火ノ丸相撲外伝─昇る狼煙─   作:へるしぃーぼでぃ

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この2人の取組も観たかった…
本編、大相撲九月場所では対戦すらしていない悲しみ……





【続・八日目】童子切安綱─大典太光世

 

 

「おぉお゛!!」

 

「ッぐぁ!?」

 

『寄り倒しー!大関冴ノ山、反撃を許さぬ圧倒的な相撲で難敵大包平を土に付けたー!』

 

八日目の大関戦、【冴ノ山─大包平】。

今場所快勝を続ける冴ノ山はこの取組でも遺憾無く力を発揮し、見事大包平を寄り倒していた。

これで冴ノ山は7勝1敗、大関の名に恥じぬ好成績である。

 

『大関の位について早1年、格が一層身に付いてきました冴ノ山。対して大包平は今場所3勝5敗、不調が続きます東小結』

 

「はぁ……ッはぁ……ッ、クソ……!」

 

片膝をついて肩で息をする大包平。

今場所の彼はどうにも調子が出なく、苦戦の連続だった。

 

『大包平、これで今場所の優勝は絶望的なものとなりました。とくに怪我をしているという情報は聞いていないですが、動きにいつものキレがありません』

 

『だとすれば心の問題でしょう。一時は相手に怪我をさせることが多かった大包平です、先場所でも勝負の流れとはいえ、危うく童子切に怪我をさせかねない危険な相撲を取ってしまいました。そうして自戒を込めた結果がこの5敗を招いているかと思われます』

 

一時は【無道】にその身を堕とした大包平。

かつての彼はそれを脱却したはずであったが、ここへ来てまた再発しているようであった。

しかし彼の『心』が特別弱いワケではない。人の身である以上、1度乗り越えたものだとしても、何かの拍子にまた躓いてしまう事もある。

そうして何度も打たれ折り重なり、徐々にその刀身が鍛えられていくのだ。

 

「楽しかったか?アキ」

 

土俵を下りた大包平に、そのおちょくるような言葉が届いた。

 

今場所全勝中、東の大関“童子切安綱”その人である。

 

彼自身はいつもの破顔を崩さず、そう意地悪な質問をした。

大包平は嘆息するように呟いた。

 

「……そんな余裕あるわけないだろ。俺の相撲、見てなかったのか?」

 

「見てたで。ホンマひどい相撲やったわ」

 

歯に衣着せぬ物言いに「……はは、そうだよな」と見るからに落ち込む大包平。

そんな彼の背にポンと暖かい手が触れた。

 

「相手は冴関……、俺と並ぶ天下の大関やで。怪我の心配なんぞおこがましいわ、胸借りるつもりでブチかまさな逆に失礼やろ。……少なくとも、俺の相手はそうやぞ」

 

ニヤリ、と童子切が楽しそうに顎で向かいの土俵を示す。

そこでは冴ノ山から力水を受け取る巨大な背が見えた。

 

今場所6勝1敗、『雷神』“大典太光世”。

 

幕内最高身長、加えて大相撲界きっての突き押しの名手である。

ここからでも彼の痺れるような気迫が伝わって来るようで、大包平は眩しそうに目を細めて言葉を零した。

 

「……あの男はお前の胸を借りるというか……、貫く勢いだろ」

 

「それでいいんや。お前はアイツの貪欲さを少しは見習った方がええで」

 

どこまでも笑みを絶やさない童子切。

事実、彼は大典太と闘うのを心待ちにしている節があった。

国宝の中でも特に成長速度が著しく、今場所の成績によっては新大関になろうかという逸材である。童子切だけではなく刃皇や他の関取、観客たちも彼の強さに惹かれていた。

その彼が立ち上がり、童子切にメンチを切りながら振り返った。

 

「早く上がってこいよ、大関。俺が突き落としてやっからよ」

 

「すまんすまん、すぐ行くで。その鼻っ柱を折りになぁ」

 

大典太の煽りに何食わぬ顔で言い返す童子切。

そんな一触即発な雰囲気に、場内が待ちきれないとばかりに沸いた。

 

『関脇の挑発を物怖じせず返します大関!仕切り前からすでに激しく火花が散っております!!』

 

『今場所ノリに乗っているこの2人。正直どちらが勝つのか予想もつきません、今日の割で1番の見どころとなりますでしょう』

 

パァン!と2人の柏手が国技館に鳴り響く。

国宝世代でも特にこの2人が刃皇の首に刃を振るっていた。

今場所でも全勝の刃皇に土を付ける予想の声に、童子切と大典太の名が多く上がっているのがその証拠である。

刃皇という時代の節目が、確実にそこへ迫っていた。

 

「手をついて!!」

 

仕切る2人に、ワァア!と早くも歓声が上がる。

童子切は仕切り線手前と通常の位置。

対して大典太は土俵際1歩前にまで下がったからだ。

解説も興奮した様子で実況する。

 

『今場所の定位置です大典太!相手が童子切だろうと変わらず突き押しで勝とうという姿勢です!!』

 

『この間合いで6勝を積み上げてきました大典太。童子切のデータ相撲で対策を取られても、それごと突き飛ばさんという気概が伝わってきますね』

 

大典太は今場所、全ての取組をこの位置から仕切っていた。

自身の長い四肢を存分に活かせる間合い、相手を一方的に殺す間合いだ。

昨日の取組──七日目にて冴ノ山に敗れるも、それ以外では全て突き出しで勝利を収めているのが好調の証である。

ビリビリと電流の如く肌がヒリつく殺気に、童子切はフッと笑った。

 

(ようやっと掴んだか、自分の間合いを。自分の突き技が最大限に発揮される位置を!)

 

童子切は大相撲以前から、大典太の才能に歯がゆい思いをしていた。

長いリーチとそれ故の筋肉量の多さから来る必殺の威力を秘めた突き押しを持ちながら、なぜ自分に勝てないのか。

 

それは間合いの調節が適切ではなかったからだ。

 

土俵のどこからでも届く突きは確かに脅威だ。

しかし童子切に言わせれば、それはただ『当てている』だけである。折角の必殺の威力も、それでは力が十全に伝わりきっていないのだ。

そしてそれは近付きすぎても同じ。

従来の仕切り線からの立ち合いとなると、長物の武器はそれこそ効力を失ってしまう。

つまるところ、大典太は自分の巨大すぎる武器を持て余していたのだ。

誰もが羨ましがる『体』はその実、非常に繊細な技術を要求される代物であったのだ。

 

(そいで導き出されたんがその距離か。……ええで、俺の想定を超えてみぃ関脇!!)

 

眩い雷光すら飲み込まんと構える童子切。

殺意迸らせる大典太。

仕切りはまだ1回目であるが、すでに土俵には気が充満していた。

 

「……ッ」

 

ゴクリ、と行司の喉が動く。

瞬間、大典太の掌が落とされた。

 

「はっきよい!!」

 

雷帝の相】──『万雷・震

 

開幕、走る稲妻。

童子切の顔面に鋭く突き刺さる。

 

『大典太速攻ー!大関の顔を突く、穿つ、張り飛ばすーッ!』

 

ドドドッ!とまさしく雷が降り注ぐ土俵上。

突き押し・張り手の衝撃に吊屋根が揺れる光景が、その威力を物語っていた。

 

『凄まじい猛攻です大典太!しかしッ童子切は1歩も引いておりません!姿勢を低く、腕でガードしながら機を狙います!!』

 

顔面に刺さったかと思われた1発目だが、童子切はしっかり腕でガードしていた。

そこから振るわれる攻撃も全て受け止め受け流し弾きながら、重心を低く保ち虎視眈々と相手の懐を狙う。

 

(お前の突き押し・張り手は厄介や。やけど、その長いリーチ故の回転の遅さはどうしようもないやろッ)

 

突きを放ち、腕を戻し、また放つ。

その動作を四肢の長い大典太がやると、若干のインターバルが生まれるのだ。そのため、連打を許しても1発1発に集中して対応出来るワケである。

……とは言っても威力は絶大・突くスピードがそれを補って余りある為そう単純な話ではないが、それを受ける相手が大関“童子切安綱”とあれば『隙』となりえる。

 

(その高身長も諸刃の剣や。おかげで上から叩きつけるような突きしか出来へん。いくら威力があろうが、突きだけじゃ俺に勝てへんで典太!)

「ハッハァ!!」

 

「ッォォオオオ!!」

 

耐え忍び笑う童子切。

咆哮を轟かせる大典太。

既に1分が経過してたが、両者の足の位置はいまだ動いていなかった。

 

『関脇の猛攻にひたすら耐えます大関!傍目から見ると大典太による一方的な展開ですが、私の目には童子切にはまだまだ余裕があるように見えます!』

 

『そうですね。事実、童子切の姿勢は低いまま浮いてきません。打たれながらも前に出る強気な姿勢、正に攻防一体の相撲を魅せてくれます!……逆に、その童子切を1歩も進ませない大典太こそ凄いですよ』

 

一瞬の綻びも見せない・見逃さない童子切。

それに対し、高密度の攻撃を放ち続ける大典太。まさしく万雷のごとく突き技が展開されていた。

 

(俺の突きの最も力の出る間合いは95センチッ、それ以上でも以下でもこの男は倒せねぇ……、このままキメる!)

「オラァアア゛!!」

 

「ッッ゛!!」

 

ドゴッ!と1発イイのが童子切の顔面に入る。

しかし揺るがない、動じない。

黒の濁流が嵐を引きずり込もうと手ぐすね引いて待っていた。

 

『ッッ決まらない!!すぐに立て直します童子切!大典太息付く暇もなく攻め続ける……!!』

 

2分が経過した。

変わらず雷が轟き童子切はひたすら耐え、両者の位置は動かない。

場は完全に拮抗している……──いや、どちらかと言えば受けに徹している童子切が主導権を握っていた。

 

(この嵐はいつまでも続かん……ッ、必ず凪ぐ瞬間が来る!それまで俺は殺しても死なんぞ!!)

 

嵐が少しでも弱まれば動く。

ギラついた殺意が大典太の首筋をなぞるが、しかしそれを振り払わんと彼は攻め続けた。

 

(大関が耐えるだけかよ!なら俺の相撲を存分に味わわせてやるぜ……ッテメェが死ぬまでな!!)

 

苛烈極める大典太の攻勢。

衰えるどころかさらに力が増していく、密度が増えていく、嵐が渦を巻いていく。

 

『ッ耐える童子切も凄いが、大典太も勢いがまったく落ちません!無尽蔵の体力を見せつけてくれます!!』

 

『体がデカい分それだけ体力も多いからでしょう。しかし常軌を逸しております雷神大典太……!すでに開始から3分ッ、常人なら疲れ果てている所ですが……ッ』

 

鳴り止まぬ雷轟。落ち続ける稲妻。

童子切はまるで避雷針の針となったように一身に受け止め続ける。

──足の位置はまだ、変わらない。

 

「……ッ典馬!」

 

急迫する土俵の下、審判をしていた大友親方──大典太の兄であるかつての四股名“大景勝優清”が歯を食いしばる。

彼は思わず声援を贈ろうとした口を噤み、目だけで熱い想いを送った。

 

(倒せ!今こそ大器を完成させる時だ、大典太光世!!)

 

「ッッ゛!!」

 

「〜ッッ゛!!」

 

無呼吸で行われる連打と防御。

息を吐き力が抜けた瞬間、『死』が差し迫る緊迫したこの土俵。

腕が千切れるまで動く。

この身が果てるまで耐える。

常人では絶対に耐えきれぬ超空間がそこにあった。

 

『……取組が始まりまもなく4分ッ!文句無しの大相撲ですが、この荒れる土俵上では水を入れる事も出来ません!』

 

『この運動量で全く動きが鈍らない大典太、その攻撃を全て受け止めてなお中央に君臨する童子切……!もはや我々の理解を超えています、果たして決着はどうなってしまうのか……ッ!?』

 

──死ぬ。

誰かが止めなければ本当にどちらかが、もしくは2人とも死にかねないという想像が観る者の頭をよぎる。

もはや狂気と言っていい両雄の勝利への執念に、誰が軽薄に声援を贈れるというのか。

いつしか館内には打突の音しか響いていなかった。

だが、決着は必ず着く。その瞬間はまもなく訪れた。

 

『ッあ!?童子切がッ!?』

 

ザッ!と、童子切の足が動いた。

下げた頭越しに見える口元には笑みを浮かべ、彼の体がとうとう動き始めた。

 

『童子切が1歩ッ、下がった!!同時に大典太が1歩進む……!これは、これはッ!!』

 

解説が息を飲む。

この情報に国技館が沈黙を破り、一方が阿鼻叫喚に包まれて一方が歓喜に沸いた。

まさに絶叫。館内が万人の絶叫で激しく揺れた。

 

「ッッッ゛!!!」

 

「ッ!ッッ゛!!」

 

だがその騒ぎすら土俵の2人には聞こえない。

全く動きを緩めない大典太。

いまだ機を狙う童子切。

よそ見など言語道断、勝利をこの手で掴むまで、死をも厭わない覚悟で臨む──

 

「ッッく!!」

 

だがその1歩を皮切りに、童子切がどんどん下がっていく。

それに追随するように大典太が歩を進め、その度に歓声と悲鳴が上がる。

解説も唾を飛ばしながら叫ぶ。

 

『攻めるッ攻める大典太!それに耐える童子切……ッが、土俵際……!!』

 

童子切の片足がとうとう俵を踏んだ。

大典太が土俵中央に君臨し、童子切が土俵際で粘る。

およそ5分が経過し、立ち位置は完全に逆転していた。

 

『しかしまだ終わっていないっ、このまま終わる訳がない!あの童子切が……ッ大関が……!』

 

「ァァァアアアアアア゛!!!!」

 

轟く雷鳴が解説の声を搔き消す。大典太の尋常ならざる咆哮だ。

 

──ドクン、とその一瞬。

 

叫ぶために空気を吐き出したその刹那、童子切が動いた。

バッ!と超低空の攻めで突きを掻い潜る。そのまま一直線に廻しを引き──……

 

高角度素首落とし──『(いかずち)

 

電光石火の反応。遥か天空から鉄槌が下された。

 

(ッ想定内や!!)

 

だがそれこそ童子切の狙い。

雷が落ちるタイミングを予知していたかのように身を躱し、空振った所を一気に肉薄した。

 

(だろうな!だから俺は……ッ!!)

 

「ッ!?」

 

ドクン、と童子切が目を見開く。

大典太は空振ったのではない。攻撃を掻い潜って来るであろう童子切の懐に手を置くための、敢えての放電。

その手で童子切を牽制し、残った腕で全力の一撃を放つ為に──

 

(強ぇテメェを信じた俺のッ勝ちだ!!)

突き出し──『直撃雷

 

顔面。

そこに渾身の一撃が突き刺さった。

童子切の体が仰け反り、浮く。

土俵から溜席へ放物線を描いて倒れる。倒れていく。

誰もが信じられないものを見るように、倒れた童子切と仁王立ちする大典太を交互に見やった。

 

『けっっ、決着ー!無敗の大関を地に落とし、雷神大典太が圧倒的な勝利を収めたー!!』

 

再びの絶叫。

この劇的な結末に誰もが言葉をなくし、観客の称賛と悲鳴を含んだ叫びばかりが国技館を包んだ。

解説の2人も心のままに叫びそうになるのを我慢し、務めて冷静に仕事を再開した。

 

『……ッいやはや、壮絶な相撲でしたね。終わってみれば大典太の圧勝、全勝の童子切を見事土に付けてみせました……!』

 

『あの童子切がここまで一方的にやられるとは……ッ!この目で見てもにわかには信じられませんッ、凄まじい成長を遂げました大典太光世!やはり角界の台風の目は彼に他ならない、刃皇を止めるのは彼しかいない!!』

 

しかし興奮を抑えきれず徐々にヒートアップしていく解説。

その熱に引っ張られるように、観客も皆落ち着きなく騒ぎが増していった。

 

「……」

 

だがその喧騒の中、力士たちだけは静観していた。

大関と関脇によるこの凄まじい相撲も、彼らにとっては想定内──これくらいはやるだろうという一種の信頼を持っているからだ。

 

「やるじゃないか、弟」

 

刃皇もこの取組を観て、フッと楽しそうに悪い笑みを浮かべていた。

童子切と戦うことも楽しみだが、その楽しみがもうひとつ増えたとでも言いたげな表情だ。

そしてもう1人、この取り組みを見て不敵な笑みを浮かべる関取が居た。

 

「やるね。それでこそ倒しがいがあるよ」

 

『1敗を守り優勝圏内、大典太が驚異の強さを見せてくれました!今場所の主役は彼と言っても過言ではありませんこの初場所!八日目にて嵐がさらに勢力を増して猛進します!!』

 

波乱巻き起こる八日目、渦中の大典太に期待が高まる大相撲。

ここからさらに嵐の威力が増していくであろう事を、この時は誰もが予想していた。

だがその嵐の前に、微笑む三日月が静かに待ち構えていた。

 

 

大相撲初場所、九日目の割──

【大典太─三日月】

 

 

 

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