師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第七話 護廷十三隊入隊

 ——瀞霊廷 十三番隊付近

 

 もう時間が押しているからと急かす藍染さんの隊長羽織を掴んだまま、私は岩のように固まっていた。

 

「……髪が」

「充分綺麗に纏まっているよ」

「……死覇装が」

「馬子にも衣装だね」

 

 何かと理由をつけて行かない理由を探そうとする私の言葉を、藍染さんは悉く切ってくる。

 初めて着た死覇装は、少し大きい。私の姿を見て、藍染さんが目を細める。

 

「ふふ」

「なんで笑ってるの!」

「いや。姫乃のお母さんにもお披露目しした方が良かったな、と思ってね」

「きっと泣いちゃうからヤダ」

「かもね」

 

 行くしかないか、と覚悟を決めている途中で、門の内側から誰かが出てきた。

 

「迷子になってんじゃねーかと思ったけど、違ったみたいっすね」

 

 私たちに声をかけてきたのは、黒髪垂れ目の人だ。さっと藍染さんの背中に隠れた私をのぞき込んでくる。

 

「すまない、海燕君。手間をかけてしまったね」

「大丈夫です。かー、親離れも出来てねぇのか! 行くぞ、おら!」

 

 のぞき込んできたその人は、そのまま私の首根っこを掴んだ。

 

「や、やだ!!」

「元気なこった! ほれほれ!」

 

 鷲掴みにされて、お手玉のように宙に飛ばされてはその人にまた掴まれる。藍染さんは助けてくれるわけでもなく、ニコニコしていた。

 すでに心折れかけている私の心情などどうだっていいらしい。

 腕章がちらりと見えた。十三番隊副隊長、志波海燕という人物で間違いはないらしい。

 

 夢ではみたけど……どんな人だっけ? たくさんあった物語の中で、この人が出てきたのは一瞬だった気がしていて、あまり覚えてはいない。

 

「放してください!」

「やなこった。逃げるだろ」

 

 パーソナルスペースに平気で踏み込んできて、何一つ言い分を聞かないこの人の横暴に泣きそうになる。

 私がいよいよ限界が来たと気が付いた藍染さんは、海燕さんに声をかけてくれた。

 

「海燕君、僕が抱えるよ。この子は一度泣き出したら大変なんだ」

「甘やかしちゃダメです。どうせうちの隊長が死ぬほど甘やかすんですから」

「ほら。姫乃がさっさといかないからこうなったんだ」

「……嫌い。嫌い。嫌い」

「霊圧を閉じなさい」

 

 藍染さんの腕の中に戻ることすら拒絶されて、絶望である。

 グスッと鼻を啜りながら諦めて脱力していると、暫くして二人の足が止まった。

 顔を上げてみると、丸い格子窓が付いている小さな家のような建物が見える。

 

「浮竹隊長ー! 連れてきましたよー」

 

 海燕さんがそう大きな声を上げると、建物の入口に張ってある御簾が開いた。

 

「やあ! こんなところにまでわざわざ来てもらって悪いね!」

 

 中から出てきたのは、細身の大男だった。腰までありそうな長い白髪。その人は、少し顔色が悪そうにも見える。

 この人が浮竹隊長? 

 私が声を失って目を丸くしていれば、浮竹隊長は私と視線を合わせるかのようにして腰をかがめた。

 

「初めまして、俺の名前は浮竹十四郎。十三番隊で隊長を務めている者だ。見ての通り体が強くはなくてね、こうやって海燕が……」

「待ってください、まず中に入りましょう」

 

 いきなり色々と言葉を捲し立ててくる浮竹隊長の顔の前に、海燕さんは手を翳す。

 私が海燕さんに抱えられたまま雨乾堂の中に連れ込まれようとしたとき、後方で藍染さんが口を開く。

 

「では、僕はこれで」

「え! なんで、嫌だ、嫌だ!!」

 

 どうして帰るのかとジタバタともがけば、べシッっと海燕さんからデコピンを食らわされた。そんなことはどうでもよくて、何故藍染さんは帰ろうとしているのか。

 確かに着いてきてくれるとは言ったけど、最後までいてくれるとは言ってない。

 

「っ……う……ぐすっ……」

「んあ!? 泣くんじゃねぇ!」

「こら海燕! ほら、お菓子食べるかい? 沢山あるぞ!」

 

 限界が来た私の両目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 焦り始めた二人に構うことなく、涙を拭っていれば、私の身体がまたフワッと動いた。

 

「姫乃。君がこうすることを選んだんだろう」

 

 藍染さんが、やっとこさ私を抱っこしてくれた。

 その腕の中にしがみついて精一杯気持ちを伝える。

 

「だって、だって……今日は一緒にいてくれるんでしょ」

「ここまできたらもう一人で大丈夫だろう」

「嫌だ、嫌だ、嫌だ!!」

 

 私がそう言うと、ふぅっと藍染さんは諦めたようなため息をついた。

 

「すみません……浮竹隊長。この子は人見知りが激しくて……」

「いや、いいんだ! 藍染も中に入ってくれ!」

 

 浮竹隊長の提案が丸く収まる結果だということに一同は納得したようだ。

 私を抱えたまま藍染さんも雨乾堂の中に足を踏み入れた。

 浮竹隊長、海燕副隊長、藍染さんがそれぞれ円を描くように座り、私は藍染さんの膝の上で彼らに背を向けている状態だ。

 その背中を、宥めるかのように藍染さんはポンポンと優しく叩いてくれる。

 

「僕が来ると逆に泣くと分かっていて……一緒に来るか迷ったんですが」

「いいじゃないか、それだけ安心するんだろう。まだ子供なんだ」

「なんだかんだ、藍染隊長も甘々ですよね」

 

 三人のそんな会話を聞きながら鼻を啜る。なんだったら、いつものお香の甘い香りと体温の温かさで、瞼がだんだん重くなってきた。

 そんな私の様子に気がついた藍染さんが、やっぱりと言いたげに声をあげる。

 

「姫乃……昨日は緊張で寝れていなかったんだろう」

「……うん」

「変だと思ったんだ。いつもの倍はぐずっていたからね」

 

 そう言って藍染さんは、私の体をクルリと半回転させた。

 私の視界に改めて写った浮竹隊長と海燕副隊長。こうやって絶対的安心感の中に包まれていれば、怖いことも何も無い。

 そして二人は私の顔をまじまじと見つめてる。

 

 ……この目を知っている。

 また、私の中に父親の面影を探している目だ。

 

「はー……眠そうな顔が一番似てんなぁ」

「いやあ、本当に可愛いなぁ、お菓子食べるかい?」

 

 浮竹隊長から差し出されたのは、お饅頭だった。それを見た瞬間に、ぐぅっとお腹が鳴った。

 

「ははは! 沢山あるから好きなだけ食べなさい!」

 

 食べていいのかと迷って藍染さんを見上げると、いいよという顔をしていたのでそっと手を差し出した。

 

「ありがとう……ございます」

 

 手に取って一口齧れば、口いっぱいに甘い味が広がる。

 

「……美味しい」

「二個までだよ。食べすぎると太るよ」

「なに、女の子は少しぷくぷくしてたくらいが可愛いさ、遠慮することはない」

 

 流石に初対面で遠慮なく食べるわけが無いので、私は差し出された二つ目に首を横に振った。

 落ち着いたことで、私はまだ自分の自己紹介をしていないことに気がつく。

 

「あ、あのっ……如月姫乃です……」

「よろしく。こっちはうちの副隊長、志波海燕だ。普段の仕切りはほとんど海燕がしているよ」

 

 浮竹隊長の手の誘導に従って目線を動かせば、海燕さんと目が合った。

 

「よろしくな!」

 

 先程私をデコピンしたことなど記憶にないかのような満面の笑み。

 その笑顔につられて少し頭を下げると、海燕さんは眉間にシワを寄せた。

 

「あ……ご、ごめんなさい……よろしくお願いします……」

 

 礼儀に厳しい人なのだろうか。そう思って謝ると、さらに眉間のシワが深くなる。

 そして、海燕さんの手が私に伸びてきた。また叩かれるのかと目をギュッと閉じたが、摘まれたのは私の頬だった。

 

「ちったー笑え!」

 

 頬が左右に伸ばされる。脅迫に近い笑えという指示に、私は無理やり作り笑顔を作った。

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

 口元が伸ばされていて上手く話せない。私が返事をすると、海燕さんは頬から手を離して頭をグシャグシャと豪快に撫でてきた。

 

「ほらな、笑った方が楽しいだろ!」

「……は、はい……」

 

 なんとも強引で遠慮のない人だ。

 一通りの挨拶が済んだところで、ようやく話題が本命へと突入する。

 

「さて、単刀直入に言おう。十三番隊で働いてみないかい?」

「わ、わかりました……」

 

 私がそう返すと、二人は目を丸くした。

 多分、想定していたよりすんなりと了承の返事がきたことに驚いたのだろう。

 

「いや、嬉しいよ。けれど、あまりにも第一印象が良くなかったんじゃないかと思ってね」

 

 確かに第一印象……特に海燕さんはあまりいいものではなかったが、元々五番隊以外なら何処だって良かったんだ。悩む必要もない。

 

「藍染隊長もそれでいいんすか?」

「構わないよ。この子が自分で決めた事だからね」

「てっきり五番隊じゃないと嫌だって、駄々こねる所まで想定していたんですけどね」

「姫乃もそれでいいんだろう?」

「うん」

 

 これで話自体は終わりかなと思っていると、浮竹隊長が何か書類を取り出した。

 

「入隊届けを書いてくれないかい? そうだなぁ……藍染の所では三席の予定だったんだろう?」

「ええ」

「まだ入隊まで一週間はあるし、そこは海燕と話し合ってみるか」

「てっきりもう決められているのかと」

「ははは! 実は断られると思っていたからなあ」

 

 恐らくは私の席次について考えているのだろう。

 私が特に何も言うことなくその光景を見ていた時、外に気配を感じた。

 

「……誰かいる」

 

 一人じゃない。何人もいる。

 不思議に思って、藍染さんの膝から降りて雨乾堂の御簾を開けた。

 

「……」

 

 そこに居たのは、恐らく十三番隊の隊士達だ。私が来ると知って見物に来たのだろう。

 

「思ったより子供だな」

「そりゃあ……十五年しか経ってないからそうだろ」

「浮竹隊長マジで引き取るつもりかよ……」

「あんな子供に席次渡して俺たちの上司って……納得いかねぇな」

「本当に大丈夫なのかよ。血は争えないとかって言うだろ」

 

 彼らは私の顔を見るなり、会話を始める。悪意を隠すつもりもないのだろう。

 私にもハッキリと聞こえる声だった。彼らの話に気がついた海燕さんが外に出る。

 

「見せもんじゃねぇぞ! 仕事に戻れ!」

 

 海燕さんが追い払ってくれたおかげで人だかりは消えたが、投げつけられた言葉は、私の心を更に閉ざすには充分だった。

 目線を下に向けた私の頭を、海燕さんはまた撫でる。

 

「お前は何も悪くねぇよ。あいつらには俺がちゃんと説明しとく」

「……私は、彼らを悪だとは思いません」

「そっか。優しいな、おめぇは」

 

 また部屋の中に戻ると、浮竹隊長がニコリと笑った。

 

「皆同じ仲間だ! 初めは難しくとも、必ず心を通わせられる日が来る!」

 

 私に入隊に必要な書類をまとめながら、浮竹隊長はそう言う。その言葉に、私は少し考えてから返事をした。

 

「私は死神としての使命を全うする為に護廷十三隊に入りました。その……仲間が欲しくて死神になったわけではないので気にしなくて大丈夫です」

 

 死神は、力を仲間を守る為に使えとは教わらない。友と人間を守る為に戦えと学ぶ。

 藍染さんからも、仲間のために戦って仲間のために傷つけなどと教えられたことはない。

 私は友がいないから、人間のために戦うんだ。

 

 私がそう返事をしたことは、少し無礼だったかもしれない。それでも、浮竹隊長は優しく笑った。

 

「……だからこそ、君に十三番隊にいて欲しいと思ったんだ」

「え?」

「確かに、死神の心得の中に"仲間の為"という一節は一度も出てこない。だがそれは、仲間を作らなくていいということには直結しないさ。如月は充分死神の心得は理解している。次は、刃を持つ心得を学んで欲しいと思っているよ」

「刃……ですか」

「斬魄刀のことじゃない。君自身の決して揺るがない強い誇りを見つけてほしいんだ」

「……誇り」

「きっといつかわかる日が来ると信じているよ」

 

 単語としては意味を知っているが、きっともっと深い意味なのだろう。私は解釈に困り、説明を求めようと藍染さんの顔を見上げたが、答えはくれなかった。

 

「出てこない答えを探しながら過ごす日々も悪くないだろう?」

「意地悪」

 

 ムッと頬を膨らませて、私は顔を正面に戻した。

 

「さて、何か質問はあるかい?」

 

 護廷十三隊での過ごし方は、やがてわかってくるだろうから質問する意味がない。

 いまするべきは、他人から享受されなければ答えにたどり着けないことがいいと思う。

 

 

 そんなこと、一つしかない。

 

 

「……父親の名前を教えてください」

 

 誰しもが私のことを知っている。誰しもが私の中の誰かを見ている。

 その答えを聞きたい。

 

「姫乃……」

「藍染さんが教えてくれないなら、今ここで浮竹隊長にお聞きしたいです」

 

 私の質問に一同は黙ってしまった。

 最初に口を開いたのは藍染さんだった。

 

「姫乃。君がそれを知る時、僕は君の傍にいられない。だから、浮竹隊長が答えるというのであれば僕は席を外すよ」

「どうして?」

「逃げているわけじゃない。父親の名を聞いて、受け止めきれなかったとき、姫乃は僕の腕に逃げてくるだろう。そうなってしまえば、君自身が向かい合う機会を生涯奪ってしまうことになる。そうはさせたくない」

「……わかった」

「そして、僕の口から伝えられなかった理由でもある。最初僕が帰ろうとしたのは、そういう訳だよ。きっと姫乃は聞くと思ったからね」

「なるほどね」

 

 浮竹隊長と藍染さんが目を合わせた。そして、数秒の間があった後、藍染さんが腰を上げた。

 会話はなくとも、互いに意志の疎通が出来たのだろう。

 私に父親の存在を教えるという結論で。

 

 藍染さんが雨乾堂から去っていくのを見つめて、部屋には私と海燕さん、浮竹隊長の三人だけが残された。

 

「……さて、どこから話そうかな」

 

 

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