師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
何度失ったって 取り返してみせるよ
雨上がり 虹がかかった空みたいな君の笑みを
例えばその代償に 誰かの表情を曇らせてしまったっていい
悪者は僕だけでいい
瀞霊廷に桜が舞い散る季節。
各隊、新隊員の入隊や新規配属等でバタバタと忙しい日々が続いていたある日のこと。
「浦原顧問! お客さん来てますよー!」
技術開発局内を小走りで駆けるのは、同局隊士の久南ニコ。
しかし、いつも居るはずの研究部屋を覗いても彼の姿はなかった。
「あっれー? どこ行っちゃったのかなぁ……」
不思議そうに首を傾げるニコ。
立ち尽くすその背後から、突然声がかかる。
「どうしたんスか?」
「ひやああああ!!」
探していた人物が突然後ろから現れたことに悲鳴をあげたが、当の本人はニコニコと笑ったまま。
そして、浦原の片腕には姫乃の姿。ついでにいえば、二人とも桜の花びらまみれだ。
「どうしても桜見るって騒いじゃって。探させてすみません」
「いえいえ! あの、お客様が……」
「アタシに客? 物珍しいこともあるもんだ」
心当たりの無いことに首を傾げつつも、ニコの案内に沿って応接室へと移動する浦原。
「姫乃はネムちゃんの所で待っててください」
「いーやあああ!!」
「ハイハイ……。じゃあ、一緒に。でも、静かにっスよ?」
「いーやー!」
絶賛イヤイヤ期真っ只中の姫乃。
そんな愛娘に、怒るわけでもなく浦原はニコリと微笑む。
結局人前に出せば、緊張で固まる事を知っているからだ。
それに、先程沢山遊んだ。放って置いてもそのうち寝ているだろう。
そう考えて、応接室の扉を開く。
「……直接会うのは……初めて、ですね」
「貴方は……」
扉の先にいた人物に、浦原は目を丸くした。
敬語に慣れていないのか、少したどたどしい語尾。
彼が自分に用があるなんて事、あったかな。そんな事を考えながら、浦原は向かいあわせでソファーに腰を下ろした。
「銀城空吾さん……っスね」
藍染との戦い以降、拠点を尸魂界へと移した浦原は、黒崎一護と彼らが巻き起こした事件の全てを知る訳では無い。
彼らの憎しみや苦しみを受けてたった一護は、結果的に死神としての実力を伸ばすことには繋がったのは確か。
『……銀城が俺らにしようとした事は許せねぇよ。……けど、アイツは、あえて憎まれ役を買ってでたんじゃねぇかって。今になってそう思う』
全ての物事が終わった時、一護は浦原にそう言った。
『……銀城の願いがなんなのか、ずっと考えてたんだ。……アイツの剣には、後悔ばっか映ってた。俺と戦う時も、どっか違うとこを見てる気がしたんだ』
そして、一護は銀城の口から決して語られる事のなかった自身の憶測を述べたのを、浦原は思い出す。
『……アイツ、死にたかったんじゃねぇのかなって。……如月さんとこ、行きたかったんじゃねぇか。人間の寿命なんか待つよりもっともっと早くに駆け出したかったんじゃねぇかな』
『なんでそう思ったんスか?』
『……最期に言ったんだよ。"ありがとう"って。"てめぇは迷子になんじゃねぇぞ"ってよ……。俺はアイツを恨んじゃいねぇ』
つい昨日の事のように思い出されるその会話を思い出しつつ、浦原は視線を銀城へと戻す。
「お茶も出さずスミマセン」
「あ……いや、大丈夫……。春から死神として、十三番隊で四席を任されてる……ます」
「ああ、お気遣いなく。敬意を払われるほど、アタシは大した人物じゃないっスよ」
浦原の言葉に、銀城は少し笑みを浮かべた。
しかし、直ぐに視線が逸れる。
その目線の先が捉えているのは、姫乃の姿。
それを暫く見つめた彼は、呟くように言葉を発する。
「……随分とまた小さくなっちまって」
「最近人見知りが激しくて。ほら、姫乃。挨拶出来ます?」
浦原がそう促す。すると、彼のお腹に張り付くようにして銀城に背を向けていた姫乃が、ゆっくりと顔を向けた。
「……こんにちわ」
消えそうなほど小さな声。
それでも、その声を聞いた銀城は自分の目頭を抑えた。
「ほんとっ……こんなに……小さくなっちまってよっ……」
紡いだ言葉は、先程と同じ。
それでも、何を噛み締めるようにただそう呟く彼を、浦原はジッと見つめる。
「アタシ……に用があったわけではないんスよね?」
その言葉は正しい。
彼は……姫乃に会いに来たのだ。
銀城は、暫く顔をうつ向けていたが、やがて決意したかのように顔を上げる。
そのまま立ち上がって、一歩体を横にずらした。
「……馬鹿な願いだって……わかってる」
そのまま銀城の体は、床に膝を着く形を取った。そして、両手すらも床につけると浦原に向かって深く頭を下げる。
「どうか……嬢ちゃんを……俺に……護らせてはくれませんか!」
「か、顔をあげて下さい!!」
「何度も何度も後悔した。結局俺が見ていた世界に真実はなくて、嬢ちゃんが死ぬ気で信じようとした物の方が正しかった!! 俺はっ……もう後悔する道を選びたくねぇ!!」
土下座の体勢を変えようとしない銀城。
その様子とその言葉を聞いて、浦原は少し沈黙した。
彼と姫乃の間に何があったのか、浦原はほとんど知らない。
ただ、最近京楽から聞いた話では、浮竹と彼が会話をする機会がやっと出来たと。そんな雑談を耳にはしていた。
その場に暫くの沈黙が流れた後、先に口を開いたのは浦原の方だった。
「……それは、アタシが決めることじゃない。ね、姫乃?」
浦原は気がついていた。
姫乃がジッと銀城の方を見ていることに。
「降りる?」
「うん」
人見知りが激しい時期だというのに、これ程他人に興味を示しているのは珍しい。
浦原もまた、姫乃を床へとおろす。
「初めてかもしれないっス。自分から初対面の人に近づくの」
姫乃はなんとも言えない表情で銀城の前まで行くと、見様見真似で彼と同じ体勢を取ろうとした。
それに気がついた銀城が慌てて顔を上げる。
「ちょ、これは遊びじゃねぇぞ!」
「あそぶー。あははは!」
同じ体勢を取ろうとして、自分の体を上手く操作できずに転がる姫乃。
しかし、ぶつけたはずの頭を気にする様子もなく笑った。
その様子を見た銀城は、微笑みながらも目に涙を浮かべる。
「いい笑顔だなぁ……。そうか……お前は……また笑えるようになったんだな……。良かったなあ……ほんとっ……」
彼の言葉の語尾は、どんどんと小さくなり、震える。
最終的に顔を手で押えた銀城の様子を、姫乃は不思議そうな顔で覗き込んだ。
「ないちゃったの?」
「馬鹿野郎っ……泣いてねぇ……」
「いたいの?」
「ああっ……痛いさ……。何も出来なかった俺を……俺は一生許せねぇんだ……」
銀城の言葉の意味は、きっと姫乃には正しく理解は出来ていないかもしれない。
姫乃は少し考えた表情をしたあと、彼の頭に背伸びをして手を伸ばした。
「いたいいたいの、とんでけ」
「……え?」
「あのね、お父さんとお母さんがいつもしてくれるの。かなしいことも、いたいことも、これでぜんぶなおるの」
自分の掌よりもずっとずっと小さいその手。
しかし、その手から伝わる小さな温もり。
「まほうだよ!」
そう言って笑う姫乃。
銀城は、その笑顔を見て……つられるようにして笑った。
「ああ、そうだな……。俺はとっくの昔から……お前に魔法でもかけられてんだ」
「もういたくない?」
「……さあ?」
意地悪そうに笑う銀城の顔を見て、姫乃はむっと頬を膨らませた。
銀城は、コロコロとよく変わる表情を優しい目で見つめる。
そして銀城は、座り込んでいた体勢を変えた。
姫乃に向けて、両膝をついていた形から、片膝をつく形へと。
「……俺は馬鹿だからよ。きっと何度もこれからも間違う。けど、絶対に見失わない希望を見つけて、ここにきた。それを誓いに、ここにきた」
「……ちかい?」
「そうだ。手放した過去はもう変えられない。無くした未来も帰ってこない。だから、新しい未来を描く。俺はお前の事を、今度こそ護り続ける。今度は絶対に離さないと、命をかけて誓う。俺の希望は、お前だ」
んーっと首を傾げる姫乃の頭を、銀城は優しく撫でた。
「……俺の身勝手な誓いだ。お前は忘れてくれていい」
そういって、銀城は立ち上がる。そして浦原に向かって軽く頭を下げた。
「急に来て悪かったな。……また、この子の顔を見に来てもいいか?」
「ええ、是非」
二人に背を向けて帰ろうとした銀城。
その手を掴んだのは、姫乃だった。
「また、あそぼっ! ぎんじょーさんのて、だいすき!」
「馬鹿野郎。おこちゃまには百年も二百年も早い言葉だ」
「ほんとうだもん!!」
からかわれた事にまた姫乃はムッと頬を膨らませたが、銀城は気にすることなくヒラヒラの手を振った。
「追いかけたつもりが、逆になっちまったか。俺達らしいじゃねぇか。……待つさ。百年でも二百年でも……千年でも待つ。だからそれまで、精一杯泣いて笑って走って転んで……俺が迎えに行くまでに美人になってろよ」
「ぎんじょーさんも、わたしのことすきなの?」
「秘密だ。……お前がデカくなるまで言わねぇよ。そんときゃ、もっと大人の言葉で伝えに行くさ。言っとくが、俺はロリコンじゃねぇかんな」
「ええ! おしえて、おしえて!!」
「やなこった。……俺は何処にも行かねぇよ。お前から逃げることも二度とない。またな……姫乃」
そう言って部屋を出ていった銀城。
残された姫乃は、浦原の方を振り返って首を傾げる。
「……ろりこんってなに?」
「秘密っス。……アタシはどうすればいいっスかね?」
「……さあ?」
「お父さんの事、好きっスか?」
「だいすき!」
「お母さんは?」
「だいすき!」
「銀城さんは?」
「だいすき!」
「お菓子は?」
「だいすき!」
「愛してるは? わかる?」
「……?」
「……こりゃ果てしない道のりみたいっスよ、銀城さん」
ふあっと大きな欠伸をした姫乃を見て、浦原はクスクスと笑う。
抱きあげればすぐに、瞼を閉じていく姫乃を見ながら、浦原は呟いた。
「やっぱ、最初の言葉は、お前に娘はやらん! っスかねぇ……。ちゃぶ台も新調しておきましょう」
何度考えても、全く自分に似合わない台詞。
そんな台詞を言う未来を想像しながら、浦原は口角をあげた。
「アタシなんかより、もっとずっと怖い門番がいますよ」
なんだかんだと理由をつけて、毎月毎月姫乃に届く一般庶民では未来永劫手に出来ないような豪華絢爛な贈り物。
その送り主を頭の片隅に浮かべながら、浦原は仕事へと戻る。
叶わなかった未来がある。
変えられなかった過去がある。
けど、想う力は鉄より強し。
形を変えて何度でも想いは繋がる。
きっと二人なら、今度こそ何もかもを乗り越えて手を繋ぐのだろう。そんな事を思いながら。
「……やっぱ、ちょっと嫌っスね……。姫乃……お父さんの所にずっといましょう……」
「……喜助さん? 姫乃、寝てるわよ」
「柚っ……。ボクはこういう時どうしたら!」
「呆れた。そんなんじゃ、いずれ抱っこもさせて貰えなくなりますよ」
「もっと嫌っス!!!」
挿絵提供*こけしすと様
勇気や希望や 絆とかの魔法
使い道もなく オトナは眼を背ける
それでもあの日の 君が今もまだ
僕の全正義の ど真ん中にいる
世界が背中を 向けてもまだなお
立ち向かう君が 今もここにいる
果たさぬ願いと 叶わぬ再会と
ほどけぬ誤解と 降り積もる憎悪と
許し合う声と 握りしめ合う手を
この星は今日も 抱えて生きてる
愛にできることはまだあるかい?
僕にできることはまだあるかい
君がくれた勇気だから 君のために使いたいんだ
君と育てた愛だから 君とじゃなきゃ意味がないんだ
愛にできることはまだあるかい
僕にできることは まだあるかい
何もない僕たちに なぜ夢を見させたか
終わりある人生に なぜ希望を持たせたか
なぜこの手をすり抜ける ものばかり与えたか
それでもなおしがみつく 僕らは醜いかい
それとも、きれいかい
答えてよ