師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第九話 慣れない日常

 護廷十三隊に入隊してからは、与えられた仕事をひたすらこなす日々だった。

 

「……終わった」

 

 書類仕事が終わって、筆を置く。時間はお昼過ぎ。不意打ちで訪れた欠伸を噛み殺した。

 

「ねみぃのか」

 

 ふと後ろから声が聞こえて、ビクリと肩をあげる。

 

「あっ……ごめんなさい」

 

 振り返れば、海燕さんがいた。

 

「昼寝の時間取るか?」

 

 私はその提案に首を横に振る。確かに真央霊術院時代やそれより前は、私はまだ昼寝を取ってしまう年齢だった。

 ただ、同じく働く身となった以上は一人だけ甘えは許されない。

 

「そんな気張る必要ねぇよ。へぇー、字綺麗だな」

「えっと、字は……」

「藍染隊長に教えてもらったのか?」

 

 首を縦に振って肯定の意を示すと、海燕さんはニコリと笑った。

 これ以上何を会話として続ければいいのかわからず、黙り込む。すると、海燕さんはおや? と言いたげな顔をした。

 

「おっかしーな。事前情報じゃ、お前はお喋り娘だって聞いてたんだけどな。まだ人見知りしてんのか?」

「……ごめんなさい」

「別に怒ってねぇだろ」

「あ……えっと……」

「なあ、これどうしたらいいと思う?」

 

 いきなり話が方向展開する。

 どこから取り出したのか、海燕さんの手には鉄のような物で出来た玩具が握られていた。

 

「知恵の輪っつーの。知ってるか?」

「初めて見ました」

「都が、これバラバラに解けたら逢い引きしてくれるって言ってんのよ」

 

 都さんとは、十三番隊三席の方だ。話の入り方は急すぎるが、どうやら海燕さんは女性を誘うにあたって条件を出されてしまったらしい。

 私は差し出されるままにそれを受け取った。

 

「あの、でも……私が解いてしまったら……」

「俺一人じゃ一生出来ねぇよ」

 

 女性と逢い引く為には、そこまでしたいものなのだろうか。私には上手く理解が出来ない。

 ただ、断れる雰囲気でもない為、私はその知恵の輪とやらをジッと見つめた。

 

「……ここを外せばいいんじゃないですか?」

 

 私から見たら不自然に見える絡みを引くと、繋がっていた輪がバラバラに解けた。

 

「……マジか」

「え?」

「お前マジで賢いな」

 

 そう言われて、海燕さんは私の頭を豪快に撫でるとどこかに消えてしまった。

 これで良かったのか悪かったのか。

 

 ふうっ……と小さくため息を付くと、私は次の書類に手を伸ばした。

 

 私に今与えられている仕事は、書類整理。それと、海燕さんが持ってくる報告書の清書。

 現場仕事が一切回ってこないのは、年齢が原因なのだろうか。それとも実力が足りないのか。真意は分からない。

 

 そんな事を頭の片隅で考えながら黙々と筆を動かし続けていれば、遠くからバタバタと足音が聞こえてきた。

 何事だろうと目を向ける。

 

「なっ、コイツが一手で解いたんだぜ!」

「こ、この子があの……」

「如月っつーんだ。如月、コイツが都な」

「初めまして……如月姫乃です……」

 

 満足気に笑う海燕さん。そして無理やり走らされたのだろうか、少し息を切らせた都三席。

 突然現れた初対面の人に、私は固まってしまった。

 

「海燕君が出来るわけないから手伝ってくれてありがとうね」

「あのっ……えっと……海燕さん。言わなければバレなかったのに……」

 

 自分で解く事が条件だったのだろう。そう思ってそう言うと、海燕さんはまた笑った。

 

「なんで隠すんだよ。出来ねぇ事があるなら、出来るやつに素直に頼っていいだろ?」

「ごめんね、この人こういう人なの」

 

 都三席は海燕さんの笑顔につられるようにクスクスと笑う。

 ……なんだ。条件なんか関係なくても、二人は充分仲が良さそうだ。二人の仲睦まじい光景を眺めていると、都三席が私の耳元でそっと囁いてきた。

 

「本当はね、多分貴女の気を緩ませようとしているだけよ」

「あ! 都! 余計なこと言うなよ!!」

 

 慌てて弁明をしようとした海燕さん。今の小声が聞こえたのかと思わず私は呟いてしまった。

 

「……地獄耳」

「なんだとぉ!」

 

 私の頭を笑いながらまた撫でる海燕さん。

 グラグラと揺れる頭。私は思わず笑ってしまった。

 

「ふっ……」

「やっと笑ったな!!」

「可愛いわねぇ」

 

 違う。海燕さんの行動に笑ったんじゃない。二人の空気があまりにも暖かくて笑ってしまったんだ。

 

「そうだ、海燕君。隊士から建築物破損の報告が……」

「ああ? あいつらまたぶっ壊したのか」

「老朽化よ」

「しゃーねぇなぁ。見に行くか。如月も着いてこい」

 

 資材関連の在庫管理も私の担当なので、呼ぶ手に応じて腰をあげる。

 

 二人の背中をついて行けば、やがては目的地に到着した。

 

「あ! 海燕副隊長!」

「どこが壊れたって?」

 

 目的地には、数人の隊士がたむろっていた。

 彼らは、海燕さんに説明をしたが、背中にいた私の存在にも同時に気がつく。

 

「えっと……自分達は仕事に戻ります」

 

 そそくさとその場を立ち去る彼らの背中を見つめる。

 毎朝出勤してきて、挨拶をしても返事が返ってくるのは海燕さんだけ。私も返ってくるものだと思って挨拶はしていない。

 

「どーすっかなぁ……」

 

 海燕さんの方に視線を戻せば、破損した部分をどう修繕するか悩んでいる様子だった。

 

「如月、お前ならここどうする? 前と同じに修繕した方がいいと思うか?」

 

 その質問に、私は一度周囲をグルっと見渡して返事をした。

 

「私なら……いっその事この扉と壁を無くします。奥の道と一本化すれば……その……」

「ああ! 確かに! そうすれば、雨乾堂へもっと楽に行けるんじゃない?」

「はい」

 

 都三席も私が何を言いたいのか気がついたようで、首を縦に振る。

 建物が古いからか、増築を繰り返したためか。どちらにせよ、十三番隊は回りくどい道が多いのだ。

 

「もしかしてお前、もう道全部覚えたのか?」

「全部というわけでは……ただ、どれがどこに繋がるか予想くらいは……」

「真央霊術院一年卒業神童の名前は伊達じゃねぇな! その案乗った!」

 

 私の提案が快諾された事で、自分の知恵も役に立つ事の一つなのだと知った。

 

「今後如月を、建物改築隊長に任命だな!」

「た、建物改築隊長……」

「そうだ! こうしたらもっと皆が快適に過ごせそうだとか、思いついたことはなんだって提案してくれ!」

「わかりました……」

 

 変な命名だとは思いつつも、勢いに押されて拒否はしなかった。誰かの為を思って造り変えると言うよりは、単純に知恵遊びの様な感覚で楽しそうだと思う。

 得意なことや好きな事に没頭出来る時間は私の中では大切な時間だ。

 

「他に如月が好きなことはなんだ? 嫌いなことでもいい」

「えっと……好きな事は、お昼寝と読書と食べることと……鬼道。後はこういった考える事も嫌いじゃないです。嫌いな事は……夢を見る事……ですかね」

「夢?」

「現実と非現実の境界線が分からなくなります。未来か虚像か。幻覚か有幻覚か。そこに囚われて現実の世界でどう在るべきか見失うから……ですかね」

「ちっちぇ頭で難しい事考えてんだな」

 

 海燕さんが受け取った内容と私が指している内容にズレが生じているかもしれないが、私自身それ以上説明しようとは思わなかった。

 ただでさえ特異的存在なのだから、それ以上特異になる必要を感じていない。

 

「夢……かあ。なあ、都。お前はたった一つだけ叶わないことが叶うとするなら何がいい?」

「そうねぇ……例えば、尸魂界に海があればいいのに。とか?」

「あー、アリだなぁ。俺はそうだな……空を飛ぶとかか?」

「もう飛べるじゃない」

「違ぇって。鳥みてぇにこう、ビューっと!」

 

 身振り手振りでおどける海燕さん。私の一言で謎の広がりを見せていく会話を聞いていると、海燕さんが私の方を見た。

 

「お前は?」

 

 そう聞かれて、返事が出来ない。

 

「んだよ、なんでもいいんだよ」

「えっと……」

 

 尸魂界に海を作る。……私にまだ知識が足りないだけで、人工物であれば、理論上不可能ではなさそうだ。

 空を鳥のように飛ぶことも、霊圧を充填した補助道具があれば不可能ではなさそう。

 

 二人の夢は、決して叶うことの無い夢ではない。

 

「……ごめんなさい。可能性を模索するのは不可能じゃないんですけれど……。手段のない叶わない事を考える事はあまり得意じゃないです……」

「かー! お前は本当、生き辛い性格してんな!」

「すみません……」

「こういうのは、理論で考えるんじゃなくてノリと勢いで出すもんだ!」

 

 食べ物が全部お菓子だったらいいなとは思ったけれど、お菓子の栄養を調節すれば理論上不可能じゃない。ノリと勢いと言われても、やっぱり頭の中には……。思い浮かばない。

 

 そう考えた時に、一つだけ辿り着いた答えがあった。

 ただ、それはこの場の空気をしんみりさせるだけだと思って口には出さない。

 叶わない事が叶うのであれば。父と母そして私。三人で食卓を囲んでみたいと思った。

 

「……精進します」

「精進することでもねぇよ」

 

 結局は、少しだけ愛想笑いをしてこの場を流すことを決めた。

 都三席は仕事に戻ると去っていく。そして、私と海燕さんも仕事場に戻ろうと足を進める。

 

「ずっと小難しい事ばっか考えてると老けるぞ」

「早く大人になりたいのでそれでいいです」

 

 私と海燕さんの職場は、雨乾堂に最も近い。

 

 歩みを進めているうちに、私は雨乾堂の近くで人の気配を拾った。

 人の気配なんてものはそこら中に満ちているが、これは間違えるはずのない気配だ。

 

 私の足が自然と駆け出していた。

 

「藍染さん!!」

 

 私の声に気がついた藍染さんが振り返る。

 丁度雨乾堂を出たところの様だった。走る勢いそのままで飛びつく。

 

「おっと」

 

 私の急な飛びつき攻撃にも動じることなく、藍染さんは私を抱き上げてくれた。

 

「仕事は順調かい?」

「うん」

「それは良かった」

 

 私に遅れて海燕さんも藍染さんの傍に来た。

 

「海燕君、お疲れ様。姫乃は迷惑かけてないかい?」

「迷惑だなんてとんでもないっすよ。今日も二回ほど助けられたばかりです」

「なら良かった」

 

 藍染さんに床に下ろされる。私は先程海燕さんと話していた事を藍染さんに振った。

 

「ねぇ、藍染さん。絶対に叶わない事が叶うならどんな事がいい?」

 

 私が普段しない質問だと分かっているからか、藍染さんは少し驚いた顔をした。

 

「これまた難しい事を聞くんだね」

「ほらね、やっぱり難しいでしょう」

「手段の易い難いはあれど、模索する事を諦めなければ大抵の願いは叶うからね」

「だよね」

 

 ほらね。と言いたげに海燕さんを見れば、何故か海燕さんは爆笑していた。そんなに変な事だったのだろうか? 

 

「はははっ!! いや……お前……俺達の前とキャラ違いすぎっ……」

 

 その言葉に、私は思わず藍染さんの背中に隠れた。

 思わず気が緩んで素が出てしまったんだ。

 

「わりーわりー、別に馬鹿にしてるわけじゃねぇって」

 

 また私を覗き込んで顔色を伺おうとしてくる海燕さん。こんな構図、入隊の時もあったな……なんて心の隅で思う。

 流魂街にいた時は、藍染さんが来るのを待つだけだったから気が付かなかった。

 けれど入隊したことで知る。思った以上に藍染さんに会う機会が少ないということ。だから、入隊する為に着いてきてもらった時以来だったから、思わず駆け出してしまったんだ。

 

「後悔してるかい?」

「してない」

 

 私の気持ちを読み取ったのか、藍染さんはそう聞いてくる。後悔は別にしていない。いつまでも藍染さんの背中に隠れている訳にはいかないと自分でも分かっているからだ。

 ただ、笑われて気恥ずかしくなっただけ。

 私が藍染さんから離れると、また藍染さんは意外そうな顔をした。

 

「変?」

「いや。ただもう、促さなくても自分で進めるんだなと思ってね」

「大袈裟だよ」

「だといいね。理解が早い分、無理をしないか心配だ」

「お節介」

「こら」

「過保護っすねー」

 

 三人で少しだけ談笑して、藍染さんは自分の隊に戻って行った。

 久々に会えてよかった。前は忙しさで少し疲れている感じだったけれど、今日はいつも通りだった。

 私も自分の仕事場に戻ろうとした時、海燕さんから呼び止められる。

 

「そうだ、如月。明日、八番隊と十一番隊に遣いに行ってくれねぇか?」

「わかりました」

「ほら、京楽隊長が紹介する子がいるって言ってたろ?」

「えっと……伊勢さん」

「そうそう。んで、その帰りに十一番隊に書類届けてくれ」

「はい」

 

 

 瀞霊廷は広大だ。二つの隊を回るだけで、恐らく私の歩みでは日が落ちるだろう。八番隊に赴くことは、仕事なのかどうなのか怪しいところだが……。

 兎にも角にも、私は初めて十三番隊の外に出る事になった。

 

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