『右下手投げがッッ決まったー!!『神の化身』草薙の連勝記録を止めたのはやはり!!終生のライバル『鬼神』鬼丸関だー!!』
『十四日目結びの一番!ただいま93連勝中の横綱の歩みが、とうとう大関によって止められました!さすがは鬼丸、さすがは史上最小の大関です!!』
ワアァ、とタブレットから喧騒が溢れる。
その映像を前に、幼い声も負けじと騒ぎ立てた。
「すげー!あんなデカい草薙関をブン投げたんじゃ!?」
「もー、お兄ちゃんまたそれ観てる。確かにスゴいけど、私あんまり相撲に興味なーい」
そう言って妹は兄からタブレットを強奪、別の動画を漁り出す。
しかし画面は変わらず大相撲の欄で止まった。
「まぁどうしても相撲観るなら、大包平関とか三日月関、それから鬼切関みたいなシュッとした力士じゃないと」
「いやいや、他はともかく鬼切関だけは見た目に騙されんなよ。あの人、すごい面倒臭いんだぜ?」
「へぇ?誰が面倒臭いって?」
ぬぅ……とまるで気配を感じさせず背後から現れたのは、件の力士“鬼切安綱”(最高位:東前頭筆頭)だ。
お兄ちゃんが「ひっ」と息を飲む。
「き、切関!?いつからそこに……」
「10分前からだし、俺はもう関取じゃなくて若者頭だ、辻でいい。……さ、昨日の稽古の続きをしようか。俺がお前を立派な横綱にしてやろう」
「いやじゃあ!アンタの稽古はスパルタすぎるんじゃあ!」
悪い笑みを浮かべ子どもを引きずっていく姿は、さながら事案であった。
だがそこに救いの手が差し伸べられる。
「ちょいちょい辻君、今日の稽古は俺の番でしょ?抜け駆けはよくないなぁ」
「あ!ミカちゃん!」
妹が歓喜し、ミカちゃんと呼ばれた人物が「ハァイ☆」とウィンクした。
西横綱“三日月宗近”その人である。
その後ろからは西関脇の“大般若長光”も登場する。
「ハッハ、ようチビッ子ども!現役力士様の登場だぜぃ」
「やった!三日月関は優しいし、楽しく相撲取らせてくれるから大歓迎じゃ!」
「三日月関!その……サインください!」
「なにィ?しょうがねぇな。俺と楽しく相撲取った後、サインもあげよ「「般若はいらない」」
一気に騒々しくなる兄妹の周囲。さらに続々と客が増えていく。
「ああん?なんで三日月の野郎が居んだよ」
「げ、典太」
西横綱“大典太光代”が、三日月に影を落として現れた。そのあまりの身長差に子どもたちはポカンとする。
三日月が憤慨した。
「いやいや、『なんで居る』はこっちのセリフでしょ!?俺たち皆川部屋は正当に出稽古に来てるんだよ?」
「うるせぇな。借りてた小説返しに来たんだよ。……まぁ来たついでだ、稽古場来い三日月」
「やっぱりヤル気なんじゃん!?ちょっと待ってて二人とも、コイツ倒して直ぐに戻ってくるから」
風神と雷神が退出すると、入れ替わりに辻に遅れて来た太郎太刀と童子切が入ってきた。
「やぁこんにちは、二人とも。元気にしてたか?」
「アイツらホンマ仲良いなぁ、あとでオレたちも混ざるか」
西小結“太郎太刀信也”。東横綱“童子切安綱”。
今の大相撲を支える役力士たちが、兄妹にフレンドリーに接してきた。
童子切がタブレットに注目する。
「お、懐かしいの観てんな。……もう10年も前か。無双しとった草薙を鬼丸が仕留めたやつやな。今でも先ぃ越された事が悔しいわ」
「ああ……、これは何度観てもカッコイイよなぁ」
刃皇が引退した『新風の初場所』後、草薙は無類の強さを誇っていた。
二場所連続で全勝優勝して新横綱になると、そこから翌年初場所の十四日目まで全戦全勝。『93連勝』という空前絶後の大記録を打ち立てたのだ。
「お陰で俺が横綱になるのにエラい時間かかったわ。マジで強すぎんでアイツ」
「というか草薙関以外の今の横綱と火ノ丸……鬼丸以外、誰一人として勝てた事ないんですけどね」
この10年間、鬼丸・童子切・大典太・三日月を除き、草薙に勝った力士は皆無である。『怪物』『神の化身』とは揶揄ではなく、彼はまさにその言葉を体現しているのだ。
辻がメガネの位置を直す。
「でも、現役力士は全員が勝つ気で闘ってるんスよね。誰も心が挫けてないのは本当に尊敬しますよ」
辻も最後まで全力は尽くした。
しかし年齢を重ねる毎に体の負担は増え続けたため、今は長門部屋の裏方に徹していた。……モチベーションが低下したのも、起因である。
「金関も苦労してたわ。三年綱を張ったが幕内優勝なし、『繰上げ横綱』なんてマスコミが騒ぎ立ててなぁ」
強過ぎる草薙に優勝を拐われ、“金鎧山隼人”(最高位:東横綱)は横綱昇進後、一度も賜杯を抱くことはなかった。
これにより世間は彼の実力を過小評価しているが、しかし草薙と共に『横綱』として、間違いなく時代の双璧を築いていた。
強く、品があり、父性で包む。
後世の歴史家は語るだろう。横綱の理想像とは“金鎧山隼人”その人だと。
──彼は現在、母国モンゴルに帰り名指導者として名を馳せている。
日本人力士が隆盛を極める昨今、モンゴルから狼煙を上げようと画策しているのだ。
「外国人力士といえば、今はダニエル……大欧牙関が波に乗ってますよね。先場所はしてやられましたよ」
太郎太刀が嬉しそうに語る。
“大欧牙栄一”東小結。
日本人力士勢『国宝』の刀剣名に対抗するかのように『聖剣エクスカリバー』と名高いヤツこそ、今の外国人を代表する力士だろう」
「その異名で呼んでんの、お前だけやで般若」
途中から般若が割り込み、それを童子がバッサリ切る。
さらに太郎太刀にも切りかかった。
「つーか信也、もう一人居るやろ俺らの外国人力士が。アイツの事を忘れたらアカンで」
その時、ドカアァン!!と衝突音が鳴り響いた。稽古場の方からだ。
一同は顔を見合わせると、急いで音のした方へと向かった。
その先にあった光景は──……
「……確かに、コイツを忘れられませんね」
太郎太刀の静かな呟きは、彼の怒号に掻き消された。
「次ッ大典太関お願いします!」
“白狼昇”西大関が今、三日月を土に付け猛っていた。
「イテテ……動き出しを刈られちゃったかー。参ったねどーも」
「へっ、お前は動き回り過ぎなんだよ。見てろ、横綱っつーのは真正面から相手をねじ伏せんだよ」
「胸貸してもらいますよ、横綱!」
白狼が血腥い牙を覗かせ、大典太が浴衣を脱ぎ捨てて雷を纏う。
横綱の足が土俵に踏み入ろうとした、その時。
「待て待て!なんで典太がおるんじゃ!?今日は長門と皆川部屋だけとの合同稽古のハズじゃろ!?」
「父ちゃん!」「お父さん!」と兄妹が叫ぶ。
柴木山火ノ丸親方、元“鬼丸国綱”(最高位:東大関)が慌てて止めに入ったのだ。
父に群がる兄妹を優しく撫でながら、さらに柴木山部屋のおかみである潮礼奈も登場した。
「ちょっと白狼!アンタも相手しようとしないの!」
「ッう、いやだって……」
たじろぐ大関に、礼奈と火ノ丸の声が重なった。
「「だってじゃない!!」じゃろ!!」
シュンと項垂れる飼い犬。
そこにさらに身内から追い討ちが掛かった。
「そうやでー、バト。天下の大関サマがホイホイ相撲取ったらアカンでー」
天王寺咲が腕の中に赤子を抱え、稽古場に入ってきた。これにはバトもこれ以上騒ぐ気力がなくなる。
大人しくなった飼い犬を余所に、雷神がズイと火ノ丸の前に進み出た。
「お、丁度いい。借りてた小説返すぜ」
「典太、お前は調子がいいの……」
あっけらかんと紙袋を突き出し座る横綱。彼はフン、と鼻を鳴らした。
「そりゃ横綱だからな。昔みてぇに気軽に野良試合なんざするかっての」
「いやワシが来んかったら完全にやる気じゃったろ」
かつて野良試合を二回も交えた両者は、時の流れと現在の立場に思わず苦笑を浮かべた。
大典太は浴衣を羽織ると、悠然と立ち上がった。
「俺は俺でこの後、朝陽川部屋に出稽古だ。こんな所で遊んでる余裕はねぇよ。……あそこは恐ぇヤツらばかりだからな」
史上最強のモンゴル人横綱・刃皇がかつて所属していた朝陽川部屋。
彼が引退した後の部屋頭を務めているのは、あの男。
童子切がニヤリと嗤う。
「お前もアイツが恐いと思うか、典太」
東大関“大包平彰義”。
流麗な刀身と獰猛な切れ味を併せ持つ彼は、国宝の中でも一際異質な強さを誇っていた。
そして
「ハッハ!
東前頭筆頭“黄泉比良坂”。
地味な印象の力士だが、度々驚くような戦果を上げることでその存在感を大いに示していた。
事実、般若以外の全員が苦い顔をする。
「ホンマにな。俺らに勝ったんやからもう少し嬉しそうにせんかい!……って、あの顔叩きたくなるわ」
「ホントっスよー。黄泉関の取口、一段と刃皇に近づいてません?」
「フン。俺は一足先にアイツらを土に付けてくんぜ。お前らはここで仲良く相撲取ってな」
その巨大な手で最後に兄妹の頭を撫でていくと、大典太は退出していった。
「ったく、ホントは仲良くしたいの知ってますよー。……さて、気を取り直してもういっちょやりますか、白狼」
三日月が軽口を叩くが、直ぐに修羅を宿して相手を睨めつけた。
呼応するように白狼からも殺気が立ち上る。
「ウス!……いいスよね、親方?」
と思えば不安そうに振り返る白狼。火ノ丸たちは苦笑した。
「ああ、稽古を始めよう!」
◇◆◇◆
「あれから10年、か……」
稽古が終わり、空になったちゃんこ鍋から哀愁が漂う。
子どもたちと母親は既に布団に入り、一層の静寂さが場に満ちていた。
横綱を目指して邁進してきた国宝世代たち。若りし日々をふと思い出し、誰かの口からそんな言葉が呟かれた。
太郎太刀がポツリと零す。
「長かったような、一瞬の出来事だったような……。本当、俺の相撲人生は出来すぎな気がしてならないよ」
「なんや信也、急にしみったれた空気出してからに」
童子切が茶化すが、彼も思うところがあるのか腕を組んだ。
「出来すぎ、か。確かに、俺らは重大なケガや事件なく角界を牽引してきた。スリリングな毎日を過ごして来たんに関わらずな。こら誇っていい事やで」
一時は低迷していた大相撲。
しかし祀られた国宝たちの活躍によりこの10年、自惚れではなく確かな喚起を土俵に呼び起こしていた。
「けど、何人かは現役を引退しちゃいましたけどね」
そう言って三日月は火ノ丸にウィンクした。かつての鬼丸がフッと笑う。
「そうイジめてくれんなよ、横綱。未練がねぇワケじゃないんじゃぞ?」
鬼丸は3年前、幕内優勝を最後に現役を引退した。
酷使した肉体、子ども二人……と現実を見据えた、
横綱になる夢は白狼に託し、現在は冴ノ山から託された親方業を営んでいるのだ。
「親方勢は今や理事職、冴さんたちベテラン力士勢も各委員に属する身だ。俺ら国宝世代もチラホラ一線から離れる程度には、歳を取ったよな」
辻が感慨深く現実を見やる。
彼と火ノ丸を始め、“冴ノ山紀洋”(最高位:西横綱)や“御手杵忠”(最高位:東関脇)など、土俵から去り角界に従事する者が増えてきた。
10年。
その月日は実に充実した日々だったが、同時に淋しくもあった。
「なんや、そない当たり前のことを。それを何百年も繰り返してきたんが大相撲やろがい。俺らが育てた若手も台頭してきとるなぁ」
童子切の泰然とした答えに「へへ、分かってるんスけどね」と辻。
そして横綱の言葉に追随する血気盛んな男どもが居た。
「フン。でもまだ僕たちの時代は終わってないよ。むしろこれからだし」
「まったくだ。今の四横綱を全員引きずり下ろしてからが本番だろ」
白狼と大般若、ともに夢の途中の身。時代が終わるには早すぎると豪語した。
童子切が、火ノ丸がフッと笑う。
「ああ、お前らに任せるんは不安やからな。まだまだ俺が綱を巻いとくで」
「白狼はその前に、お前さんのライバルとの決着を着けんとな」
天下無双の横綱たちだが、同じ国宝世代として強者は一帯に蔓延っていた。
“蜻蛉切瑠偉”が東大関に座り、関脇には東“数珠丸恒次”。東筆頭“大和号司”。二段目以下には疾風島、清心道、薫川……と、名だたる力士が列を為していた。
「上等だよ。来場所こそアンタらをブチのめして、僕が綱を巻く!!」
「良い殺気だね。けど、昇進条件満たしてないから来場所だけじゃムリだよね」
「せやな。しかも俺ら四人で横綱の席はどん詰まりやねん。咲にもはよ退け言われてるし、お前ら夫婦は偉大なるお兄様をもっと敬わんかい」
ドタバタ騒ぐ関取たち。
そんな彼らを余所から火ノ丸と辻が眺め、それから小関が穏やかな笑みを浮かべた。
「はは、10年経っても変わらない……いや、ブレないな、みんな。凄いよ……」
変わらず横綱を目指し続ける猛者たち。
遠巻きから彼らを見やる小関に、火ノ丸がふと質問した。
「なんじゃ、部長……太郎太刀関は横綱を目指してないんか?」
「部長は目指してるよ。誰かさんが大関で引退したから、絶対それ以上の地位まで上り詰めてやるってな」
横から辻が答え、小関もそれに同意する。
大横綱・大和国に魅せられて始めた相撲。
しかしそこは、『相撲が好き』なだけでは続けられぬ厳しい勝負の世界であった。
過去、一度も勝利を味わうことなく学生相撲に励んでいた彼の相撲人生は、夢は夢のままで終わる
──ワシは新入生の潮火ノ丸!後に大相撲の最高位“横綱”へ至る道として、学生相撲の頂点を取りに参りました!
鬼との出逢いが、その境遇を一変させた。
逆境を跳ね返し、初めての勝利を味わい。仲間として、ライバルとして研鑽を積み上げ日本一へと上り詰めた。
そして今、その夢の続きを歩んでいる。
「佑真さんは蟹江先生の病院を継いでスポーツ医学の第一人者に。三ツ橋なんて日本相撲連盟の評議員だ。堀さんも、冴さんとの家庭とカメラマンの仕事を両立してる。……國崎に至っては相撲観戦に来賓した大統領のボディーガードしてて、みんなして驚いたよな」
「ああ、しかもそれが小遣い稼ぎだってんだから、あの人はホント規格外だよ」
「へへ、チヒロらしいや。……驚いたといやぁ、駿海さんと刃皇関……はもう違うか。ダワーAKIRAがタッグ組んで各格闘技界を荒らしてるのもビビったわ」
元横綱であり火ノ丸の師匠である駿海、そして
ここに集まる若造たちよりも自由奔放な彼らに、火ノ丸たちは驚嘆するばかりだった。
カラン、と鍋に預けていたお玉が傾く。
ひとしきり話し終えると、辻がポツリと呟いた。
「本当、色々あったな……」
学生相撲の日本一を目指すところから始まった、この道。
体格に悩まされ、孤高を気取りひたすら相撲に打ち込み。
虐げられ追い出され、たった独りで耐えながら相撲を取り続け。
虚しい玉座から引きずり下ろされ、果てで相撲に救われ。
高みに挑み続ける挑戦者は相撲に出会い。
覚悟のみを武器に初心者は相撲に挑み。
そんな彼らを勝たせるため、自らを犠牲に相撲へ還ってきて──……
「色々あったさ。けどな、これからもまだまだ続くんじゃ!」
大太刀高校相撲部、全ての始まりとなったあの場所。あの土俵。
彼らの歩みは足跡を残し、途切れることなく夢は続いていく。