師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
カコン……と
「……これは、君が産まれるより前の話。十六年前の『魂魄消失事件』を知っているかい?」
その言葉に、私はどっちを答えていいのか迷った。
私自身、今まで勉学を深めた中でその事件を知らない。しかし夢の記憶の中では、その事件について知識がある。
夢が現実と同一性を持つとは限らない。
「……聞いたことくらいはあります」
あまりに長い間を空けるのは変だと思ったので、私は一番無難であろう答えを返す。
浮竹隊長は特段変な様子は見せなかったので、知っているか知らないかは大きく関係がないのかもしれない。
「その事件の詳細は……今は一度置いておいておこう。結論からいえば、その事件の結果、八人の隊長格が犠牲となり、三人の人物が罪人として罪を背負うことになったんだ」
「罪人……。その人達は今も隊牢に?」
「……その、そうだな……いや……」
話し始めた時から、浮竹隊長は話の歯切れが悪い。
まるで、私に話す為の建前や言い回しを考えながら手探りで話しているような感覚だ。
元来、こういう手の話は得意な方では無いのだろう。
私からなにか切り出した方がいいのか迷っていると、突然背中側にあった雨乾堂の御簾が開いた。
あまりに突然の出来事で、私の心臓が跳ねる。
……私が……接近に気がつけなかった?
気配も霊圧も何もかもを消して、この背後の人物は突然現れたのだ。
「よしときなよ、浮竹ぇ。君はそんな重い話得意じゃあないでしょ」
その声に、聞き覚えがあるような……ないような。振り返って一番最初に目に入ったのは、花柄をあしらった桃色の女物の羽織。
続いて顔を上げれば、私の角度からは逆光だった。
「すまんな、京楽。来ないんじゃなかったのか?」
「……本来ならね。ただ、浮竹だけ美少女を拝むなんてズルいじゃないか」
「お前は……相変わらずだな」
彼は私を追い越す様にして、部屋の中に入ってくる。
海燕さんも特に驚いた様子は見せずに、黙ったまま浮竹隊長の隣に座布団を追加で置いた。
腰を下ろしたことで、ようやく長身故に把握出来なかった素顔が見える。大きな笠を被った顎髭が特徴的な人。……八番隊隊長、京楽春水だ。
本来なら来なかった? では、行くという意思に変わったきっかけが何かがあったのだろうか?
京楽隊長側の事情は気にかける必要などないが……とにかく一番重要なのは、またこの場に人が増えたという事実である。
京楽隊長は私を見ると、ニコリと笑った。
「キチンと顔合わせるのは初めてかな。ボクのこと、覚えてるかい?」
「えっと……京楽隊長……。ご、五年前に一度……」
「あんなに小さかったのによく覚えてるねぇ。君は物覚えがいい子だ」
「あの時は……大変な失礼申し訳ありませんでした……」
緊張のせいで消えそうな声だが、そう伝えると京楽隊長はクスっと笑う。
「女の子の為ならいくらだって禁煙するさ。ほら、今日はどう?」
そう言って羽織をパタパタと振る京楽隊長。その風に乗って、柑橘系の匂いが鼻腔をついた。
「み、蜜柑!」
「大当たり」
そのやり取りで、少しだけ緊張が溶ける。
「それじゃあ……ほら!」
次に、京楽隊長がパンって手を叩いた。それと同時に、匂いが変わる。
「えっ……
「おや、珍しい果物の名前をよく知ってるね」
「な、なんで? どうやったんですか?」
匂いが変化した理由を聞こうと体を前倒しにして、食い気味に質問すると、京楽隊長は嬉しそうにまた微笑む。
その顔を見て、はしゃぎ過ぎたと恥ずかしくなって顔を伏せた。
「君が何でも知りたがりって言うのは、本当の話だったみたいだね」
「あ、藍染さんに聞いたんですか?」
「そ。彼、君のなんでなんで攻撃に疲労困憊だって隊首会の帰り道でよく言っていたよ」
「ご、ごめんなさい……好きなことや気になる事は……つい……」
「うん、君のお父さんもそうだったよ」
本来は父の話だったはずが、いつの間にか京楽隊長の会話に引き込まれていて一瞬忘れてしまっていた。
そうだ、父の話だったんだ。
……こう切り出すために誘導された?
私が瞬きすると、京楽隊長は自分の笠を少し触った。
「……いやはや、参ったね。バレちゃったみたいだ」
京楽隊長は、私の僅かな表情の変化で、私が内心で思ったことを汲み取る。
「君のお父さんはね、いつもニコニコしていて、部下を大事にしていて、自分の好きな事に一生懸命で、そんでいっつも山じぃに怒られてたよ」
「はは、懐かしいなぁ。元柳斎先生の『馬鹿者!!』という怒鳴り声、もう随分聞いてないなぁ」
「いや……俺はあの人が悪いと思いますけどね……やることなすこと突拍子もないんですよ」
京楽隊長の思い出話に、思わず浮竹隊長も介入して笑う。二人とは反対の意見を出す海燕さんも、嫌悪というより呆れているような話し方だ。
「ほら、覚えてるかい? 山じぃから逃げるために開発した煙玉」
「ああ、あれか。結局、元柳斎先生はすぐ見つけ出したんだったな」
「なんでなんスかぁー。って喚いてたのが懐かしいですね。総隊長から逃げられるわけないってのに」
三人は、私の知らない思い出話に浸る。
黙って聞いていると、京楽隊長は私に視線を向けた。
「瀞霊廷の異端児。一息じゃ出来ないような難しいことも、とりあえずやっちゃいましょ。って当たり前のような顔で言ってくる人だよ」
「……はい」
「……十六年前、隊長格八名への禁忌事象研究及び行使・
「せ、せい……?」
話の切り出した方から、何となくは察していた。
しかし、その罪名は私が理解するには余りにも難しい単語だった。
「仲間を欺いて、禁止されている実験を行使。その結果、復隊不可能な大怪我を負わせたんだ」
「名前は……」
「……元十二番隊隊長及び技術開発局初代局長──浦原喜助」
私は、その名前を聞いた瞬間背中に鳥肌が立った。
重罪人が私の父だというショックじゃない。
私の記憶と……現実で起きている事象が、無視できない程に酷似していることに悪寒を覚えたのだ。
ただの予知夢だとか……そういう段階を超えてしまっている。
表面で受け止めなければならないことと、裏面で思考しなければならないこと。
二つの事象に頭が追いつかず、息が詰まって喉がヒュッと鳴った。
「おい、息しろ、大丈夫だ!」
慌てて海燕さんが駆け寄ってきて、私の背中を撫でてくれる。
「……ボクたちが君の報告を受けたのは、君に会う前年のことだよ」
「おい、京楽。もう今日は……」
「ここで止める方が可哀想だよ」
「しかし……」
「……続けてください」
ずっと知りたかったことだ。私の裏の事情は置いておいて、現実で起きている事を理解するべきだ。
バクバクと鳴る心臓を抑えて、私は京楽隊長の声に耳を傾けた。
情けないことに、伏せている頭を上げて京楽隊長の顔を見る勇気がない。
「姫乃ちゃんも知っての通り、君を見つけたのは藍染君だ。偶然だった」
「……はい」
「君の霊圧、容姿。この二つにおいて、初めは似ているなとしか思わなかったそうだが、君の成長を見て……もしかして娘なんじゃないかという考えに切り替わったらしい。そう思った詳しい時期までは聞いてないよ」
「……そう結論が付けられたのはいつですか?」
「前置きをつけるならば、藍染君に悪気や悪意があったわけじゃない。これは、山じぃ……総隊長からの命令だよ。君の頭髪から遺伝子分析をかけて、親子鑑定をしたんだ。そこで99.9%親子であると結論がつけられた」
私の知らない間にそんなことが起きていたなんて。あの人は、そんなことをしたという片鱗すら見せなかった。
私を思ってそうしてくれたのか……いや、きっと、部屋から出ていく時に言った言葉が全てなのだろう。
私が何故瀞霊廷内で好奇の目と嫌悪を示されているのかようやく全てが繋がった。
京楽隊長の説明にも違和感はない。真実だろう。
私が黙っていると、京楽隊長は言葉を続けた。
「本来は一級機密事項にしておくはずだったんだ。情報の管理をしていた技術開発局のデータベースにハッキングが入って、多くの情報と共に君の情報も外部に出てしまった。申し訳ないと思っているよ」
「……遅かれ早かれ出ていた話だと思うので……大丈夫です」
ある日突然流れてきた映像。紙に書かれているものだとはわかるが、風刺画や絵画とも違う……この世界にはないものだった。それは夢として時折何度も見た。
一つの物語として並べるにはあまりにもバラバラで、情報が多すぎている。私自身も、あまりの多さに全てを覚え切れてはいない。
もし夢が現実と相関性があるのであれば……藍染さんは。
「姫乃ちゃん?」
京楽隊長に声をかけられて、私はハッと顔を上げた。
「これが、君の出生に関して僕らが知っていることの全てだよ。浦原喜助は、刑の執行直前に現世へ逃亡した。ボク達も足取りが掴めていない。その代わり、彼の技術力を考慮して現世から尸魂界に侵入するあらゆる手段を封じている状態だ」
「父が尸魂界に来ることは決してないと?」
私の質問に、京楽隊長はコクリと頷く。
「生きているかは……」
「分からない。けれど、彼が早々に死ぬような人じゃないってことは皆内心思っているさ」
浦原喜助。現実では知らない者はいないほどの大罪人。けれど……夢の中では黒幕が藍染さんだった。
過去には帰れない。夢と現実が相関していると決定打を掴む術はどこにあるだろう。
藍染さんに聞く? いや、そんなことをしてもし違ったとき、私はこの事象として説明がつかないことを説明しなくてはならなくなる。
説明のできないことは口にしない方がいい。当たり前の判断だ。
父が罪人だということは、薄々感じてはいた。だから、それ自体に大きな苦しさはない。
ただ……藍染さんがそうであってほしくない。願わくば、夢であってほしい。
真か偽か。それを探す術がない。
「如月」
浮竹隊長に声をかけられて、顔を上げる。
「如月が生まれてきたということは、何も罪じゃない。何も悪くない。過去の事実と、これからどう在るべきかは何一つ関係がない。どう在ってもいいんだよ」
「お前はお前だろ? そりゃあ似てるけどよ、比べるもんでも押し付けるもんでもなんでもねぇよ。俺たちは何一つ気にしない。父親は父親。如月は如月。だから安心して十三番隊で過ごせ!」
言われていることの意味は分かっている。偽善的だとは思わない。
なぜなら、この二人は偽善で終わらせようなんてしていないと空気で伝わってくるから。
……だから、私が悪いんだ。この人たちの言葉を信じられない、私が。
「一つ……お願いがあります」
「なんだい?」
「その……席次の話なのですが……断ることは可能でしょうか」
「受ける側にも、着任拒否の権利はあるが……どうしてだい?」
「気にしなくていいというお言葉は有難いです。これは……私の我儘です」
他人から自分がどう見られているかということが心に刺さらないほど、私は感情のない人物ではない。
死神としてこの力を振るうためには、より高みに早くいた方がいい。わかっている。
ただ、個人としては誰にも触れられず、日陰の中でそっと生きていたい。
余りにも矛盾した感情だって、分かってる。
早く大人になりたい。大人であれば、もっとこの現実にうまく立ち回る術が思いつくだろうか。
──普通の人でありたい。そして死神として役に立ちたい。
こう願うことは、私にとってはあまりにも苦しい願いだった。
叶えようとする時に言動に大きな矛盾が生じる。理由は明確で、現実と理想に、自分の心の弱さが追い付かない。
藍染さんだったらどう振る舞えというだろうか。
……答えは分かっている。私の好きにしなさいというだろう。
藍染さんが私の行動に関して誘導したのは、今までで一度だけ。真央霊術院の卒業試験から逃げた時だけだった。
好きにしなさいという言葉は、一見自由に見えて……どの道を辿ろうと、私が降り立つ結末は同じだと言われているようだ。
どれだけもがいても、私は『特別』なのだと。
「わかったよ。俺も賛成だ。なにせ、如月はまだ十五だろう? 責任を押し付けるには少しばかり早いと思っていたんだ」
浮竹隊長は、案外粘ることなくすんなりと受け入れてくれた。
「しばらくは海燕が面倒を見てくれるかい?」
「大丈夫ですよ。つーわけで、俺がお前の教育係だ! よろしくな!」
差し出された海燕さんの手をおずおずと握った。ごつごつとしていて大きな手だ。
「よろしく……お願いします」
「おら、にこーっと笑って言えって!」
「よ、よろしくお願いします!」
またぎこちない作り笑顔だけど、それでも今はいいみたいだ。
「可愛いねぇ。浮竹に虐められたらボクんところに何時でもおいで」
「そういえば、伊勢と変わらないくらいじゃないか?」
「うーん、七緒ちゃんの方が少し年上だね。今度紹介するよ」
「伊勢……七緒さん?」
「そ。君と一緒で鬼道が好きな子だよ。きっと仲良くなれるさ」
こうして、私の護廷十三隊としての生活が決まった。海燕さんの補助として、まずは仕事に慣れていく事からの始まりだ。
こうなったことを藍染さんに報告したが、悪くない判断だと思うよ。とやっぱり私の決断に否定的な意見は出してこなかった。