火ノ丸相撲外伝─昇る狼煙─   作:へるしぃーぼでぃ

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刃皇、金鎧山……、国宝たちが台頭する中、ベテラン勢で唯一失速しない両雄。年長いえど、彼らもまた人生の中途。その『技』『心』の成長に終わりはなく、まだまだ進化を遂げていく。
横綱VS大関、『相撲を取って幸せになる』、その体現者たる者たちの結びの一番!






【十四日目】刃皇晃─金鎧山隼人

 

 

『いよいよ結びを迎えました、十四日目!土俵で相向かいますは、長らく大相撲を支えてきたこの2人!刃皇関と金鎧山関です!』

 

『ともに12勝1敗……優勝争いの最前線、大相撲の未来の行く末を懸けた世紀の1戦となる事が予想されますね。特に金関は先場所優勝からの今場所勝ち越しとあって、綱取りに王手が掛かっております。力士としての矜恃が試される場となりますでしょう』

 

今場所東の大関を務める関取、“金鎧山隼人”。

およそ7年に及ぶ期間、一度も大関の地位から降格することなく土俵に君臨せし絶対強者。

そんな彼は先場所で1年ぶりに幕内優勝を果たし、そして今場所でも勝ち越しを決めていよいよ角界の頂点『横綱』をその身に張ろうとしていた。

ベテランとしての矜恃。

大相撲を背負う覚悟。

──なにより家族を想う『愛』が、金鎧山をこの綱取りへ導いたのだ。

相撲を取って幸せになる──……、それを体現したのが金鎧山隼人その人と言えよう。

だが今、向かい合う横綱“刃皇晃”もまた相撲で幸せを謳歌せし者。

相撲に生き、相撲を楽しみ、相撲を誰よりも愛すると豪語する力士の頂点。

その愛ゆえに突飛な行動が目立つが、それだけ彼の想いが重いという事。

 

──今宵、結びの一番。最高峰の『愛』がぶつかり合う。

 

その一端が、土俵で向かい合う2人を観客席から見下ろしていた。

 

「今場所の金関はいつにも増して強いわね。貴女のお腹にまた新しい命が宿ったせいかしら?」

 

喧騒の中でも凛とよく通る声。

刃皇の伴侶、鞘野由美夫人である。

彼女は隣に座る女性に「そういえば、まだおめでとうと言ってなかったわね。おめでとう」と言うと、その話しかけられた女性はニコリと微笑んでハツラツと答えた。

 

「ありがとうございます由美さん。でもひとつだけ訂正を。私の夫……金鎧山関は元々強いんです!」

 

腕の中に1歳の赤子を抱えた彼女──金鎧山の妻はそう息巻いた。

彼女のお腹は膨らんでいないが、そこには新たな生命が宿っており由美はそれを祝福したのだ。

その傍らでは長男も鼻息荒く「お父さんが勝ちますからっ!」と由美に言い放ってくる。

そんな2人の姿に、由美の口角が上がった。

 

「ふふ、それは失礼。……それにしても、初めて会った時とは大違いね。あの頃はオドオドして自信のない夫婦でしたけど、今や揃ってウチの人を脅かす存在なんですもの」

 

ウチの人、とはもちろん横綱・刃皇の事である。

懐かしむ由美夫人の傍ら、恥ずかしそうに頬を赤くした彼女は由美の肩をペシペシ叩いた。

 

「そ、そんな昔の話をするのは反則です由美さん!あの頃は三役力士の妻としての自覚が甘かったと本当に痛感してるんですから!その節はすごいお世話になりました!」

 

過去、金鎧山が大関昇進前後の頃。

世間の注目が一身に集まったその時に、彼女は『大関の妻としての重圧』に潰されかけた事があったのだ。

その際に由美夫人から尽くお世話になり、以来こうして付き合いが続いていた。

 

「それはどうも。……けど、横綱の妻はもっと激しくてよ?貴女にその覚悟は出来ていて?」

 

由美の挑発的な言葉に息子がうっ、とたじろぐ。

だがその肩に母の手がスッと触れ、見上げると母は力強く頷いた。

 

「大丈夫です。私たちは一緒に頑張っていきますから!」

 

「いい返事だわ。……それならあの人も、なんの憂いもなく土俵を去れるでしょう」

 

まるでワガママな子を見守るように、土俵の刃皇を見つめる由美。

しかしその横顔に、金鎧山の妻は待ったを掛けた。

 

「何言ってるですか由美さん、まだ引退なんてさせませんよ!だって主人が勝ちますから!」

 

「それは無理ね。あの人が勝つもの」

 

突然の妻同士の睨み合い。

不憫にもその間に挟まれた息子がオロオロするが、直ぐに2人とも口角を緩めてその頭を撫でた。

 

「大丈夫よ、ケンカじゃないわ」

 

「ええ。夫の勝利を願わない妻がどこにいますかっていう話よ」

 

ズン!と地響きが鳴り響いた。

東西の房下で四股を踏む両雄が、国技館を揺らしたのだ。

それが合図だったかのように国技館のボルテージが一気に上がる。

 

『さあ2人がゆっくりとした所作で土俵に入ります!今場所優勝したら引退するという1年越しの宣言をした刃皇の前に、綱取りに手を掛けた金鎧山が立ち塞がります!』

 

『この1年での戦績は勝った負けたを繰り返し、先場所では金関が得意の両差しで寄り切っています。リベンジに燃える刃皇に再び土を付けるか金鎧山、必見です!』

 

バッ、と塩が舞う。

互いに顔は冷静。しかしその胸中は熱く燃え盛っている事が流れる空気で察せられた。

 

「時間いっぱい!手をついて!」

 

呼吸が合わさったタイミングで立行司の鋭い声が走る。

これから始まる激闘に思いを馳せた観客がワッ!と叫び、館内は異様なまでの熱気に包まれた。

ともに12勝1敗。どちらが勝っても負けても優勝の可能性がある現在、忌憚なく声援が贈られた。

 

「……」

 

「……」

 

対照的に土俵の2人は静かに身をかがめ、掌を下ろした。その静かな所作に、沸いていた国技館が次第に沈静化していく。

ドクン、ドクン、と緊張の一瞬。

観る者の心構えが出来ぬ内に、その時は来た。

 

「はっきよい!!」

 

バチン!と空気が破裂した。

両者密着、刃皇が右上手を取った。

しかし刹那、金鎧山が左を差して両差しの形となる。(かいな)を返し右上手を切ると、一気に寄った。

 

『立ち合い一瞬の攻防!金関が素早い差し身で自分の形を作った!』

 

『差し身の上手さには定評があります金関!このまま押し切れるか!?』

 

「おぉお!」

 

「ッぬぅん!」

 

小細工なし、得意の技を最大限に使い勝負を決めに来た金鎧山。

だが相手は刃皇、史上最強と謳われる横綱。

金鎧山の首裏・差し手を抱え込むと、一気に捻った。

 

『刃皇土俵際で首を捻ったー!金鎧山の体が傾く!!』

 

『ッ!?いえ、内掛けた!金関内掛けて対抗!両者の体が土俵外へ──ッ!』

 

ともに半身が俵の外に浮く。

捻りと寄りの勢いが合わさり、2人は盛大に土俵の下へと落ちた。

ものの数秒の決着。

静寂に包まれる国技館に、立行司の軍配が返った。

 

金鎧山 (西)の勝ち!」

 

瞬間、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。

先場所に続き今場所でも見事刃皇に土を付けた金鎧山に、新横綱として歓迎する意味でも惜しみない賞賛が贈られた。

……──だが。

 

『刃皇を倒してこその真の綱取りと言われた金関でしたが、見事にそれを達成……ッいや!物言いです!物言いがつきました!』

 

物言い。

審判部の1人が挙手し、この勝敗に待ったが掛かった。ザワザワと物々しい雰囲気が流れる。

 

『確かに落ちたのは同時、際どかったですからね。……しかし土俵の内側の金関から押される刃皇という構図です。如何に刃皇と言えど、逆転は難しいのではないでしょうか』

 

首捻りで対抗した刃皇だったが、そこへ内掛けてさらにバランスを崩した金鎧山の一撃。刃皇不利は濃厚かと思われたが──……

 

「えー……、協議の結果、ただいまの取組は両者落ちるのが同時という事により、取り直しと致します!」

 

下された判定は同体。

この決定に場内は再び熱気に包まれるが、土俵に戻る2人は変わらず静かだった。まるでこうなる事が分かっていたかの様である。

 

『まさかの同体、取り直しです!押し込まれ内掛けられた刃皇でしたが、そこから五分に持っていきました!凄まじい技の威力です!』

 

『決められなかった金関に押し込まれた刃皇。ともに悔しい結果だと思われますが、しかし両名に動揺の影は見られません。騒ぐ我々など意に介さず淡々と仕切ります』

 

悲嘆も悔恨もない。

あるのは唯ひとつ、目の前の相手を倒すことのみ。無駄な情報の一切を削ぎ落とし、2人は仕切りに集中していた。

トン、と掌が土に下ろされる。

 

「はっきよい!!」

 

沸く観衆を置き去りに再びの立ち合い。

パン!と金鎧山の張り差し、そのまま肩でかち上げて刃皇の上体を起こした。

 

「ぬぅん!」

 

ドゴッ!と刃皇が張り手を繰り出す。

荒々しい一撃、だが金鎧山も負けじと突っ張りで押し返す。

 

「シュッ!」

 

素早い突きと重い張り手の応酬。

土俵中央、大関と横綱による壮絶な殴り合いが開始された。

 

『喧嘩相撲です!まるで喧嘩の如くベテラン2人がぶつかります!』

 

『先刻とは打って変わって打撃の応酬!土俵中央で激しい打撃戦が繰り広げられます!』

 

互いに四つ相撲を得意とする力士であるが、そこはベテランとして君臨する大関と横綱。

圧倒的な技量と威力を誇る突き押し・張り手の嵐が展開される。

この壮絶な光景を前に、支度部屋からこの取組を観ていた東関脇・百乃花が独り言た。

 

「3横綱時代の時とは比べ物にならないほどの激しい取組……。まったく、妬けちゃうのね」

 

刃皇と他2人の横綱が賜杯を回しあっていたあの頃、そこへ割って入る金鎧山も強かった。それこそ刃皇に土を付け、2回の優勝を飾るほどに。

元より横綱としての素質はあったのだ。

だが家族を守ることを第一としていた彼は、安定を願い長らく大関の地位に甘んじていた。

しかし今、『愛』を正しく力に変えた金鎧山はいよいよ綱取りに王手をかけた。

史上最強の横綱に並び立たんと──いや、追い越さんとする為に。

 

「おぉお!!」

 

刃皇の張り手を躱し、新横綱の咆哮が轟く。

 

『カウンターで金関が張ったー!そのまま肩を密着して押し出していくッ──』

 

『ッいえ!刃皇が喉輪で突き放します!そのまま上手を引いて……!?」

 

喉輪に抗う金鎧山、そこへ刃皇の上手投げが襲いかかった。

相撲は刹那の勝負。

一瞬の綻びが命取りとなる緊張感の中、しかし金鎧山は冷静だった。

 

『ッ金関も掬い投げたー!投げの打ち合いだー!!』

 

上手に万力の力を込める刃皇。

上手投げごと投げようと金鎧山。

吊屋根の真下、2人の力士がドシャリ!と土に塗れた。

 

「ッ刃皇()の勝ち!!」

 

軍配が上がるが、直ぐに物言いがついた。

土俵中央でのあまりにも際どい決着に、誰もが固唾を飲む。

その判決は即座に下された。

 

「同体!取り直し!!」

 

『再びの同体ーっ!手に汗握るとはまさにこの事、凄まじい取組です!かつて刃皇がここまでの接戦になる事などあったでしょうか!?』

 

『それよりも金鎧山が凄いですよ。刃皇の勝負勘に真正面から立ち向かい、見事に渡り合っています。綱取りに王手がかかる金鎧山、やはり刃皇を越えてこそという気迫が見えるようです……!』

 

興奮の絶頂となる国技館。

十四日目の結び、ともに12勝1敗という横並びの大関と横綱が魅せるこの大接戦。

 

──横綱は神の依代とも言われる。この時、この瞬間、土俵には確かに二柱の神が顕現していた。

 

神と成った彼らの取組を観て人々は大いに沸く。

その喧騒の中、一身に注目を浴びる土俵上の神たちの胸中は──……

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

(いいぞ金関。それでこそ大関、それこそ家族を守る父の姿だ)

 

十四日目の結びの一番。

二度の立ち合いを経て、刃皇は充実感に溢れていた。

自分の相撲人生を振り返ってみても、ここまで実力伯仲した取組は稀である。

怪我もなく、衰えも今(もっ)て問題ない状態。

強過ぎる自分と存分に渡り合う好敵手となった金鎧山に、至上の(よろこ)びを感じていた。

 

(……が、少しばかりくどい。強い相手と戦うことは本望だが、私が負ける事はもう金輪際許されないのだ。……そうだろう草薙よ)

 

思い返されるのは十二日目の結び、西大関“草薙剣”との割。

史上最強の横綱たる自分を、完膚無きまでに圧倒せしめたあの取組。

時代が変わる瞬間を見た、人生で二度目の経験である。

一度目のそれ(・・)は、大和国を制し仁王立ちする己の視界から。

そして今度は逆転した立場から。相撲の『始まり』と『終わり』、両方を贅沢に味わった。

だからもう不要なのだ、敗北の味は──。

 

──『横綱』とは、人にして注連縄をその身に張ることを許された、神の依代。抜群の力量、その地位にふさわしい品格を兼ね備えた、力士の頂点。

 

現人神 (かみ)はここにあり。それを証明し、有終の美を飾ろう」

 

ゴウ!と風が吹き荒れた。

その一陣の風は確かに刃皇を中心にして巻き起こり、人々はその立ち姿に垣間見た。

──神気溢れる(すめらぎ)の姿を……

 

「ならば私は錦上に花を添えよう。新たな命の誕生を祝う為に、私が新たな現人神(かみ)となる」

 

相対するは金鎧山。

かつての彼は無意識のうちに安定を求めて長らく大関の地位で満足していた、悪く言えば停滞していた力士である。

無論、安定を求めることは悪いことではない。現在第3子を身篭っている妻が居る現状を鑑みれば、7年も勤め上げたという実績のある『大関という仕事』を続けるのが父として正しいだろう。

だが、それは同時に『逃げ』でもあった。

一度でも負け越せば引退を迫られる横綱という地位は重い。家庭を守る事が第一となった父親に、それはあまりにも重過ぎた。

 

──『あなた……、私たちは枷じゃないわ』

 

だが、それは思い違いであった。

家族を想うあまり、その家族が重石となっていた事実。

それを押し付けていたのは他ならぬ金鎧山自身であったのだ。

 

「もう間違えない。私は横綱になって、家族とともに生きていこう!」

 

ザン!と掌が下ろされる。

その佇まいは『父』として『横綱』として、その責任を全うするという強い覚悟に満ちていた。

 

「いい面構えだ、金鎧山よ」

 

刃皇が不敵に笑う。

いよいよ始まる雰囲気を察した国技館が静けさに包まれる中、解説の緊張した声が走った。

 

『さぁ優勝争いの最前線!取り直しを2度経ての前代未聞ッ、驚天動地の3度目の仕切りです!』

 

『どちらも一瞬の決着、しかしその内容は非常に濃密なものでした。両者ともに相当な精神力を消耗しているかと思われます。果たして3度目となるこの立ち合い、どうなるのか……!』

 

ぐぐぐ……と両雄の身が屈められる。

ドクン…ドクン…、と静かに激しく動く鼓動。

うるさいほどの静寂の中、どこからか赤子の泣き声が響いた。

ゆっくりと、だが瞬時に掌が下ろされた──

 

「はっきよいッ!!」

 

「ッ!!」

 

「ッ゛!!」

 

ゴン!!!と凄まじい衝突音。

横綱と大関による本気のぶちかまし、その衝撃波が客席を駆け抜ける。

 

『ここへ来て全力のぶちかましー!互角ッ!やはり互角の立ち合いです刃皇、金鎧山!土俵中央でぶち当たるー!』

 

『ッからの四つ!がっぷり四つです!最後は力と力の勝負に出てきました!』

 

ミシミシと骨が、筋肉がせめぎ合う。

四つに組んでから微動だにしない両者、しかし膠着の裏では数多の攻防が仕掛けられる。

 

「ッッ!」

 

「ッ゛!!」

 

互角。ゆえに動けない。

歯が軋む。噴き出す汗が蒸発し、熱い血液が全身を駆け巡る。

瞬きの間に勝負は佳境。傍目からでは分からぬ壮絶な相撲が繰り広げられていた。

 

「……あ」

 

その時、誰かが呟いた。

横綱と大関が戦う土俵上、そこにありえない光景を幻視したからだ。

 

「草原が……」

 

地平の向こうにまで伸びる草原の大地。若々しい緑の海。

その中央で燃える2体の巨人(アヴァラガ)を──

 

「はっはっは!」

 

「っふ、はは!」

 

──楽しい。

思わず口角が上がる。

全力でぶつかり全霊の技で挑み、心を全開にしてもなお勝てぬ相手。退屈とは程遠い、最高の時間。

だがそれも一瞬。

直ぐに口を引き結び、全身に万力の力を込める。

いい勝負だった……、などと甘ったれた言葉は不要。

この楽しみを真に享受できるのは、どちらか一方、勝者のみ──

 

「フンッ゛!!」

 

先手は刃皇。

捻り、からの上手投げの合わせ技で崩しにかかる。

 

「ぁあ゛あ!!」

 

それに抗う金鎧山。

下手投げで対抗、一瞬の膠着に巻き替え──両差しを狙う。

そうはさせじと体を密着、隙間を殺す刃皇──から体を引いて金鎧山が突っ張り、間髪入れず捻りを加えた。

この意趣返しに耐えた刃皇が吼える。

 

「ッ金関ィ!」

 

「横綱ァ!」

 

刃皇の熟達した勝負勘、金鎧山の洗練されゆく勝負勘。

力士として、父として、──そして神として、畢生の軌跡をここに残す。

 

『心・技・体』──

 

『愛』──

 

『経験』、『歴史』、『格』──……

 

どちらも長く険しい道のりを歩んできた。

どちらが優れているのではない。人1人、それぞれの人生にそれぞれの価値がある。

だが、ここは土俵。

日ノ本の国技、大相撲のその頂。

明確な勝敗が如実に、現実に、──残酷に表れる場。

 

『捻りに耐えた刃皇!ッが、巻き替えて二本差しの体勢!?』

 

『速い!体が開いた僅かな隙間を見逃さぬ緩急鋭い刃皇!!そのまま押すッ、土俵外へ押し出していくッ!!』

 

(っ上手い!深く差されているが、閂の効かない絶妙な位置!廻しにも手が出せない……!)

 

押し込まれる金鎧山、だが思考は冷静。

刃皇の妙技に見惚れると同時に体は動いていた。

ガッ!!と両手で掴んだのは、刃皇の顔。

挟まれた刃皇の顔が呆ける。

 

「うっおぉお゛!!」

 

金鎧山の咆哮。

土俵際、押しの勢いを利用、体を入れ替えるようにして徳利投げが放たれた。

 

「っっ横綱の顔をッ掴むんじゃねぇええ!!!」

 

俵を踏みつける。

足の握力で掴み、耐える。

二本差しから廻しを引いて耐える。

恐るべき横綱の底力。

意地でも耐える刃皇──の瞬間、顔から片腕を一直線に下ろし、金鎧山が巻き替えた。

 

──ドクン、と誰もが目を見開いた。

 

1度は負けた差し手争いを、この土壇場で我が物とした金鎧山。

傍らには徳俵。その向こうは力士の死地。

それが意味することは──

 

「うぉぉおおおお!!!」

 

『掬い投げたー!刃皇の体が傾くッ!これは、これは──ッ!?』

 

雄叫ぶ金鎧山。

脇の下、投げの威力が完璧に伝わる位置。首裏も抱え、足も跳ね上げる。刃皇の上手が切れ、残るは俵を掴む足1本のみ──

 

『刃皇死に体!万事休……す……ッ落ちない!?信じられない刃皇っ、片足だけで残っているッ!?』

 

「俺の花道をっ穢すんじゃねぇええ!!」

 

刃皇の癇癪。

踏みとどまった体勢、その低過ぎる姿勢から金鎧山の足を外から刈った。裾取りだ。

 

バランスが崩れる──。

 

刃皇、金鎧山ともども土俵から勢いよく落ちていった。

 

『どっ、どっちだ!?またしても同時に土俵を割りました両雄!!』

 

『際どい!軍配は──っ!』

 

誰もが立ち上がって固唾を飲む。

一身に注目を浴びた立行司が、その軍配団扇を上げた。

 

「っ、刃皇 ()の勝ち!!」

 

『っ横綱だー!この壮絶な相撲を制したのは横綱・刃皇ー!優勝に王手をかけたー!!』

 

『いやしかし、またしても際どい結果です!また物言いがつくのではないでしょうか!?』

 

「そうだー!物言いだー!」

「裾取りで勝ってなにが横綱だー!取り直せー!」

 

解説の懸念に便乗した一部の観客が叫ぶ。

しかし審判部の人間は誰一人として手を上げない。

それはつまり、刃皇の勝ちが今度こそ揺るぎないことを意味していた。

 

『物言いは……ッつきません!十四日目の結び、白星は刃皇、刃皇です!2度の再戦を経て勝利を掴みました刃皇ー!!』

 

解説の興奮冷めやまぬ勝利宣言に、しかし観客は納得がいかなかった。

どこからともなく野次が土俵に飛び交う。

 

「ふざけんなー!あんな決着で納得するかよ!」

「大関との取組だぞ!裾取りなんてコスい技で勝って恥ずかしくねーのか!」

 

壮絶極まりない相撲だった。

それだけにこの結果──横綱の決まり手、裾取りに物議が醸される。

なりふり構わない勝利に『横綱としての風格』があるのか、と人々は叫び──……

 

パアァン!!!と柏手が全てを黙らせた。

 

刃皇……ではない。

その正面、金鎧山の柏手が皆の鼓膜を震わせたのだ。

彼はそのまま一礼すると、何も言わずに土俵から去っていった。

その後ろ姿に、野次を飛ばしていた観客もそれ以上何も言えない。何も、言えなかった。

静寂に包まれる中、解説がゆっくりとマイクに口を近づけた。

 

『裾取り……、相手に投げを打たれた際、片方の手で相手の足首を外側から取って倒す技です。確かに横綱の決まり手としてはあまり格好がつかない技なのかもしれません。……しかしあのタイミング、あの体勢で繰り出して勝利にまで繋げることは、横綱刃皇にしかなし得ぬ荒業だと私は思っています』

 

フォローというわけではない。

純粋に刃皇の底力、その勝負勘に驚愕するからこその解説。

敗北に喫した金鎧山も、刃皇の強さに礼節を尽くして土俵から去った。

この結果に文句が言えるのは、それこそ刃皇より強い者だけだろう。

 

『不穏な空気が漂った土俵ですが、しかし結果は刃皇に軍配が上がりました!これで14勝1敗、優勝と引退がとうとう目の前まで来ました刃皇!』

 

『初場所も残すところあと1日……!明日は大相撲の未来の行く末が懸かる、天王山となるでしょう!』

 

時代が違えば、確実に横綱として名を馳せる力士が一堂に会するこの『国宝世代』。

そんな彼らを軒並み抑え、その頂点に君臨し続ける刃皇の本当に計り知れない底力の持ち主だ。

いまだ衰えを見せぬ刃皇。

まだまだ強くなるこの偉大なる横綱が、このままでは引退してしまう。残される側にとって、これほど屈辱的なことはないだろう。

 

 

全ては明日、千秋楽に帰結する──

 

 

 

 

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