師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

68 / 89
第六十八話 後手の代償

 

 

 私の言葉に最初に動揺を見せたのは、浮竹隊長だった。

 京楽隊長は、何かを考えているような表情をしている。

 

「出てきてくださいって……さっき君がズタズタに引き裂いたやないの」

 

 口角を上げ、作り笑顔を貼り付けたギンが私にそう話しかけてきた。

 私は答え合わせをする様に、ただ簡潔にそう発言した意図を述べる。

 

「此処に来てから、『あれ』を私は一度も藍染と呼んでいない」

「如月……まさか……」

「なるほどね。さっきの一護君の言葉の意味はそういうことかい」

 

 浮竹隊長がはっと倒れている"藍染"を見ようと振り返った。

 私の目線の先にいる人物がまるで蜃気楼のように揺れる。

 

「 砕けろ 鏡花水月 」

 

 そう言って、東仙の姿をしていた人物は、藍染さんへと変化した。

 

「……あっちが東仙君かい」

 

 京楽隊長は呆れたような声でため息をついた。藍染さんを倒したと思っていた人物は、東仙要。

 ここまでの霊圧密度の濃い地で、消えかけの魄動を探して生死を確かめてやる必要はない。

 

 一護だけが、ちゃんと見えていたのだろう。

 彼は藍染の顔を知らない。

 だから、周囲が東仙を藍染だと呼んで戦えば疑わない。

 

『目の見える二人』とはまさしく、東仙の戦闘を観察していたギンと藍染さんのこと。

 

 だから言った。

 ルキア達への説明を、貴方の口からする必要は無いと。

 だから言った。

 姫乃と、貴方から呼ばれる筋合いはないと。

 だから言った。

 私と戦うには、貴方は減点が多すぎると。

 

「私がこの手段を選ぶという確信かい? それとも、疑問を持ったからかい?」

「どっちも。始まりは、私がルキアに手を出す瞬間を傍観している事に、疑問を持たない浅はかさ。そして、私がルキアに対して、何もしないわけが無いと、藍染さんが気がついていない訳が無いという確信があった」

「それだけでは足りないな」

「二つ目は、言葉のやり取りや戦い方への違和感。真似をしようと相当練習をしようとしたんだろうね。けど、刀を振る僅かな角度や打撃の強さ。ほんの些細な癖。何一つ、貴方らしくない。だから、らしくないよと言い続けたじゃない」

 

 私の答えは、無事彼を納得させるに値したようだ。

 何年、貴方の刃を受け続けたと思ってる。

 何年、貴方の戦い方を理解しようと必死で追いかけたと思ってる。

 

 細かい癖も何もかも……催眠如きで騙されやしない。

 鏡花水月は、確かに恐ろしい能力だが万能というわけではない。

 他者へすり変わる時は、その人物をよく理解している人が見れば違和感を必ず抱く。

 

 ましてや、戦いの中で私にダミーを渡して通用するわけが無い。

 

「単純に、実力差がありすぎた。思ったより時間はかかったけれどね」

「そうか。予定より育てたかいがあったよ」

「決定打は、私のブラフにハマったこと。言葉遣いの抑揚の違いが大きすぎるギンは、貴方にはなれない。となれば、すり替わる相手は東仙。彼は、鏡花水月を見ても問題が無い。だけど、貴方になりきろうと努力するあまり……あまりにも雑な手段を選んでしまった。それで確信したよ」

 

 藍染さん本人だったら、きっと散りばめられた私の発言の意図に正しく気がついていた。

 バレると分かっていて、彼らが入れ替わりを選んだ理由はきっと二つ。

 

 一つ目は、ルキアに手を出す際の最大限の頭領の保身。

 彼女に私が封をかけている事が重要なのではない。大事なのは、それを解く鍵がどこにあるかということ。

 それを明確化させる為の入れ替わり。

 

 二つ目は、時間稼ぎ。私と戦闘を最初から行う事で、来る瞬間への時間を大幅に稼ぐこと。

 ただ、その予定は私が壊した。時間は充分に残した。

 

「偶然か否か。君が関わった事で、本来よりも大幅に実力の底上げをされた死神達は、今この瞬間までの各自の戦闘バランスを拮抗させた」

「……そりゃどうも」

 

 恋次も、吉良が居なければ一護に大敗していた。

 更木隊長は、生死の境をさ迷うほどに相討った。

 白哉は、私が一護だけを手がけていれば大敗していた実力だったが、私が昔から戦闘相手をしていたお陰で一護との勝負を拮抗させた。

 

 物語は、私が死神として足を踏み入れたその瞬間から、偶発性による均衡を保ち続けた。

 

 ……ただ、今話す話題としてこの内容は適切なのか。

 藍染さんと話し始めたその瞬間からの話を反復し、私はハッと顔を上げる。

 

「……予定より育てておいて良かった?」

 

 私が正解を導いた事を、まるで褒めるかのように藍染さんは笑う。

 

 

 

 ……一瞬だった。

 

 

 不味い。

 そう思った時には、両端にいたはずの京楽隊長と浮竹隊長の体が、地面に向かってゆっくりと倒れ落ちた。

 時間差で二人の体から大量の血が噴き出す。

 

「……日番谷君の時より真剣にやったつもりだったが。この速度も対応してくるか。流石だよ、姫乃」

「……誉めても何もでませんよ」

 

 背筋が凍るほどの殺気。息の詰まるほどの霊圧。

 下級の鬼道を使って、二人を咄嗟に下げたが……完全には間に合わなかった。

 間に入れる程甘い攻撃じゃなかった。私の足を動かす余裕なんてなかった。

 浮竹隊長は腹部に。京楽隊長は右の肺を手刀で突かれてしまった。

 

「これほど……とは……」

「せっかく彼女が繋いだ命だ。喋れば命が短くなるぞ。浮竹」

 

 私は顔から流れる冷や汗を感じながら、二人をまとめて井上の元へ転送した。近くには卯ノ花隊長や虎徹副隊長もいる。きっと間に合う。

 

 駒村隊長と合わせても、合計三人の転送。

 私の体から大量の霊力が失われたのを感じ、急激な心拍数増加と息切れが起きる。

 

「っ……」

「言っただろう。足枷は捨ておくべきだった。君が京楽達の接近に気がついていて、戦闘に参加させない術を選ばなかった代償だ」

「どうして……さっきから、私じゃなくて周囲の者から狙うの! 目的は私でしょう!!」

「元気な君と戦うには少し時間が足りなさそうだったからね。要とまず衝突させ、その後先に彼らを傷つけて、転送による霊力の消耗を狙った方が確実だ」

「卑怯だ……」

「山本元柳斎の次に、君を敵の中でも最も高く評価しているからこそだよ。正しい戦術と言ってほしいね」

 

 体の力が抜けそうになるのを堪え、藍染さんを睨みつけるが、相変わらず何一つ揺らいでいない表情。

 何故だ? 藍染さんは崩玉を手にしていない。

 なのに、なぜここまで力の差がある。

 

 私とではない。

 京楽隊長と浮竹隊長だ。

 

 藍染さんは本来、ルキアを手に入れるために敵戦力の分散を行っていたはず。

 京楽隊長、浮竹隊長、総隊長を遠ざけたのは、彼らが危険、もしくは時間のかかる交戦相手だと判断していたからだ。

 たった一突きの手刀が、目で追えないわけがない。

 

 私の中で、最悪の状態が脳裏を過ぎる。

 それを否定するかのように、刀を握りしめた。

 

「 散れ 千本桜!!! 」

 

 細かく分散した千の刃が藍染さんに向けて襲いかかる。だが、それは……無情にも届かずして霊圧のみで弾き返されてしまった。

 

「……嘘だ」

 

 もはや、刀としての機能を失わせる程に一つ一つの刃が折れ曲がってしまっている。

 

 咄嗟に名無之権兵衛本来の姿に戻した時、藍染さんはそれを興味深そうな顔で見つめた。

 

「ほう。興味深いな。契約した斬魄刀を再起不能までに破壊しても、名無之権兵衛本体は無傷か」

「何故っ!! 貴方はここまで……」

「強くないはずだと?」

 

 一つ一つ。私の計算が崩されていくかのような感覚。

 それは、動揺へと繋がる。

 

 私が思い浮かべた、最悪の事態を肯定するに等しいその言葉。

 

 私の動揺を他所に、藍染さんは言葉を続けた。

 

「いま、君の言葉で確信したよ。君は、未来に干渉。もしくは、先を見る力がある。恐らく斬魄刀の能力ではない。信じがたいことだが君自身が持っていた能力だろう」

「その仮説は何処から生まれた……」

「わざわざ朽木ルキアの中に反結界作用を埋め込んだことも、その鍵があることを知らせたのも、四十六室で私を足止めしようとしたことも。……ここに『反膜』が来ると知っていての時間稼ぎ。そうだろう、姫乃」

「その事を聞いているんじゃない!!」

「君が、幼い時に私に聞いた何気ない質問からだ。そこからの仮説だよ」

 

 ルキアを藍染の手から遠ざけ、私と相対しなければ崩玉を手に入れられないルートを作っていた。その間に反膜の時間を待ち、藍染を虚圏に帰す。もしくは、ここで決着を付ける。

 

 そうすれば、こちらの態勢を立て直すことができる。

 

 反膜はおそらく指定の時間と場所で設置されている。藍染はまだ崩玉を持たぬ身。

 死神の領域を抜け出せていない彼は、いくら虚を従えたとしても、反膜まで自在に操れる可能性は低い。

 知識を元に持っていた予測を父に問えば、父もまた同じ考えだった。

 

「……嘘だ。そこから辿り着けるはずがない。未来の予知には繋がらない」

「君に嘘をついた覚えはないと、昔から言っているだろう。もう答えは出ているはずだ」

 

『予定より育てた』その言葉の意味は、私が揃えようとしている盤面への抵抗。

 本当に気がつくべき、隠された言葉の意図はそこにはない。

 

『本来よりも大幅に実力の底上げをされた死神達は、今この瞬間までの各自の戦闘バランスを拮抗させた』……此処だ。

 

 その拮抗した天秤は……ここで終わりだということ。

 死神達などという回りくどい言い方の本質は、藍染惣右介という人物本人も含まれているということ。

 

「君が知っている未来より、『強くなっておけばいい』。ただそれだけの話だ。君が私の計画を読んで行動しているとは分かってはいたが、さきほどの君の言葉で確信した。仮に君の知識を平行世界と呼ぶのであれば、君には、【違う道を辿る世界】は予測できない。違うかい?」

 

 

 私が関わった事で……私が生まれてきたことで……本来届くはずの山頂が……届かぬ山頂へと変わった。

 ドクン、ドクンと心臓の音が高鳴る。

 嫌な汗が、額から顎へと伝わっていく。

 

「君の狙いは知っていたが、君は全て後手だ。結論に至った要素は多くあるが……例えば、雛森君をそもそも私の副官にさせない。そういう手段を君は取らず、この数日だけ彼女を護った。四十六室には、日番谷隊長以外を選べばよかった。だから遠回しに言った。『意図を読み取れぬ弱者……すなわち足枷は不要だ』と。チェスの駒は選ぶべきだった。……君は、雛森君が私の副官にならない未来の結末を。日番谷隊長以外が四十六室を訪れた先の未来を。

 君は知らないんだ」

 

 ……何時だって、この人の言葉に言い返せないなんてこと……分かってる。

 当たっている。藍染さんの推測は全て当たっていて……。

 藍染さんならば当てて来るだろうと、予想出来なかったのは私の方だ。

 

「有難う。姫乃。君の存在は、私が崩玉を手に入れるのに『この程度でいい』と思っていた力の上限を大いに引き延ばしてくれた。この程度では確実に失敗するだろうという危機感をもたせてくれたよ」

 

 なにも答えない私に、藍染さんはため息混じりに言葉を続ける。

 

「君と朽木ルキアを虚圏に持ち帰り、ゆっくり処置を施した方が早そうだね」

 

 ギン。彼がそう呼ぶ。

 ギンは藍染さんの意図が分かったのか、動き出した。……ルキアを捕らえに行くつもりだ。

 

 それを止めようと、私は再び戦闘へ意識を切り替える。

 

「射殺……」

「君の唯一の動揺。それに呑まれた君が弱かった。……ご覧、隙だらけだ」

 

 神鎗の刃を、指一本で藍染さんは止めた。

 それからお返しと言わんばかしに、返しの太刀筋が迫る。

 ……避けられない。

 右腕の手首から肩にかけて大きく斬り裂かれた。

 自分の視界の端に映るのは、自分の鮮血。

 

 これほど右腕をやられては刀が握れない。

 ……届かない! 

 

 策に乗せられ、本来よりも大幅に力を削られた私の刃は届かない。

 いや……仮に万全だったとして……。藍染さんは、負けるなんて一言も言っていない。

 時間がかかり手間だと。ただそういっただけ。

 

 

「仲間を護る為に戦う力を失う事は、結果的に仲間を殺すことになる。そう最期に師らしく教えておこう」

 

 私から鍵を取り出すのに、私の生死は関係がない。

 それをまるで知っているかのように、藍染さんは私の確殺を狙う刃を振りかざした。

 

 

「さようなら、姫乃」

 

 

 ……避けられるはずだった。

 力が届かない事と、攻撃を躱すことは同一性を持たない。

 負った傷が問題なのではない。

 策に乗せられ、力をすり減らした事が問題なのではない。

 連戦の疲労が問題なのではない。

 

 ……たった一つの……私の動揺が。

 知恵の回らぬままに藍染さんと酌み交わした会話が……。

 私が存在し……矢面に立った事のその代償が……。

 

 藍染惣右介には誰一人届かないという、絶望を巡り合わさせた事実。

 

 その絶望が、反応を遅らせた。

 

 仮に私が負けて……黒崎一護に未来を託したとして……果たして、この世界の藍染さんに届くのだろうか。

 

 ……導いた答えは、限りなくゼロに近かった。

 

 

 

 拒絶するかのように、思わず閉じた瞳。

 動かない体。

 

 

 ……その体を後ろへと動かした人物がいた。

 

 

 

 

 

「姫様ぁ!!!!!」

 

 

 私を庇うように、勒玄が私を包み込むと同時に身を翻す。

 ……勒玄では、回避速度が間に合わない。

 背中から大きく斬られながらも、勒玄は意地だけで藍染さんと私を引きはがした。

 

「勒玄!!!」

「立ち止まってはなりませぬ!! 絶望してはなりませぬ!!! これは、絶望の戦いではない!!!!」

 

 その後に起こった光景は、総隊長の到着と同時に次々と場に死神が現れる様子。

 

「そこをわずかにでも動いてみろ。貴様の首を跳ねる」

「儂らから逃れられると思うなよ」

 

 ギンと藍染さん。それぞれの首に、夜一さんと砕蜂隊長が刀を当てた。

 

「あかんなあ。今日は捕まってばっかしやわ」

 

 ギンの声色からは言葉と違って残念そうな思いは伝わってこない。

 むしろ、状況を楽しんでいるように見える。

 

「……ギンはさっきから何をしているんだい」

「怒らんといてくださいよ。ボクかて一生懸命ですわ」

「……面倒だな」

 

 そう藍染さんが呟いた。

 

「逃れられると思うたか」

 

 総隊長が斬魄刀を構えようとした時。

 私は、大気のわずかな違和感に気が付いた。

 

「まもなく反膜が来る!!!」

「反膜じゃと!? 虚と手を組んだというのか!!」

 

 総隊長の驚きの声。

 駄目だ。今の藍染さんが本気で動けば反膜がくる僅かな時間で、ルキアと私を捕らえることなど容易に成し遂げるだろう。

 周囲にいる人は全て殺されてしまう。

 ルキアの近くには、手負いの者が多くいる。

 彼らの命を取るのに容易い状況だ。

 

 ……いま此処で藍染を逃がす事は、本来の予定。しかし、優位的に立ち回る本来の予定を藍染さんはたった数分でひっくり返してきた。

 

 私が届かなかったという事実と、崩玉を手に入れる更なる策を持ってこられることは……護廷十三隊の負け筋でしかない。

 

「止めなければっ……藍染をここにとどまらせては……ダメだっ!! 藍染!! お前の都合のいいようにはさせない!!」

「今の君に何ができる」

 

 傷口が大きく開き、思わず体が硬直した。

 それでも、無理矢理に体を動かす。

 

 このままでは負ける!! 

 絶対に行かせない!!! 

 

「どうするんじゃ、姫乃!!」

「っ——!! 夜一さん、 最終手段(・・・・)に移ります!!」

「ならぬ!! 姫乃!!」

「ここでやらなくて、いつやるんですか!!」

 

 

 私は『最終手段』を講じるために、痛みをこらえて両手を合わせ、指を動かそうとした。

 

 

 ……ずっと分かっていた。

 予定を崩していくのは……何時だって身内。

 

「姫様」

 

 勒玄の声が私の耳に届く。

 勒玄の手が、術式を編み込んでいた私の手を止めた。

 

「その御命令。承知いたしました」

 

 莫迦者!! 

 そう言う前に勒玄は動いた。

 

「夜一殿!! 砕蜂殿!! 下がられよ!!! 」

「下がれ!! 砕蜂!!!」

 

 

 止めるまもなく紡がれた術。

 鬼道衆に伝わる、最高の力であり呪いの禁術。

 

 

「 _禁術  時間停止 !!!!!」

 

 

 藍染さんとギンを覆うように結界が出来、二人の動きがそのまま止まった。

 

「好機!!」

「ならぬ!! 近づくな、砕蜂!!!」

 

 すぐさま首を狙おうとした砕蜂隊長は、夜一さんの蹴りによって吹き飛ばされた。

 

 そう、もう結界の中には近づけない。

 この禁術。指定された空間内に踏み入ればすべてのものが時を止める。

 

 つまり、今の藍染さん達には何も出来ない代わりにこちらからも何も出来ないのだ。

 

「勒玄!! なぜその術を知っている!!」

 

 私は怒鳴る様に勒玄に叫んだ。

 禁術。それは禁書の間に保管され、代々大鬼道長のみが知る術。

 

 その 代償(・・)も、私は知っている。

 

 振り返った勒玄は、いつもの真顔ではなく、微笑んでいた。

 

「すべて、承知の上。反膜が下りるこの場所から遠ざけるため、このままこの者たちを『指定の場所』へ運びます」

「駄目だ!! もうお前はやるな!! 私がやる!!!」

 

 私が動かそうとした指と口を、勒玄は力の限り押さえつけた。

 

「藍染と離れる直前、心臓に一突き貰いました。私はどのみち長くは持ちません。元々先のない命。命欲しさに貴女と離れる選択は、私の中にはない」

 

 そう言われて勒玄の胸部に目を向ければ、黒い装束が、おびただしいほどの血と混ざりあい濡れていた。

 

 

 私の所為だ。

 私が自力で回避できなかったせいだ。

 私が絶望に呑まれたせいだ。

 

 ……私は、私の所為でまた失う。

 

 涙が溢れ、その涙は私の口を押えている勒玄の掌を濡らした。

 

 

「ご自身を責めてはなりませんぞ。伝えたはずです。私は貴方を護る盾となり、貴女を刺し殺す矛となると。貴女を絶望から護り、負けの未来を思い浮かべた貴女の偶像を刺し殺しましょう」

 

 嫌だ嫌だと顔を横に振る。

 まだ間に合う。受けた傷を考慮しても、禁術の代償には耐えられる。

 井上の元へ送ればまだ助かる。

 そっと私の頭を撫でた勒玄は、私の口から手を離した。

 

「その術を……使うな……。やめろ……命令だ……」

「では、再度命令違反を致しましょう

 _禁術 空間転移  」

「やめろぉぉおお!!!!!」

 

 

 勒玄の微笑み。

 そして私の絶叫と共に、一瞬で場所が入れ替わった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。