師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第七十五話 名無之権兵衛

 

 

 それはまるで、五感の全てが停止したかのような感覚。

 

「どうだ、浦原喜助。実の娘に刺される気分は」

 

 藍染を捕らえていた筈の縛道。

 藍染を刺した筈の刃。

 

 そうだったはずだ。

 

 目の前で、鮮血を吐き出し崩れ落ちるのは。

 その後ろで崩れ落ちる観音女性は。

 

 コレハ、ダレダ。

 

 私は……一体誰に刃を向けた。

 私は……一体何でこの人を刺した。

 

「いつからや……」

「何がだ」

「一体いつから、鏡花水月を遣ってたんやって聞いとんねん!!!!」

「一体いつから、鏡花水月を遣っていないと錯覚していた?」

 

 平子さんが藍染に斬りかかって、斬り返されて、地面に崩れ落ちる。

 そんな景色がやけにゆっくりで。

 どこかこの世界から切り離されたようで。

 

 まるで、今起きた事象の全てを否定したいかのように。

 

 私の思考の回りは異常なまでに遅い。

 

 何処で間違えた。

 ……そうだ、あの時疑問に思うべきだった。

 平子さんの刃が藍染に通った時。

 あの時から、既に違うのではないかと感じるべきだった。

 藍染は、動揺で隙を見せたのではなく……そもそも藍染では無かったと。

 一護の言葉を……綺麗に利用された。

 

『如月さんの師匠だってことは、もう聞いてるぜ』

 

 そうだ。私に戦いの全てを教えたのは藍染だ。

 ……私の動きの癖を全て知っていると、どうしてそこまでの思考に至らなかった。

 

 鬼道を放つ動きが、父と二度シンクロした。

 一度あることは二度ある。そんな誰が作ったかも分からない言葉に受け流されてはいけなかった。

 

 何故、私の動きと全くもって息が合っていたのか考えるべきだった。

 

 過ごした時は短くとも、父と繋がりを感じて……そんな戦いの中のほんの些細な感情に喜ぶべきでは無かった。

 

 疑って、疑って、疑って。

 そうせねば、勝てるはずのない相手に。

 

 ……私は、自分の知恵も才能も……与えられていく心の温かさに甘んじて揉み消したんだ。

 

「ごめん……なさ……」

 

 ようやく私の口から出た言葉は、あまりにも無様な謝罪の言葉だった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいっ……」

 

 私は、何のためにここまで力をつけた。

 

 私が護りたいと思っていたはずが、みんなから護られてたどり着いたこの戦い。

 

 託され、受け入れられ、温かさに背中を押してもらったこの戦いで。

 ……私は負けたのだ。

 

 全部、自分の所為じゃないか。

 

 与えられたその輝きの全てを、自分の所為で壊した。

 

『君に、護る力などない』

 

 ……分かってるよ! 

 分かってるよ。

 分かってるよ……

 

 私が本気で戦いに身を沈める時。

 それは、護る為の力を発揮しているんじゃない。

 

 私の……チカラは……壊すための力だ。

 

 この世界を壊したのは……私だ。

 

 私さえいなければ、夢の世界の通りに藍染は封印され、黒崎一護という主人公の名のもとに今後も世界は護られる。

 沢山の人が傷つく、沢山の人が亡くなる。

 

 けど、世界は護られる。

 

 傷ついた過去も。

 失った過去も。

 "昨日"を抱きしめ、"今日"を生きて……"明日"を歩く。

 

 そうやって未来は刻まれるのだと……気がついた時には遅すぎたんだ。

 

 誰かが傷つくのを見たくない。

 誰かの大切な人を失わせたくない。

 

 

 そんな私の傲慢が、世界を壊した。

 

 私は、何処から間違えていた。

 一護より前に出ようとした事? 

 違う。

 死神になった事? 

 違う。

 藍染と出会った事? 

 違う。

 未来の知識を得てしまった事? 

 ……違う。

 

 

「産まれてきて……ごめんなさいっ……」

 

 このチカラを持って産まれてしまったこと。

 それが私の……罪だ。

 

 私さえいなければ、

 私さえいなければ、

 何もかもがきっと上手くいっていた。

 

 沢山の涙と絶望を乗り越えて、世界は明日へと向かって回り続けた。

 

「—————————!!!!」

 

 空に向かって叫んだはずの喉からは、声にならない声しか出てこなかった。

 

 私の体から力が抜け、地面に膝をつく。

 霊力の枯渇だ。

 戦う力は、まるで私を嘲笑うかのように消えた。

 

 先に崩れ落ちた父が、私の肩に頭を預けるかのようにもたれかかる。

 力の抜けたズッシリとした重み。

 父の血で、私の死覇装が嫌な温かさに包まれていく。

 

 その様子すら、涙で視界がボヤけて何も見えやしない。

 

『泣くな! 涙は敗北だ!! 己に対する敗北なのだ!! 失ったものは返っては来ない!』

 

 勒玄を失って涙した時から。

 違う、母の腕の中で泣きわめいたあの日から。

 

 私は、私自身に敗北していたんだ。

 

 あの時失ったものは……一人で戦うという考え。

 

 正面から見れば暖かく。

 真後ろから見れば可能性を消した。

 

 

 耳元で父が何か言っている。聞こえない。

 

 なのに、この人の声は私の耳に正しく届いてくる。

 

「姫乃。君の負けだ」

 

 私の心を抉り取るかのように、藍染の言葉が刺さる。

 

 

 

 

 藍染さんの声以外何も感じない世界の中で……誰かが私の頬をそっと触った。

 

 それは、紛れもなく私に身体を預けていた父の大きな優しい手だった。

 その手をまるで介しているかのように、ようやく父の言葉が私に届く。

 

「大丈夫……っス……ボクは、"毒"では死なない……。貴方が最後に、毒だと教えてくれたお陰っス。例え致死量を超えても、問題ない。心臓の出血も……止まってます。……生命維持可能な状態に……造り変えています……」

 

 造り変えた? 

 ……紅姫が、消滅直前に父の命をつないだ? 

 

「大丈夫……大丈夫、大丈夫だよ……姫乃」

 

 大丈夫。大丈夫。

 まるで子供をあやすかのように優しいその声は、こんなにも惨めな私の姿を許してくれているかのようだった。

 

「姫乃は……失ってない……失わせないっ……。だからもう……泣かなくていいんスよ」

 

 抱きしめられるかのように、撫でられる頭。

 その時やっと、息が吸えた気がした。

 

「う……あっ……おと……さんっ……」

「大丈夫、大丈夫。何度でも……何度でも貴女に伝えます。……産まれてきて、有難う」

 

 父の荒々しい息とともに、紡がれていく言葉。

 話す事も辛いはずなのに。

 私を抱きしめる力は、こんなにも強い。

 

 父が、私の背中から心臓付近を触ろうとしていることに気がついた。

 

 ……私の魂魄から、鍵だけを抜き取るつもりなんだ。

 そして藍染に渡すつもりだ。

 藍染がこの場から立ち去る事を選ばせるんだ。

 今の護廷十三隊では歯が立たないと分かっていて、ルキアの所へ行かせるつもりだ。

 

 ……全ての悪を背負うつもりだ。

 ……私の命を護る為だけに。

 

 例え藍染が世界を支配しても。

 私を護る。その為だけに……。

 

「君はっ……ボクと……柚の宝ですからっ……。ずっとあの人が護ってくれてたんス。だから……」

 

 ……父の消えかけた最後の言葉が、耳にはしっかり届いた。

 

 

「柚……今度は、ボクが護るから……」

 

 

 その言葉を聞いた直後、世界が止まり、景色の全てが白色に変化した。

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 

 

 真っ白に止まった世界の中から現れたのは、名無之権兵衛。

 

『泣かないで、姫乃……僕は君を泣かせたいわけじゃないんだ……』

 

 私は、必死で流れる涙を両腕で拭った。

 左腕は肘から先はもうないけれど、痛みは感じない。

 

「お願いっ……お願い!! 権兵衛!! 私にチカラを貸してよっ……お願いっ……」

『……嫌だ、嫌だよっ……』

 

 必死で首を横に振る名無之権兵衛。

 それでも、私は叫んだ。

 

「全部背負うよ!!! 権兵衛が罪だと思ってる事、罪じゃなくなるまで背負うから!!」

『嫌だ!! 僕はっ……僕は、君の帰る場所を無くさせない!!! 一緒に帰ろうって、約束したから!!!!』

 

 彼の叫びに、私は少し間を置いて答える。

 

「……じゃあ、帰らない」

『……え?』

 

 私に言葉をくれる人は沢山いた。

 そのどれもは暖かくて、優しくて、私の見る世界を変えてくれた。

 大好きで、大切で、誰一人欠けて欲しくない。

 

 そんな中で……私の進む世界の選択肢を、もう一本広げてくれた人がいる。

 

「……何処までも、何処までも進む。……私達の所へ向かってきてくれる人を、二人で待とうよ」

 

 この見えない道の先を、何処までも駆けていく。

 その背中を追いかけて、私達の所へ帰ってくる人を待つ。

 一人か、二人か。はたまた数え切れないくらいの人か。

 

 今後、また別の世界に来る人達を、待つ。

 

「……有難うね、権兵衛。護ってくれて、有難う。……私の帰る場所を、護ってくれて……有難う」

『……っ…………』

「怖くないよ。権兵衛が怖いと思ってる事も、悪いと思ってることも。全部私が預かるよ。それが悪くないなと思える日まで、ずっと一緒に居てあげる」

『ズルい……ズルいんだ、そんなのっ……。もう気がついてるじゃないか……』

 

 涙声の名無之権兵衛を抱きしめ、小さく頷いた。

 

「……消えるんでしょう。私の命が。命が消えたら……何処にも帰れないんだもんね」

『……わかんないっ……確率は五分五分なんだっ……』

「いいの。……それで、この世界が歩く未来を壊せるなら、それでいい」

『君の帰りを待ってる人がいるんだよっ……! 生きてて欲しいって、そう願ってる人が沢山いる!!』

「……だからね、心を帰す。心が在りたいと願う場所に誇りがある。……私の誇りを、護って欲しい」

 

 沢山の人が私の帰りを願ってくれた。

 ……帰らなくていいと言ってくれた人がいた。

 だったら、追いかけると。

 

 どれが正解なんてわからない。

 ただ、願うことはただ一つ。

 

 私は、望まれて産まれてきた。

 望まれて生きた。

 たくさんの人に囲まれる"今日"という日までを。

 

 だから、未来を繋ぐ。

 確かに受け取った、大切な想いの欠片を……明日に託す。

 

 その為に、壊すよ。

 この……間違った道を辿ろうとしている世界を。

 その原因を。

 壊す、壊す、壊す。

 

 

 それが、私のたった一つの願い。

 

 震えた声と手足を動かし、名無之権兵衛が私の傍にやってきた。

 

「……怖い?」

『……一緒なら、怖くない』

「……うん。私も、怖くないよ」

 

 そして、告げられる名無之権兵衛の"本当の名前"

 

『僕の……名前は………………』

 

 そう言って私の中に伝わってきたのは、彼の存在の真実。

 

『僕は本来、存在してはいけないんだ』

 

 彼は自分自身の力を持たない。

 始解は誰かの斬魄刀を模倣する事。それは能力であり能力ではない。

 全て、彼の"産みの親"の力の副産物に過ぎない。

 本来生まれるはずのなかった力。

 

「そう……紅姫の子なんだね」

『……うん』

 

 父は、母に心を預けた。

 自分の心の崩壊を防ぐために。

 

 紅姫はそんな主人の決断に答えようと。

 自分の能力の一部を捨てた。

 

 母も紅姫も気持ちは同じ。

 父の命を護りたい。

 

 母は心を預かることで。紅姫は力を捨てることで。

 父の命を護ろうとした。

 

 捨てた力の一部が、彼だ。

 

『酷いよな。紅姫だけ主人の命を護れて。おかげで僕は君を殺す力しか持ってないのに。あいつは僕に全てを押し付けて逃げたんだ』

「でも、そのお陰で私達は出会えたね」

『……ごめんよ。僕は名前を捨てることしか出来なかったんだ。君を殺さない方法が、これしかなかったんだ。この呪いのチカラを、僕は卍解の中に隠した』

「……刀を模倣するんじゃなくて、名無之権兵衛の刀身自体を造り替えてたんだね。そりゃ、無理させてごめん」

『いいんだ。霊圧を遣って造り変えられるから』

 

 私に伝えられた卍解の名前。

 そして、その使用方法が名無之権兵衛の口から伝えられていく。

 

『いいかい。まずは藍染に触れなければ成功しない。まず僕は、君の姿を造りかえる。藍染が最も油断する姿に。ちょっと痛いけど我慢してね』

「父が私の痛覚がないように造り変えてくれたから大丈夫だとは思う」

 

 藍染が油断する姿とかあるのかなあ。そんな事を頭の中で考えていると、何を考えいるのか読みよったかのように名無之権兵衛が笑う。

 

『藍染は虚じゃない。心をもつ生き物である限り、必ず油断はある。……出来ないなんて言ったら、紅姫に怒られちゃうよ。その隙に、君は藍染に触れるんだ。体のどこでもいい。わずかでいい』

「……瞬歩はもう使えないよ」

『……君の魂を遣っていいなら、瞬歩分の霊力に造り変えるよ』

「お願い」

『……でもきっと、いらないと思う』

 

 その言葉を不思議に思って首を傾げれば、彼は何でもないと言いたげに首を横に振った。

 

『まずは上に飛ぶんだ、いいね』

「うん」

『そのまま藍染につっこめ。大丈夫。僕が背中を押してあげる』

「……失敗したらどうしようか」

『失敗はしないさ。僕がついてる』

 

 名無之権兵衛が私の体を抱きしめた。

 私も、彼を精一杯抱きしめ返す。

 

「……最後に、もう一つお願いがある」

 

 彼の耳元でその内容を耳打ちすると、彼は……ゆっくり頷いた。

 互いの心臓の音が交わり、ドクンと一つに重なった時。

 

 名無之権兵衛はニコリと笑う。

 

『さあ、行こう。僕と君の勝ちだ』

 

 そこにはもう、さっきまで泣き叫んでいた私達の姿はどこにも無かった。

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 世界が動き出した。

 

 私は地に落ちていた名無之権兵衛を拾い上げる。

 そして、私の背に手を伸ばしていた父を遠ざけるかのように、父の胸板を押して離れる。

 

「……姫乃……」

「驚いたな。その体でまだ立ち上がれるのか」

 

 藍染が驚いたように笑って傍へ寄ってきた。

 油断している、これ以上ない最後の隙だ。

 

『まだだ、堪えて』

 

 名無之権兵衛の声が頭に綺麗に入ってくる。

 

「今の君に、何が出来る。さあ、鍵をもらうよ」

 

 私は、名無之権兵衛をグッと握りしめた。

 

『今だ!!!』

 

 その言葉と同時に、私は高く飛び上がる。

 思ったより高く飛べたのは……きっと皆の想いが私を押し上げてくれたんだと思う。

 

「  卍解 !!!!!!」

 

 その声を聞いた藍染の瞳が、驚愕で揺れた。

 当たり前だ。私の霊力はもはやない。

 そのような状態で出せる卍解など存在しないからだ。

 

「卍解……だと?」

「っ……!!!! やめなさい、姫乃!!!!!」

 

 父の悲鳴のような叫び声が聞こえた。

 

『あの人は、本当に大事な事は何も言わない人なの』

 

 母のその言葉通り。

 父は、私の卍解がなんなのか気がついていた。

 紅姫の解析結果を、私に伝えなかった。

 

 ……少し違和感のある父の行動の全ては、この力を私に遣わせない為だったんだ。

 絶対に失わないと……その想いを有難う。

 

 でも、皆が私を想うのと同じくらい……私は皆を想ってる。

 私の代わりに、誰かが犠牲になるなんて……耐えられないよ。

 

 

 私は、名無之権兵衛の本当の名前を呼ぶ。

 

 壊せ、壊せ、壊せ。

 そして……望むがままの世界に、造り変えろ。

 

 

 

 

 

「   観音開紅姫革メ(かんのんびらきべにひめあらため) 」

 





黒い鉄格子の中で
私は生まれてきたんだ

悪意の代償を願え
望むがままにお前に

さあ与えよう正義を
壊して 壊される前に
因果 (出会い)の代償を払い
報いよ  名もなき怪物(名無之権兵衛)

黒い雨 降らせこの空
私は望まれないもの

ひび割れたノイローゼ
愛す同罪の傍観者達に

さあ今ふるえ正義を
消せない傷を抱きしめて
この身体を受け入れ
共に行こう  名前のない怪物(名無之権兵衛)

名前のない怪物/EGOIST
姫乃と名無之権兵衛のテーマソング
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