師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第七十七話 託された希望

 

 

 誰しもが沈黙する空間。

 徐々に、徐々に体が霊子へと戻る姫乃を、成すすべなく見守るしかなかった。

 

 浦原の体は震え、小さな嗚咽が聞こえる。

 

 彼が泣くことなどあるのか。

 誰かは、ふとそう思った。

 

 いや、自分が泣いていることにきっと気づいてはいないだろう。

 また誰かはそう思った。

 

 ただの静寂が流れる中……突然浦原の手元に何かが飛んできた。

 

 _ポシュ

 

 ぶつかった途端に、場の雰囲気に全く似合わない音を立てる物体。

 球体だったソレは、すぐに形を楕円の卵型へと変える。

 そして、消えかけていた姫乃の体を全て包み込んだ。

 

「……は?」

 

 流石の突然の出来事に、場に響いたのは一護の間抜けな声。

 

「気持ちの悪い空気だヨ、全く」

 

 そう言って皆が浦原と姫乃を囲んでいる中、円の外から現れた一人の男と女。

 彼らが、そんな二人を誰だと思う事はない。

 自分たちをこの空間まで運んでくれた張本人だからだ。

 しかし湿っぽい空気に似合わない声は、全員の思考を止めるには十分すぎた。

 

「ネム、捕まえたかネ」

「はい。一片も残さず」

「上出来だヨ!」

 

 つかつかと歩いてくる男性に、皆が圧倒され道を譲る。

 そして彼は、地面に座り込み自分の副官が投げた容器を抱えて呆ける浦原を、さぞ嬉しそうに見下した。

 

「いい表情だヨ! 浦原喜助! 貴様のその顔が見れただけでここへ来た甲斐があったというものだ!」

「く、涅さん……?」

 

 浦原もまた、状況の整理が追い付かないまま、涅とネムを交互に見た。

 そんな浦原に構うことなく、ネムは彼が抱える黒い容器をいじっている。

 

「解析は済んだかネ」

「はい、マユリ様。残留魂魄は8%です」

「ほう、思ったより残っていたようだ! 状況はどうだネ?」

「はい、機能は問題なく動いています」

「素晴らしいヨ!!!」

 

 理解の出来ない二人の会話に、一護が割り込む。

 

「誰だよ、お前ら! 如月さんの体に何しやがった!!」

 

 その一護の発言が気に入らなかった涅は、ギロリと一護を睨んだ。

 異常ともいえる、涅の格好と圧にたじろぐ一護。

 

「……君がこの私の事をお前呼ばわりしたこと。私の行いに理解の及んでいないその低知能。本来であれば原型のないほどまで解剖の刑だが……貴様は運がいいネ。今私は非常に気分がいい。見逃してやらんこともないヨ!!」

 

 涅の会話に補足するように言葉を発したのは、浦原だった。

 

「……魂魄保護器……っスか」

「左様。この小娘は私の研究室に入り込み、散々な事をしてくれたようだネ。万死に値するほど不愉快な小娘だ。このまま勝手に死んで貰っちゃあ困るんだヨ!! 私の研究材料として、たとえ魂魄の欠片であろうと生涯尽くしてもらわなければ気が済むわけがないだろう!?」

 

 ただの容器を睨みつけ、目を見開き奥歯を噛み締めて涅は怒りの声を上げる。

 そんな彼に、浦原は抑揚のない声で返事を返した。

 

「……もう彼女の体は霊子化が進んでるっス。魂魄保護器では止められない。無駄っスよ」

「私が貴様の魂魄保護技術を超えてないとでも思ったかネ」

 

 その言葉に、浦原は顔を上げた。

 

「その小娘の体内に監視用の菌を植え付けている。卯ノ花隊長が小娘の治療の際使った薬に混ぜ込まれているものだヨ。なんにせよ、あの禁術を間近に見られたことで、素晴らしいデータを得ることが出来た事に間違いはない!」

 

 涅は意気揚々と両手を天に翳し、興奮を抑えられないようだ。

 その熱量についていけている者は、現状誰一人としていない。

 ただ、それは彼にとって大した問題でもないのだろう。

 

「従来の魂魄保護技術に禁術である時間停止を組み合わせた。未来永劫、その小娘の魂魄が消え去ることはないヨ!!」

「組み合わせたって……姫乃がこの山に来てから二時間も経ってへんやろ。それにこの山にどうやって来たんや」

 

 平子のその言葉に、涅はハッと不愉快だとでも言いたげな表情で彼に対して首を傾げる。

 

「出来るからここにいるわけだが?」

 

 涅はつかつかと歩き、持ってきた荷車から何かを取り出した。

 

「……この小娘が残した功績は褒めてやらんこともない。おかげで任意の場所への空間移動技術も進んだ。君たちが今被検体として実感しただろう。肉体の欠損なく転送可能とは……禁術とは実に素晴らしいネ。実験体として特別待遇で迎えてやらんこともないヨ!」

 

 涅の言う通り、隊長達はここまでとある機械で転送されてきた。

 しかし、そんな実験内容だったとは初耳でみんながドン引きの目で涅を見つめる。

 

 そんな目線には構わず、涅は取り出したものを地面に投げ捨てた。

 投げ捨てられた者は、必死に蠢いて自分の存在を主張する。

 ……両手両足を縛られ、口をふさがれているー石田雨竜だ。

 

「んー!! んー!!!!」

「煩いヨ。黙り給え」

 

 涅は石田をズルズルと引きずり、魂魄保護器と浦原の前に彼を持ってくる。

 

「石田!」

 

 すぐに一護が駆け寄り、石田の拘束を解いた。

 

「黒崎……無事だったか……いや、そんなことより!! おい、涅マユリ!! どういうつもりだ!!!」

 

 石田の問いには全くの完全無視の涅。

 クルクルと自分の目玉を回して遊んでいるその姿に、石田はグッと自分の拳を握りしめた。

 

「おい!! 無視するな!!!」

 

 石田を無視する涅に、代わりに返事を返したのはネム。

 

「初期動作は現状良好。しかし、一つの問題は、今後の活動維持の為の燃料です。この魂魄保護器の燃料は霊子。霊圧および尸魂界構造物より搾取した霊子の塊を打ち込む必要があります」

「霊子の塊だって!? そりゃちょっと難しいんじゃないか……」

 

 そこまでいった京楽は、気が付いた。

 霊子の収束。滅却師なら出来る。

 

 涅がなぜ石田をここへ連れて来たのか、全員が理解した。

 

「ぼ、僕は死神の手助けなんかしないぞ!!」

「滅却師風情に拒否権などあるとおもったかネ? これは命令だヨ。小娘は、この実験の被検体第一号だ」

「断る!!」

 

 自分に求められていることが分かったのだろう。石田は拒絶する。

 その石田の肩を叩いたのは一護だった

 

「頼む……石田……死神の助けじゃねぇ。俺らの……仲間を助けるためだ……頼む……。如月さんを……俺は死なせたくはねぇ……!!」

「……」

 

 その言葉に、石田はしばし考えた後、自身の腕を拘束していた蔓をはぎとった。

 

 ……滅却師としての最期の力。

 霊子の収束を超えた、霊子の隷属。

 姫乃が護った、彼自身が持つ最高能力の力。

 

「さっさと霊子の隷属をやり給え。この山の三分の一の霊子を打ち込めれば五百年は、動き続ける」

「無茶言うな。僕にそんな力は残っていない」

「小娘が盗んだその道具だがネ。解放後、一時的に出力を限界突破させる作用がある。分かったらさっさとやれと言ってるんだヨ」

 

 その言葉に石田は何も返さず、魂魄保護器に向かって矢を作る。

 山が石田の元へ霊子として集結し、左肩にまるで大鷲の羽のように形を形成していく。

 

「君たちも何を呆けてるんだネ。寝てため込んだ霊圧の解放くらいやり給え」

 

 その言葉に慌てて隊長達も自身の霊圧を解放した。

 それらはどんどん石田の矢へと収束し続け、天を覆わんばかしの巨大な翼となる。

 

 

「……如月さん……貴方が護ってくれた力。貴方のために使います」

 

 そういって、石田は矢を放った。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 …

 

 

 無事燃料補給が終わったことを悟った全員は、涅が機械の点検をして結果を言う時間をじっと待った。

 石田は息が上がり、その場に座り込む。

 山の標高はやや下がったように思えた。

 

「サンキューな、石田」

「黒崎のためじゃない。……死神の歴史に滅却師に救われたという事実を叩きこんでもいいと思っただけだ」

「相変わらず素直じゃねーな」

 

 涅はふむ。と声を上げて魂魄保護器を抱きかかえると、すぐに踵を返してつかつかと来た道を戻り始めた。

 

「一発では精々二百年といったところか。まあ十分だろう。帰るヨ、ネム」

「はい、マユリ様」

 

 帰ろうとする涅の肩を、一護が慌てて掴んだ。

 

「帰るって、どこにだよ!」

「……その汚らわしい手を今すぐどけ給え」

 

 ブンと斬魄刀を振った涅が一護の腕を斬り落とす前に、慌てて京楽が一護の身を引いた。

 

「……説明をお願いしてもいいかな、涅隊長

 僕たちは残念ながら涅隊長程頭が良くなくてね」

 

 困惑した表情でそう申し出る京楽を見つめ、涅は大きくため息を吐いた

 

「自分たちの低能さを理解できているのは立派なことだヨ。京楽隊長殿」

 

 自分が持ってきた荷車に姫乃が保管された容器を詰め込みながら、涅は淡々と説明していく。

 そして荷車の中から脳が保管されている容器を取り出した。

 

「この小娘は、記憶のバックアップを取っている。ここに魂魄の欠片もある。大脳がある。ならば、生命体として再度構成すればいい。……ただそれだけの話だヨ」

「そんなことができるのかい……」

「あくまで、出来るだけであって私はやるとは言っていないヨ」

 

 にわかには信じられない涅の説明に、京楽は瞬きした。

 

「ネムをどうやって作ったか、それすら分からない猿じゃあないだろう。ただし、この娘に使うのは、ネムを作った技術の応用だヨ。……新たな補充用魂魄と、この消しカス程度に残った娘の魂魄を一つに融合させる作業。そして大脳の縮小移動。全く、百年はかかる研究だヨ。それに記憶のデータを少々閲覧したが……厄介ごともため込んでいるようだ。実に不愉快な小娘だヨ」

 

 面倒事に巻き込まれたとやれやれと手を掲げる涅。

 百年という途方もない年月に、一同は唾を呑んだ。

 しかし、百年待てば姫乃が帰ってくる。

 淡い期待が全員によぎった。

 

「やって……くれるのか?」

「やらないと言っているだろう。私はこの魂魄保護器の性能調査に来ただけだヨ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 周囲に一気に落胆の色が広がる。

 そんな彼らの様子をみた涅は、諦めたかのような悔しそうな、ため息混じりの小さな声で言葉を吐き出し。

 

「……この優秀極まりない私が、百年かかると言っているんだヨ。私はこの小娘が残した記録の方に興味がある。いいかネ、ネムを創る技術とは別だ。新しい魂魄の作成ではなく、既存魂魄の融合化が必要。やる意味もやる必要性も何処にもない」

「涅……」

「……ただまあ、例え手足が欠損していようと言葉が話せなかろうと、耳が聞こえなかろうと目が見えなかろうと。どんな実験結果に終わっても、その小娘を百年かけて再生出来る、暇そうな技術者は……ソコにいるんじゃあないかネ」

 

 その言葉をきっかけに、全員の視線が浦原に注がれた。

 とうの浦原は、困り顔で頭を指で掻く。

 

「……買いかぶりすぎっスよ。涅さん。それにアタシは……」

「そうかネ。それは申し訳なかった。自分のガキを捨てて貴様はまた現世に逃げるとでもいうのかネ。いいだろう。ネム。実験は終わりだヨ。この容器を今すぐ開放し給え」

「はい、マユリ様」

 

 容器に手を伸ばそうとしたネムに、全員が反射的に止めに入った。

 何人もの人物に押さえつけられ、流石に動くことの出来ないネムは、困ったように涅を見つめる

 

 浦原の迷いにいち早く気が付いたのは、有昭田だった。

 

「浦原さん。こちらへ来る前に握菱さんから伝言を預かりマシた。店長。そちらでやるべきことをなされよ。私は鉢玄殿、ジン太殿、ウルル殿と共に自由気ままに世界を旅でもしてみたい。……と」

 

 もう現世でしか生きられないテッサイ。

 どちらも捨てることができないだろうという浦原の心を、先回りしたかのような言葉だった。

 

「握菱さんの元で生きる道。どうか私に譲って欲しいデス」

「ハッチが我儘いうなんて珍しーねんで、喜助。気変わらんうちにさっさと決めんかい」

 

 平子と有昭田の言葉に、浦原は深く頭を下げた。

 

「ありがとう……ございます……」

 

 小さくつぶやく浦原。

 涅はそんなやり取りなど一切興味がないようにため息をまたついた。

 

「浦原喜助」

「ハイハイそう何度も名前呼ばないでくださいよ。照れるじゃないっスか。……すみません、涅さん。アタシはまた嘘つきました」

 

 嘘。という言葉に涅は首を傾げる。

 何を嘘ついたというのだ? 

 

「二十年で終わらせますよ」

 

 そう言って浦原は立ち上がり、魂魄保護器に近づき自分の腕の中に抱えなおした。

 その目は先ほどまでの絶望の目ではない。

 笑ってもいない。

 

 ただ自分の心に何かを誓ったようなそんな強い目だった。

 

「それに貴様のその目、相も変わらず不愉快な目だヨ」

 

 そう言って帰る涅を慌てて追いかけるように一人、また一人と背中を追う。

 

「涅隊長ぉ!!!」

 

 誰かが、そう大声を上げた。

 

「ありがとうございます!!!!」

 

 そうして、数名が彼に向かって深く頭を下げる。

 

「……やれやれ、今日はなんの日だネ? 先程からやけに礼を言われるが……私には君達の心情など、興味の欠片もないヨ」

 

 たとえ、どんな状態であっても……姫乃が帰ってくるならば。

 誰かはそれを、傲慢と呼ぶ。

 誰かはそれを、命に対する冒涜だと呼ぶ。

 

 ただ、科学者は……それに後ろ指を指されたからといって立ち止まるほど矮小な存在ではない。

 

 姫乃の未来は、確かに父の手に託された。




お時間ある方は、作者のほんの些細な興味にお答え頂ければと思います。

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