を判断し、自分が中途半端に入るより隙を突ける瞬間をギリギリまで狙ったのだ。

 中途半端に間に入れば、私の足を引っ張ると判断出来ていた。

 戦況の最善判断。そういった意味でも、彼は本当に強くなった。

 

 しかし、私は想いと逆の言葉を口にする。

 

「一護、ルキアたちの所へ行きなさい」

「なんでだよ。確かにしんどいけどさ。あいつら捕まえる手伝いくらいは出来るぜ」

「はやく行きなさい。私の指示に歯向っていい事があった記憶は?」

「……一つもねぇ」

 

 ギンと東仙を指さして訴えかける一護に、私は冷たく返す。

 京楽隊長は、不思議そうに首を傾げた。

 ここへ来る途中、一護の実力は既に隊長格と肩を並べて遜色がないからだ。

 藍染ほど強くない二人を捕らえるのにそこまで拒絶する必要がない。

 

「じゃあ、早く」

「……わーったよ」

 

 京楽隊長の考えていることも理解しつつ、一護をまっすぐ見つめ返す。

 一護は観念したかのように、天鎖斬月を構えていた手を下ろした。

 

「まあ如月さんに任せてていいか。ただ、さっきの奴より『目が見えてる二人』相手だと、人数多い方がいいと思っただけだよ」

 

 一護がその場を離れたのを確認して、私は再度彼らに目を向けた。

 私は役目を終えて消滅する黒棺を見つめながら、再度口を開く。

 

「……さて。人形遊びの次は、入れ替わりの遊び? さっさと出てきたらどうなの。…… 藍染さん(・・・・)

 

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