火ノ丸相撲外伝─昇る狼煙─   作:へるしぃーぼでぃ

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国宝・外国人力士勢が居なかったら、恐らくこの世代最強格ではなかろうか、四方田…
というワケで新入幕2人目を飾ってもらいました。



【七日目】白狼昇─黄泉比良坂

 

言わずと知れた偉大なる大横綱、大和国。

その息子である久世草介──現在大関の地位に座す、四股名“草薙剣”がかつて在学していた栄華大附属高校の相撲部にて、その男は居た。

全国でも名を轟かせる名門校。そんな荒くれ者ども犇めく相撲部において主将を務め上げた男。

その人物が今場所、満を持して幕ノ内の土俵へ足を踏み入れていた──

 

 

 

 

 

『初場所も折り返し目前、七日目を迎えました大相撲!本日もいよいよ幕内戦ですが、その前に今しがた取組を終えた十両たちの様子を振り返っていきましょう』

 

『はい、近頃は国宝たちが集結した幕内にばかり注目が行きがちですが、その国宝の陰に隠れた若き実力者たちが大勢いますからね。そんな彼らも続々と十両に上がり、大相撲を更に盛り上げてくれています』

 

大相撲の世界に入るならば誰もが最初に志す地位『十両』。

序ノ口、序二段、三段目、幕下と日の当たらぬ長い暗闇の中、辛酸を舐め血反吐を吐く思いで鍛錬を続け、ライバルを蹴落とした果てに辿り着けるその(くらい)

真の意味でのプロの力士『関取』と呼称される、それが『十両』である。

 

『その十両で今最も勢いに乗るのはこの2人!大和国部屋の清心道関と見島部屋の疾風島(はやてじま)関です!ちょうど今、インタビュー席でカメラが回っております!』

 

東十両二枚目、四股名“清心道理音”。

本名澤井理音は、元栄華大附属高校で草薙と肩を並べレギュラーを張っていた強者である。

同じく十両の西三枚目、四股名“疾風島亮”。

本名相沢亮は元金沢北高校で主将を務め、あの大典太を従わせていた曲者である。

この2人が今、十両で最も勢いのある力士として評判であった。

 

『えー、まずは清心道関からインタビューを。今場所7勝0敗と圧巻の成績を誇っていますが、このまま十両にて稀に見る全勝を目指すと見ていいでしょうか?』

 

「そうですね。やはり目標は高く見据えてこそだと思いますから、そのつもりで土俵に上がります。長く芽が出なかった自分に辛抱強く稽古をつけてくれた大和国親方に、まずは十両の全勝優勝で恩返しするつもりです」

 

淡々と喋る清心道の姿に、このインタビューを観ていた大和国親方もフッと口角を弛めた。

手塩にかけ育てた弟子の活躍は、いつ見ても心躍るものであるのだ。

 

『素晴らしい意気込みをありがとうございます。続きまして、コチラも6勝1敗と好成績を収めます、疾風関の意気込みも伺いましょう』

 

マイクを向けられた疾風島──相沢だったが、彼は何も喋らずその細い目でジッと澤井を見やった。

その薄目の奥に確かな獰猛さを滲ませ、しかし澤井も凛として見つめ返す。

突然の一足触発の雰囲気。

その2人に挟まれたインタビュアーがオロオロと困惑した。

 

『あ、あのー……?』

 

そこでようやく相沢が口を開いた。

 

「優勝は俺がするから、恩返しはまた今度にしな。明日の割、見ただろ?」

 

「……」

 

ピリッ、と空気が張り詰める。

澤井はノーリアクションだが、その目は真っ直ぐに相沢を捉えていた。

 

十両、八日目の割──

【清心道─疾風島】

 

恐らく十両の優勝者を決定的にする割が、早くも明日に組まれていた。

黙ったまま睨み合う両者。

その間に挟まれたインタビュアーがいよいよ泣きそうになった所で、フッ、と相沢が力を抜いた。

 

「ま、こんくらいの大口は叩いとかないとな。なにせ、お互い本当に倒したい相手は幕内に居るもんな」

 

「フン、同感だ」

 

2人の脳裏に思い起こされるのは学生最後のインターハイ。集大成で挑んだあの年に味わった苦々しきあの記憶。

 

「「鬼切/太郎太刀に借りを返すために、テメェ程度で躓くワケにはいかねぇ」」

 

言い訳もつかぬほど万全の体制で戦った。

それでも土に付けられたあの青春を取り戻すため、2人の修羅が大相撲の舞台で火花を散らす。

そんな殺意立ち込めるインタビュー席の雰囲気を感じ取ったのか、解説の2人が気を利かせて映像を回した。

 

『えー、十両の力士からも熱意溢れております大相撲。さてさて、気を取り直して幕内の対戦に目を向けていきましょう』

 

『そ、そうですね!では注目の幕内、本日の第1戦は!!東からは大欧牙と並び今場所新入幕となります、黄泉(よもつ)関の登場です!あの横綱・刃皇、小結・大包平と豪傑揃いの朝陽川部屋からの新幕内力士とあって、私の中で期待が高まる関取です!』

 

今場所4勝2敗、東十七枚目の四股名

黄泉比良坂(よもつひらさか)”。本名四方田尽(よもだじん)が、解説の声と共に土俵へ上がる。

紹介の力強さとは裏腹に、恐縮しているのかその顔をもにょもにょと歪ませていた。

 

「……あんまり持ち上げないでほしいんだけどなぁ。あの2人と比べられちゃ堪んないよ」

 

来て早々弱音を吐く彼。

しかし成績は優勝ラインの2敗を守っており、その実力の高さが窺えた。

彼の性格を知る者は、この弱気な面を見て逆に警戒を高めるものだ。

 

『そんな彼を迎えますは、柴木山部屋の若き狼、白狼関!ただいま1敗を守り、順調に優勝への道をひた走っております!』

 

『先場所の負け越しからよくここまで上り詰めてきました白狼。とはいえまだ中盤、今場所優勝を目指すつもりなら、新入幕相手に格の違いを見せつける相撲を見せてほしいですね』

 

解説の声に応えるように、パァン!と白狼の柏手が鳴り響く。

その目はすでに殺気に満ちており、今にも相手を噛み殺さん勢いだ。

その気迫に当てられ、土俵で向かい合う黄泉が内心気圧される。

 

(ッこわ!コイツ苦手なんだよなぁ……。いや相撲に真摯な奴だとは分かってるんだけど、どう見ても体育会系の部類の人間じゃん?プライベート面だと絶対俺が苦手な人間なんだよなぁ……)

 

塵手水の所作をしながら、相撲に関係ないところでため息をつく黄泉関。

この新入幕らしからぬ雑念の多さは、逆に言えば全く緊張していない神経のズ太さの表れでもある。

それを敏感に感じ取った白狼は、さらに眼光を鋭く尖らせた。

 

黄泉(ヨモ)関か……あんま好きじゃないんだよな、この飄々とした態度ッ。……けど、それがコイツの強みでもある)

 

割が決まった昨日、初めて対戦するこの黄泉関についてビデオを観て対策を練ってきた白狼。

それで分かった事は、この男は見た目以上に(したた)かだという事。

持ち前の四つ相撲を発揮するために、ワザと攻撃を喰らい相手を懐に呼び込んで吊り出す相撲。

鬼切のようにワザと隙を晒すのではない、相手の行動を誘導するのが上手く、加えて相撲取りの代名詞となるその見事な『体』が黄泉関の武器であった。

 

(この気の抜けた顔からじゃ想像つかねぇほど真っ向から勝負する力士だ。だから俺は……)

 

ス……、と構える白狼。

いつもの仕切りではない、狛犬型仕切りという、立ち合い速攻で突きを放つ為の構えだ。

 

『白狼関、ここへ来て新たな仕切りを見せます!四つを得意とする黄泉関への対策でしょうか!?』

 

『確かに今場所の白狼は強力な突き技を披露しています。果たしてこの構えに黄泉関はどう出るか、必見です』

 

相手が新入幕だろうと油断の2文字はない。全力を持って勝利をもぎ取らんとするその姿勢。

殺気立ち込める白狼を前に、黄泉は心の中で更にため息をついた。

 

(マジっ!?俺が突き押し苦手にしてんの、もうバレてんの!?やりづらいなぁもう……)

 

トホホといった風に眉根を曲げるが、しかし体は仕切りに入っており土俵に緊張感が漂う。

あとは自分の片腕が土俵に付くのを待つのみ。

ドクン、ドクン……と鼓動が聞こえる中、黄泉は覚悟を決めた。

 

(でも……ま、やるしかないかっ!)

 

「はっきよい!」

 

ぶちかまそうと動いた、瞬間。

ズバンッ!と白狼の突きが顔面に刺さった。

 

「ッッ!?」

(なっはや……!?)

 

獅子奮迅】打突の型──『狼筅

「オラァア!!」

 

ドドド!!と容赦ない突きが黄泉を穿つ。

前に出ようとしても押される張られる。このラッシュを止めようと廻しを探る手も弾かれる。

開幕、白狼による一方的な攻撃が展開された。

 

『速攻の立ち合いです白狼!怒涛の突き押しに黄泉関動けない!ジワジワと後退していきます!!』

 

(っヤバいヤバい!つーかこの『弾かれる突き』、メチャクチャ覚えがあるんですけどッ!!)

 

思い起こされるのは高校最後のインターハイ。団体戦決勝で戦ったあの異能力士。

 

大太刀高校の当時3年、空手家優等生ヤンキーこと五條佑真。

 

空手をベースにしたその特殊な突きは、連打を許すとたちまち何も出来なくなる脅威の威力を持っていた。

かつて味わったその痛みが今、目の前のモンゴル人力士から放たれていた。

 

(映像観ただけじゃ気付けなかった!喰らって初めて分かるこの独特な突き……ッくそ!鬼丸関と同部屋の力士なんだから気付いとけよ俺!!)

 

五條と同じく大太刀高校出身の鬼丸──火ノ丸が居るのだ。

その弟弟子である白狼もその恩恵を受けていると予想すべきだったと今更後悔する黄泉。

だがそんな雑念ごと突き飛ばさんと白狼。

愚痴る黄泉を突く、弾く、土俵外へと押し出していく。

 

(俺は横綱になりに来たんだ!テメェなんかに躓いてるヒマはねぇ!)

 

「うおっ、く……ッ!?」

(ッだったら横に逃げる!)

 

一気に押し出されるほどの威力はない。

しかし手数が多く、黄泉は射線から逃れようと横に逃げ──……

 

外掛け──

 

ガッ!と白狼の足が行く手を阻む。

黄泉が反応する間もなく、獣の爪が襲いかかった。

 

掛け突き──『爪牙掌

 

頭が吹き飛んだと錯覚するほどの突き。

芯を捉えた会心の一撃に国技館がどよめくも、しかし白狼の動きがピタリと止まった。

 

「超痛ぇ!!……けど、捕まえたぜ」

 

顔面に刺さった突き──右手首を掴み、左上手を引く。

黄泉はしてやったりとニヒルに笑った。

白狼の掛け突きは確かに芯を捉えていたが、それ以上に自身のタフさが勝ったのだ。

 

「ッメんな!」

 

「!?」

 

だが白狼が瞬時に動く。

取られた右手首を反転。掴み返すと、そのまま引っ張り今度は左で顔面を張った。

バチィン!!と強烈な音が響き、グラリと黄泉の体が揺れる。どうやら顎のイイ所に入ったようだ。

 

「オラア!!」

 

この明確な好機を逃すハズもなく、白狼は素早く相手の片足を外側から抱え、もう片方の手で押し倒した。

渡し込み──蒙古相撲(ブフ)流のダイナミックな投げ技だ。

黄泉の巨体が宙に浮く。

 

(手も足も出ないっ……さすが、海を渡ってまで横綱になりに来たヤツは気迫が違うよ……ッ)

 

朦朧とする意識の中、目の前で熱く燃える獣にただただ感服するしかない黄泉。

白狼の実力は国宝級。

そんな強い相手になら何も出来ずに負けるのも当然だと諦めた、その時。

 

……──君はすぐ弱音を吐くね。

 

揺れる脳内で誰かの声がした。

2つに裂けそうな特異な瞳孔に、片目には切り傷が走る特徴的な顔。

歴代最強と名高い横綱・刃皇の顔だ。

いつかの稽古で交わした会話が、この瀬戸際で黄泉──四方田の脳裏に再生された。

 

 

 

 

 

 

……──「けど、なんだかんだ彰平の次に私の稽古に付いてくるよねぇ。……えぇと、名前なんだっけ?」

 

ポリポリと頭を掻きながら、足下で気絶している大包平──加納彰平そっちのけで、同じく散々転がした自分にそんな不躾な質問をしてきた。

 

──四方田が番付を幕下上位にまで上げて久しい頃の記憶。

 

確か三月場所で大典太に押し出された時の、憤懣な顔の刃皇だった時だ。

自分と加納を散々泥で汚して鬱憤を晴らしたのか、この時は一転して温厚な空気を纏っていたのがイヤに印象に残っている。

人の名前を覚えるのが苦手……、というより忘れるスピードが凄まじく、興味のない事はとことん記憶しない偉大なる横綱。

そんな人柄を知っている四方田は、憤る事なく息も絶え絶えに答えた。

 

「ハァ……ハァ……っ四方田、です」

 

「よも……、ああ!最近幕下で頑張っている子だね!覚えてるよ」

 

え。と、声が出た。

まさか記憶されてるとは思わず、手を差し伸べられ立ち上げさせられ、近距離に迫った刃皇の顔をマジマジと見つめてしまった。

刃皇はウンウンと神妙に頷いたと思ったら、唐突にこう言い出した。

 

「君かぁ。それじゃあそろそろ新十両だねぇ。どれ、君の四股名を考えてやろう」

 

「ちょちょっ!?俺……っいや僕が十両なんてまだまだ先ですよ!そんな四股名だなんて……」

 

「おや、なんでだい?君、強いだろう?」

 

国宝が居なけりゃその世代で1番強いんじゃないの?と、最強の横綱から出た評価に唖然とする四方田。

そんな様子に気が付かないのか気にしないのか、刃皇は目を瞑ってひとしきり唸ると、カッ!と目を見開いた。

 

「よも……よも……、っよし決めた!君の四股名は黄泉比良坂だ!どうだい、国宝どもに負けず劣らずカッコいい名前だろう?」

 

「…………ごっつぁんです」

 

勘弁してくれと内心の四方田だが、この傍若無人な横綱にはとても逆らえない。

大包平と一緒にがい*1にされ一刻も早く休みたいと願う傍ら、しかしノッてきた刃皇が聞いてもいない名付けの理由をどしどし聞かせてくる。

 

「黄泉比良坂……、日本神話において、生者の住む現世と死者の住む他界との境目にあるとされる坂だよ。そのまま境界場所という意味もある言葉だが、国宝とその他力士たちの境目にいる君にピッタリだと思わないかい?」

 

字面も似ているし、と余計な一言で締める刃皇。

だが四方田はその名付けの理由に、不覚にも少しだけ納得してしまった。

 

文字通り、死に物狂いで横綱を目指す国宝たち。

良くも悪くも有象無象を占めるその他力士たち。

 

そんな中、大嫌いな体育会系──その権化とも言えるべき角界に自分から足を踏み入れるほどには相撲好きで、この厄介極まりない横綱が居る部屋を選ぶくらいの覚悟もある。

そんな自分は、確かにその見えない境目ら辺に居るんだろうな、と何処か他人事に思った。

「境目、ですか。でもそれじゃあ、上がり目も下がり目も無いつまらない力士になっちゃいませんか?出来れば僕は強くなりたいんですけど……」

 

横綱からお墨付きを貰ったのは素直に嬉しい。

ただ国宝に並び立つに足りないのは……。

それらしき答えを、刃皇は何の気なしに言った。

 

「強くなりたい?そうだねぇ……。君はもっと自分を認めて……いや、好きになるくらいが丁度いいんじゃない?」──

 

 

 

 

 

……──(俺は自分の性格が嫌いだ。すぐにネガティブになるし人の好き嫌い激しいし、弱音だってメチャクチャ吐き散らすッ)

 

離さなかった左上手。

倒れそうになる上体をそれで支え、右腕を素早く巻き替えて廻しを引いた。

ドクン、と白狼が目を剥いた。

もはや死に体の相手から、尋常ならざる気配を感じたからだ。

 

(ッけど!幕内にまで来た力士の俺くらいは認めてもいいっしょ!)

「ぁああ!!」

 

『ッな!?黄泉関、浮いた片足でそのまま!?」

 

渡し込みで上げられた足、それを白狼の体に押し付け片足だけで土俵に残る。

さらに押し込まれる力を利用して、一気に反転。

その目に修羅を宿した若武者が、大相撲でも豪快と言わしめるその技を放った。

 

櫓投げ──『蒼ッ天

 

ドッ!!と120キロの体が土俵に打ち付けられ、国技館が揺らいだ。

直ぐに行司の軍配が返る。

 

黄泉()の勝ち!!」

 

瞬間、割れんばかりの歓声が国技館を包み込んだ。

解説も息を荒らげて実況する。

 

『ッ大逆転だ黄泉比良坂ー!!怒涛の攻めを見事受けきり、最後は豪快な櫓投げで決めましたー!!』

 

『白狼の渡し込みで勝負は付いたかと思われましたが、黄泉関の片足の粘りが凄まじかったですね。それに巻き替えやひねりの素早さ・正確さは、あの刃皇の勝負勘を彷彿とさせます。横綱相手に相当な稽古を積んだ事が窺える一戦でした』

 

「はぁ……っはぁ……っ」

 

息も絶え絶えな黄泉。

その顔は切った口や鼻血で痛々しく赤に染まり、とても勝利の余韻に浸る余裕はなさそうだ。

それでもゆっくりと土俵中央に戻ると、そこでようやく視界が開けたのか前を見据えた。

 

「……ッウ、ぅう゛……ッ!

 

声を押し殺して涙を流す白狼。

なまじ立ち合いを制していた為に、最後に逆転された事がよほど悔しいようである。

泣きながら土俵を去る白狼の背を見送り、黄泉は心中複雑な気持ちになった。

 

(……もし俺が負けてたら、俺はコイツみたいに泣けただろうか)

 

身の程は分かっているつもりだから、負けても「こんなもの」と割り切れてしまう。

もちろん勝つつもりで土俵に上がるしそれだけの稽古も積んだ自負もあるが、そういう部分が国宝たちとの違いなのだろうとあの涙を見て彼は思った。

 

(でも、インターハイ団体戦で負けた時は自然と涙が出てきたな)

 

個人戦で負けてもとんと出なかったものが、団体戦という特殊な空気の中では自然と出てきた。

自分で認めるのは何となく小っ恥ずかしいが、自分は他人の為に涙を流すのが性らしい。

そうなると団体戦の概念などない完全個人主義の大相撲においては、自分は二度と涙を流す事はないだろうと思われた。仮に同部屋の力士が団体メンバーだとしても、あの2人であるし……。

もし自分のために涙を流せたとしたら、その時は……

 

「……ふぅ、何はともあれ2敗は死守って事で。この調子で、あの人(・・・)を繋ぎ止める為の位置で粘るとしようかね」

 

新入幕ながら優勝戦線の末端を走る黄泉比良坂。

彼の相撲は些か積極性に欠けるが、反面、属する場所や人への想いは人並み以上に熱く燃え盛っていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「だぁックソ!五條、もう1回だ!」

 

「ったく、熱くなりすぎだろお前。気持ちは分かるが、ここら辺で切り上げるぞ」

 

七日目、その日の晩。

黄泉に星を取られた白狼は部屋に戻るなり、診察に来た五條佑真に胸を貸して貰っていた。

そんな荒ぶる白狼を相手にした佑真といえば、手首に巻いたテーピングを外しながら憤怒のため息を吐いていた。

 

「というか、そもそも俺はお前らの体を診に来たんだ!特にバト、テメェは背中を強打してんだからこれ以上は大人しくしてろ!ちゃんこ喰って寝ろ!」

 

「そうじゃぞバト。意気込むのはいいけどよ、今度は高い所ばかり見すぎじゃ」

 

佑真に賛同した鬼丸──火ノ丸は、柴木山親方と冴ノ山、それと大河内と先にちゃんこを囲ってつついていた。

大河内がメガネをキラリと光らせる。

 

「今日の一戦、君は優勝を目指すあまり目の前の相手を少し軽んじていた様子だったね。倒して当たり前、とでも思ったのかい?」

 

「はぁ?そりゃ全員倒すつもりでやんなきゃダメだろ?だったら新十両で負け越してるお前はどういう考えで相撲取ってんだよ?」

 

大河内の問いに、疑問符溢れるバトが容赦ない言葉を浴びせる。

大河内は頬をピクピクと引き攣らせながら、メガネをクイ、と持ち上げた。

 

「ふっ、言われなくてもこれから修正していくところさ。なんなら今、僕の調整の為に体を張ってくれるかい、白狼?」

 

「おお、上等だやろうぜ薫川(かおるがわ)

 

「その辺にしときなさい、2人とも」

 

視線だけで仕切り合う2人に、決して大きな声ではない冴ノ山の静かな声がピシャリと通った。

静かなのに耳の奥まで震える言葉に、2人は思わず姿勢を正す。

それを横目に冴関は汁物を啜ると、席を奨めた。

 

「ほら、バト君も早く食べなさい。下の者がいつまで経っても食べられないでしょう?」

 

「は、はい!いただきます!」

 

大関の有無を言わせぬ佇まいに、バトは急いで食卓についた。

大河内もメガネを掛け直し、火ノ丸と親方はフッと笑みを浮かべる。

 

「すっかり貫禄が板についてきましたね、冴さん」

 

「まったくだ。部屋頭として頼もしい限りだよ」

 

「……それより、明日から初場所もいよいよ折り返しです。各自成績と明日の割の確認をして、褌を引き締めていきましょう」

 

親方と聡い弟に褒めそやされ、少し照れた様子の冴ノ山は強引に話題を変えた。

ともあれ七日目も終わり、今場所の優勝ラインが如実に浮き出てくる頃合いである。

大関の話題の変換に浮かれた空気が消えて皆真剣な表情になると、親方が音頭をとった。

 

「そうだね。じゃあまずは大河内(こーちゃん)の成績から振り返っていこうか。今日は勝ち星を上げて3勝4敗……、初日の3連敗でどうなる事かと思ったけど、ようやく十両の土俵に慣れてきたかい?」

 

「はい。遅ればせながら、ようやくプロとしての自覚が芽生えてきました。ここから巻き返してみせますよ」

 

今場所より新十両の大河内学、四股名“薫川学”。

身長190越えの体格に反して意外と繊細な神経を持つ彼は、大相撲の表舞台となる十両の空気に呑まれて初日から3連敗していた。

だが七日目ともなると流石に緊張も解けてきたのか、トレードマークのメガネを不敵に光らせ、いつもの如く見栄っ張りな宣言をした。

 

「うむ。けど、すぐ調子に乗ってしまうのは君の悪いクセだ。勝ち星を積み上げてる今だからこそ、慎重な相撲を取るように」

 

「はい。精進します」

 

釘を刺されて深々と頭を下げる大河内。

その後頭部を見下ろしてバトがフンと鼻を鳴らすが、親方に視線を向けられてピッと居住まいを正した。

 

「バトちゃんは今日負けて5勝2敗。幕内優勝を目指すならもう負けられない瀬戸際だが、……その前に、体の具合は本当に大丈夫かい?」

 

勝負の流れとはいえ、豪快な櫓投げで固い土俵に叩きつけられたのだ。

攻め込む勢いも利用されたので威力も高く、親方は怪我を懸念していた。

急にオロオロしだした親方にアタフタするバトに代わり、触診した佑真が答えた。

 

「大丈夫っすよ。コイツは人より体がしなやかっつーか、診たところなんの問題もありません。ちゃんと受け身も取ってたんでしょう」

 

「当然だよ。毎日どんだけ投げられてると思ってんだ」

 

火ノ丸の方を見ながらバトが鼻を鳴らす。

柴木山部屋の稽古ではこの2人が胸を合わせる光景が一番多く見られ、土に付けられる事などバトには日常茶飯事であった。怪我をしなかったのは、まさに日頃の稽古の賜物といえる。

 

「頼もしい限りだよ。火ノ丸ちゃん、明日の朝イチ、バトちゃんに胸を貸してやってくれないかい?」

 

「はい。ワシは今場所の優勝は厳しいですからね。後半戦は部屋のサポートに回るつもりです」

 

そう、火ノ丸は今場所4勝3敗と勝ち越してはいるが、事実上優勝戦線からは外れてしまっていた。

初日に刃皇、三日に大典太、そして今日の割で三日月に初めて星を取られたのだ。

過去、幾度となく三日月と対戦を交えた大河内が語る。

 

「あれは完璧な出し投げでした。タイミング、スピード、なにより力強さが今までと段違いでしたからね」

 

呼吸の間や関節の角度まで考慮して繰り出される今の沙田の出し投げは、鬼丸の『不知火型ぶちかまし』のような必殺の域にまで昇華されており、凌ぐのは困難を極めた。

公式の土俵、鬼丸から初めての勝利をもぎ取ったその時の彼の雄叫びは、神聖な土俵上においても誰も責められぬほどの迫力があった。

その光景を思い出しながら、冴ノ山が火ノ丸の背をポンと叩いた。

 

「今場所も国宝世代を中心に波乱が巻き起こってますからね。それに君だって、昨日は全勝中の草薙関を(くだ)してるじゃないですか」

 

六日目の割、【●草薙─鬼丸○】。

この因縁の対決は火ノ丸に軍配が上がり、熱戦極まりない取組に国技館中が沸いたものだ。

しかし当の本人はぐっと拳を握り締めて首を横に振った。

 

「あれはアイツの自滅ですよ。とても誇れたもんじゃねぇです」

 

大相撲となったその終盤。

土俵際、草薙の上手投げからの呼び戻し──仏壇返しをまともに喰らった鬼丸であったが、草薙がまさかの勇み足により行司軍配差し違えで白星を拾ったのだ。

その時の光景が蘇り苦々しい顔になる火ノ丸に、再び冴ノ山がフォローを入れた。

 

「それでも勝ったのは君だ。投げられても最後まで倒れまいとする姿勢がその結果を残したんです。誇れない気持ちも分かりますが、その悔しさをバネに明日から頑張っていきましょう」

 

逆に言えば、あの草薙が勇み足するほどに切迫した状況だったと言える。

兄からの激励に火ノ丸は納得はいかずとも素直に頷いたが、その心中には不安が渦巻いていた。

 

(今場所のアイツは何かが違う。あの勇み足は確かに自滅だったが、その1歩にワシはまるで抵抗出来んかった……。何かを掴んだのか、草薙?)

 

ひとり考え込む火ノ丸だったが、柴木山親方の声で我に返った。

 

「さて、火ノ丸ちゃんは厳しい状況だけど、その代わり紀ちゃんが6勝1敗と最前線を走っている。今日の大典太関の嵐も正面から突破したのもデカいし、後半の大関陣……、そして横綱戦に向けて士気を上げていこう」

 

後半戦、という言葉に部屋の空気が一段と引き締まる。

今場所の大関たち並びに横綱・刃皇の成績が、群を抜いているからだ。

冴ノ山、草薙がともに1敗だが、その他金鎧山、童子切、そして刃皇はいまだ無敗。

この事から、後半の上位陣の対決は苛烈を極めることが予想されていた。

力士たちの緊張感張り詰める空気に、居心地を悪くした佑真が堪らず声を上げた。

 

「それにしても、今場所はいつにも増して全員が強ぇよな。アマ横綱になった俺でも勝てる気がしねぇよ」

 

全日本相撲選手権大会──高校・大学・社会人含めたアマチュア力士の頂点を決める大会。

去年のその大会で見事優勝を収めた佑真であるが、そんな彼でも今場所の熱気にはたじろぐものがあった。

それを聞いて気を取り直した火ノ丸が笑う。

 

「うへへ、いやユーマも十分強いぞ。なんせあの金剛力・金盛を倒したんじゃしな」

 

群雄割拠の大相撲だが、それに勝るとも劣らずアマチュア相撲にも世間の注目が集まっていた。

準国宝と謳われた元石神高校の金盛剛を始め、そのチームメイトであった間宮や真田、そして総合格闘家の荒木まで出場していたのだ。

その他にも元鳥取白楼の榎木、首藤、元金沢北からは米村、瀬良、小森と、あのインターハイを騒がせた実力者が揃いぶみであった。

そんな中でも特に注目を浴びたのが、この五條佑真ともう1人、三ツ橋蛍である。

 

「蛍も凄い活躍じゃった。まさかあの荒木に勝つなんてよ」

 

数多の予選を勝ち抜いた優秀16選手がトーナメント方式で戦うその1戦目、三ツ橋VS荒木。

現役総合格闘家である荒木は優勝候補の一角であり、この1戦は誰もが荒木に軍配が上がると予想されていた。

だが蓋を開けてみれば、変化のスペシャリストと言われる蛍が彼を見事に翻弄。

終始ペースを乱された荒木が雑念を削ぎ落としきれず、躍起になってようやく土俵際に追い詰めた蛍を投げようとしたが、まさかの勇み足により決着となった。

後になって聞いてみれば、土俵際に追い込まれたのも蛍の策略であったのだ。

 

「だけど2回戦、榎木の合気道に一瞬でやられちまった。ああいう冷静な相撲を取る奴にはとことん分が悪い、三ツ橋の今後の課題だな」

 

佑真が苦笑しながら語る。

その榎木も次の金盛の豪腕に敗れ、Aブロックは金盛が制した。

対岸のBブロックを走る佑真といえば、1回戦で巨漢・首藤との対決から始まった。

相次ぐ怪我により廃業したが、今回のアマ相撲ベスト16において唯一大相撲へ進出した経歴もあり、最重量の体重も加わって優勝候補の一角に数えられる首藤。

巨漢に四つ相撲と、佑真にとって天敵のような相手である。

だが試合が始まった瞬間、それは見当違いだったと誰もが思い知った。

 

「オラァア!!」

 

「ッぬぁ!?」

 

空手と相撲の融合、その極地へ至った佑真の突きは首藤の巨漢をも押し出したのだ。

廻しを取りたい相手の腕を叩き落とす、体の芯を捉えた的確な突きで相手を近付けさせない。佑真の連打により、それは誰もが予想のつかなかった一方的な展開で幕を閉じた。

次の相手は元金沢北高校の瀬良。

あのインターハイ団体戦初日の1回戦、火ノ丸が不在の大太刀高校に立ちはだかった、大典太率いる強豪校でレギュラーを張っていた男だ。

大学ではライフセービング部に所属し、小麦色に焼けた肌と文字通り荒波にもまれた肉体で土俵に上がってきた。

 

「あの時の借り、今日こそ返してやるぜ!」

 

「おうよ、かかってこい!」

 

その取組は激しい大相撲となった。

佑真は研修医として働く傍ら、しかし日々の稽古を欠かさず続けている。

その突きのキレ、スピード、威力は、高校の頃よりさらに磨きがかかっていた。

だが瀬良も日頃の活動で強靭な足腰を手に入れており、佑真の突きにこれでもかと驚異の粘りを見せた。

怒涛の突きにひたすら耐える瀬良。

打たれながらも焦らず、隙を見てはジリジリと少しずつ距離を詰めてくる。

どれだけ突いても倒れない相手に勝負を焦った佑真。

その瞬間に勝機が訪れた。

 

──内掛け──『破城ッ……!?

 

(そこだ!!)

 

瀬良が1歩前に出た瞬間、佑真が内掛けからの強烈な突きを放った。

だがそれこそ瀬良の狙い。

屈んで突きを避け、内掛けてきたその足を両腕で抱えたのだ。

 

「オラァ!足取りぃ!!」

 

軽量の佑真をひっくり返さんと勢いよく持ち上げた。が……──

 

「……ッ舐めんな!毎日300回の四股踏んでんだぞ!!」

 

持ち上がらない、上げられない。

足取りに対し、佑真が力技で耐えたのだ。

驚く瀬良に、その真上から突きが落とされた。

 

空手改法・素首落とし──『破城落掌

 

瀬良は一気に叩き潰され、劇的な決着となった。

そして来る3回戦目、立ちはだかるはヤンキー潰しの真田。過去、100人からなる不良集団をたった1人で返り討ちにしたという伝説の逸話を持つ真田さんが、お前らんトコのヤンキーをぶっ潰しちまうぞ!?いいのかホタル!?」

 

「うるさいですよ荒木さん。黙って見ててください」

 

ナレーションを乗っ取り騒ぐ荒木に一瞥もくれず流す蛍を他所に、取組は始まった。

狛犬型仕切りで速攻突き押す佑真。

だがそれを分かっている真田は立合い変化、横から廻しを奪った。

 

「もらったぜ!」

 

互いに廻しを引く。

佑真も強くなったとはいえ、組まれるとまだまだ隙が多い。多彩なテクニックを持つ真田に組まれれば、敗北は必至であった。

しかし、佑真はニヤリと笑った。

 

それ(・・)は去年までの話だ。今年の俺は、ひと味違ぇぜ!」

 

「!?」

 

突如、真田の体が吊り上がる。同時に外側から足を払われ、真田の体が勢いよく倒れた。

 

二枚蹴り──『狼牙

 

稽古相手の技をモノにしたのは佑真も同じ。

現役力士と何かと肌を合わせる機会が多い彼は、今やアマチュア相撲の中でも頭一つ抜けた強さを持つに至っていた。

佑真に手を貸してもらいながら起き上がった真田は、やれやれとため息をついた。

 

「ったく、もう手も足も出ねぇな。俺は大人しく家庭を守るとすっか。……あとは頼れる主将に任せてよ」

 

真田の視線の先。

それを追えば、そこには坊主頭に口元のキズが目立つ、厳つい肉体と表情の金盛が居た。

視線が交錯する。

トーナメント決勝戦、五條佑真VS金盛剛。

高校の頃より因縁の続くこの2人。その戦いの火蓋が今、切って落とされた──……

 

 

 

 

……──「って、俺の話はどうでもいいんだよ!それよか明日の相手の対策を立てろよお前ら!」

 

自分で語り出しておきながらツッコミを入れる佑真に、すっかり聞き入っていた各自がハッと動き出した。

 

「そうそう。佑真の勇姿が見たいんなら録画したヤツあるから!後で皆で観ようね!」

 

「お前も聞いてたのかよ……、勘弁してくれ礼奈……」

 

裏から出てきた礼奈に嘆息する佑真。

そんな五條兄妹を他所に、親方が咳払いをひとつ、話をまとめた。

 

「さて、我らが柴木山部屋の今場所の目指す場所は、バトちゃんか紀ちゃんの優勝だね。十両のこーちゃんは勝ち越しを目標に、火ノ丸ちゃんはサポートに回ってもらう形で残りの土俵に臨もう」

 

「了解です。……そうなると、明日の2人の割を見るに、早速ワシの知識が必要になりそうですね」

 

火ノ丸が割紙を見て不敵に笑う。

優勝を懸けて明日を挑む2人の相手は、どちらも火ノ丸がよく知る人物だからだ。

 

大相撲初場所、八日目の割──

【太郎太刀─白狼】

【冴ノ山─大包平】

 

太郎太刀──小関信也こと部長は言わずもがな、大包平──加納とはあの灼熱の九月場所以来の仲である。

同じ【無道】に堕ちた者としてシンパシーを感じ合い、また出稽古(刃皇が国宝の所属する部屋に突撃してくる)などで話す機会もあって親しくなっていたのだ。

最初こそギクシャクしたものの、歴史好きな火ノ丸の話についていける程度には博識で、また天王寺へ憧れを持つ者同士とあってすぐにその距離は縮まった。

巡業ついでに城跡巡りに同行した際、同じく歴史好きの大典太──日景典馬が強引に付いてきて「馴れ合ってんじゃねぇ」「火ノ丸(コイツ)は俺と回るんだよ」と文句を垂れるのだが、それは完全に余談である。

 

「正念場の八日目だ。今年の柴木山部屋の行方を占う意味でも、この初場所は優勝で飾りたい。頼んだぞ皆!」

 

柴木山親方の激励に、関取衆並びに幕下以下の力士たちも力強く頷く。

しかし意気込むのは他の部屋も同じ。

いまだ無敗の刃皇・童子切・金鎧山打倒に向けて、本格的に大相撲初場所が動き出していく──

 

 

*1
唐揚げの下ごしらえ

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