師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
この話は、私が副鬼道長に再任して数年が経った時の話。……私の銀城さんの恋物語。
「ひーめーのー、なーなーおー。注文決まった?」
「んー。みたらし団子。七緒ちゃんは?」
「水羊羹を」
「アンタ達ってば、そればっかりね。せっかくなら三つくらい食べましょうよ」
「正しく栄養管理をしていると言ってください。松本さん」
七緒ちゃんに同意するかのように私も首を縦に振る。
「虫歯になったら嫌だし。小さい頃に、眠八號と一緒にされた涅さんの治療がトラウマなの」
「……想像もしたくないわね」
「痛くなかったけど怖すぎた。ブチ切れながら器具持ってる顔が目の前にあるんだもん」
生涯忘れもしないだろうトラウマだ。
『涅しゃん……歯が痛いの……助けてぇ……』
『マユリさま……痛いの……』
『この猿共が!! 菓子の摂取量すら守れないというのかネ!! 特にお前は、私の所に来る度に厄介事しか持ち込まない!! 二度と菓子を食おうなどと思わないようにしてやるヨ!!』
あの言葉と地獄の門番のような顔は、いまでも私の脳内に張り付いている。お陰様で、我が家の方針である"好きな物は好きなだけ食べていいっスよ"を自ら正した。
父の方針を全て信じたら、自分が損をすると気がついた瞬間だった。
まあそんな思い出は置いておいて。
ここは瀞霊廷で三本の指に入る甘味屋。情報源は乱菊さんだから、正確性はともかく美味しいのは間違いない。
たまたま非番が重なった今日は、乱菊さんと七緒ちゃんと所謂女子会日だ。
「女子会と言えば、恋バナよ!! 恋バナしましょ!」
「特にありませんよ」
「なーい」
「……つまんない女ね、アンタ達」
ため息をつく乱菊さんを横目で見つつ、私はふと思い出して話を振った。
「あ、七緒ちゃんあるじゃん。京楽隊長とか」
その名前を出した瞬間に、七緒ちゃんの顔が真っ赤に染め上がっていく。そして、全身で否定するかのように手を大きくブンブンと横に振った。
「あ、あ、あ、あの方は違っ、違いますよ!! そ、その……」
「告白したんでしょ? 私は聞いてないんだけど、見たよ。ほら、"私がお慕いしている"……」
「記・憶・違・い・で・は!!??」
私に顔をギリギリまで近づけて大声を出す七緒ちゃん。それを見て、私はクスクスと笑った。
「見たかったなぁ。私が魂魄保護装置から人工子宮装置に移って、魂魄細胞再生液に浸ってる時だもんなぁ……」
「……姫乃、アンタは"母胎"とか"羊水"とか、もう少し夢のある言い方しなさいよ」
そうツッコミを入れつつも、乱菊さんも口に手を当てて笑いを噛み殺している。
「百年経っても進展ゼロ。ってことは、愛されてんのねぇ、七緒も」
「松本さんまで何を言うんですか!!」
「あの女遊びで有名だった京楽隊長が蝶より大切に扱ってんのよ。幸せものじゃない」
「た、た、た……確かに最近はめっきり遊びに行かれることは……なくなったような……。歳なのでは!?」
「まだまだ現役よ」
「げ、現役とは何を持ってして現役と!」
「まだまだ性欲バリバリってことよ」
「せっ…………」
顔を真っ赤に染め上げた七緒ちゃんの首が、後ろに倒れてしまった。
これ以上詰めると、七緒ちゃんがショートして倒れてしまいそうだ。しばらく待っていると、眼鏡を光らせながら七緒ちゃんの首が戻ってくる。
話題を変えたかったのだろう。仕返しのように、私に話を無理やり振ってきた。
「姫乃さんは!!」
「……ないよ、何も」
「いえ、そんなはずはありませんよ! だって……」
七緒ちゃんが言い終わる前に、言葉が止まった。それは、私達の傍に誰かが来たからだ。
三人で向けた視線の先。そこには、一人の男の子が立っていた。
彼の視線は、まっすぐ私に向いている。それを見た乱菊さんが私の肩をツンツンと叩いて、小声で囁いてきた。
「……アンタの知り合い?」
「んーん。違う」
ぎこちない足取りから、如何にも緊張が伺える。私とそう年齢が変わらないように見える、何処かの隊の隊士だ。
「う、浦原さん! 二番隊所属の八代と申します!!!」
「はい」
「ずっとお綺麗で可愛い方だと思っていて、その! お、俺と……今度、現世に……行きませんか!!」
突然の誘いに、目をパチパチと瞬きさせて脳内で彼が言ったことを反芻する。
少し考えてから、返事を返した。
「……えっと……嫌」
「え、あっ、で、ですよね!! で、出直してきます!」
そう言い残して、閃光の如き速さでその場を立ち去る男の子を見守った。
案の定、乱菊さんは口元が緩んだまま私の肩を押してくる。
「なーんで断んのよ」
「知らない人だもん……」
「姫乃さんには似合わない人です」
「これから知り合いになるでしょ。そんなんじゃ、いつまでも彼氏出来ないわよ」
「い、いらない」
「割と男耐性ないわよね、アンタって」
「そんなこと……ないし……」
私の体がグイグイと押され、椅子から落ちてしまいそう。
誤魔化すために、届いたお団子をつまみ始めると、乱菊さんはつまらなさそうな顔をした。
「別に、お父さんはそこらへん何も言ってこないんでしょ?」
「うん。めちゃくちゃ悲しそうな顔でいじけてるけど」
「それで、貴族側から来る見合い話も断ってんの?」
「それとこれは別。あの人達は、私が欲しいんじゃなくて浦原家っていう後ろ盾が欲しいだけ」
そう答えると、七緒ちゃんが同意の意を示してくれた。
「もれなく、四楓院家の後ろ盾が付きますからね。朽木家は肩入れこそしないでしょうが、財源の確保には惜しみを出さないでしょうし」
「そうなりゃ、四大貴族と同等までは行かなくても、腹心よね。上流貴族の頂点よ」
「金と権力……姫乃さんをそんな中には入れたくありません」
もし私が下流貴族の嫁に嫁いだとしよう。そうなれば、鬼道衆原初の浦原家という看板に加えて、四楓院家の武力保護が付いてくるだろう。家が粗末であれば、朽木家からの資金援助の話も出る。
ひっそりと暮らしていた下流貴族が、一晩にして四大貴族を除く、貴族界の頂点に君臨することになるだろう。金も名誉も名声も思いのままだ。
「確かに。それでもう何回も誘拐されてんだから、貴族に信用は置けないわね」
「実に三十回。懲りないよねぇ」
私が両手を顔の横で広げると、乱菊さんは呆れたと言いたげにため息をつく。
「それを楽しんでんだから、やっぱ浦原家は頭のネジが飛んでるわ」
「大義名分の元、永久機関が出来るんだから楽しまなきゃ」
「永久……機関?」
「聞かない方がマシよ、七緒」
誘拐という罪を犯した貴族は、四楓院家の力で存在を消される。人権の無くなった首謀者の行き着く先は、技術開発局。最深部で、"色々"研究に付き合ってもらって、結果は尸魂界の更なる発展に還元される。
還元された事で得た資金が、技術開発局の更なる発展へと繋がるのだ。最深部で彼らが死にさえしなければ……まあ、殺さない方法はいくらだってある。
そういうわけで、大義名分の正当性を盾にした、永久機関である。
涅さんの高笑いが止まらないわけだ。
成長した今ではそんな事もうないけどね。怖かったのは最初の一回だけで、馬鹿だなぁと私も幼いながらに気がついてしまった。
「鏡花水月が不貞腐れるわよ」
「うん、もう何回も説教くらってる」
いつの間にか随分と話が逸れてしまった。そういえば恋バナだったはず。乱菊さんは甘味を食べる手を進めつつ、思い出したかのように手を叩いた。
「十三番隊の副隊長。何も無いわけ?」
「銀城さん?」
「そうそう」
「んー……」
「多分、貴方に初めて会った日から貴方の事が……」
「ちょっと!! ネタにしないでよ!!」
「あははは!!」
机をドンドン叩きながらお腹を抱えて笑う乱菊さんを睨むが、全く効果なし。
如月姫乃としての記憶の閲覧(鑑賞会)をした時に、このシーンが皆の記憶に鮮烈に残っているようで、今では半分ネタにされてる。
というか、人の記憶を映画観る感覚で鑑賞するこの人達は……プライバシーという言葉を知らないのだろうか。
「プライバシーとか考えてるなら、さっきアンタが七緒に言ったのもプライバシー侵害よ」
「そうです!! お一人だけ勝ち逃げしようったってそういうことはさせませんよ!」
「……人生最大のミスだ」
観る事に夢中になって、部屋の鍵もかけず霊圧知覚もしていなかった私のせいだけど。
振り返った時に扉の隙間から大量の人の目が見えた時は、流石に悲鳴を上げた……今では懐かしい思い出だ。
「あ、あの時はあの時で……今は今だよ」
「またまたぁ。知ってんのよ、アンタがずっと銀城の事目で追いかけてんの。副隊長会議じゃ、アンタずーっと銀城のこと見てる」
「……煩いなぁ」
照れ隠しついでにお茶を飲みながら、目線を外に逸らす。
浦原姫乃としての自我を覚えだしてから、ずっと傍にいる人。
小さい頃は、よく遊んでくれるお兄ちゃんみたいで好きだった。
強くて、大きくて、暖かい。
銀城さんに頭を撫でられると、涙もピタリと止むんだ。
「……雲みたいな人だよ 」
「雲?」
「うん。追いかけても、追いかけても届かない気がしてる。まだだよ。って言われてる気分」
「あら。ちゃんと惚れてるじゃない」
「銀城さんにとっては、私は子供でしょ」
大人の女性とは言いきれない私の見た目。人間でいえば、18歳くらいだろうか。
銀城さんの私への態度も、子供の時から何一つ変わってない。
同じ役職を持つ者同士なのに、いつまで経っても子供扱いだ。
「……どうしたら子供扱い辞めてもらえる?」
「男なんて、胸押し当てとけばどうにだってなるわよ」
「……嫌味?」
「……お父さんに文句言いなさいよ」
乱菊さんの憐れむような目線が、私の胸部を捉える。
「……銀城さんは胸で女の子選ぶタイプじゃないもん。……多分」
「好きって伝えなさいよ」
「ちっちゃい頃からずっと言ってるよ。いつも爆笑されて受け流される」
「雰囲気が足りないのよ。現世の夜景にでも誘って、少しくらい色気ある服きてみなさいよ」
「……そこまでしてダメだった時、立ち直れないよ」
「モタモタしてると他の子に取られるわよ。あの人、案外人気高いんだから」
はーっと深いため息をついて、グルグルと答えの出ない思考を回し続ける。
銀城さんが他の女の人と……嫌だな。
そう考えるだけで、胸が傷んで泣きたくなる。
いつからこんな気持ちを抱き始めたのかはわからない。強いきっかけがあったわけでもない。
磁石が吸い寄せられる事が自然であるように。至って自然とそう思い始めた。
彼の顔を見ると、恥ずかしい気持ちと心臓がギュッと掴まれたみたいに高鳴る。
私が顔の火照りを手で仰いでいると、七緒ちゃんが乱菊さんの耳元に顔を近づけた。
「え……というか、銀城さんって……」
「七緒。それ銀城からダメって言われてるでしょ。私達は姫乃に合わせるの」
「ですが……あまりにももどかしいと言いますか……」
「何の話?」
こんな至近距離でヒソヒソ話されても、全部聞こえてる。聞き出そうと話に割り込むと、二人揃って首を横に振ってしまった。
「な、なにも。私達は何も存じません!」
「そうそう、ね。大丈夫、アンタの恋は絶対叶うから! 今度アタシが銀城の好みの服でも聞いといてあげるわ!」
「……ありがと……。大好き」
「知ってるわよ! 姫乃、本当に愛くるしいわねぇ」
「前に進むのみです! あの男には私から拳骨を入れておきますから!!」
早口で無理やり場を収められた感は否めないものの、掘り返しても何も言ってくれないだろう。
久々に話し込んで、甘味も完食した私達は、会計を終えて店から出た。考え込んでしまった私の肩を叩いて、乱菊さんが笑顔で次なる提案をする。
「そうだ! 今から現世に三人で買い物に行きましょ!」
その案に真っ先に面倒くさそうな顔をしたのは七緒ちゃんだった。
「副隊長三人の現世行きは、休暇といえど手続きが……」
「それ、責任者七緒じゃない。後付けでどうにでもなるでしょ」
「げ、限定印の申告も……」
「それは姫乃が責任者でしょ。五秒で出来るでしょ?」
「出来るけど……私達って……便利だなぁ……」
乱菊さんの言い分は至極正しく……いや、丸め込まれたのでは?
深く考えすぎると、胃が痛くなりそうなので辞めることにした。一番近い十番隊の転送装置に向かうべく、私達は歩き始める。
すると、さっきまで笑顔だった乱菊さんが少し遠慮がちな表情へと変わった。
「……その、姫乃……」
何かを頼みたい。でも、それは流石にワガママが過ぎると分かっている。そんな表情だ。
乱菊さんがそんな顔を見せる相手なんて、一人しかいない。
「いいよ。お父さんに連絡しとく」
「……ありがとう」
「あれ、四楓院家ではないんですか?」
七緒ちゃんからの質問に、私は頷いた。
「うん。映像庁は今四楓院家の管轄にあるんだけど、実質的な管理者はお父さんなの」
「……やりたい放題とはこのことですか。そりゃあ、貴族も喉から手が出るほど欲しいわけですね」
「でしょ。乱菊さん、先に行って待ってるから連れてきて。えっと……霊圧はいつも通り三番隊の地下道にいるっぽいよ」
霊圧知覚で探った結果を伝えると、乱菊さんが幸せそうに笑う。
「……ありがと。アンタ達が友達でよかったって心底思ってるわ」
乱菊さんがどうしても一緒に連れていきたい人。本来、瀞霊廷内での行動範囲すら制限され、限られた時間以外の全てを監視されている人だ。
監視といっても、隠密機動が四楓院家の名のもとにある以上、実質的には放し飼いなんだけど。
それでも、私達よりずっと限られた生活を強いられている。現世に行くなど、一歩間違えれば私達も処分されてしまう。
走っていく乱菊さんの背中を眺めながら、私は父にメッセージの送信を始めた。
「映像をぜーんぶ、誤魔化そ。霊圧は……私が隠せばいいか。あ、特殊義骸何処に置いたっけ?」
「この前出かけた時から、十番隊に置いたままですよ。……秩序が……。京楽隊長も、まあまあいいじゃないの。っていつも笑いますし……」
「もう皆……許してるんだよ。四十六室の無能老害以外ね。いま残ってるのは建前だけ。護廷十三隊に文句言う人はいないよ」
「……そうですね。罪を憎んで人を憎まず。ですね」
七緒ちゃんと二人で目的地を目指しながら、私はまた銀城さんの事を思い浮かべる。
私が余程難しい顔をしていたのか、隣からはクスクスと笑い声が聞こえた。
「わ、笑わないでよ……。七緒ちゃんは歳の差、どうやって乗り越えたの……」
「わからないですよ。でも、伝えてよかったと……そう思ってます。そして得たことは、歳なんて関係ないんだということです」
「……そっかぁ」
「私もずっと、子供扱いでしたから」
「……うう……。やっぱ無理だよう……」
「大丈夫です。銀城さんは他の女には絶対見向きもしませんから!」
「根拠は……」
「えっと……それは……その……女の勘ですよ!!」
また何かをはぐらかされてしまった。二人は何かを知っていて、私のペースに合わせてくれているのだろう。
噂をすればなんとやら。とはこのことだ。
私達が進む先で、道端で雑談を交わしている銀城さんの姿が見えた。
「……誘ってみようかな」
現世のデートに誘う。さっき乱菊さんから言われたことを実行してみようかなと口に出すと、七緒ちゃんがニコッと笑った。
「きっと、上手く行きます」
「うん。ちょっと話しかけてきていい?」
「どうぞ」
誘うことに関して億劫にならないのは、絶対に断られることがないと分かっているから。
私は少し小走りで、その集団へと近寄る。
「銀じょ……」
「えー、銀城副隊長はどっち派なんですか?」
「そりゃあ、胸だろ」
聞こえた会話に足が止まった。
……胸。
「あーでもそうっすよね。食ってる感ありますもん。男は食ってナンボっすからね」
「だろ? チマチマしてんのは面倒で俺は嫌いなんだよ」
胸の方が食ってる感がある。
チマチマした物が……嫌い。
グラッと視界が揺れた気がして、思わず後ずさりをしてしまった。けれど、もう目と鼻の先まで私がいたことには変わりがなくて。
振り返った銀城さんの目が私と合った。
「おー、コッチいんの珍しいじゃねぇか。非番か?」
「え、あ……はい……」
「なんでそんな堅苦しくなってんだよ」
「なんでも……ない……」
「あっ! おい!」
その場から脱兎の如く逃げ去り、無我夢中で走った。
「姫乃さん!!」
七緒ちゃんの静止の声にも、私が立ち止まることは無かった。
……やっぱり、いつも私がどれだけ好きだと叫んでも笑われるのは……。
銀城さんは……胸派だからなんだ。
私は女として見てもらえていないんだ。ずっとずっと女らしい体にならないから……。
ジワッと滲む視界と、ズキっと痛む心臓。
目元を拭って、私は気がつけば技術開発局を目指して走っていた。
長くなりすぎて、前編と後編に分ける作者をお許しください。
過去編の藍染さんとのストーリーの方、お待たせしてしまってますが……やはり最終回に持っていきたいのでこちらの話を先に投稿します。
パスワード付きR18指定の番外編にて、姫乃の弟幸介君のラブストーリーを書いています。2話から5話です。パスワード『1122』興味ある方だけどうぞ。