火ノ丸相撲外伝─昇る狼煙─   作:へるしぃーぼでぃ

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この2人の絡みを本編でも見たかった…





大包平彰義─白狼昇

 

「鬼丸ァ!」

 

「っ鬼切!」

 

両者平蜘蛛からの立ち合い、速攻。

鬼切が蹴手繰り、虚を突かれた鬼丸が咄嗟に振り返るも、その視界から逃げるように八艘飛びでさらに背後に回った鬼切が送り出しを仕掛けていた。

 

『あの鬼丸から背後を取ったー!?鬼切猛攻っ、あと俵半個分……!!』

 

『低い姿勢、俵と背中で耐える鬼丸!……っが、後ろ手で鬼切の膝裏を掴んでッ!?』

 

「があぁああ!!!」

 

「っ!?」

 

鬼丸の咆哮、その小さい背が立ち上がる。

抱えた膝裏、掴んだ手首を起点に背後にいる鬼切を持ち上げて……いや、両肩に担ぎ上げて見せたのだ。

これには鬼切も唖然とした表情を見せる。

 

「ッオラァア!!」

 

鬼の形相、容赦なく後ろに倒れ込む鬼丸。

下敷きとなった鬼切の口から「ごはっ」と空気が漏れた。

 

『襷反り……ッいや、これは撞木反(しゅもくぞ)りだー!鬼丸、伝説の撞木反りで決着をつけてみせましたー!』

 

『撞木反り……っ、初めて見ました!大型化が進む昨今の相撲では見ること叶わぬと言われる、本当に伝説の決まり手です!鬼丸の代名詞である低い身長とその体躯に見合わぬ剛力、そして軽量の鬼切が相手だからこそ成せた荒業と言えるでしょう……!』

 

撞木反り──。

現在の決まり手八十二手が制定されて以来、唯一1度も使用されたことがない決まり手。

そのあまりの珍しさ……というより誰も見たことがない大技に、国技館中が滾るように盛り上がっていた。

 

『一瞬の決着、衝撃的な相撲でした!平蜘蛛の姿勢からの蹴手繰り、さらに八艘飛びの奇襲で完全に優位に立った切関でしたが、そこから逆転の奇手で一蹴してみせた鬼関!まさに修羅の鬼同士の対決でした!』

 

興奮冷めやまぬ解説と万雷の歓声に包まれる中、立ち上がった2人の鬼は互いに苦笑を浮かべていた。

 

「はぁ……はぁ……っ、へっ……くそ、完全に勝ったと思ったんだけどな……っ」

 

「詰めが甘かったのぉ桐仁。……優勝は出来んかったが、これでレイナとの『愛』は本物だと分かってくれんか……」

 

申し訳なさそうに、その小さな背をさらに小さくしながら喋る火ノ丸。

そんな彼の態度に、息も絶え絶えな辻はバツが悪そうに顔を背けた。

 

「いや別に、疑ってねぇよ……っ。その件に関しては、完全に俺が悪かったっ。俺の醜い嫉妬で怒らせて、すまなかったな……」

 

【無道】の剣呑さは既になく、火ノ丸の背を叩いて辻は去っていった。これにて初場所、鬼切安綱の成績は10勝5敗で終える。

その背中を見送りながら熨斗袋を受け取った火ノ丸は深呼吸をひとつ、土俵からゆっくりと下りた。

9勝6敗。

今場所辛くも勝ち越した鬼丸は「よし」と気を取り直し、次の関取へ力水をつけるために柄杓を手に取った。

 

「勝ち越したが優勝圏外……、刃皇の引退阻止に貢献出来ん不甲斐ないワシに代わり、あとは頼んだぞ白狼!……、白狼?」

 

柄杓を受け取ったのは、今場所優勝候補に名を連ねる弟弟子、白狼昇。

……なのだが、その彼の様子がいつもと違った。

 

「…………へ?なんか言いましたか鬼関?」

 

「バ、バト!?」

 

取組前だというのに心ここに在らずといった風な白狼──バトに、火ノ丸は大いに狼狽えた。

普段の彼は常に闘気に満ちていて、ギラついた視線を周囲に振りまく野生児のような人物である。

間違っても取組前に集中力を欠く人間ではないのだが、今の彼はまさに集中力を欠いていた。

 

「お、おい!?どうしたんじゃバト!?なんか変なモンでも食ったんか!?」

 

「変なモン……、確かにコレは変なモンッスね。今まで全然意識したことなかったのに、考え出したら急にそれしか考えられなくなって……」

 

天王寺咲からのほっぺチュー。

これまでの人生は相撲一色、お陰で女性への耐性が殆どないバトは、それを考えただけで『心』が大いに揺らいでいた。純情極まれり、である。

しかし火ノ丸はそんな事情など露ほども知らない。

まったく要領を得ないバトの説明だったが、しかし火ノ丸はハッと気付いた。

それはかつての九月場所、礼奈と亡き母親のビデオレターに救われた翌日の大般若との一番。【鬼炎万丈・火力MAX】からの落差。

首投げ(♡♡♡)のことを考えてしまったその時の自分と、今のバトの姿が重なったのだ。

それに気付いた火ノ丸は真剣な表情を作ると、バトに静かに語りかけた。

 

「バト、それ(・・)を考えるのは悪いことじゃねぇ。むしろ自分を強くしてくれる、本当にかけがえのないモノじゃ。……けどな、そればっか考えてちゃなんにもならんぞ。区別をしっかり付けるんじゃ」

 

鬼丸としての熱い忠告を真正面から受け、浮ついたバトも流石にハッとなった。

そして白狼として、改めて両手で柄杓を受け取る。

 

「すんませんっス!ちょっと慣れない事だったんで動揺してました……、もう大丈夫です!」

 

力水を吐き出した白狼の顔は、しっかり力士としての顔になっていた。

火ノ丸は頷くと、もう一度弟弟子に激を飛ばした。

 

「千秋楽のお前の相手は、強いぞ!」

 

「ウス!承知してるッス!」

 

土俵に上がると、そこにはすでに塩を撒く大包平の姿が。

彼は覚悟を決めた白狼の姿を認めると、フッと笑った。

 

「そうだ。お前はそうでなくちゃな」

 

『さぁ鬼丸と鬼切の同窓対決を経て、次の取組もまたもや同窓対決となります!かつて鳥取白楼高校で鎬を削りあった大包平と白狼、幕内にて初の顔合わせとなります!』

 

『ここまで幕内下位らしからぬ強さを示してきた白狼。直近では前頭三枚目の大兜、前頭筆頭の大般若関を下して更なる注目を集めました。その快進撃により、この千秋楽ではとうとう三役の末席、小結の大包平と割が組まれる事となりました』

 

続く同窓対決にボルテージが高まる。

これに勝てば優勝争いへと踏み込める白狼に、それを阻止せんと大包平。

この一戦には多くの人たちが関心を寄せていた。

 

『幕内優勝……ひいては刃皇の引退阻止に向けて星を奪いたい白狼。かたや今場所は刃皇の優勝をアシストする姿勢の大包平。ともに負けられぬ取組となります』

 

『学生時代では高校ナンバー2という肩書きを持っていた包平関。しかし当時、白狼関はそんな彼よりも強いと豪語していたと情報があります!モンゴルより渡来せし国宝に並ぶ逸材、今場所の快進撃にも納得というものです!』

 

幕内下位力士と三役の対決。

それを盛り上げようと解説のこの情報に加納は苦笑し、バトはフンと鼻を鳴らした。

 

「まったく、何年前の話をしてんだか。昔勝ったからって今もそうだとは限らないのに」

 

「なんだ、お前のことだからてっきり『当然』って肯定するものだと思ったぞ。負ける可能性なんて考えないヤツだろ、お前は」

 

謙遜ともいえるバトの言動に、加納が意外だと驚いた。

しかしその反応にこそバトは尖った返事を返す。

 

「そりゃあの頃より遥かに強くなってるからね、僕もアンタも。……けど、負けることは微塵も考えてねぇ!」

獅子奮迅の相】──

 

早くも闘志を剥き出しに構える白狼。

その溢れんばかりの気迫に、大包平もスッと目を細めた。

 

「ああ、尖ってこそお前だ。……俺も、いつまでも『2番手』じゃないぜ?」

修羅の相・無道】──

 

ズズズ……、と禍々しい気配に包まれる大包平が立ち上がり、踵を返す。

瞬く間に一触即発な雰囲気。

2人の熱く冷たい覚悟は観る者全員に伝播し、濃厚な緊張感を館内に漂わせていた。

白狼は顔を拭きながら、改めて加納──大包平への実力を感じ取っていた。

 

(『真剣』の加納さん……大包平関とは初めて戦うことになるな。学生の頃でも肌を合わせたのは稽古だけ、個人戦の大会でも最後まで戦うことはなかった。……稽古場での勝利なんて忘れろ、全力で噛み殺せ!!)

 

獣の嗅覚を最大限にして警戒する。

相手はあの『国宝』“大包平彰義”。

歴代最強と名高き横綱・刃皇と誰より稽古し、一時は他の国宝を抑えて無敗を誇った猛者。

相手にとって不足など、あろうはずもなかった。

気を引き締め険しい顔つきになる白狼。

その正面で塩を撒く大包平も、相手への物思いに耽っていた。

 

(バト、まさかお前と本場所でやり合う事になるなんてな。……正直、恐いよ。お前の純度の高い殺気を真正面から受け止めきれる自信が、俺にはない)

 

事ここへ来て弱気な面が出てくる大包平。

他の力士ならば気合いを入れ直す場面であるが、しかし彼の『心』はあまりにも小さく、そして情けなかった。

それでも彼の番付は三役の地位『小結』。

運や偶然では決して辿り着けぬ、次代の横綱候補『国宝』の名を冠する猛者である。

 

(……だからこそ、殺られる前に殺るんだ!!)

 

自信のない己を殺し、恐怖の(しがらみ)を切り拓かんと修羅がその身に渦巻く。

相手が殺しに来るならば、こちらが先に殺せばいいと剣呑な気配を漂わせた。

ザン!と土俵中央、中腰の両者から殺意滲む視線が交錯する。

 

『さあ時間いっぱい!土俵の2人はすでに臨戦態勢、大包平が先に掌を下ろします!』

 

『三役の地位、小結の意地を見せつけるか大包平。それとも下位から駆け上がってきた新進気鋭の白狼が喉笛を喰い千切るのか、必見です……!」

 

ドクン、ドクン、と鼓動が高鳴る。

その高鳴りは緊張か、高揚か。はたまた恐怖か。

どんな感情にせよ、この土壇場でそれを感じるならばそんな自分をぶつけるしかない。

覚悟を決めた両者が、刹那、動いた。

 

「はっきよい!!」

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

獣の荒々しい牙と流麗な刃が激突する。

開幕、ぶちかましの衝突は五分だった。

 

獅子奮迅】打突の型──『狼筅

「ぉおお!!」

 

しかし直ぐに白狼の突っ張り、張り手が繰り出される。

五條悠真の空手をベースにした特殊な『弾く突き』。

加えて鬼丸の暴力的な『張り手』。

白狼の肉体のしなやかさ、気性の荒さにより成立した独特な押し相撲が展開された。

初見で凌ぐのは困難。だが──

 

「俺をっ、舐めるな!」

羅城閉門──閂『大手門

 

白狼の特質的な打突、それを数手で見切った大包平が閂で捕らえた。

ゴリッ、と骨の転がる音が耳に届く。

 

「オラァア!」

 

だが白狼は臆することなく前進。極めを外して掬い投げる。

投げに耐えた大包平、無道の踏み込みで白狼の胸へぶちかます。

死にたくなければ進むしかない。

噛まれ斬られ、開始早々土俵が血に塗れた。

 

『っ展開が素早い!両者、攻撃は最大の防御とでも言わんばかりの怒涛の攻めです!』

 

『挑む側である白狼関は言わずもがな、包平関の踏み込みも深い!これは中々の乱戦となる模様ですっ』

 

城門に群がる獣、少しでも隙間が開けば流れ込む。

それを分かっている大包平は、それでも堅牢な門の中から仕掛けた。

 

「しゃぁあ!!」

羅城開門──かち上げ『虎口喰違(こぐちくいちが)

 

攻め来る白狼にカウンター。

強烈なかち上げが白狼を襲う。が──

 

「ッッがぁあ!!」

 

顔が仰け反るも体は前へ。

攻めるために僅かに開いた門、その廻しに触れる。

 

(甘い!)

羅城閉門──おっつけ『搦手門

 

だが即座に対応する大包平。

堅守とはまさにこの事、計算された城門が獣を弾き返した。

 

『白狼の怒涛の攻めを尽く潰します大包平!押しに響かず四つにも組ませないっ、堅守の城門は健在だー!』

 

『元々守りの相撲を得意としていた大包平。そこから一時は捨て身の相撲を取った事もあり、守りながら攻めるという新たな境地へと至っています。今場所こそ割を食っていますが、その実力は低く見積っても大関クラスと言っていいでしょう』

 

均整の取れた『体』に、刃皇と誰より稽古を積んで磨かれた『技』を持つ大包平。

そんな彼が弱いはずがない。

揺れる『心』も肯定した今、彼の強さは(いただき)さえも揺るがすものとなる。

 

──〖無道・神色自若

 

死を恐れ、なお死地へ踏み込む覚悟。

迷っても構わない、そんな弱い自分も認めてこの道を進もう。

 

(遠慮はしない!)

羅城開門──変形掬い投げ『武者返し

 

おっつけ、からの攻めを緩めぬ白狼に対して鮮やかに掬い投げに繋げる。

そのあまりの流麗さに白狼が土に付けられ──

 

「ッらぁあ!」

 

「ッ!」

 

獣の咆哮。

大包平の腕が連結しきる直前、強引に体を前に倒して掬い投げから脱した。

 

(アンタの技は研究済みだ!)

──『獣の如し

 

鬼丸から直々に教わった大包平の技、その脅威。

極まると脱するのはほぼ不可能、ならば極められる前に生存本能を駆使して躱す。

投げを抜けられ背中を晒す大包平、その背に獣が爪を立てて──

 

(鬼丸にでも教わったか……、だが問題ない!)

──『離見の見

 

白狼に一瞥もくれず旋回。

まるで土俵を上から見ているかのように動き、精確に白狼の廻しを掴むと出し投げが放たれた。

 

(それも知ってる!)

「ぉおお!!」

 

獣のように走り、投げに追いつく白狼。

大包平の正面に立ち回り、ついに廻しをその手に掴んだ。

 

『白狼廻しをっ、大包平も上手を引いたー!土俵中央、がっぷり四つです!!』

 

目まぐるしく動く土俵、からの四つ。

この激しい展開に誰もが目を離せぬ中、争う2人は期せずして同じ思いを抱いていた。

 

((強い!あれからどれだけの鍛錬を積んできたのか、これが“大包平彰義”/“白狼昇”……!!))

 

ミシミシと骨が響く──

全身の筋肉が痙攣する──

明滅する視界、脳からの激しい信号──

 

全身全霊。

まさにその言葉を体現した2人が望むことはただひとつ。

 

勝利を──。

 

目の前の男を土俵から引きずり下ろし、誰の目にも明らかな勝利をこの手に掴む。

 

「がァあ゛!!」

 

「しゃぁあ゛!!」

 

叫ぶ。

上手投げを仕掛けた大包平に白狼が吊り上げ、外掛けられた足をそのまま櫓投げに繋げる。

喉輪で突き離す大包平、反れる白狼が腰投げ。

耐えた大包平が足の軸を回転して再びの上手を掴んで投げる──が、これにも耐えた白狼が距離を取らんと乱打、乱打、乱打する。

 

『き、決まらない!入れ替わるようにして攻める両者ですが、しかし決まらない!!』

 

『多彩で鋭利な技がこれでもかと飛び交う……!しかしこの激しい攻防、凄まじく体力を消耗するはず……!』

 

その言葉通り、すでに呼吸が乱れる両者。

しかし動きは止まらない。

相手の息の根を止めるまで動き続ける。斬り続ける。噛み続ける。

──そして、その瞬間は訪れた。

 

「おらぁあ!!ッ!?」

 

白狼の打突、その下を掻い潜った大包平の刀身が光った。

それは、どんな強者も屠る必殺の計略。

 

羅城閉門──押し出し『(かつ)え殺し

 

上手も下手も許さぬ構え。

相手を飢餓させる必勝の型が、ついに餓狼を捉えた。

 

『大包平磐石の構え!押す、一気の出足ー!』

 

『俵に足が掛かる白狼!ここまでか……ッ』

 

「ッッ!!」

──っ足掛けのみの二丁投げ

 

咄嗟に出た足技。しかしそれは空を切る。

 

「それは『見た』。想定済みだ」

 

俯瞰する大包平が、その振るわれた足を半身で避けた。

土俵際まで追い詰めてもなお冷静。最後まで慢心は、ない。

 

(これで終わりだ!!)

 

その動きは淀みなく、名刀の名のままに鋭い斬れ味を発揮した。

 

大包平、修羅の相──【禍福無門の相

切り返し──『斬込接(きりこみは)

 

起死回生の二丁投げ、それをスカして側面から斬り込む。

獣の死に際の執念さえも利用した、圧倒的なまでに冴え渡る技巧。

白狼の体が土俵の外へ躍り出る──……

 

「まだやで。その獣は首だけんなっても噛みつく奴や!」

 

観戦していた童子切の叫びと同時、白狼の牙が喰い込んだ。

切り返された足、その爪先が大包平のふくらはぎに引っ掛かる。

伸ばされた腕が大包平の首元、さらにその向こうの上腕を掴み上げた。

勝負はまだ、決していない。

 

「くっ!?」

 

「ぉぉおおおッ」

 

苦悶の大包平、白狼の咆哮。

この身に土が付くまで諦めない、醜くとも構わない。がむしゃらに、この身が動く限り、抗う。

『心』・『技』・『体』、そして相手の想像を超える『執念』で持ってして血肉(勝利)を貪らんと狼が猛り狂う。

倒れこむ両者。

高さ60センチの土俵から、一気に2人の姿が落ちていった。

あまりにも判定が際どい。

見事な切り返しでトドメを刺した大包平に、首を斬られても執念で最後まで抵抗した白狼。その軍配は──……

 

「……ッ白狼(西)の勝ち!!」

 

『っは、白狼だー!!物言いも……つきません!同窓対決を制したのは平幕の白狼昇ー!!』

 

『な、なんという勝利への執念……!決まり手は後ろもたれでしょうか!?包平関の切り返しは完璧でしたが、白狼関の勝利への尋常ならざる『飢え』がこの結果をもたらしたと思われます……!』

 

今回の取組、どちらかといえば終始大包平のペースだった。

怒涛の突き押しを真正面から封じ、土俵際暴れる白狼も完璧に翻弄してみせた。

だが勝ったのは白狼。

喰らいついた牙を最後まで緩めなかった、まさに執念の勝利である。

 

「ハァ……ハァ……っ負け、たか。俺じゃ……役者不足だったみたいだな……」

 

起き上がった加納が残念そうに、しかし納得した表情で立ち上がる。

そのまま汗だくなバトに手を差し出すと、バトは「フン」と鼻を鳴らした。

 

「なんでそんな直ぐに……っ弱音を吐くかな、アンタは。負けたんだからっ……もっと悔しがってくださいよっ」

 

加納のこういう物分りの良い性格が鼻につくバトは、つい口調を荒くしてその手を取った。

この言葉に加納も「ハハ」と申し訳なさそうに笑う。

 

「ふー……、まぁ、そういうところなんだろうな、俺が不覚をとったのは。……けど、言っちゃなんだが勝利を手繰り寄せたのはほぼ偶然だろう。俺に手こずってるようじゃ、この後の決戦は厳しいぞ、バト」

 

決戦──千秋楽にて本割の最高成績者が複数出た場合に行われる、優勝決定戦。

現在、横綱・刃皇が1敗を守っており、このまま彼が勝てば幕内優勝、そして宣言通り引退となる。

だがその千秋楽の相手は『国宝』“童子切安綱”が務める。

これにより星の動きが読めず、人々は期待しているのだ。

かの灼熱の九月場所、あの熱気の再来を──。

 

「白狼関、お前は2敗を死守した。今場所刃皇をアシストすると決めた門番の俺を倒したんだ。……期待するぜ?」

 

【無道】のような、しかし悲壮感を含まない悪い顔で大包平が白狼を煽る。それに対して白狼は一言「おう!」と返した。

そんな熱気溢れる後輩に、加納は一言付け加えた。

 

「……の前に、勝者の報酬を受け取っとけよ」

 

去っていく大包平の背。

バトはしばらくその言葉に「?」と首を傾げていたが、唐突に咲の顔を思い出して心臓が早鐘を打ち出した。

時を同じくして、観客席の一角で頬を上気させている女性──天王寺咲が居た。

 

「うぅ〜!バトさんのほっぺに……!せや!いっそ悩殺したったらええねん!私の魅力にかかればあんなワンちゃんイチコロにしたるわ!!」

 

突如謎の叫び声を上げた咲、

その隣に居た堀千鶴子が「きゅ、急にどうしたの?」と彼女を心配そうに見やる。

ハッとなった咲が気まずそうに恥ずかしそうにオロオロするが、直ぐに意気揚々と立ち上がった。

 

「な、なんでもないですわよ?……じゃあ私は白狼関に勝利者インタビュー行ってくるわ!ほなな!」

 

堀の返事も待たず小走りに去っていく咲。

途中、何もない所で躓く彼女の背を見送りながら、堀の記者としてのカンが働いた。

メガネがきらりと光る。

 

「バトさんと何かありましたね……咲ちゃん!」

 

頬に接吻ごときでこの取り乱しよう……、そういう事(・・・・・)なのだろう。

しかし本人たちにはあまり自覚が無いらしく、とてもいじらしいものを見た──……とは、こっそり尾行していた堀談である。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「勝負あり!草薙(西)の勝ち!!」

 

大相撲初場所、千秋楽【●金鎧山─草薙〇】。

“草薙剣”として覚醒した彼の快進撃は止まらず、ベテランの金鎧山すらも一気の出足で寄り切っていた。

これで草薙は13勝2敗(●内訳:鬼丸、童子切)、優勝決定戦への切符を手に入れた事になる。

 

「ハァ……ハァ……ッやはり強いな、君たちは」

 

金鎧山が悔しそうに土俵から下りる。

今場所12勝3敗(●:童子切、刃皇、草薙)。

綱取りへの足がかりとしては申し分ない成績であるが、優勝決定戦へその歩を進めることは叶わぬ位置となった。

 

『凄まじい強さを見せつけてくれました草薙関……!綱取りの懸かる金関を一蹴し、優勝決定戦に向けて淡々と歩を進めます!』

 

『これにて現在、15日を終え2敗のラインに立つ力士は……なんと4名!さらに驚くことに、大関・草薙に続く3名は全員が幕内下位力士となります!』

 

解説が声を荒らげるのも無理もない。

幕内力士でも上位と下位に分割される階級制の中、勝ち星を上げて上位に挑み、なお星を喰らい続ける猛者が3名も現れたのだ。興奮するなと言う方が無理な話である。

 

『番付を見て侮るなかれ!番付が上から順に、東前頭十五枚目の蜻蛉切関、続いて西十六枚目、白狼関!そして新入幕の東十七枚目、黄泉関が現在2敗のラインに立っております!』

 

蜻蛉切(見)(●:鬼切、草薙)

白狼(柴)(●:蜻蛉切、黄泉)

黄泉(朝)(●:岩竜、数珠丸)

 

いずれも国宝世代。

だがその国宝の影に埋もれ今まで目立つ事のなかった──、そして折られた逸材たちでもある。

そんな彼らが成長し、力を付け、今この時を風靡していた。

 

『かつては小結に位置していた蜻蛉切。腰の不調を機に下位に定着して久しい彼ですが、今場所とうとう完全に復活した模様です!今日の千秋楽、三名槍対決となった御手杵戦を見事に制し、その看板に力を取り戻しました!』

 

『そんな彼を追随するように土俵を駆けるのは、話題に事欠かないあの柴木山部屋の力士、白狼関です。二日目にて蜻蛉関に敗れるも、後半にて上位力士相手に星を喰い荒らす型破りな相撲を魅せてくれました。モンゴル出身故に国宝の二つ名で呼ばれる事はありませんが、確実に国宝と並ぶ実力を有しています』

 

もとより国宝級と謳われる両者。

その言葉に偽りはなく、千秋楽のこの日に示し合わせたように集っていた。

 

『そして新入幕ながらこの優勝争いに割り込んできた黄泉関!兄弟子の大包平に代わり刃皇の引退を阻止しようというのか、今宵太郎太刀関を降し勢い十分です!もし彼が優勝すれば、百余年ぶりの新入幕優勝となりますでしょう!』

 

「ハァ……場違いだよなぁホント。俺だけ『格』がさ?ひとりだけ明らかに浮いてるじゃん」

 

東の支度部屋。

解説の紹介に案の定愚痴を零す四方田だが、その愚痴を聞いた加納が彼の背を叩いた。

 

「おいおい、場所中は弱音を吐かない約束だろ?……まぁ、言わんとしてることは分かるが……」

 

かたや天下三名槍、かたや純然たる国宝級力士だ。

そんな2人に並べられた四方田の肩書きの無さは確かに浮いて見えるが、しかし彼らの認識は違った。

 

「黄泉関か……」

 

「黄泉比良坂……、ああ、あの新入幕の」

 

白狼と蜻蛉切、彼らはこの事実を必然と捉えていた。

実際に肌を合わせた七日目、土に付けられた白狼は言わずもがな、取組編成の妙で割が合わなかった蜻蛉切も彼に関心を寄せていた。

新入幕らしからぬ胆力、その佇まい。

勝ち星を連ねても決して舞い上がらず、淡々と目の前の取組をこなす廻し姿。

──平静。

常にブレぬ『心』の持ち主は、刹那の世界である相撲において最も驚異であるからだ。

 

「才能っていうのは本当、色々なモンがあるよな」

 

支度部屋にてしみじみと語る蜻蛉切。

その傍らには十両優勝を飾り来場所幕内昇進を決めた疾風島関──相沢が、そんな彼にフッと笑みをこぼした。

 

「けど、勝つんだろアンタなら」

 

「……ま、優勝決定戦が始まればだけど」

 

「勝つさ。アニキ……童子関なら」

 

時を同じくして、観客席から土俵を見守るバトがそう息巻いていた。

その周りには柴木山部屋の力士たちが勢揃いし、同じく土俵に……の前に、バトの頬に注目していた。

 

「そのほっぺ、どうしたんですか白狼関?」

 

何も知らない星野の純粋な疑問に、バトは「なんでも」と素っ気なく返す。

その片頬には痛々しい真っ赤な紅葉がクッキリと散っていた。

 

「そうそう、なんでもないねん。ほら、お兄様の応援しよか星野くん」

 

その隣に居た咲がニッコリと笑う。

有無を言わせぬ雰囲気を纏った彼女に星野がワケも分からず恐縮する中、悟り顔の火ノ丸、大河内と寺原はバトを射殺さんばかりに眼力を飛ばすなど、ずいぶん賑やかしであった。

 

「さて、君たち。気を取り直してこの一番をよく見ておきなさい。どのような結果になろうと、大相撲の歴史が変わる瞬間ですよ」

 

そんな面々を、冴ノ山の声が引締めた。

彼は今場所10勝5敗(●:大般若、童子切、金鎧山、草薙、刃皇)、優勝争いには参加出来ぬ悔しい成績で終えた。

しかしこの最後の一番、こればかりは自分の成績など関係なしに目が離せないものであった。

それは一同も同じ、緩んだ空気はすぐに霧散して土俵に注目した。

 

『今場所、最後の一番であります』

 

場内アナウンスとともに2人の力士が立ち上がる。

 

歴代最強と名高き東の正横綱、“刃皇晃”。

 

次代の横綱候補『国宝』世代。その中でも中心人物に名を挙げられる東大関、“童子切安綱”。

 

実質的な角界の2トップ。

この2人の登場に国技館がワッ!と沸いた。

皆、この大一番を観るために今日国技館へ足を運んだ、と言っても過言ではない熱気が巻き起こる。

 

『優勝決定戦を待ち構える2敗の力士たちを紹介しましたが、しかしこの一番!この大一番の結果が全てです!刃皇が勝てば幕内優勝、そして我々にとって無念の引退!しかし童子切が勝てば大相撲史上類を見ない、6名による優勝決定戦が実現されるのです!!』

 

唾を飛ばして叫ぶ解説に観客の誰もが同意する。

刃皇の45度目の優勝も偉大であるが、しかしそれ以上に観たいのだ。

童子切が勝つ姿を。優勝決定戦で更なる活躍を魅せる国宝たちの姿を。

 

『さあ、東に刃皇、西に童子切。歴史に名を残す偉大なる2人の力士が今、土俵に上がります!』

 

 

 

 

 

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