師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
「つーか、なんで"待機処置"だったんだ?」
一護の何気ない質問に、恋次は眉間に皺を寄せた。
「……おめーが聞いても、いい気持ちにはなんねぇぞ」
「そうじゃなかった。っていう今があるから、嫌な気持ちになんてなんねぇよ」
「……最後の見極めだ。藍染の元に元々居た如月さんが、本当に護廷十三隊の味方なのか見極める為だ。最悪動けるようにはしてある。まあ、物理的に動ける人がいなかったってだけだ」
「俺らの警戒を最大限に解いて、内部から崩玉を奪うブラフじゃねぇかって事か?」
「そういうこった。そんなんじゃねぇってことくらい、皆わかってら。けど、私情だけで動けねぇのが死神って仕事だ。てめーも大人になったら分かる」
「……理解は出来るけど、お前ら生き辛そうだな」
「私情で世界を失うよりマシだろ。けどまあ……てめーのその愚直さが、その不変を変えたんじゃねぇか?」
「……バカにしてんだろ、お前」
「おー、脳みそはついてんだな」
「このやろっ……」
そんな話をしながら走る一護達。
その後を、誰かが必死に追いかけてきていることに気がついた。
「チャド!!」
「一護!! これを!!」
二人に追いつけないと判断した茶渡は、自分の右手を変化させ……何かを思いっきり投げた。
「おっと!」
豪速で飛んできたそれを、何とか受け止める一護。
「森で落としただろう! 俺が拾っていたことを忘れていた!」
「サンキュー!!」
一護は片手を大きくあげ、茶渡に向かって手を振る。
それに答えるように、茶渡も手を振り返して足を止めた。
受け取ったものを懐に入れる一護の様子を、不思議そうな顔で見る恋次。
「……なんだ、それ?」
「録音機。俺んじゃねーぞ」
「現世のモンか。誰のだよ。浦原さんか?」
「知らねぇ」
「は?」
「知らねぇオッサンに、如月さんに渡してくれ。って、コッチ来る前に道端で声かけられたんだよ」
「あの人、現世に知り合い居たのか?」
「知らねぇよ。あと、帰ってきたら俺を迎えに行くとかなんとか言ってたな……」
「……怖っ。何録音してあるか聞いてみようぜ」
「聞くわけねぇだろ! おめーらは、プライバシーって言葉を知らねぇのか!」
一護の叫びに、恋次は耳を塞ぐ。
重要な物なのか、それを渡す時間があるのかも分からないが……持っていて損は無い。
これ以上この話をしても仕方なく、一護は話を切り替えた。
「恋次、西流魂街ってどこだ」
「西に行きゃーある」
「西はどっちだ」
「……あっちだ」
なんとも不安げな会話を繰り広げながら、一護と恋次は本能が赴くままに走っていた。
「阿散井!!!」
一護と恋次が西流魂街へ向かうため、瀞霊廷内を走っていた時、上空から二人に声がかかった。
二人の走る速度を邪魔せぬよう、声をかけた少年も二人と並走する。
「日番谷隊長!!」
「隊長って……」
「……おめーが黒崎一護か。俺は日番谷冬獅郎だ。十番隊隊長を務めている」
見る限り、日番谷の怪我の状態は万全ではない。
無理やり体を動かしたのだろう。包帯がみるみる鮮血に染まっていく。
しかし、痛みを伴うはずが日番谷は声色一つ変えずに話を続けた。
「さっきの話は全部天挺空羅で聞いていた。ここから西流魂街の出入口がある門まで、お前らを一気に飛ばす」
確かに双殛の丘から西門までの距離は相当離れている。
時間はどうしてもかかってしまう。
「ありがてぇ。けどどうやって……」
一護の質問には答えず、日番谷は前に進めていた足に力をいれ、進行方向とは逆の後方に大きく飛び跳ねる。そして宙に舞いながら自分の斬魄刀に手をかけた。
「 卍解 大紅蓮氷輪丸!! 」
周囲の気温が一気にさがり、うっすらと雪が降り始めた。
日番谷は氷でできた大きな翼と尻尾を纏った姿となり、吐く息は白い。
そして、一護と恋次に向けて高く刃を掲げた。
「うそ……だろ……」
恋次は何かを察したが、日番谷は止まらない。
「飛べ!! 黒崎!!! 阿散井!!!」
そう言って振り下ろした刃の先から出たのは一体の氷の龍。
「「うおおおおおお!!!!!!!」」
二人は絶叫を上げながら上に飛び、なんとか氷の龍の頭部に飛び乗った。
周囲の塀や下の地面をことごとく壊し、墜落しそうだった氷の龍だが、何とか空中へと浮く。
「炎熱系鬼道出しとかねーと、門につく前に凍るぜ」
「もうやってますよ! 日番谷隊長ぉ!!!」
焦ったように掌に霊圧を込め、体表との接着面に熱をだす恋次。
鬼道が苦手なのだろう。やや煙を巻き上げてこそいるが……なんとか凍結を防ぐだけの熱量は出せているようだった。
「ありがとうな!! 冬獅郎!!」
「日番谷、隊長だ!!!」
日番谷は怒ったような声を上げるが、とりあえずは無事に送り出した二人をみてホッと息をついた。
「恋次!! やっぱ方角違うじゃねーか!! 何が「俺が送り届けてやる」だ!!」
「うるせぇ! ちょっと道ズレてただけだろ!!」
氷輪丸は、二人が進もうとしていた方角よりやや右に向かって進んでいる。
日番谷の手助けがなければこの瀞霊廷を抜ける事に時間を費やしていただろう。
二人が離れていくのを見守ったあと、日番谷は氷輪丸を解除したと同時にぐらりと体を傾け、そのまま地面に落ちていく。
それを女性が受け止める。
「無理しちゃ駄目ですよ、隊長」
「わりぃ、松本」
「珍しいじゃないですか。たった一回二回会っただけの姫乃の助けをするなんて。もしかして、惚れちゃいました?」
「ちげぇよ、馬鹿野郎」
乱菊に悪態を返しつつも、日番谷は少し間を開けて答えを返す。
「……別に。潤林安のあの人。……俺と雛森のかーちゃんを泣かせる事はしたくなかっただけた」
「姫乃のお母さんですよ。勝手に取っちゃ駄目ですよう」
「言葉の綾だ!!」
大声を出したことで、余計に咳き込んだ日番谷は、自分を落ち着かせるために大きく息を吐く。
「……それに。雛森を護ってもらった礼を伝えねぇままだと、後味悪ぃだろ」
「全部終わったら、皆で潤林安の甘納豆食べに行きましょ」
「一人で行きやがれ」
その言葉を最後に、日番谷は力尽きたように意識を手放した。
一方、一護と恋次。
目的の門が見え、氷輪丸ライドが終わりを告げ始めている。
門は既に他の隊員の手により開門していたが……一護と恋次の姿を捉えた隊員は、我先にと逃げだした。
その様子を見て、何かに気が付いた恋次は慌てて声を上げる
「一護!! 氷輪丸より先に門を抜けるぞ!!」
「なんでだよ。このままつっこみゃいいだろ」
「バカ野郎!! 氷人形になりてーのか!!」
恋次は一護の首根っこを掴んで氷輪丸を足場に門へ向かって瞬歩を繰り出した。
なんとか氷輪丸より先に門を潜り抜けた二人は、後方の光景に唖然とする。
西門は凍り付き、龍は縦寸二十メートルはあろうかというほどの氷柱に変貌していた。
「あいつ無茶苦茶だろ……馬鹿かよ……」
「俺は二度と乗らねぇ……」
せっかく送ってくれたというのに、本人がいないことをいいことに本音が漏れる二人。
しかし、その気持ちもすぐに消えることとなる。
「恋次……」
「ああ、見えてるぜ」
二人の視線の先にあるのは巨大な山。
本来であれば天を突かんばかりの山だが、山頂付近は不自然に切り取られたかのように平面。
おそらく姫乃の結界によって、目視不可となっているのだろう。
しかし、わずかに感じる虚の気配と霊圧の衝突。
「……急ぐぞ」
「おお」
一護たちは目を細めるとすぐに、目的の場所へ向かって駆け出した。
………………
…………
……
……
山の麓が見えた頃。
「で……でけぇ……」
遠くから見た時に大きいとは思ったが、もはや結界の張られている場所すら見えない。
一護が唖然としていると、後ろから多くの人影が駆け寄ってきた。
「阿散井副隊長!!」
「鬼道衆! そうか、拘束解除になったのか」
恋次の少し驚いた声が上がる。それは、拘束解除になった事が原因ではない。
鬼道衆はこのような前線に出てくる部隊ではない。
こんなにも多くの人数を見かけたのすら、初めての事だった。
「この山の山頂付近は、如月大鬼道長が張った結界があります!」
「おう、知ってるぜ」
一護の返事は、何も理解を示した返事ではなく、恋次が一護の頭を殴った。
「いって! 何すんだ! 恋次!」
「馬鹿か、おめーは。結界の先にどうやって入るんだって話だ!」
「そこまで考えてたんじゃねーのかよ!」
二人が喧嘩腰になったのを、アワアワと複数の鬼道衆が止めに入る。
そして一人が口を開いた。
「俺達が結界を破壊します。大鬼道長の結界など、普段は破壊不可能。しかし、いま結界上部に穴が開いてくれているおかげで不可能ではなくなりました。お二人が進まれている間に破壊を試みます」
大鬼道長の最高等結界術破壊。
簡単じゃない。そう分かってこれだけの人数が集まったのだ。
「間に合うのかよ」
「必ず間に合わせます。如月大鬼道長の教えを今ここで全て出します。なんたって、俺達……如月大鬼道長の部下ですから! 出来ないなんて言葉、俺達の隊では通用しません!」
ニコッと笑ったその人物。
その言葉をきっかけに、皆結界への霊圧知覚を開始し、解析作業に移った。
誰か一人でいい。誰か一人が結界の急所を見つけて破壊する。
次々と作業へ移る鬼道衆を一護が唖然と見つめていると、死覇装の裾が引っ張られた。
下を見れば、見た目はまだ六歳にもなっていないような子供。
鬼道衆の誰かの子供なのだろう。こんな小さな子ですらこの場に来ていることに一護は驚いた。
「きさらぎさん……かえってくる?」
今にも泣きそうな顔でそういう子供の頭を、一護は満面の笑みで撫でる
「あったりめーだ! すぐ連れて帰っから、いい子で待ってろ!」
「……ろくげんさんは?」
「……ああ、如月さんがきっと持ってる」
結界は鬼道衆に任せる。
後はこの山をのぼるだけ。
一護の後ろで、恋次が急激に霊圧を高めた。
「 卍解!!!
狒々王蛇尾丸!!」
巨大な蛇の骨のような姿に変わった恋次の斬魄刀。
一護が何事かと唖然としてると、恋次がニヤリと笑った。
「乗ってけ! 一護!! 日番谷隊長より安全だぜ!!」
「おめーらは卍解をなんだと思ってんだよ!!!」
「うるせぇ! 元々こうやって送るつもりだったんだよ!」
珍しくまともな突っ込みをする一護だったが、恋次は構わず笑みを浮かべる。
そして狒々王蛇尾丸を渾身の力で振り上げた。
「いいか、一護!! 最後に狒々王蛇尾丸が吠えたら衝撃波の上に乗れ!!」
「結局危険じゃねーか!!!」
「文句言うんじゃねーよ!! 行け!!」
一護は、自分を巻き込む勢いで向かってきた狒々王蛇尾丸に飛び乗り、山頂へと向かって目を見据えた。
下では鬼道衆が全力を尽くしてくれている。
上で死にもの狂いで戦っている仲間がいる。
俺が戦う。俺が勝つ。俺が護る。
その一護の想いは、一つの奇跡を呼んだ。
『王よ。勝ちてーんだろ。俺に任せてろ』
一護の真横に現れたのは、彼に似た容姿の白い男。
一護の持つ力の一部。それは呪いか運命か。いずれにせよ一護はいい顔はしなかった。
「てめーか。さっき邪魔しやがったのはよ」
一護が卍解を使用した際に現れた虚としての力。
そのことに一護は気が付いていた。
「お前は引っ込むか黙って俺に力を貸せ」
『言うじゃねぇか』
それは、一護の自身の奇跡か。
あるいは……姫乃が一護に与えた訓練が、偶然にも"仮面の軍勢が行う虚屈服のための修行"と同じ環境化であったことか。
どちらにせよ、一護は『虚を屈服させる力の開花は既に済んでいた』。
『王よ。お前が弱くなれば俺はすぐにお前を乗っ取るぜ』
「させねぇ」
『お前は弱い! 俺の力を使えて精々一発だ』
「十分だ」
そして一護は立ち上がり、斬月を構えて叫んだ。
「 卍解!!
天鎖斬月!!!!」
刀の変化と共に、一護の顔に仮面が付く。
そして、姫乃の元へと向かうのを防いでいた結界が……パリンと音を立てて割れた。
飛ぶ(物理)