師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第七十二話 虹がかかる空

 

 

 時と情景は西流魂街山頂へと戻る。

 

 それぞれが抱く正義も。憎しみも。覚悟も。

 流れた時の流れさえをも嘲笑う。

 

 この場における戦闘は、まさしくそれを忠実なまでに再現していた。

 

「何体出てきても、一緒だっていってんだろが!! 吹っ飛ばせ 断風 !!」

「 奏でろ 金沙羅 」

「 打ち砕け 天狗丸 」

 

 仮面の軍勢達は、藍染と自分達の間にひしめく大虚の群れを倒し続ける。

 誰一人欠けることなく。

 

 詰めようにも詰まらない距離感に、誰かが些細な焦りを覚えだした時……それを分かっていたかのように、幕引きは突然始まった。

 

「もう、見飽きたな」

 

 藍染のたったその一言。

 その言葉を聞いたギンが口角を上げた。そして、斬魄刀を抜刀し左脇側に構える。

 

「!! 刀ん軌道上に乗んな!!」

 

 いち早くそれに気がついた平子が、注意を促したが……完全には間に合わない。

 

「 卍解 神殺鎗 」

 

 ギンは、卍解の名を呼ぶと共に体を捻り、斬魄刀を体ごと回転させる。

 異常なほど伸びた刀身は、その場にいた虚ごと真っ二つに切り裂いた。

 それは、その場にいた者達も巻き込んでいく。

 

「クソ……」

「志波ぁあ!!」

 

 回避が間に合わず、左足を付け根から斬り落とされた空鶴は、地面へと墜落していく。

 なんとか途中で拳西が手を取り、落下の衝撃を殺したが、もう前線には戻れない。

 

「腕だけじゃなく足もなくなっちまったな……」

「喋んじゃねー、そこで大人しくしとけ」

 

 怪我の状態を確認する暇もなく、すぐに追撃が襲い掛かる。

 計三回の刃をやり過ごした時、やっと攻撃が止まった。

 

「誰が他にやられた!!」

 

 その場に響く拳西の怒鳴り声。

 あれだけいた虚の姿は跡形もなく消えていた。

 

「……桜十郎と白が戻れねぇ」

 

 愛川の言葉は生死を伝える伝達ではなかったが、拳西もそれ以上は聞かない。

 ただ、自分の元副官である久南が地に伏せている姿を一目みて、骨がきしむほど拳を握りしめた。

 元凶であるギンを二人は睨みつける。

 

「なんや。思うた以上に残っとるやないの。堪忍な。姫乃ちゃんに逃げられて藍染さんちょっと怒ってますねん」

 

 再び斬魄刀を構えようとしたギンの懐に、愛川と矢胴丸が斬りかかる。

 しかし、その細い刀身と細い腕にどこにそんな力があるのかと疑いたくなるほど、彼は余裕の表情で受け止めた。

 

「イライラしてんのはこっちかて一緒や」

「ちょっとはしゃぎすぎだぜ、市丸」

 

 二人は同時に虚閃を打つ構えを取った。

 市丸もまた、胸の正面に斬魄刀を構え両手で握る。

 

「 神殺鎗 無踏 」

 

 市丸の刃は、無数の連撃となり反応すら許さない速度で愛川と矢胴丸の体を貫いた。

 二人の虚閃は市丸に掠めることすら出来ず、空に向かって一閃を描き消滅する。

 

「はい、二人様おーしまい」

「後ろが見えてねぇみてえだな」

 

 直後にギンの背後を取った拳西は、その顔を思いきり殴りつけた。

 流石に衝撃で飛ばされる市丸。

 

 地面へと体を打ち付けられたギンだったが、わずかに頬が切れている程度で笑みを崩してはいなかった。

 恐らくは霊圧でダメージを最小限に抑えたのだろう。

 

「……君ら、そないに弱かったでしたっけ?」

「余裕ぶっこいとんちゃうぞ!! このハゲ!」

 

 ギンの質問に答えることもなく、ひよ里の虚閃が彼に向かって飛ぶ。

 しかし……

 

「うそ……やろ……」

 

 ギンはそれを、片手のみで弾き飛ばしたのである。

 全てを見終わった藍染が、溜息混じりの声を上げた。

 

「虚化の力を遣っても、この程度か」

「……なんやて?」

「ただの観察だ。実験の結果を観察するのは当たり前のことだろう」

「いつまでも……調子に乗っとんちゃうぞ……」

「ああ、勘違いしないでくれ。私の実験結果じゃない。……君達をその状態にしたのは、浦原喜助だろう?」

 

 その言葉に、ひよ里はギリっと歯軋りを立てて一歩前に踏み出した。

 そんな彼女の肩を叩いて止めたのは、平子と拳西。

 

「……ただの挑発や。乗んな」

「流石、思い遣りの深い言葉だね。平子隊長 (・・)

「……何時までそう呼び続とんや、きしょくてしゃーないわ」

「ひよ里は少し肩の力抜け。あんま迂闊に近づくんじゃねぇぞ」

 

 二人の言葉を聞いた藍染が、薄らと笑う。

 それはまるで、そのやりとりの何もかもが可笑しいと言いたげに。

 

「……なんや」

「迂闊に近づこうが慎重に近づこうがあるいはまったく近づかずとも、全ての結末は同じこと。未来の話じゃない。君たちの終焉など既に、逃れようのない過去の事実なのだから」

「藍染!!!!!」

「ひよ里、我慢せぇ!!!!」

「何を恐れることがある? 百年前のあの夜に……君たちは既に死んでいるというのに。死んだ時のままの呼び名で呼ぶ事は、そう不思議な事でもなんでもないだろう?」

 

 藍染の霊圧が一気にその場を支配する。

 彼らがあの日の夜に感じた、細胞の一片までもを拘束するかのような重い霊圧。

 しかし、彼らも気圧されない。

 

「ぶっ殺す!!!」

「ひよ里!!!!」

 

 ひよ里が飛び出そうとしたとき……藍染の背後に一人の少年が現れた。

 

「 月牙天衝ぉおお!!!! 」

 

 真っ黒な斬撃が藍染を背後から襲う。

 突然現れたオレンジ色の髪の少年。

 想定外の登場人物に、仮面の軍勢たちの怒りが一瞬分散した。

 

 今まさしく、一人の命が刈り取られる瞬間を結果的に防いだのだ。

 

「……あのガキはこーへん予定やったんちゃうんけ」

「俺もそう聞いてたが、知らねーな」

 

 平子と拳西はそう会話を酌み交わしながらも、目を細めて斬撃を受けた藍染が再び姿を見せるのを窺った。

 煙が晴れ、藍染の姿が見えたが……先ほどの攻撃など届いていないかのように体勢も表情も変わらない。

 

「君の刃は届かないよ。旅禍の少年」

「如月さんはどこだよ」

「私が聞きたいくらいだ。全く。浦原喜助が綺麗に隠してしまっている」

 

 向かい合うようにして対峙する藍染と一護。

 意外にも、藍染はすぐに自分の斬魄刀に手をかけた。

 その理由は直ぐに明かされる。

 

「君は、姫乃の教え子だ。私が直接斬ろう」

「こっちのセリフだ!!」

 

 藍染に向かって斬りかかる一護。

 ……二人の距離が徐々に縮まる。

 

 "……ああ、勝たれへん。しまいや"

 

 平子は瞬時に判断した。

 自分達ではない。あの黒崎一護という少年だ。

 

 霊圧は弱くない。藍染の霊圧を受けても怯まない度胸もある。速度も上々。

 だがそれは……護廷の隊長と並べた時の話。

 

 藍染との差は大人と赤子。戦闘経験も実力も違いすぎる。

 

 最悪の事態が脳裏に浮かび、平子はグッと唇を噛んで両者がぶつかる瞬間を見た。

 

 ……しかし、平子だけでなくひよ里と拳西も、次に映った光景に目を見開く。

 

「……よく、受け止めたな。旅禍の少年」

「誉めても何もでねーぞ」

 

 黒崎一護という少年は、藍染の太刀筋を受け止め、斬撃の衝撃を流したのだ。

 藍染に当たりこそはしなかったが、防御から攻撃へと転じた時も隙は無かった。

 

「平子さん!!!」

 

 その光景に一瞬呆けにとられた平子達だったが、後方から聞こえた声の主が誰か理解し振り返る。

 現れたのは、回復が終わった姫乃。

 

「お待たせしました!!」

「遅いわ、ボケ」

「すみません」

「お前にゆーてへんわ。ハッチにゆーとんねん」

 

 姫乃の後ろから続けて、有昭田と浦原も合流。

 相当な勢いで姫乃の回復を終わらせたのだろう、有昭田は息が上がってしまっている。

 

「……疲れとるとこ悪いけど、下も頼むわ」

「……ハイ」

 

 ギンによって戦闘不能となった人物達を平子は指先だけで教える。

 有昭田も、返事だけを残して負傷した人物達の元へと向かった。

 

 平子は有昭田を見送るついでに、ギンの様子を確認する。彼はすでに斬魄刀を収めており腕組みをしながら一護たちの様子を眺めていた。

 

 動く予定はない。

 そう言う事かと判断した平子は、再び目線を戻す。

 

「……無事みてーだな、如月さん」

「馬鹿……なぜ来た……」

 

 姫乃はここへ向かう途中から一護の存在を察知していた。

 来るなと言っても一護はついてくる。こういう予定で動くと決めていても、それをひっくり返してくる。……そういう子だ。

 強い縛道をかけるよう指示を出しておかなかった事を、姫乃は後悔した。

 

「そんな心配すんなって。もう一回来いよ、藍染」

 

 一護の挑発に藍染が笑い、もう一度二人は刃を交えた。

 

 

 

 **************

 

 

 _姫乃視点_

 

 

 結界が壊れた。一護が来たんだ。

 彼が来た理由など明白だ。

 一護は強くなったが、それは今の藍染には到底かなわない。

 そう思いながら戦場へと戻った時、私は目の前で起こった光景がにわかに信じられなかった。

 

 ……一護が、藍染と戦えている? 

 

 藍染の速度を分析するが、藍染は確かに本気ではない。

 おそらく冬獅郎を攻撃した時の速度よりやや速い程度。

 しかし、今の一護が受け止められるような速度ではない。

 反撃を出せるような速度でもない。

 

 なのに一度ならず何度も藍染の刃を受け止めているではないか。

 藍染の底力を知らない者が見れば……『対等』そう錯覚してしまうだろう。

 

 あり得ない。

 何故。

 

 そう考えたのは父も同じようだった。

 わずかに霊圧に動揺が見られる。

 

「……あれは……ほんとに黒崎さんスか……」

 

 二人の戦いに参戦するという事も忘れ、私達はその様子を見守った。

 大きな衝突音がした後、藍染と一護の距離が再び離れる。

 恐らく、刃をぶつけた瞬間に月牙天衝を放ったのだろう。

 

「思ったより成長したみたいだね。双殛の丘で見た時より動きがいい」

「俺には、アンタよりそこの狐目の奴の方が勝てねぇ気がしてる」

 

 狐目。自分の事を言われたのだと分かったギンが、ニコッと笑って片手を上げた。

 

「どうしてそう思うんだい?」

「……分かるからだよ。どっから攻撃したいのか、何処で誘導かけられてんのか。……全部な。アンタの剣と、如月さんの剣が似てんだよ」

 

 一護が紡いだその言葉に、私は目を伏せる。

 ……いつかはバレることは分かっていた。

 

 父達が最も憎み自分達の世界を奪った敵と、私は繋がりがあると。

 私がこうして戦える力を得られたのは……全て彼のおかげだと。

 

 藍染の視線が、私の方へと向いた。

 

「おや、彼らに伝えていなかったのかい。姫乃」

「アンタが、如月さんの師匠って事か? それなら、さっき聞いたぜ」

 

 一護の言葉に続くように、平子さんらも声を繋ぐ。

 

「だからなんやねん。お前ん手で育った隊士は腐るほどおるやろ」

「俺らもこのガキ含めて全員を憎めってか? お門違いも甚だしいな」

「ウチは好きにはならへんけどな」

 

 藍染が次に何を言うつもりなのか。

 分かっている。ただの挑発だ。

 だけど、事実。

 

 彼らの話を聞いても、伏せた目と噛んだ唇を変えることは出来なかった。

 やめてくれと、叫びたい気持ちを抑えるので精一杯だった。

 

「君達の言葉には、多少の語弊がある。私は、如月姫乃という"隊士"を育てた覚えはない」

「……それよりも、前ってことっスね」

 

 父にはもう正しく伝わっているのだろう。

 言われるくらいなら、自分から言った方がマシ。

 分かってる。……口がまるで石になったかのように動かないんだ。

 

 藍染の口から伝えられるのは、正しい事実。

 見えないように、考えないように屠り去った過去。

 

「生物という概念の元に産まれてきた存在であれば、両親と呼ぶに値する存在がいることは確かだ。彼女はその片方が欠けていた。私がその穴を埋めてやったに過ぎない」

「……めて」

「懐かしいな。初めて会った頃のこの子は、石を投げられる日々を過ごしていた。幼いながらに、母親にそれを悟られまいと我慢していたよ。開花させるべき力を開花させた。そのついでに、彼女の心の空白を埋めてあげた。存外、子育ての真似事は上手く出来たと思っているよ」

「やめて!!!!!」

「既に有る物より、不足した部分に依存するのは子供の特性だ。それと、初めこそは不安を抱かせていたが、この子の母親は理解の早い人物で……」

 

 私が動くより、一護が動くより、平子さん達が動くより。

 この場にいる誰よりも早くに、藍染の言葉を止めたのは……父だった。

 

 互いの刃の交わる音が響く。

 その勢いは凄まじく、何メートルもの距離も藍染を後方へと押し込んだ。

 

「……柚になにしたんスか」

「ほう。君もそんな顔が出来たのか。心配しなくていい。君が懸念していることは何も。ただ、この子を連れ回してもいいと信頼を得た程度だ」

「……」

「何を怒る事がある。彼女も、この子も。君が捨て置いたんだろう。それを拾った。どう扱おうが、私の自由だろう? 君が、平子真子らを拾った事となんら変わりはない」

「……啼け 紅姫」

 

 ゼロ距離から放たれる赤い閃光。

 藍染はそれを薙ぎ払うかのように刃を振るい、二人の距離は数歩の間を保って離れる。

 

 その父の後を追うかのように、平子さんとひよ里さんも前に飛び出して言った。

 

 ポンっと、私の肩を叩いたのは拳西さん。

 

「……少し俺らに任せとけ」

「……拳西……さん……」

「助けてるわけじゃねぇ。心底、胸糞悪ぃってだけだ」

 

 藍染との戦いの中に入っていく彼ら。刀を握りしめたまま、動けなかった私の横に立ったのは一護だった。

 

「俺は全てを訊く術を持たねぇ。如月さんの心に泥をつけず、その深きにまで踏み込んで、それを訊く上手い術を持ってねぇ。……だから待つさ。話していいって時が来るまで。だけど、見失って欲しくない」

「……一護」

「過去は誰にだってある。それを四方八方に、素直にさらけ出すことを強さとは呼ばねぇ。抱えて、受け入れて……明日を歩く為の今日を生きることが、強さだ」

 

 今日を……生きる。

 過去を振り払うかのように。未来を見失わないように。

 そうやって生きてきた私は、"今日"という事を考えて歩いた事が……あっただろうか。

 死神にとって、一日など水の流れのようにあっという間に過ぎていく。

 来るべき未来を見据え続けて駆け続けた。

 "今日"がどんな一日であったのか、考えて寝た事などなかった。

 

「俺一人じゃ、此処まで絶対来れなかった。昨日があるから、今日がある。……如月さんが繋いできた、一つ一つの"昨日"が、"今日"を繋ぎ合わせたんじゃねぇか。それは、過去をさらけ出したって、未来を叫んだって見えねぇよ。"今日"じゃなきゃ見えなかった世界だろ?」

 

 そう言って笑みを浮かべる一護。

 

『虹は、雨の後にしかかからないのよ』

 

 私達は点だ。

 個という点が、寄り添い交わり、群れとなる。

 だが、個が歩く世界はそれぞれ違う景色を映し出す。

 

 個の世界に、雨が降っていても……それが真隣にいる個の世界にそのまま映し出されることなどない。

 

 ただ唯一……点と点を繋ぎ合わせるものがあるとするならば……。

 

「……虹は、一護だったんだ……」

「ん?」

「……なんでもない。行こう」

 

 私達は、再び激戦の中へと足を走らせた。

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