火ノ丸相撲外伝─昇る狼煙─   作:へるしぃーぼでぃ

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因縁の対決




【二日目】蜻蛉切瑠偉─白狼昇

 

ワァア……、と歓声が壁越しに聞こえてくる。

余程の好取組だったのだろう、まだ幕下の時間のハズであるが、国技館は熱狂に包まれていた。

 

「……」

 

「……」

 

だが今ここ、国技館内2階の人通りが少ない廊下にて。

その場に鉢合わせた2人は、熱気とは程遠い異様な緊張感を漂わせて相対していた。

 

「……よお、蜻蛉関」

 

「そんなに睨んで何かな?白狼関」

 

西前頭十六枚目、“白狼昇”。

東前頭十五枚目、“蜻蛉切瑠偉”。

 

この後の取組で雌雄を決する2人が、早くも火花を散らしていた。

遠巻きに視線だけで見守る通行人たちは、しかし注意深く見れば、メンチを切っているのは白狼のみである事に気付いた。

蜻蛉切──山本瑠偉は泰然とした様子で白狼───バトの出方をジッと見下ろして待っている。

そんな目を逸らさない蜻蛉切に痺れを切らしたのか、白狼はバツが悪そうに舌打ちを打った。

 

「……ッチ、なんでもねぇよ。ただ、テメェは完膚無きまで叩きのめす……!」

 

「そうかい。まあ、俺も番付を上げるために君を倒すよ。……お互い怪我をしない範囲で頑張ろうか」

 

ブチッ、と音が聞こえた気がした。

 

「ッどの口がほざきやがる!!テメェはっ、テメェのせいで丸さんは……ッ!!」

 

今にも噛み殺さんばかりに睨む白狼。

 

──丸さん、とは柴木山部屋所属の薫丸弘樹、白狼の兄弟子に当たる力士だ。

 

その彼は1年と少し前の岐阜での巡業中、蜻蛉切との取組で膝を負傷し翌場所は休場、十両昇進の話が露と消えてしまった過去がある。

その騒動自体は『取組中の不幸な事故』として収束したのだが、以降柴木山部屋の一門、特にその場に居合わせた白狼は蜻蛉切を目の敵にしているのだ。

 

曰く「故意に怪我をさせたかどうかは、目を見れば分かる」と。

 

その禍々しい気に当てられて場が騒然とする中、対する蜻蛉切は変わらず佇んでいた。

ふぅ、とその口からため息が吐かれる。

 

「その件は悪かったと、今では本当にそう思ってるよ。……ほら、俺自身も前に腰を痛めたからさ、怪我に対しては意識を改めて……」

 

「なら!!……今場所もせいぜい怪我に気を付けンだな、蜻蛉切……ッ」

 

蜻蛉切の言葉を遮り、荒ぶる口調でその場をあとにする白狼。

その鬼気迫る後ろ姿を、蜻蛉切は再びため息を吐いて見送った。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

『満員御礼の国技館、二日目も盛況に包まれます大相撲!』

 

『昨今、幕下の取組でも歓声が目立ってきましたね。これも国宝世代が台頭してきた影響……、ひいては1年前の九月場所にて大立ち回りを演じた幕内最小関取、鬼丸関の話題性のお陰でしょうか』

 

大相撲史に刻まれたあの灼熱の九月場所。そこで波乱の優勝を果たした鬼丸国綱の取組は今も語り草であった。

 

史上最強の横綱・刃皇の引退宣言から始まったあの夏。

 

その横綱と本場所中にまさかの公開稽古、2連敗からの劇的な連勝、交際を飛び越えて公開プロポーズを経てからの優勝……と、正に鬼丸尽くしの場所だったと言える。

そんな彼の巻き起こした熱風は衰えるところを知らず、発奮材料となってより大相撲を盛り上げていた。

 

『そうですね。そんな鬼丸が所属する柴木山部屋ですと、兄である冴ノ山も大関に昇進して久しいですね。柴木山親方も鼻が高いことでしょう』

 

『柴木山部屋の力士は話題に事欠きませんね!このあとの取組も件の部屋の力士、先日三尾錦を撃破しました白狼の登場です!』

 

解説の声と共に土俵へ上がる白狼。

その姿は明るい紹介とは対照的に、修羅に憑かれた様相を呈していた。

迎えるは蜻蛉切。

白狼から放たれる不穏な空気に、然しもの彼もスッと目を細めた。

 

「……やっぱまだ根に持ってんのかね、アイツ」

 

西側の花道では白狼の付き人、兄弟子である寺原が不安そうにそう呟いた。

その横で同じく付き人の弟弟子、星野もゴクリと唾を飲み込む。

 

「無理もないですよ。薫丸さんは怪我こそ治りましたけど、十両はおろか一時は三段目にまで番付が落ちてしまったんですから……」

 

番付を上げるのは容易ではなく、しかし下がる時は一気に下がる。

10年かけてやっと十両昇進を果たした薫丸の無念を思えば、白狼の気迫も推して知るべしだろう。

しかし寺原の心配事は、それを気にし過ぎる今の白狼だ。

 

「だけどよ、親方や冴さん……、それに丸さん本人からも『熱くなるなよ』って注意を受けてたんだぜ?それなのにアイツは土俵に上がった途端あの様子だ。俺から見てもあんな荒れた『心』じゃあ、ちっとマズいと思うぜ?」

 

寺原の言うことは最もだ。

一瞬で勝負が決まる相撲において『心』の有り様はとても重要視される。仇を前にした今の白狼は、傍目から見ても異様な雰囲気を放っていた。

 

そんな修羅の形相に正面から睨まれる蜻蛉切であるが、彼は怯むことなく淡々と静かに構えをとった。

 

トン、と両掌が土俵に置かれる。

その待ち構える姿からは『受けて立つ』と無言の列気が放たれていた。

 

「ッ!……上等だテメェ!!」

 

それを見て、白狼が声を震わせ掌を落とそうとする。

……が、寸前でピタリと止まると勢いよく立ち上がった。

天井を見上げ、フーッ、と勢いよく息を吐く。

 

『白狼、呼吸が合いません。どこか気負い過ぎている様子ですね』

 

『無理もありません。なにせこの体格差、意識しない方が難しいでしょう』

 

欧州の血が流れる蜻蛉切は、幕内に於いても巨漢を誇る。

解説の言うことは最もであるが、本当の焦りの理由は白狼の心の問題だった。

今のままでは負ける、と本能的に感じ取り、自ら間を取り持ったのだ。

 

(ッ危ねぇ、勢いのまま突っ込むところだった……。悔しいけど、コイツは生半可な立ち合いじゃ倒せねぇ。集中しろ!!)

 

気合いを入れ直す白狼。

憎き相手ではあるが、その強さは本物。怒りのままに突撃しても勝てないことは、それこそ身をもって知っていた。

 

「位置に構えて!」

 

行司の声とともに蹲踞する。

もう一度深呼吸して身を引き締めた白狼だが、その時、前方から漂う雰囲気にハッと視線を上げた。

そこには、すでに掌を下ろして待ち構える蜻蛉切の姿があった。

 

──〖静謐の相

 

泰然と佇むその姿。

全てを悟ったような蜻蛉切の相に、白狼はいよいよ血腥(ちなまぐ)い牙を剥いた。

 

(コイツ……ッ、なにを悟ったような顔してやがる!!)

 

白狼の掌が土俵に叩きつけられる。

瞬間、行司の鬨の声が上がった。

 

「はっきよい!!」

 

檻から放たれた獣が一気に飛びついた。

姿勢は低く、最短距離・最速で廻しを掴んで咬み殺……──

ゴッ!!と鈍い音が殺意を阻んだ。

 

『蜻蛉切ッ、強烈なかち上げー!!低い姿勢で懐に入ろうとした白狼の上体を起こしたー!!』

 

仰け反る体。遠ざかる廻し。

白狼の殺意など意に介さず、冷静に対処した蜻蛉切の動きは素早かった。

かち上げで上体を起こしてからの四つ。瞬く間に蜻蛉切の必勝パターン──……

 

(ッやっぱ強ぇ……けどッ!!)

 

白狼の姿がブレた。

片足を軸にして体全てを回転、かち上げの衝撃で空いたスペースに強引に体をねじ込んでみせた。

 

『ッ白狼、強引に蜻蛉切の横に付けたー!』

 

真横から廻しを引かれて蜻蛉切の目が見開かれる。

一瞬の好機、白狼は回転の勢いに乗せて必殺の足技を放った。

 

側面からの二枚蹴り──『狼牙咬合

 

完全に虚を突いた一撃。

バシイィン!!と蜻蛉切の足が刈られ……

 

『ッ崩れない!!蜻蛉切の足は微動だにしません!!』

 

ギシリ、とまるで土俵に杭を打っているかの如く動かない。

 

白狼、身長181センチ、体重120キロ。

蜻蛉切、身長192センチ、体重163キロ。

 

その差はまさに獣と重機のように、残酷なまでの体格差となって白狼の勝機を踏み潰した。

 

「もっと体を作ってから出直してきな、犬っコロ」

 

振り返り様、ドッ!と雑な突っ張りが白狼を襲う。

それだけで一気に土俵際まで吹き飛ばされる白狼。欧州の血が流れ備わる怪力を前に、軽量の白狼は為す術もなく……

 

(フザけんな!!まだ勝負は、終わってねぇ!!)

打突の型──『狼筅

 

迫る蜻蛉切に鋭い突っ張りが幾つも放たれ、その鋭い刃は装甲に傷を付ける。

しかし、それだけ。勢いまでは殺せない。止められない。

 

ぶちかまし──『機重轟進

 

障害物ごと轢き殺して突き進む、その勢いはまさに起重車輌(ブルドーザー)

哀れな獣に肉薄し、爪と牙を真正面からドッ!と打ち砕いた。

 

『蜻蛉切、強烈なぶちかましー!!白狼の体が土俵の外にッ!』

 

圧倒的な重機の威力。

白狼の体が吹き飛ばされ、上体などすでに土俵外に浮いていた。

誰が見ても、すでに死に体だった。

 

「ッまだ、終わりじゃねぇええ!!!!」

 

だが死の寸前、火事場だからこそ湧き上がる力がある。

吼えた白狼は下手を引くと、強引に体を伸ばした。

蜻蛉切の巨体が浮く。大番狂わせに観客が目を剥く中、体を入れ替えるようにして捻られ──……

 

「させねぇよ」

 

どこまでも冷静な蜻蛉切の声。

捻ろうと白狼の伸びきった足、それを外掛けた。

執念で保たれていたバランスがそれだけで失われる。蜻蛉切の巨体を上に、白狼の体がドシャリと押し潰された。

 

蜻蛉切()の勝ち!!」

 

放心する白狼も一瞬、行司の声を聞いてギリッ、と奥歯が噛み締められる。

その横では共に土俵に倒れ込んだ蜻蛉切が、体の具合を確かめながら立ち上がっていた。

 

「よいしょっと、……怪我はない、か。……そっちは大丈夫かい?」

 

「ッッ!!」

 

倒れる自分に差し出された手。

その手を白狼は、反射的に弾いてしまった。

 

『あっと白狼!?蜻蛉切が差し伸べた手を!?』

 

『これはいけませんね。白狼、礼節を欠く行動です』

 

解説が唖然とする中、白狼も自身の行動の意味に気付いて下を向く。

恥や品格、なにより負けた悔しさが、白狼をさらに下を向かせた。

 

「おい」

 

だがそんな彼の顔を上げさせたのは、憎き蜻蛉切の声だった。

白狼は視線だけを彼に向ける。

 

「……なんだよ」

 

「怪我はなかったか?」

 

再びの安否の確認に、今度こそ白狼の目が見開かれた。

蜻蛉切の表情、その『目』が、本当に自分を気遣っているのを感じ取ってしまったから──……

 

「……ッねぇよ!クソ!!」

 

それが信じられず、しかし現実に気遣う蜻蛉切の態度に混乱する白狼は乱暴に立ち上がると、そのまま土俵の端に移動していった。

動揺の走る観客席に、同じく解説のふたりも冷や汗を流しながら仕事を再開した。

 

『幕下の頃から気性の荒さが目立つ白狼ですが、いやはや、騒然としました土俵上。……改めまして、今回の取組は蜻蛉切の圧勝という形でしたね』

 

『ええ、蜻蛉切の相撲は全体を通して落ち着いていました。特に最後の白狼のうっちゃり……それを冷静に対処したのは見事と言う他ありません。幕内上位にいた頃はムラッ気があり品格に欠ける力士でしたが、ケガを経て心境に変化があったのでしょうか。心構えが如実に表された取組と言えるでしょう』

 

『そうですね。思えば先場所十一月の時から、蜻蛉切の相撲には明確な変化があったと思われます』

 

先の十一月場所。

そこでの蜻蛉切は十日目まで全敗し、あわや幕下まで降格かと思われたが、十一日目を境に全勝。今場所、辛うじて幕内に在位していた。

 

『上位から下位に落ちた時、モチベーションを保つのは非常に難しいです。そのまま引退を決意する力士も少なくないですが、彼にとっては得難い経験となったのでしょう。もとよりパワーのある力士です、その力を存分に発揮した彼を止めるのは難しいですよ』

 

堕ちても天下三名槍のひとり。

過去を清算したその若武者への期待値は非常に高まっていた。

 

(得難い経験、ね……)

 

そんな将来を有望視される蜻蛉切は、俯いて土俵を去る白狼の背中にかつての自分を重ねていた。

 

──腰を負傷しながら挑んだ1年前の九月場所。十一日まで全敗した後、休場した忌まわしきあの熱気。

 

あれから失意に燻る自分に、元付き人である相沢──今は十両力士“疾風島亮”から先場所ついに諭され、口論に発展し、最終的には稽古だと言い張り壮絶な相撲──もはやあれは喧嘩だった──をした事が思い返される。

相撲では負けたことがないのに、あの喧嘩相撲ではまるで歯が立たなかった。

そうして完膚無きまで打ちのめされ、堕ちて落ちたドン底で悟ったのだ。

才能とは、体格や腕っぷしだけを指す言葉ではないと。

 

(十両になるまで10年……、その『才能』を見習っただけだよ)

 

今場所に備え、相撲を基礎からやり直した。才能に胡座をかいていた自分を徹底的に締め直し、こうして土俵に戻ってきた。

今にして思えば、柴木山部屋にはそういうヤツらばかり……、加えてその中でも最たる『鬼』がいる。

ひと昔前までは目障りとしか思えなかった小兵の力士に今は畏敬の念を抱きながら、蜻蛉切は土俵から降りていった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「チクショウ!!」

 

夜の帳が落ちた初場所二日目、柴木山部屋にて。

その憤懣に満ちたバトの声は、鉄砲柱に当たる衝撃と共にさらに蓄積していくようだった。

関取の気に当てられて幕下以下の力士たちが居心地の悪そうにしている中、その空気を両断するように柴木山親方の低い声が走った。

 

「バト、ちょっと落ち着こうか」

 

「落ち着いてらんねぇっスよ。俺は、もっと強くならなきゃなんねぇ……!」

 

尊敬する親方に目も合わせず、ひたすら鉄砲柱に向かい続けるバト。

これには柴木山親方もため息をついたが、その親方の前にひとりの男が進み出た。

 

「バト」

 

薫丸だ。

彼の声にピクリ、と一瞬反応したバトだったが、しかし振り返らず再び柱に頭を打ち付けた。

そんな弟弟子の態度を気にした様子もなく、薫丸は言葉を続けた。

 

「お前の実力じゃ蜻蛉切関には勝てないんだからさ、そんなに気に病むなよ」

 

「ぁあ゛!?」

 

まさかの発言に反射で振り向くバト。

ワナワナと全身を震わせ、言葉にならない声を連ねる。

 

「この……ッ!俺はアンタの為にッ、どういう思いでヤツと戦ったと思って……ッ!!」

 

「そうだ。どういうつもりで蜻蛉切と戦ったんだ?」

 

真っ直ぐな目で問い詰めてくる薫丸。

その悠然とした態度にバトは見つめ返すことが出来ず、目を逸らして答えた。

 

「そりゃ……、アイツが気に食わねぇし、なにより丸さんの……」

 

「俺の……、なんだ?仇のつもりだったのか?」

 

その問いにグッと強ばるバト。

その視線は薫丸の膝を注視しており、そんな言わずもがなな反応に薫丸は深いため息を吐いた。

 

「バト……、いや、白狼関」

 

「……な、なんだよ」

 

「自分に一番、稽古つけてやってください。親方、仕切りを」

 

薫丸の纏う雰囲気が変わった。

親方も黙って土俵脇に移動してきて、視線だけでバトに位置に着くよう促してくる。

瞬く間に薫丸との取組が成立され、バトはひたすら困惑した。

 

「な、なにを……、丸さん?」

 

「さあ、手をついて。待ったなしだよ」

 

親方の声と共に仕切りに入る薫丸。

急な展開にバトはまだ棒立ちで、しかし染み付いた力士の性か、仕切り線手前まで体が勝手に動くと薫丸と相対した。

薫丸はすでに掌を下ろしていて、変わらず真っ直ぐバトを射抜いている。

漂う緊張感から、誰かがゴクリと唾を飲みこむ音が聞こえた。

 

(な、なんだよっ、なんで俺を責めるような目で見てくんだ!俺は、ただ丸さんの為に……ッ)

 

「ッはっきよい!!」

 

たたらを踏むような足どりのバトに、薫丸の張り手が無慈悲に襲いかかる。

物理的に脳を揺さぶられたバトに、薫丸の強烈な押し相撲が炸裂した。

 

「おぉお!!」

 

「ぐっ!?ァああ!!」

 

一気に土俵際。

バトの踵が徳俵に乗り上げなんとか体を残すも、体勢は不利。それに心も揺れに揺れており、この期に及んでまだバトはモタついていた。

 

「どうした!?関取が幕下力士に負けるのか!?そんな調子じゃまた負け越すぞ!!」

 

「ッッ゛!クソがぁ!!」

 

薫丸の煽りに、半ばヤケクソで廻しを掴むバト。

俵で足を固定したまま、逆の足で薫丸の足を払う。

体勢を崩したところで、素早く体を入れ替えて土俵際から脱出した。

 

「ッ、流石の足捌きだ!けどッ!」

 

窮地から土俵内に戻ったバト。

しかしその距離は押し相撲の間合い、薫丸が再び迫る。

 

「おおお゛!!」

 

「はぁッはぁッ……ぐっ!?」

(強ぇ!これが丸さんの本気……、俺が手も足も出なかった、あの蜻蛉切を追い詰めた相撲……!)

 

怒涛の攻めをなんとか掻い潜るバトは、改めて薫丸の凄さを認識していた。

恵まれない体躯を極限にまで鍛え上げ、愚直に10年間貫き通したその押し相撲。

それは年季以上に、触れれば火傷するほどの凄まじい気迫が込められていた。

 

「お前はっ何のために土俵に来たんだ!!バト!!」

 

薫丸の渾身の突き押しがバトの心を叩く。

それはバトの──いや、白狼の消えかけていた炎をドクン、と燃え上がらせた。

 

「……俺はッ!横綱になりに来たんだ!!」

 

「そうだ!誰のためでもない、自分のために相撲を取れ!!」

 

薫丸がぶちかましの体勢に入り、呼応するように白狼も頭を下げる。

土俵中央、ゴッ!と頭蓋が激突した。

威力は互角。

だが再燃した白狼が、そのしなやかな腕を振るい薫丸を襲った。

 

──『狼筅

 

──脱力、『水の如し

 

ここへ来ていなす薫丸。

激しい押し相撲から一転、呼吸を乱された白狼を再び薫丸が押す、押し出していく。

 

「あ゛ぁあ!!」

 

「ッぐ!?」

 

勢いに飲まれ後退する白狼。

そこを勝機と見て薫丸が全霊を込めた突きを繰り出してきた、その瞬間。

獣の嗅覚が反応した。

 

──『獣の如し

 

生死を嗅ぎ分ける生存本能。

体重の乗りきった突き、そこを見逃さずおっつけて受け流す。体勢の崩れた隙間に、すかさず腕を差し込んで廻しを引いた。

 

──ドクン、と目が合った。

 

その視線からは溢れんばかりの情熱が迸り、そこに含まれる熱い想いを白狼は確かに感じとった。

 

(目が覚めましたよ丸さん……ッ、誰の為でもない、綱を巻くために俺は戦う!!)

「おぉお゛!!」

 

奮い起こされた烈気が全身の毛を逆立たせる。

体を吊り上げて向かい合った足を払い、差し手で相手を全力でひねった。

 

二枚蹴り──『狼牙

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

「まったく、なんですかあの不甲斐ない相撲は」

 

「すんません……」

 

その日の晩。

食事中、冴ノ山からそんな苦言を呈されてバトはしょんぼりしていた。

せっかく再起したところだったが、これには薫丸も苦笑するしかなかった。

火ノ丸もフッと笑いながら、しかし真剣な口調で今日の取組を評価する。

 

「……と言っても、蜻蛉切が強いのは事実ですよ。『折れた名槍』なんて言われとりますが、番付が下がって逆に吹っ切れた様子じゃった。あれは強いですよ」

 

「それは分かってますよ。私が問いたいのは白狼本人の相撲内容でしたが、すでに片付いているみたいなので一言感想を言っただけです」

 

冴ノ山に横目で見られ、薫丸が頷く。

兄弟子2人の以心伝心に、バトは申し訳なさそうにますます小さくなった。

その背中を親方がポンと叩く。

 

「まあまあ、これから挽回していけばいいよバトちゃん。食事が終わったら、明日の相手の対策を練ろうか」

 

「ウス!」

 

直ぐに気を取り直した白狼に周りが微笑む。

そんな空気が弛緩した中、ふと冴ノ山が話題をつついた。

 

「明日の相手は新入幕の……、確か彼も国宝世代なんでしょう?どういう取口なんです?」

 

冴ノ山は興味津々といった様子だ。

大関に位置する彼が新入幕と対決する事はほぼないが、彼はこう見えて好奇心旺盛なのだ。とりわけ国宝世代には惹かれるものがある。

バトも居住まいを正して真剣な表情になると、懐かしむように語った。

 

「ウス。アイツは四つ相撲の正統派……、簡単に言えば、草薙関の外国人力士版っスね」

 

バトの脳裏にまず思い起こされるのは、1年前の幕下優勝決定戦。

 

かつてそこで十両昇進を懸けて熱戦を繰り広げ、十両でも鎬を削りあった好敵手。

バトと同じく海を渡って来た外国人力士。

栄華大附属高校出身、ブルガリアからの留学生ダニエル・ステファノフ。

 

──大和国部屋所属、四股名“大欧牙栄一”。

 

学生の頃よりその潜在能力は国宝級と称される、無銘の強者。

相手にとって不足は、ない。

 

 

大相撲初場所、三日目の割

【白狼─大欧牙】

 

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