師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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其ノ壱 腕の中にある輝き

 

 

 時は流れる。

 前を見れば木の葉の落ちるかのようにゆっくりに。

 後ろを振り返れば、水流のようにあっという間に。

 

 それぞれが、それぞれの未来へ向かって"今日"という日を歩いて行く。

 

「何故、如月姫乃に手を貸した」

「やから、ボクはそんなことしてませんゆーてますやないの」

「……語らぬと?」

「話すことがあらへんことを、話せ言われても無理ですわ」

「……判決を言い渡す。市丸ギン。貴様の行いは未来永劫許すことは出来ぬ。……しかし、情状酌量の余地あり。よって、隊長羽織の永久剥奪及び地下監獄最下層第八監獄―無間にて百年の投獄刑に処す!!」

「ひゃあ、殺さへんの。そこに入れたら、殺されへんって意味やで」

「口を慎め!! ……如月姫乃の残した記録と、山本元柳斎重國の温情に感謝せよ」

 

 四十六室の面々は、ダンっと拳を机へと叩きつける。そして、ある一人が手元の資料へと目を落とした。

 

『総隊長。どうか、市丸ギンに温情を。彼が背後から手助けしてくれなければ、もっと多くの犠牲がありました。どうか……彼の心を救ってはくださりませんか……。全ての記録は、鬼道衆地下に……』

 

 夢などという立証の立たない内容を温情として扱う訳にはいかない。そういう姿勢を崩さなかった四十六室へと提出されたのは、記録。

 如月姫乃の頭の中にしかない彼の記憶ではない。

 出会った当時から、市丸ギンと折り重ねてきた大量の過去。

 その一つ一つに、藍染とは同盟的ではないという裏付けに繋がる記録簿。

 

「……浦原喜助の娘めっ……小癪な事を……!」

 

 まるで唾を吐くかのように、誰かがそう言葉を吐き捨てた。

 

 覆せない。

 

 市丸の減刑を求める記録ではない。

 彼を"殺せない"理論を突き立てて来たのだ。

 

 この尸魂界中の賢者の叡智を持ってしても、齢百もいかない子供の理論を覆すに、誰も至らなかった。

 

 まるで、「誰が書いた記録簿だと思ってんの。子供の落書きとでも思った?」と言いたげな声がこの場に響くかのよう。

 

「連れて行けぃ!!」

 

 市丸が拘束され、四十六室から監獄へ移送される。

 外に出た時、それを見送るのを待っていたかのように一人の女性が少し離れた所に立っていた。

 

「……乱菊」

 

 松本は、壁に体をよりかけながら市丸をジッと見つめる。

 

「……無間に居れば、もう勝手に何処かへ行ったりしないわね」

「御免な」

「……ずっと、ずっとアンタを待ってたのよ。……あと百年くらい、どうってことないわよ」

「えらいええ女になったやないの」

 

 市丸の冷やかしのような言葉には松本は返さず、少し間を開けて別の質問を投げる。

 

「……アンタが藍染に直接手を下したかったんじゃないの」

 

 市丸は、何も答えずに誘導に従って歩き続ける。

 松本との距離が遠く離れ始めた時、市丸はふと足を止めた。

 

「……別になんもボクはしてへんよ。ただ……」

 

 どこか遠くを見るように、市丸は空を見上げる。

 

「皆で花見は、案外悪くあらへんなって思っただけや。……あの子とおると、乱菊が泣かんで済むやろ」

「……偽善的ね」

「はて。ボクもいつの間にか、あの子ん"毒"が回ってたんやないの」

 

 冗談めかして市丸はクスクスと笑う。

 そして、市丸と松本は反対に歩くようにして別れて行った。

 

 また隣を歩ける未来を思い描きながら、"今日"を歩いていく。

 

 

 

 そうしてまた、時が刻まれ続ける。

 

 

 疲労という言葉を感じさせぬままに、次から次へと巻き起こる戦いに、死神達は身を沈めていく。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 …

 

 

 __雨乾堂

 

 パチン……パチンと静かに音を鳴らすのは、それぞれが打つ囲碁の駒の音。

 

 向かい合い、次の一手を頭の端に考えながらも二人は会話を酌み交わす。

 

「……あれから、十五年かい。早いもんだねぇ」

「はは。歳をとるってのは敵わないものだな。若い子達が羨ましいよ」

「……結局、姫乃ちゃんは……初めからこの日にはいない予定だったんじゃないかと、今でも思ってしまうよ」

「……そうだな」

 

 藍染の死後。

 虚圏に残された破面の統率、滅却師の襲撃。

 その全ては、緻密に計算された姫乃の対策方法によって"事なきを得た"といっても過言ではないほどの結末だった。

 

「ちゃっかり、記録だけじゃなくて対策も残してたんだから」

「アイツの地下研究所を見た時の涅は、思ったより真剣に論文を読んでたじゃないか」

「そりゃあ、好き嫌いの感情と科学者としての研鑽は別物なんじゃないかい? まあ、ボクには分かんないけどね」

 

 藍染の死後から二年も経たぬうちに始まった、今では"霊王護神大戦"と呼ばれる戦い。

 

 その戦いに最も有効的だったのは、昔姫乃自身が作り上げた『擬似結界装置』。

 霊子の隷属を可能とする滅却師に対して、遮魂膜は意味を成さない。

 その代わりに、瀞霊廷中を余すことなく包み込んで彼らの進行を食い止めたのは、姫乃が作り上げた装置。

 

 仲間には手を出させない。

 その強い意志は、その願い通りの形となった。

 

 死神側は、滅却師を迎え撃つ選択ではなく、討ちに行く選択を取った。

 それを可能にしたのは、姫乃の未来の記憶。そこから練り上げられた二人の科学者による戦術が大きく貢献した訳だが……。

 

「装置に組み込む結界術の構成は、伊勢が考えたんだろう?」

「そ、七緒ちゃんが絶対自分がやるって譲らなかったんだ。まあ、出来るって姫乃ちゃんも信じてたんじゃないのかい。だから、結界術の術式部分だけ空白だったのさ」

 

 それは、まるで、「私はいないけど、あとは任せましたよ」と言っているかのような内容。

 はじめから……仕上げは誰かに託す予定だと言わんばかしの、未完成。

 

「そういや、体調はどうだい?」

「ああ、すこぶるいいさ。ただまあ……慣れないなぁ、布団に伏せなくていい毎日ってのは」

「そりゃあ良かった。あと三百年はしっかりしておくれよ」

「まさか。そう遠くないうちに朽木に譲るつもりだ。余生を楽しむさ」

 

 姫乃が残した研究結果は、戦いに関するものだけではない。

 浮竹の病を治す為の術。ミミハギ様の摘出方法と、井上織姫の能力による完治。

 その研究は、浦原喜助へと引き継がれ、彼女の願いを叶える結果となった。

 

「任意場所への転送技術。穿界門を使ってた時が懐かしいなんて思う日が来るなんてね」

「普及は慎重にやらねばな」

 

 彼女が残した記録を元に新しく造られた技術は多い。

 完成半ばで終わった研究も、その殆どは時の流れと共に実行を可能とした。

 

「さ、話はそろそろ終わりだ。仕事に戻れ、京楽」

「そうするとするかねぇ」

 

 立ち上がりかけた京楽は、浮竹の書斎の上に置いてある書類に目を止める。

 

「あれ? 君んとこが最後だろう?」

 

 隊長間で回していた書類に、まだ一つだけ印が押されていない。

 

「ああ、狛村は今週休みだからな」

「……ああ、東仙君の所かい」

「場所は何処だったかな……。東流魂街だったんじゃないか?」

「そういや、今日はルキアちゃんもいないね」

「朽木は確か……皆で海に行くと言ってたな」

「流魂街に海ねぇ……。ピチピチの女の子でも見に行くとするかい」

「京楽」

「んじゃあ、また来るよ」

 

 ヒラリと会話を躱すようにして、京楽は場を立ち去った。

 残された浮竹。その彼の元に、一通の内線が鳴り響く。

 

「どうした?」

 

 通話口から聞こえる話に、浮竹は笑みを零しながら答える。

 

「……そうか。そうか……」

 

 まるで、何かを噛み締めるかのように。

 

『それで……日時は何時でも大丈夫なんスけど……』

「八月七日だ」

『……ハイ、そうしたいとアタシ達も思ってました』

 

 

 その電話が終わると共に、また時は加速的に進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 __技術開発局 局長室

 

 

「……入室を許可した覚えはないヨ」

 

 不貞腐れた顔で涅は入ってきた者にそう言った。

 

「いや、アタシは許可なんていらないっスよ……アタシの部屋でもありますもん」

 

 その言葉に顔をしかめた涅。

 

「ついに狂ったのかネ!? 君の部屋は、隣だヨ! 浦原喜助顧問殿!」

 

 そう言われた浦原は、ヘラヘラと笑う。

 

「すみません、言い間違えました。アタシは入室の権利があるっス」

 

 技術開発局顧問―浦原喜助。

 一か月に及ぶ涅と浦原による隊長羽織をめぐっての大喧嘩。

 その大喧嘩に、ついに堪忍袋の緒が切れた総隊長が出した解決案だった。

 

 希望の羽織は死守したものの、結局自分の上官となってしまったこの男に涅は心底嫌気がさしていた。

 しかし彼の言い分は残念ながら正しいため、涅はまた不機嫌そうにパソコンを弄り続ける。

 

 

「……何の用だネ、顧問殿」

「いやあ、どこ行っちゃったのかさっぱりで」

「それがどうしたというのだネ。しかしいい報告だヨ。君の探し物がここにはないことが明確にわかっただろう。御目出度う。解決したじゃあないか」

 

 浦原の軽い口調をものともせず、涅は淡々と返していく。

 しかし、浦原も引き下がろうとはしなかった。

 

「涅さんが知らない訳ないと思いまして」

「涅隊長と呼び給え」

 

 返事は返すものの、一向に手を止めようとも見向きをしようともしない涅に、浦原はため息をついた。

 

「そうっスか……涅隊長は技術開発局内の生命体位置情報も把握できない人だったとは……。ちょっと買いかぶりました。すみません」

 

 その言葉に、涅の手が止まる。

 顔は今にもはち切れそうな程血管が浮き出て、誰がどう見ても怒りが爆発する寸前だ。

 

「いやあ、そっかそっか……局長の評価見直しと予算案の変更が必要っスね……」

 

 ダン!! と音が鳴り響き、衝撃で複数の試験管が倒れ、自慢のキーボードは一部が破損。

 それにも構わず、涅は拳を握り締め、うつむきながら全身を怒りで震わせる。

 

「……経費じゃ落としませんよ、ソレ」

「……ていき給え」

 

 ん? っと浦原は首を傾げた。

 そんな浦原に、目を限界まで見開き歪んだ表情のまま怒鳴りつける涅。

 周囲に飛散する彼の唾に、浦原は一歩後ろへと下がる。

 

「今すぐここから出ていき給え!! そして、地下八階のエデンにいる君のペットを早く回収し給え! 私の研究体が死ぬ前に、すぐにだヨ!!」

「さっすがぁ。ありがとうございます♡」

「君が呼べば来るように躾けていないのが悪いんじゃあないのかネ!?」

「涅さんとこのネムちゃん"達"と違って、自由奔放、天真爛漫がうちの教育方針なんスよ」

「……君みたいなのがもう一匹いると思うと、虫唾が走るヨ」

 

 浦原は満足げに局長室の扉に手をかける。

 涅もやっと自分のイライラの原因が去ると思ってホッと息を吐いて椅子に深く腰掛けた。

 

「あ」

 

 何とも間抜けな声を出した浦原に、思わず涅は目線を送ってしまった。

 後悔してももう遅い。

 

「涅さん……研究体が死ぬ心配はしても、うちの子が死ぬ心配はしないんスね!」

「貴様っ!!」

 

 ブン!! と涅が怒りのまま投げた試験管を華麗に躱すと、浦原は扇子を口元にあて、してやったり顔で局長室を後にする。

 

 

 __技術開発局地下八階 特別管理室―通称 エデン

 

 虚圏から持ち帰った極小サイズの虚の幼体を自由に飼育しているところだ。

 檻はなく、砂漠の上で文字通り自由気ままに虚が動き回っている。

 

 どのような食物連鎖で幼体から成体へ変貌するのか。そのパターンを調べるための部屋。

 しかしどれだけ小さかろうと虚は虚。

 油断すれば命を刈り取られる。

 

「まってぇええ!!」

『キュイイイイ!!!』

 

 そこで無邪気に遊ぶ少女。

 毎日のように現れるこの怪獣に虚は殺されぬよう必死だった。

 虚は少女に捕まるまいと必死に逃げるが、少女はそれが面白いようで追いかけて遊ぶ。

 

「とったあ!!」

『ギュウウウウ!!!』

 

 少女が一匹の虚を捕まえて満足気に眺めていると、怒った虚が少女の指先をひっかいた。

 

 突然の出来事に、少女の目に涙が浮かぶ。

 

(……ああ、不味い)

 

 そう虚が理解した時には遅い。

 

「う……うあああああん!!!!」

『ピッ……』

 

 少女の泣き声に乗せた霊圧だけで、小さな虚は藻屑となった。

 

「あーあ、また涅さんに怒られるっスよー」

 

 その惨状の一部を目撃した浦原は、困り顔でため息をついた。

 そして、メソメソ泣く少女によってこれ以上虚が死ぬ前に近づく。

 

「そろそろ夜ご飯っス。柚が呼んでます」

 

 ポンと頭に手をのせれば、少女は驚いた顔で振り返る。

 

「おとーしゃん!」

 

 浦原の顔をみた少女の涙はすぐに止まり、笑顔が溢れた。

 

「さ、行きましょう」

「だっこ!!!」

 

 立ち上がった少女は、浦原の足にしがみついて抱っこをせがむ。

 

「ハイ、いくらでも」

 

 浦原も顔を綻ばせて、少女を抱き上げた。

 少女は自慢げに何匹の虚を捕まえたのか拙い口調で一生懸命説明する。

 その話を、浦原もただ黙って笑顔で聞き続ける。

 

「虚遊びが一番好きっスか」

 

 その言葉に、少女はすこし考える素振りを見せた。

 この子にもっと好きな遊びがあったのかと浦原も思考を巡らせたが、残念ながら後は自分の霊圧を操って楽しんでいるかくらいしか思い浮かばない。

 

 少女は思い出したかのように、また満面の笑みを浮かべた。

 

「しんじ!」

 

 その答えに、浦原の笑顔が固まる。

 

「し、しんじとはどこの……もしかしてあの口悪男っスかァ!?」

「せやでぇー」

 

 どこで覚えて来たのか、少女は普段絶対に使わない関西弁で言葉を紡ぐ。

 

「れ、恋愛は自由っス……けど、年齢が……いや、それより……どうして平子さん……。いや、その前にこの子の好きという認識力のパターン解析が先か……」

 

 ブツブツと一人つぶやく浦原。

 そんな父親の様子がおかしくてたまらないと言いたげに、少女はケラケラと笑い声をあげた

 

「うそ、っしゅ!!」

 

 今度は自分の口調なのだろう。ああ、覚えさせる言葉はもっと慎重にならねばと、浦原は頭を掻いて困った顔で少女の顔を覗き込む。

 

 腕の中で丸まってクスクス笑っていた少女は、浦原と目が合って、またニコリと笑った。

 

「おとーしゃんと、おかーしゃんが、いちばんだいしゅき!!」

 

 その答えに、思わず浦原は目を見開き、少女を強く抱きしめた。

 

「くるしい!」

 

 バタバタともがく少女。

 自分とそっくりな顔と髪色。

 しかし、瞳の色だけは違う。

 強かろうと弱かろうと自分が必ず護ると決め、保有霊力の設定などしていなかった。

 

 しかし、三歳にして十分すぎるほどの死神としての才を得てしまったこの少女。

 

 

 堪らなく自慢の"娘"だ。

 

「僕もっスよ、姫乃」

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