【青山】
京都神鳴流を語る上では外せない
五色の中でも特に戦闘能力が高く、何代にも渡り関西呪術協会の党首を毎回排出している家でもある。
現に関西呪術協会の長、近衛詠春の旧姓も青山なのだから。
そしてさらに裏に知られている姉妹【青山姉妹】の存在を無くしては語れないのが真実。
だが、当時の青山姉妹を知る者に二人の印象を聞いて回ればみなこう答える。
【打ち立ての新刀と切り殺してきた罪人の怨念を蓄えてきた妖刀】
だが、とある男が関西呪術協会に入った事によりその態度を目に見えて軟化させていく。
その男の名は零織逸識。
【殺戮殲滅猟団・零織一座】の当主にして団員No.0
蛍光灯の淡い光が視界に色を与えては、点滅し闇の戸張を下ろす。
視界にうっすらとだが光が戻って来たことにより、錆び付いていた思考の歯車が音を経てて動き出した。
……あれ?うち何で地面に横たわっとんねん?確かあん時…………?
「おはよぅ、目覚めたえ?それともどっか痛いところでもあるかいな、一応治癒符で治療した後に軟膏を患部に塗りこんでおいたから痛みは引いてると思うけどな」
確かに鳩尾と両手首からツンとした鼻にくる白華の香りが睡眠で朦朧とした頭の眠気を吹き飛ばしてくれる。
「痛むところは特にあらへんけど……、むしろ床に寝かされた所為で背骨が痛いんやけど」
手加減して必要最低限のダメージで気絶させたのか、手刀が撃ち込まれた箇所は全く痛んどらん。
いくらうちが怒りに身を任せて錯乱した状態とはいえ青山の名前は伊達やない、それに自分の自慢やあらへんけど青山最強姉妹の名前は伊達や酔狂で言われとるわけやない。
その
やけど、他の四色の流派と模擬戦をする内に誰もうちのスピードに着いてこれなくなってもうた、そして師範ですらうちに勝てへん。
そしてその日の内に免許皆伝を言い渡されてほっぽり出されてもうた。
そこからは毎日が地獄のようやった、誰もうちと模擬戦をするどころか試合すら断られる始末。
……誰もうちの孤独を分かってくれへん、そこで優しくされてコロッと変な男に靡いたんは正直うちでも迂闊やったかなぁ……とは思ってるん。
家族の反対を押し切って家を飛び出し、その男と生活し始めたは良いものの価値観の違いやら浮気やらなんやらで既に冷めきっていた新婚生活に決定的な亀裂が入ったのは身体を要求された時に分かった。
こいつを選んだんは間違いやった、てことを冷めた頭で理解した。
無言で俯くうちを見て、肯定と判断したのかそのままベッドに押し倒そうとする男の横っ面に全力の力を込めた手刀で下顎の骨を粉砕してやった。
いくら裏から離れたとはいえ神鳴流剣士の全力の手刀や、ただではすむわけないのは簡単に想像が追い付くやろ。
顔の穴という穴から体液を垂れ流し、無様にフローリングを転がる男の眼前に離婚届と印鑑を突き付けもう一発食らうか、それとも素直にこの書類にサインするかを迫ると怯えながらもサインしてくれおった。
そしてその離婚届を朝一で役所の窓口に提出したあと、直ぐに実家にトンボ帰りをかましたって寸法や。
そしたら、そらあまあ言われる言われる。
「この歳でバツイチなんて嫁の貰い手ないんちゃうか?」とか「今ならお母さんがお見合い見つけて来てやろか?」とかとかとかとかとか、EtcEtcEtc。
それどころか妹の素子にすら「だ、大丈夫ですよ。姉さんは美人ですし気立てもいい、私が男だったら飛び掛かかりますよ」、と慰めれる始末。
あんたそれ、うちがめんどくさい女って遠回しに言ってるようなもんやで。
ドイツもコイツもうっさいちゅうねん、まだまだうちは三十路でも四十路どころか二十時すら行ってへんから、まだ焦る時期やない。
そう、まだ焦る時期やない。まだ助かる、助かるレベルや。
そ、それに学生結婚してバツイチで尚且つ
けど、ついに見つけたで。
長年探しておったうちと対等かつそれ以上に斬りあえるを腕を持っている剣士を。
まあ、剣っていうか拳法?、手刀に足刀も使っとったし、あれだけの腕前や。防具なんて暑苦しいもんも脱ぎ捨てて、真剣で死合いが出来るんや。
こんなまたとないチャンス、逃がしてたまるかい。
「なあ、千草」
うちの治療に使った薬草や軟膏、湿布を片して世話しなく動く千草に最近見せていた長や組織に対する不満の影が一切見えなくなった。
西洋魔法使いの大戦に駆り出され、亡くなってしまった千草のおじさんとおばさんの訃報を聞いた時はうちでも頭が真っ白になってもうた。
それでもこのバカは幼いながらに一粒の涙も見せへんかった、眉間に皺を寄せ眼尻を引き上げ必死に堪えているのが丸わかりでもや。
それはもう一人の守るべき存在がいたからだろうか、それはだれにも分からない。
知っているのは当事者である天ヶ崎千草、ただ一人なのだから………。
「なんや、鶴子?言っとくけど無名はんはやらんで、うちがせっかく見つけたあんないい男は早々いないんやから。釘も刺しておいてやるけで寝取りも無しやで」
と、のうのうとのたいおった。
「だぁ~れがアンタの男寄越せなんか言うかいな、そんなことより逸識はんは何処行きおったんか聞きたいだけや」
意識が回復したなら、一刻も早く死合いしたいんや。
こんなにも高揚とした気分は久しぶりや、修学旅行前日の高校生じゃあるまいし。
まあ、年は全然高校生なんやけど。学生結婚やしなぁ。
「今は長の所や、元は関東魔術協会の所属やけど今朝には関西呪術協会に籍を置いたんやから鍛錬所の使用許可を取りに行っとるえ。くっくっくっくっくっくっ、青山の代表格とも言える青山姉妹が本山に出現して尚且つ新しく入った新入りと本気の死合いするってんやから上から下の大わらわやで」
策士としての顔を覗かせながら、頭の中ではおそらく自分にこの死合いにどんな利益がもたらされどんな損益を被るのか腹黒く算盤弾いてるんやろ、いつもながらに計算高い女や………。
どうせここの鍛練所を選んだのやっていつもいつも鳴神流の模擬戦で月1……、いや酷い時には週一で木端微塵になる、板張りの床が弾け飛ぶか屋根瓦が飛んでいくなんて当たり前、むしろそんなもんで済めば御の字やし。もう大工さんたちも慣れすぎて立て直しの材料を常にストックして切らさんようにしている事からもその頻度が分かってもらえるでっしゃっろ。
「たかが噂でそこまで右往左往せんでもええのになぁ、何も殺し合いゆうワケでもないんやし。一体本山はいつからビビりの巣窟になったんや?」
一年前まで在籍していた身としては、ここまでレベルダウンしているとは正直思いもよらへんかった。
僅かばかりでもええから、うちと素子の領域にまで到達とまではいかんでも踏み込んでいるぐらいの期待は寄せておったんやけど、正直な話がっかりするぐらいの拍子抜けや。
期待外れ……、と言った所だろうか。いや、むしろ消化不良と仰ったほうがいいんやろな………。
「くっくっく、神鳴流のトップが一年ぶりに帰って来てさっそく鍛練所をぶっ壊すのを間近に見られるんは幸運と思うか不幸と解釈するかは難しいところやな、それとも新人たちがあまりの才能の差に心が折れなきゃいいんやけど。先に言っとくけどな、また決戦奥義なんて物騒なもん繰り出すんは勘弁しておくれやす。いくら腕のいい結界師がいた所であんた全力の雷光剣なんて最低でも十人は必要なんやからな」
多少呆れを含ませる声で忠告を投げかける千草に大仰に頷きながら、先ほどから姿の見えない愚妹の所在が知りたいところだ。
「はいはい、んなことは分かってるえ。そんな事よりも素子は何処いったんや?」
「そんな事って………。うちの親切心から出た忠告をそんな事で受け流すなや………、鶴子。まあええ、もっちゃんなら無名はんと一緒に長のとこに顔出しに行ってるえ、あんたは無様に白目向いて気絶しとったからな」
前半はいい、だが後半の言葉は少々聞き逃せん箇所が出てきたんやけど………。白目はあかん、それはいくら女を捨てて剣の道に生きてきたとは言えそこまで女は捨ててへんわ…………。
「……にしてもあれだよなぁ、こんな簡単に許可が取れるなんて麻帆良だったら考えられないことなんだけどな……。まあ、文化の違いこそあれど郷に入れば郷に従えって昔の偉人たちも言っているわけだし……」
「その格言って留学生とかが使う物であって同じ日本にいる私たちが使うのもどうかと思うんですけど……、確かに西と東ではコンビニのおでん出汁とか違いますしね」
「西と東の確執をコンビニにあるおでん出汁と一緒にするなよ……、そんな小さなスケールの話でもないだろうに……」
逸識はんと素子の手に懸かれば西と東の確執もおでんの出汁レベルにまでなり下がるんかいな……、なんとも平和な話やなぁ…。
「なあ、逸識はんていつもあんな感じなんか?いや、マイペースなのはいいんやけどね……、流石に度が行き過ぎなのはどうかと思うんやけど………」
「んなもんうちが知るかいな。会って二日しか経ってないんやから、んな細かい事まで分かるワケないやろ」
と、いきなり衝撃的な事をブッコんできやがった。
「はあっ?あんた本気で言ってるんかいな。おうて二日で身体を重ねるその神経がうちには理解できっ!?」
意見を述べていたウチの背筋に薄ら寒いものを感じ、その場からバックステップで飛び退く。
さっきまでウチの首があった場所に一枚の札があり、飛び退いた拍子に薄皮一枚切れたのか血が流星のように床に落ちる。
「うちが誰にでも股を開く淫乱だと思ったら大間違いえ、あの人はうちとそっくりなんや。けどな、紙一重で違う点もある、『果たしたか果たしてないか』ないか。この二点、それだけや」
言いたいことは言ったのか一指し指と中指で挟んでいた札を
「鶴子、うちとあんたは長年の親友や、せやから老婆心で忠告しといたる。
それだけ言うと千草は逸識はんと素子の方へと駆け寄って行った。
……遠い、限りなく遠く感じてまう。逸識はんや千草、それに素子との距離を………。
手を伸ばせばすぐに届きそうやのに、その【すぐ】が出来ん。
二年間とはいえ、あんなクズ男と暮らしていた所為か『オトコ』という生物に身体拒否反応を示してしまう。
「姉さん、どうしたんです?いつもなら千草さんに斬撃飛ばすぐらいの勢いは何処に行ったんですか?」
鶴子に首を傾げられつつ、問い掛けられた問題定義を曖昧に流しつつ壁に立て掛けられている逆刃刀を一本は自分の利き腕に、もう一本を相手である若白髪に投げ渡す。
「防具は無しの一本勝負、神鳴流派の技はありでそっちの流派の技の使用も制限は無しやえ、どちらかが倒れるまでの限界突破の死合いや。腕の一本や2本欠けた所で勝負の
死合い条件を話すと、噂を聞きつけた
それも当然だ。二年前にいきなり消え、帰ってきた青山のトップが今日入った新人との条件が余りにもシビアすぎるのだから……。
「条件はそれでいいけど、この刀はいらないないな。それとこの重たい防具もだ、基本的に俺は身軽でやるスタイルだからな。それにもう一つ俺は【拳士】じゃなくて【剣士】だからな、手刀も足刀も使うから厳密に言えば少々違うけどな」
逆刃刀と防具を
「虚刀流が七の構え、杜若。時の流れは
左頬に彫られた禍禍しい刺青がニィッと歪に歪んだ。
その微笑みはずいぶんと年相応にも見えなくもないが、どことなく顔を覗かせる裏特有の空気と合わせると紛れも無く一流のオトコを匂わせる。
「うちも随分と舐められたもんやな、さっき不意打ちとはいえ倒したからって同じ調子でやったら火傷どころか凍傷負うで、逸識はん」
剣を腰だめに構えながら、瞼を閉じ居合の構えを取る。
おそらくあの構えは一撃で勝負を決める為の構えやろ、筋繊維の収縮からして足に相当な力を溜めているのが数数多の戦闘経験から読み取るのは簡単に習得出来る
勝負は一瞬の攻防で決まる、
……一瞬で決めるなんてそんなもったいない事するわけないやろ、これは命を賭けた死合いなんやから。もっと楽しまなきゃ損やない。
口元が吊り上るのを感じながら、うちは心の中の闘争心を膨れ上がらせるのではなく静かに蓋を閉め気を待った。
……ちっ、俺が飛び込んでくるの待ってやがる。
【虚刀流が七の構え、杜若】を選択した時点で勝負を一瞬で決め、怪我無く鞘を元の位置に収めようとしたがあの構えに身体から湧き出るオーラを見てその可能性は限りなく零に近いとはではなく、たった今零になったのを感じた。
鳴神流の技はどのくらいの破壊力を持ち、どの程度の間合いを誇るのかなんて俺は知らないし、あの構えから繰り出される予想も付かない。
……まあでも、あえて不利な敵地に乗り込んで相手に勝利するのが虚刀流だってあのクソ親父も言ってたわけだし、それも考えると俺にも龍宮の血も流れてるってことなのかね……?
追放された身で何をいまさら考えてんのかね、俺は。もう麻帆良に帰る事なんか二度とないってのにさ、女々しすぎんだろ。
脳裏に浮かんで来た義妹や魔法生徒の後輩の顔をかぶりを振って追い出し、目の前にいる敵に意識を集中させる。
「それではよろしいですね、お二人とも?」
その掛け声と共に俺の視界は灰色に染まった。
視界に映る余計な情景の色彩をカット、
さて、殺り合うための準備は整った。
こんな
つくづく俺の運命には厄介な強敵と戦う遺伝子でも組み込まれてんのかね、そんなものはそもそも望んでもいないしこちらから願い下げもいいとこだ。
まあでも、今まで戦ってきたヤツの中で培ってきた戦闘経験は確実に己の血肉になっているし、死闘から得られた自身の中に眠る新しい可能性の壁の確認は無駄にはなっていないが………。
「それではこれより模擬戦を始めます、両名ともに名乗りを上げてください」
顎で先にどうぞ、対戦相手に示すとその口から滑らかに滑り出してきた声に耳を傾けていた。
「京都神鳴流宗家、青山鶴子……」
亀のように固く口を閉ざしていると、
「む、無名はん……、はよ名乗り上げんと。この試合自体無効になってまうで」
注意というよりは忠告といった感じの千草の声が俺の鼓膜を震わす。
この死合いで俺は
俺は…、俺の名前は…
「……ああ、分かってる」
真名や右左達には悪いが俺は龍宮性でとしてではなく、ゼロから始めてみるのも悪くは無いのかもしれない。
これこそ虚言かもしれないが。
「無所属流派無し……」
「零織逸識……」
さあ、それでは、
「零織を開幕しよう」
「始めっ!!」
同時刻、麻帆良市内龍宮神社境内近く。
その少女はポケットから一枚のカードを眺めながら、茫然と佇んでいた。
「……義兄さん?」
ポケットに入っていた一枚のパクティオーカードから火傷したかと思う程の熱量がスカートの布地を通して伝わってきた。
そのカードに刻まれた名は、最愛の人の名前であり、私に生きる意味をくれた人で、つい二年程前からいなくなってしまった人の名前だ。
取り出したカードには愛した人との繋がりは無く、絆ともいえる
「………ぐすっ、すん」
真っ暗の境内の中に自分の鼻をすする音が虚しく響く。
「会いたいよぉ……、義兄さん」
手の中に握られているカードから答えは返っては来ない。
麻帆良女子高等部、女子寮302号室。
今日のお勤めである『警備』が終了して部屋へ帰ってきた私の眼に飛び込んできたきのは現実から目を逸らしたくなるような情報だった。
「こんなの何かの間違いっスヨ……」
魔法生徒である私の尊敬する先輩【龍宮無名先輩】との唯一の絆、パクティオーカード。
何故かそのカードに刻まれていた文字が消え失せていた。
一年程前に先輩は麻帆良から追放された、魔法先生であった明石教授に聞いてみても帰ってくるのは極秘だからの言葉のみ。
我慢できなくなった私は電子妖精が強固にデータを守っている麻帆良データベースに浸入しようと試みた。
けれど、データは完全に削除されていた。
不審に思いバックアップ用のデータも漁ってみた所、とんでもなくセキュリティレベルが跳ね上がっていた。
……こんなの明らかに普通の対応じゃねぇっスヨ、データベースから削除なんてまだしもバックアップ用のセキュリティレベルまで跳ね上がってるとか尋常じゃねえっス。
「いったいぜんたい何処行っちゃったんスか?先輩……」
カードに刻まれた文字は何も答えてくれない。