師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
藍染視点 君の笑顔に花束を
如月姫乃。
彼女に初めて会った日の事は、よく覚えている。
浦原喜助が拠点としていた西流魂街。
何かしらの研究の名残がないか探すついでに、管轄を請け負っていた。
「……やはり、穿界門は此処か」
予測通りの調査結果。
彼ならば何か想定外の物を残してやしないかと期待したが、特段気にする程度のものは無い。
隊へと帰ろうとした時、私は一つの奇妙な存在を感じ取った。
「やけに霊力が高い魂魄だな」
経験上分かる。これはやがて、死神の中で"隊長"となり得る事を可能とする存在。"才"に恵まれた存在だと。
私が近くに行った時、魂魄は今にも虚に喰われる寸前。
助けたのは、ただの気分だった。
それが間違いではなかったと、私はすぐに確信することとなる。
白に近い金色の髪色。瞳の色こそ違うが、目の雰囲気はとてもよく似ていた。
驚いたのは、少女が次に紡いだ言葉。
「……死神?」
「驚いたな。よくわかったね」
「あのね、頭の中で答えが出るの! だから分かるの!」
その言葉さえなければ、恐らくその場で気がつく事はなかっただろう。
容姿。霊質。思考能力。
……浦原喜助。実に面白いものを残していった。
あれほどの頭脳を持つ男の遺伝子を受け継いだ子は、どう成長するのか。
何を学ぼうとするのか。
この子は、この世界の在り方をどう考えるのか。
何かしらに遣えると思って、その存在を拾った。
母親の愛を一身に受けながらも、父親の存在を探し続けるバランスの悪い子だったとは思う。
だから、教育を施すついでに彼女が理想とする父親像を演じ続けた。
私の中に、一つの予定が芽生え始めた瞬間だった。
この子が何を選択しようが、何を捨て置こうが興味はない。
私の傍でしか、息ができないようにしてみてはどうか。
その時彼女は……世界とはどう在るべきだと考えるのか。
「早く藍染さんみたいに大きくなりたいなぁ……」
「じゃあ、なっていると実感できるよう記録でも付けてみよう」
「うん!!」
今在る世界の姿は、所詮はその程度の世界でしかない。
犠牲で在れと踏み付け、土台にしただけの存在を、神だと錯覚する愚かな死神。
そんな世界で……この子はよく笑う。
何もかもが予測出来る程度の世界の中で、異物があるのであればこの子。
良かれと思ってやった事に泣き喚き。
どうだっていい事に心底喜ぶ。
「……子育てとは、全くもって思いどおりにはいかないものだな」
「……なに言うてますの? 藍染さん」
「いや。一つ結びの位置程度で、機嫌が変わられると面倒なだけだ」
「……ほんまに、なに言うてますの?」
意外にも、自分にも出来ない事があるのだと知った。
予測的に動き、自分に出来ない事などなかった世界。
その中で、この子はその可能性を私にみせた。
「お団子にしてよう!!」
「……難しいな」
暇を見つけてはやってはみたが、結局この子の納得のいくようには出来なかった。
出来なくてもどうだっていい事に、悩まされていると気がついた。
「嘘つくと、閻魔様に舌切られるの!」
「そうか。じゃあ、嘘はつかないでおこうか」
「約束ー!」
「約束だ」
君はそんな会話をした事など、覚えてすらないだろう。
「うわああああん!」
「そろそろ泣き止みなさい」
「抱っこしてよぉおお!!!」
「……仕方ないな。おいで」
「うん!!」
「……嘘泣きか」
散々に泣きわめいていたというのに、腕の中に潜れば、まるで全てを忘れたかのように笑いながら寝る。
泣き喚いて面倒なのであれば、笑わせていればいい。
何を教えて、何を教えずにいるべきか。
「花街ってなーに?」
「……君が知らなくてもいい事だ」
「教えて! 教えて!!」
「……渡す本は次から考えるべきだな」
失敗という経験は、非常に面白い経験ではあったと思う。
その中で、さらなる経験をしたのは紛れもなくあの日だった。
自分を踏みにじってきた相手を助けようとしたばかりに、怪我を負った。
「傷が……深すぎる」
回道が間に合わない。
そもそも死神の能力の中でも特異的である回道は、今の私の実力のままでは届かない。
……このままでは、この子は死ぬ。
焦りを覚えた。
初めての経験だ。
数日前から、あの周辺に虚が居ることには気がついていた。
ただ、問題はなかったのだ。
たとえ手を抜いても、この子が負ける程度の虚ではなかった。
……護ろうとしたから、怪我をしたのだ。
「……悪いのはきっと、あの子達じゃなくて……きっと私のほうだから」
自分を責めた上に、護れる力があったと安堵しているその姿に、怒りを覚えた。
「……私、死神になるよ」
違う。君のその力は、"護る"為にあるのではない。
護るべき時、君は自身を責める。
護るべき時、君は実力以下の力でしか戦えなくなる。
"護廷"にそぐわぬ、孤独な力だ。
それでもその道を行くというのであれば……私が届かないという姿を見せるべきではない。
「君が孤独じゃないと感じるその日までは、僕は君より強くあり続けると誓おう」
自分の技量不足を理解し、四番隊に駆け込んだあの日のように。
"藍染さん"でも届かないことがある。と……この子が知った時、この子は死ぬ。
自身の力が死神としての矜恃を全うする為にあるのではないと気がついた時、この子は世界ではなく自身を恨む。
自分を責め、チカラを否定し、自分自身の存在意義を失うだろう。
護る為に創られたこの世界の所為で。
この世界の在り方故に、この世界に殺されるのだ。
あの焦りを、二度も再現する必要は無い。
同じ失敗を、二度も繰り返してはならない。
この世界など、この程度で充分だ。
そう思っていた私に、またこの子は可能性をつきつけてきた。
「てっきり五番隊に来るもんだと思っていたが……」
私が可能性を見つけると同じく。
この子も、新たな可能性を見つける。
自分の力を孤独だと理解しながら、それを補完する可能性を探し求める。
「……浮竹が取るのか。あの子にとっては皮肉でしかないな」
「着いてきてくれへんと、蛆虫の巣に行くて書いてはりますよ」
「……其方の方がよほどマシだろうに」
……その可能性は、ただのまやかしにすぎないというのに。
君の本質と虚像は繋がりえない。そういう運命の元に産まれてきたのだから。
「大鬼道長になったら十三番隊を抜けなくちゃいけなくて……」
その虚像的安寧に身を埋め始めた時、私は想定より早くに彼女に真実を明かすべく、誘導をかけた。
偶発的に起きた事象は、誘導のために利用するに容易かった。
……その堕ちるべきでは無い世界へ堕ちて、戻って来られなくなる前に。
「実感してきたはずだ。仲間と呼んでいた存在を信用していなかったこと。信用に値しない存在であったこと。自分の知恵も力も、護る為の力ではなかったことを」
私の最高傑作だ。
この世界にまやかされた死神達に、彼女を壊されるなど許されない。
……この子をこの世界で在るが故に殺されるなど。そんなことは許されない。
この子を、この世界に殺させない。
「行かないっ……藍染さんとは……行かない!」
君が何を選択するかは自由だ。そこに興味はない。
私が高くに在り続ける限り、君は私の傍でしか息が出来ないのだから。
……私が高く在り続ける限り、君は生きていけるのだから。
「ボク、蛇やから人を呑み込むんは得意ですけど……他の人の腹に既に呑まれたもんは、流石に奪われへんなあ」
「そうなったらどうするんだい?」
「せやなぁ……。ほんまにそのちっこい体で消化できるんか観察しとくだけですわ。吐き出すんやったら、頂くだけやし」
ギンが私に言った何気ない一言。いや、彼が理解していて言った一言は、私を気が付かせる。
呑まれているのは、私の方だと。
……………………
………………
…………
……
……
「
私が高く在り続ける限り、この子はどれだけ絶望を重ねても生き続ける。それが君にとっての希望となりえるからだ。
そうではないという可能性を……この子はまた叩きつけてきた。
「……魂魄切削の卍解を……!!」
この子は……護る事を捨てた。
自分の命すらをも。
同じ焦りは覚える必要が無い。
同じ失敗を繰り返す必要は無い。
……自分が死んでもなおそれでもいいと。そうしてまでも、手放したくないのか。
時が一気に引き戻されるような感覚を覚えた。
わたしの目に映るこの幼い子は……私が見ている虚像か否か。
考えるより先に、手を伸ばした。
よく知った泣き顔。
……また泣いているのか。今度は何が不満なんだい。何が辛いんだい。
『抱っこしてようう!!』
……仕方ないな。おいで。今度は嘘泣きか、本当に悲しいのか。どっちだって構わない。そこに興味はない。
ただ腕に収めれば、君は笑うのだろう。
現実に引き戻された時には、既に私は地に膝をついていた。
「……もう、貴方は死神ではない。死神であるということを、造り変えた。ただの、人間……いや、人間もどきだよ」
……そうか。
崩玉の力は、紅姫の力か。
なるほど、私の造ったものでは一向に進化しないわけだ。
彼女は、その身の丈に合わない刀を握りしめ、いつの日にか死んだ上官の斬魄刀の名を口にする。
君には鏡花水月を見せた。
それは、君が"一人"ではないからだ。
私の真の力を知るものは、少なからず存在する。私の斬魄刀の能力を疑い、やがては父親やその周辺の死神と接触するだろう。
遅かれ早かれ、この鏡花水月の力に関して嘘をついていると。君自身が確信し、キミが求める仲間という存在と群れをなす。
ただ、そこに"個"としての相関性はない。
多くの存在と共に、鏡花水月に抗おうが抗わなかろうが。
それがまやかしであり、"独り"だという事に気がつける糧となるならそれでいい。
私はその程度で敗北などしない。
繋がりを求め続け、弱く在る事を望む君に敗北する未来などない。
『アンタ、如月さんを斬る覚悟がねぇんだろ』
……黒崎一護。それは違う。
その時ではないからだ。この世界の在り方のまま彼女が死ぬのは、私に対する侮辱だ。
私の力は、彼女を殺す為にあるのではないからだ。
君が死すべき時は、君のような存在が正義だと認められた世界でのみだ。
……だが、それを覆してこの子は私を超えてきた。
私が居なくなったら、誰が君の涙を止める。
誰が君を笑わせる。
……君は、独りだというのに。
「……君はまだ泣き虫かい」
せめて、泣かなければ煩わしくはない。
「うん。だけど、もう悲しくないよ。……私、もう"独り"じゃないよ」
「……そうか」
いや、違う。
煩わしくない。そうじゃない。
君はもう、私の気が付かぬ間に"独り"ではなくなったのだ。
私がほんの些細に目を離していた隙に、君は"孤独"を埋めるのではなく、繋げる手段を得たのだ。
では、私の役目はここまでだ。
私が在るべきだと考える世界と、君が在りたいと願った世界の戦いは、これで終焉。
君は、君が望んだままに在りたい世界を歩く。
そうしてその世界の中で……
"笑いなさい、姫乃"
その言葉は、声にはならなかった。
呑まていたのだ、私は既に。
笑わせれば良いという思考が、笑っていて欲しいと願うほどに。
崩玉の力を持つ者らしく、彼女は笑う。
私の願いを叶える。
在り方そのものが間違えてるこの世界の中で……たった一つこの世界で良かったと思えることがあるとするならば。
『誕生日おめでとう、姫乃。また背が高くなったね』
『えへへ! 直ぐに大人になるもん!』
『ゆっくりでいいさ。どうせ僕らは悠久の時を歩むのだから』
『ゆっくりしてたら、藍染さんおじいちゃんになっちゃう』
『そうかもしれないね。ただでさえ、そろそろ抱っこがしんどいんだ』
『ええー!! やだやだ!!』
……それは、君の誕生日を知っていた事だろうか。
きっとそれは、幸せだったのではなかろうか。
いまとなってはわからない。
私がこの世界に良いことがあったと思える。
そう繋いでくれたのは……君のおかげだと。
ただ、それだけはそう思う。
既に消えた意識の中で、誰かの声が聞こえた気がした。
『独りなの?』
ああ。だが、それを辛いと思ったことは無い。
所詮はまやかしでしかないのだから。
『じゃあ、一緒に行こう! 独りじゃないよって思える日まで、私達が一緒にいてあげる!』
君はそれを理解していて、まだそこに繋がりを求めるか。
いや、誰かが繋げたのだろう。
その繋がりに私は敗北した。
その繋がった世界は、どんな世界だったかのか。
興味深いとは思う。
『貴方の心、私に預けてみない?』
好きにするといい。では私は、そのようやく繋げた繋がりが、砕けぬように今度はしてやればいい。
そうすれば……君はこの世界で笑い続けるのだろう。
これにて本編完結。
もしかしたら、藍染に関して納得のいかない部分もあるかと思います。
もちろん、皆様それぞれの解釈を大切にしていただければと思います。