魔法先生ネギま 龍宮家の元跡取り   作:ポッタ―メン

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肆時限目

【虚刀流】

 

その始まりは不明だが安土・桃山時代後期ではないかと思われる。

 

虚刀流の開祖、【龍宮(たつみや)名無(なな)】は当時麻帆良を含めた広大な領地を所有する大名の長女であり、麻帆良に有る樹齢数千年といわれる巨大な御神木に選ばれた姫巫女だった。

 

しかしながら、彼女は政略道具として

扱われるのを良しとせず、自分自身も戦場に立ち領民をあるべく方向に導きたいと考えた。

 

だが、非力な女である自身が戦に出たところで捕まり、兵士達の慰みものとなるのは目に見えている。

 

幼少の頃より良くしてくれた家臣団の皆のように刀を振るうほどの力もない、多少の策を思い付く程度の頭を持つが名軍師に馴れるか、と問われれば首を傾げてしまうほどの知識しかない。

 

ならば、如何(いかが)する?

 

女性(おなご)でありながら数千の敵と対等に戦えるほどの技術など、この日本に有るはずもない。

 

そこで彼女は思い立った。

 

 

 

 

 

女の身で男衆に勝てないというのならば、自分がその技術を創ればいい。

 

女体の持つしなやかなさに艶やかさを最大限に活かした柔の技ともいうべきその流派に人々はこう名付けた。

 

 

 

 

【虚刀流】、と。

 

 

 

 

刀を持った男性が圧倒的に有利な大乱の時代において素手の女性が男を圧倒していく様は正に暴虐の嵐のようだった、と文献にも残っている。

 

当時の戦場の主役はまだまだ刀であり、最新鋭と言われた火縄銃ですらその価値に気が付いた織田信長に使われるまで戦場という表舞台に台頭すらしていない中、無手しかも、女が舞台でスポットライトを浴びた。

 

これはこの時代において異常と呼ぶに相応しいことだ。

 

表舞台にて注目されてしまった彼女の事を重く見た彼女の父は大名家の家系図から【××(この部分は削除されていて読めない)名無】の名前を消し、幼少の頃よりよき友であり相談役であった龍宮神社の神主に娘の身柄を預けた。

 

これにより【虚刀流開祖、龍宮名無】が誕生し、彼女亡き後も龍宮神社の跡取りに虚刀流は脈々と受け継がれていく。

 

だが、虚刀流を創った彼女をして受け継がせなかった構え、【虚刀流が終の構え、鬼灯(ほおづき)】についての文献は何一つとして残っていない。

何故彼女はこの構えのみを、継承させなかったか?

 

それは今もなお歴史の闇の中に埋もれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その建物の中には閃光、斬撃が飛び交っていた。

 

斬鉄閃(ざんてつせん)っ!!」

 

氣を乗せて撃ち出される斬撃を避けるなどと言うまどろっこしい方法は取らず、氣で強化された脚を使って牡丹を繰り出し撃ち落とす。

 

おいおい………、千段階段で殺った時とは実力も判断能力も段違いだよ。

 

あの時は錯乱していたからか飛び込む隙も合ったし、初めて使った防御の構えでカウンター気味のパンチを喰らわせられた事も出来た。

 

しかし、今回のコイツは明らかに舐めて掛かれる相手ではない、身体から立ち上る闘気も尋常じゃない。

 

思考の途中でも飛んでくる斬撃に注意払いながら爆縮地を利用して相手の眼前に飛び込む一歩手前で踏み切り、飛び上がる。

 

飛び上がった反動を利用して空中で一回転半廻り、全てのモノ天地上下が逆さまに瞳に映り込んだ。

 

天井に足が着地し、そこから重力+自分の足で付けた勢い+体重を込めた降下強襲用奥義を繰り出す。

 

「虚刀流が七の奥義、落花狼藉(らっかろうぜき)っ!!」

 

「上に逃げた所でうちの刀の射程範囲からは逃れられんで、逸識はんっ!!」

 

逆刃刀を突きの体制に構え、鶴子が叫ぶ。

 

斬空閃(ざんくうせん)穿(うがち)っ!!」

 

刀身の切っ先に蓄えられた氣の弾丸が乱打突きに付属されて襲い掛かってくる。

 

大量に放出された弾丸が落下中の俺に襲い掛かってくるのを眺めながら、判断を下した。

 

くそったれが、これだけの量はさすがに方向転換の利かない空中じゃ捌ききれない。

 

多少の威力は下がるが斬撃弾を喰らいながら、このままフルパワーで叩き込んでやる。

 

「はあああああああああああああああああ!!」

 

爆発音と共に衝撃波が鍛練場一帯の板張りの床を吹き飛ばした。

 

「ええ………。実にええで、逸識はん。正直な話うちはあんさんにかなりの期待しとりました。でも、もはや違います。予想以上や、今のうちの心の中には毛程の油断も隙もありません。それに祭りは終わってへん、それでもうちと踊ってくれます?」

 

それ程までの威力だったにも関わらず、紙一重で先ほどの攻撃は躱されていた。

 

「はぁ……。あなたの気が済むまで喜んでお相手しますよ、お嬢様」

 

瞬歩から上段より振り下ろされる逆刃刀を手刀で下から上に振り払う技【雛罌粟(ひなげし)】で受け止めてから、高速の胴回し回転蹴り【百合】で後方に弾き飛ばす。

 

確実に蹴りが決まった、と思ったのだが土踏まずの部分に鋼特有の硬い感触を感じ、そのまま膝のバネを使ってその物体を蹴りぬく。

 

態勢を立て直した視界にキラキラと光りながら宙に飛び散る鋼の粒子とその中をかき分けながら拳を握りしめた鶴子の接近を許してしまった。

 

回避……はどのみち不可能、この態勢からじゃ下半身のバネは使えない。

 

上半身を使ってどうにかするしかない、【百合】を使った左手は後方に流れてるから今から戻したんじゃ間に合わない。

 

使ってみるか、刻夢(きざむ)から習った暴殺の力技………、

 

(イーティング)…………」

 

「紅蓮拳っ!!」

 

鶴子の氣で強化された拳が鳩尾に突き刺さる。

 

昼飯に食べた千草特製竹の子ご飯と京都のご当地食材をふんだんに使ったお番菜(ばんざい)が胃から食道を逆流してくるがそれを気合いで抑え込み、腰の回転を利用したビンタ、

 

喰い(ワン)っ!!」

 

で鶴子の身体を横っ面から跳ね飛ばすのと同時に俺の身体も鍛練場の壁に叩きつけられた。

 

「くぁぁ……」

 

木が折れる音と共に俺は確かに聞こえた、鶴子の肋骨が鈍い音を立てるのを。

 

頭を振って上から降ってきた木くずを振り落とし、鶴子の方に視線を向けると脇腹を押さえながら立ち上がるところだった。

 

「おっかしいな、刻夢の奴だったら脇腹抉るぐらいの威力で即死級だったんだが?やっぱ術者と剣士の耐久度ってのは違うのかね?」

 

俺の脳内で再現された過去のヴィジョンには麻帆良の仕事で敵の脇腹を抉って高笑いしている親友の姿がフラッシュバックしたんだが、想像とはちょっと違った光景が広がっていた。

 

「さ、流石に冗談じゃないで、ほんまに脇腹の肉どころか内臓の類も持って行かれた思うたわ。というより何でうちが全力の氣を込めた紅蓮拳で殴ったのにダメージの一つも負ってないん?ちょっと理不尽ちゃう、その身体?」

 

一喰い(イーティングワン)を食らって無傷の奴が何をほざいてんだ……。

 

「俺が無傷なのは氣で身体を強化してるからだよ、お前だって強化してなかったら今頃血の海に沈んでるはずだ。それが分かってるから跳ね飛ばされた時、危機感を感じたから人間の防衛本能が無意識的にお前の身体を強化したんだろ。その防衛本能に感謝しとけよ、周りにいる奴らだったら一瞬で脇腹抉られて急性出血性ショックで死んでるぞ」

 

言外にコイツラでは相手にならないと吐き捨て、視線で威圧する。

 

「というより周りが邪魔だ、観客がいるせいで鶴子も本気出し切れてないみたいだしな。千草に素子、コイツラ全員下がらせろ」

 

「はいな、少々お待ちをば。曲弦糸(ジグザグ)曲弦糸(ジグザグ)っと」

 

「神鳴流防御術四点結界(してんけっかい)独鈷(どっこ)錬殻(れんかく)、危ないですので黄色い線からお下がり下さい」

 

糸によって空中に描かれる魔法陣の効果は絶対防御圏域、神鳴流の対魔戦術絶待防御が発動して俺と鶴子が外界から隔離される。

 

「邪魔者どころかこの空間には俺とお前の二人きりだ、お望みどおりこれで心置きなく全力で殺れるだろ」

 

今までの戦闘でこいつの戦闘スタイルの解析はだいたい終わった、構えや予備動作を予測して居合や抜刀に瞬時に切り替えるスタイルで相手の苦手な距離での戦闘や自分の得意な距離に誘い込んでから各個撃破するのを主眼(コンセプト)に置いているのだろう。

 

「二人しかいないなんて結構ロマンチックな事言うんやね。ほいたらここはエデンの園で、うちらはまるでアダムとイブって寸法やあらしません?周りには草木一本生えてへんけど」

 

「お前らって密教なのか仏教なのかはっきりしろよ。でもさっき素子が結界を張るのに独鈷使ってたから密教なのか?それにしては聖書のエデンとか知ってるしはっきりしないと信仰している神様がブチ切れんぞ」

 

独鈷を使ってるにしては【関西呪術協会の長、近衛詠春】の表の仕事は仏教徒の保存だし多宗教入り乱れてるからあんまり関係ないのか?

 

(詠春)は近衛家に婿入りする時に改宗して仏教徒らしいけどな、うちら姉妹はまだまだ密教やけどな。逸識はんは何信仰なん?」

 

俺の家系(龍宮)にうまれた人間はまず間違いなく地獄に落ちるからと言って両親共に無宗教を貫き通していたし、俺もあんまりそういうのは気にした事がなかったのは事実だ。

 

「俺は無宗教だし、神とかそういう偶像崇拝は信じるだけ無駄だって経験から知ってるからな」

 

どんなに願ったところでこの世界に神はいない、例えそれがどんな聖人君子より清く正しい奴だったとしてもだ。

 

(なん)にしてもや、信じるモノがあるってことはわりかし救われることやと思うんやけどなぁ……」

 

「それは人それぞれの主観だろ、所詮神なんてモノは人間が想像しなければ【神】という言葉すら生まれなかった曖昧な定義(モン)だ。違うか?」

 

「…………………………」

 

「沈黙は肯定と受け取るけどいいんだな?まぁ、神がいるかいないか、そんな議論で時間を潰すのは勿体無いだろ。お前が心の底から望んだ自分と同程度もしくは格上との実力を持った奴との本気の殺し合いだぞ、もっと楽しんだらどうだ?」

 

視線で殺り合おうと問い掛けるが反応があまり芳しくない、これは一体全体どうゆうことだ?

 

「いまさら躊躇(ちゅうちょ)なんかしてんのかよ、本気で来い。お前は自分との過去と決別したいから俺に挑んだんじゃないのかよ?こんな所で止まってるようだったら、所詮はこの程度だったって事だぞ。人は前を向かなくても前には進める」

 

「そないなこと言われても怖いモノは怖いんや、男ゆう存在が……。(かこ)を引き摺ってるゆうんは分かってる、やけど心の何処かでブレーキが掛かってまうんよ………」

 

「はぁ……、歩みを止めるな。怖いなら一歩一歩進んで行けばいい、お前には妹の素子もいる、千草……は友人と呼んでいいのか(はなは)だ疑問だが……。そんな一遍に何でもかんでも乗り越えられる人間なんかいない、もしそんな事が出来る奴がいたら、そいつは人間を超えた何かだ」

 

そう、そんな人間は普通いない。心に深い傷を負った人間は何処かしらに不具合が生じるものだ、なら俺は?

 

心に傷を負い癒すこともせず、ただ淡々と傷口を腐らせ化膿させてきた俺は正常と呼べる人間なのだろうか?

 

いや、違う。人は集団という群れの中を生きている、望む望まないを別にしても生まれた時から遺伝子に集団生活のマニュアルが既に刷り込まれているのだ。しかし、二年間と少しとはいえ集団生活を捨て世捨て人の如く世間をふらふらしていた【俺】という個体は集団の中では特異点(イレギュラー)と呼べるのではないだろうか?

 

例えるなら碁盤が全て白の碁石で埋め尽くされていたのに一枚、たった一枚の黒の碁石を放り込むようなものだ 。

 

いくら目を反らしたところで時間が経過するとともに【それ】は拭えないものとして確固たる違和感となり触れ合う全ての人間が嫌悪感として抱く正直な気持ちだろう。

 

一度集団という輪から外れた人間は元に戻れないのは自然の摂理なのだろうか?

 

と、考え出したら思い当たりが強すぎて(きり)がないなと苦笑を溢した。

 

というよりかは俺の悪い癖だな、これは。一度思考に入ったら周りが見えなくなる、さっさとこの癖を直さないと確実にトラブルの元になる。

 

「そないに言うなら、逸識はんがうちの事受け入れてくれる受け皿になってくれまへんか?あの千草が認めた男にそこまで言わはったらちびっとやて、前に進んで行こ思てしもうてもしゃあないどす」

 

そう言い切った鶴子の顔は実に清々しく化粧などという無粋な装飾が無くても、この女が元来持っていた華やかさを演出し、先ほどまで纏っていた陰鬱とした空気を払拭させていた。

 

「何でおれが千草のみならず今日会ったばっかりのお前の面倒まで見なきゃならんのだ?それに俺の許容範囲(キャパシティ)は正直昨日の千草との一件で一杯一杯なんだが………」

 

鎧武者の亡霊を倒した後の一件は語るも涙、聞かせるも涙のお涙頂戴物語だが、その話はまた今度語ることにしよう。

 

「まあまあ、そないな事言わずに今なら処女(ヴァージン)のうちだけでなく妹の素子の処女までセットでついてくるえ、世間の男どもが羨む姉妹丼なんて食することなんか滅多にないんちゃう?」

 

「実の妹をさりげなく交渉のテーブルに差し出すなよ………、それでも姉か?」

 

「かなわんわぁ、逸識はん。テーブルで食べたいなんて少しマニアックすぎまへんか?それとも鶴子を皿替わりにして楽しみたいだなんて少し変態的すぎるえ」

 

………さっきまでのしおらしいコイツは何処に吹き飛んでしまったんだ?こんなに脳内お花畑な女だとはこれっぽっちも想定してなかったぞ、さすが千草が悪友と自負することだけの事はある。こんな変態的思考をしてるやつには同じく変態的思考をしてる奴ら(クレイジー)しか周りには集まらんだろうさ……。

 

というか、変人と揶揄している俺もコイツラと一緒にいるということは周りからも変人扱いされてるってことか?まあ、それはもはや今更か。

 

無謀とも取れる諦観でこの数時間後、自身の発言の迂闊さ呪う破目になるとはこれっぽっちも思っていなかった。

 

「お前が勝負に勝ったら考えてやらんことも無い、これでどうだ?俺もお前も全力の勝負が出来、尚且つお前がのたまう妄想も実現できるかもしれない、正に一石二鳥だろ」

 

「ほんまにそれでええでんすか?うちが勝ってもメリットしかありまへんけど、逸識はんは一体全体うちに何を要求しはるつもり何どす?」

 

「関西呪術協会の最奥にある禁書資料保管室、そこに入れるように便宜を図って欲しい。俺の願いはこれだけだ、後は特に要求する事もないしな」

 

今朝の朝食時に千草がポロっと溢したワード【禁書資料保管室】、そこに何かある。千草がこの言葉を溢した後の動揺の度合いに匹敵する馬鹿高い機密が眠っているはずだ。そして明らかに術者(後衛)ともいえる千草が何故曲弦糸(ジグザグ)なんて接近戦限定の技を習得したのか?その理由(ワケ)が必ずそこにある。

 

「禁書資料保管室…………どすか、あそこは協会(ココ)の長が認めた極々一部に人間にしか入れへん仕組みが代々から受け継がれる事になってます。昨日今日入ったりんばかりの新人にはどないする事もでけへんと思うえ」

 

「だろうな」

 

けど、それもとっくに想定済みの事態だ。新人、それも東からフラりとやって来た流れの拳士、しかも素性も一切知れない相当の不審者だ、そんな人物を普通は機密がどっさりと眠っている保管室になんかに入室を許可したりなんかしない。そう、普通ならば。だから、この勝負で鶴子に勝つ必要が出てくる。

 

青山、それもその中でも最強と名高い鶴子が同伴するならば多少ガードが緩くなる可能性も出てくるはずだ、それに長も元青山出身らしいから素子の頼みを断るのはあの性格だと難しいだろうからな。

 

「まぁ、後のことは追々考えればいい。だからさ、青山鶴子。もっともっと素直に楽しんでこーぜ」

 

「そこまで言うならずいぶんと高くならはった逸識はんの天狗の鼻っぱしら、へし折ってやるえ。神鳴流が斬魔掌、弐の太刀。神鳴流、桜楼月華」

 

ポケットに手を入れたリラックスしたポーズで不敵に笑みを浮かべた俺に多少の殺意を感じたのか右手を手刀、左手を拳で固めた構えを取る鶴子に対しての、俺は完全なる自然体で未だ余裕の笑みを浮かべていた。

 

「はよ逸識はんも構えんと。今からうちもたいがい本気でかかるから、舐めてかかると怪我しはるえ」

 

「何言ってんだ?とっくの昔に俺は構えてるぞ、心配は良いから早くかかってこいよ」

 

先手はレディーファーストでどうぞ、と手で示した事が格下と見られたと思ったのか顔から表情を消し、瞬歩を使い一瞬で間合いを積めてくる。

 

一瞬で間合いを詰められた事に対して俺はあくまでポーカーフェイスを貫き通した、何故なら既に構えているからだ。

 

 

【虚刀流が零の構え、無花果(いちじく)。親父がもっとも得意としていた構えで、四六時中この構えでいたから背後から何度襲っても対応された。『親父はいつも殺気がバレバレなんだよ』、と笑って言っていたのをよく覚えている。厳密に構えとは言えないが、あえて名称をつけるならこの名前になった、と言っていた。自然体からいつでも攻撃態勢に移行できるのが最大の特徴の構えだ】

 

 

故に鶴子の右手から伸びる氣の手刀が俺のジャケットを切り裂こうが、左手の拳が硬氣功で硬質化されていようが関係無い。

 

何故なら…………、

 

「お前がわざわざ間合いに飛び込んで来るのを待ってたんだからなっ!!」

 

硬化された拳を右手で受け止め腕を軽く振って、拳を弾き飛ばす。

 

「なあっ……!?」

 

この攻撃に絶対の自信を持っていたのか、それとも受け止められるとは思っていなかったのか瞳孔が開き、正に【驚愕】の二文字が似合う表情が少し笑いを誘った。

 

右手は払いで使用しているから使用不可能、左手で使える技は限られてくるわけなんだが………。不利な状況を補ってこその虚刀流だ、いちいちこんな事でピーチクパーチク騒いでいたらとてもじゃないが虚刀流なんか務まるか。

 

少し反則的になってしまうがこの技を選択(チョイス)すると、拳士としてそれはいかがなものかと思われてしまうかもしれないが、これも虚刀流の足刀(かたな)を使ったれっきとした技……、かと聞かれると首を傾げてしまう程かなりキワモノの部類に入るが……。

 

繰り出す技は(すみれ)、相手の足に自身の足を絡ませそのまま空いている左手で鶴子の身体を押し倒す。

 

拳士(けんし)のクセん投げ技使うとは、相も変わらずええ度胸しとるやんけっ!」

 

押し倒され崩れた軸線を足の反動を利用して上下逆さま、倒立の状態で手首の筋力のみでおそらく今日日女子の平均体重を支えながら氣で強化された脚全体を使いながら回転刃のように頸椎を刈り取ろうと迫って来る。おそらく平時であったら、その実にムチムチとした旨そうな太ももに目を奪われていたであろうが、今はくだらない事(柔らかそう)とかに意識を割いている場合ではないのだ。

 

事実、前髪の何本かが斬れて宙を舞った。しかも、割りと時間をかけて整えたところが数瞬の間におじゃんこだ。これはいくら俺でも軽く凹む。掛けた時間はそれほどでも無いがショックが後からジワリと来る。

 

「流石の俺も少しイラッと来たぞ……」

 

口元を引き攣らせながら、バク転で後ろに下がりながら態勢を整える。

 

「弾丸を装填、弾種を選択、用途は拡散……」

 

充分な距離を取ってから右手を固く握り締め、肉体強度の底上げの為に身体中に循環さ(めぐら)せていた氣を右手に集中。さらに右拳に集中させた氣を分散させ、指先の先端に圧縮させる。

 

循環させていた氣を右手に集中させている為、氣で強化されていた身体能力ではなく子供(ガキ)の頃から鍛えてきた純粋な身体能力のみで爆縮地を発動させる。

 

「拡散斬魔掌・弐の太刀っ!!」

 

乱れに乱れて飛んでくる氣の斬撃が頬や腕の薄皮に切れ筋を入り、血が滲み出す。

 

「そんななまっちょろい攻撃で皮膚を撫でても、何時までたっても俺の命までは届かないだよ」

 

「神鳴流、しかもその頂点【青山】に距離を詰めるなんて暴挙暴走、この選択だけで既に並大抵の凡人には生涯到達出来ん高み………。真っ向からその射程範囲内に飛び込んで来る度胸、自分の命をものともしないその狂人性、どれをとっても文句なく一級品の品格や。けどなぁ……、」

 

斬撃を飛ばしていた手をそのまま後ろに伸ばし、手首より先のみに集中させていた氣を両腕全体に溜めだした。

 

「うちかてただ黙ってやられる訳には行かないんやっ!!それに青山の名は伊達じゃない事を逸識はんに勝って証明してやるえっ!!」

 

後ろに流していた両手を振りかぶってクロスさせ、今までの対空斬撃網とは威力も範囲も桁違いの斬撃を撃ち出した。

 

「二刀一撃・桜籠閃々(おうろうせんせん)っ!!」

 

半月形の斬撃が俺の上半身と下半身を切断する絶好のラインに向かって飛んでくる。

 

斬撃が到達するまでの刹那の時間、脳内では圧縮されたありとあらゆる選択肢が取捨選択されていく。

 

……右手・左手、共に使用不可能、横方向への回避は斬撃が幅広すぎて不可能。左右が駄目なら上下へ行くしかない、圧縮された思考が導き出された可能性は二つ。上という選択肢は先ず無い、よしんば飛んだとしても先ほどの上への回避は鶴子の脳裏に焼き付いているはず、何かしらの迎撃策が講じられていると考えるのが妥当な所だろう。残された道は一つしか無い。

 

タイミングを合わせて……、

 

「……ここだっ!!」

 

半月刃(はんげつじん)の下をスライディングで通り抜け、左手で地面を叩きつけその反動を利用して起き上がりこぼしの要領で跳ね起きる。

 

人間は予測していた事を想定外の動き(アクション)を取られると、得てして数秒、数瞬の間硬直してしまう。これは戦闘中においても言える事で、こういった奇策は素人よりも断然玄人の方が掛かりやすい。ハッタリ、ブラフ、戯言、虚言の類いは格上相手の方が目に見えて効果を発揮する。

 

事実、鶴子の思考は数瞬停止した。たかが数瞬、されど数瞬。しかし、このほんの僅かな差が勝負の命運を分けるというのはこの()世界じゃよくある話だ。それがどんなに腕の立つプレイヤーだとしてもそれは例外じゃない。

 

だからこそ、その一瞬の隙を討つ!!

 

「拳砲・(バラバラ)っ!!」

 

インパクトの瞬間に握りしめていた拳を開いて、指先に溜めていた氣の塊を炸裂させる。指先から放たれた一つの弾丸が一瞬で5個に分裂、それが25個に分裂、またさらにそれが625個、また分裂すると天文学的数字とまでもいかなくとも39万625個。それが指五本分、計195万3125個という常識では考えらない数に跳ね上がる。

 

この技と【拳砲・(ツラヌキ)】の違いは(ツラヌキ)が点での攻撃だとすると、【拳砲・(バラバラ)】は面での攻撃を仕掛けるのに適している。

 

前述したとおり(バラバラ)は面制圧での使用に重きを置いているが、零距離もしくは、至近距離においてはそれ以上の効果を発揮する。

 

例えば相手と密着した状態でなら相手の身体に195万3125個の氣の弾丸がまるでクレイモア地雷の鉄球のように襲い掛かる。

 

「なっ!?」

 

鶴子が両腕をクロスさせ全身を氣で強化したところで、襲い掛かる氣弾は防御態勢を取っている鶴子の硬氣功を削り取る。

 

詰まる所、流れ込んでくる大量の水を貯められないダムは必ず決壊する。

 

今の鶴子はまさにその状態だ。

 

「くぅぅぅ……」

 

歯を食いしばりながら耐えている鶴子に語りかけるように口を開く。

 

「鶴子……、お前は強い。さっきは偉そうに説教垂れてたけどさ、お前は肩に力が入りすぎなんだよ。何でこうも強い奴らで俺の知り合いには不器用(バカ)な奴が多いのかね、もっと柔軟に物事を考えればいいのに頭が固すぎだ。だから、お前はこうも損をするんだよ」

 

苦しそうに顔を歪める鶴子に厳しいとは思うが、さらに追い打ちをかけた。

 

「コイツで仕舞い(詰み)だ」

 

その一言と共に歯を食いしばって耐え忍んでいたバカ(鶴子)の身体が後方に吹き飛び、鍛練所の壁に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コイツで仕舞い(詰み)だ」

 

その言葉が鼓膜を震えさせた瞬間に、うちの身体は宙を舞っていた。感覚で分かってしまう、無様にも負けを晒した事を理解してしまった。

 

……ああ、そういえば負けるのっていつぶりやろか?ていうか、何でこんなに気持ちいいんやろ?なんていうかものすごく、清々しい感じや……。

 

背中からの衝撃が全身を駆け巡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう……。

 

これや、この感じ。

 

 

 

 

 

 

心臓が送る、血液を身体に循環(まわ)すために。

 

肺が取り込む、生命活動に必要不可欠な酸素を。

 

手が動く、立ち上がるために。

 

脚が動く、自身の身体を支えるために。

 

全身が軋む、壁に叩きつけられた痛みをもろともせずに。

 

理性が叫ぶ、もう十分やったじゃないか、と。

 

感情が命じる、抗えと。目の前に立つ男を超えろ、と。

 

 

 

うちは……、うちは今生きとるっ!!

 

 

 

最強になるってことは自身の努力の証、そして望まない少しの孤独。

 

………折れた肋骨が肺に突き刺さっとるせいで口から血が溢れでとる、けどまあええ……。

 

下を向いた顔を上げれば闘い始める前と変わらない姿で立っている逸識はん。

 

「あ、あああああああああああああああっ!!」

 

今ここで手足が千切れたって構わへん、最後の一滴まで絞り出さんかいっ!!

 

循環(まわ)せ、心臓っ!!

 

うちがイケるゆうとるんや、限界なんてそんなもん突破してみせえっ!!

 

「まだ……、まだ終わらせんよ。うちは……、うちは青山鶴子や。勝負事には……、絶対に……、負け……ん……」

 

アカン……。感情がイケゆうとんのに、身体が拒否しとる。

 

イケるゆうとるやんから、イケるやろ。立てぇやっ!!身体っ!!

 

……と、思とったけどアカンかったみたいや……。いつの間にやら床が目の前にあるし、頬に当たる冷たい感触が気持ちええ……。

 

「ほうか……、うちは負けたんか……」

 

うつ伏せの身体を仰向けに転がす。

 

「ああ……、お前の負けだ。言ったろ、これで仕舞い(詰み)だって。一年間も戦いから離れていたお前の身体は限界を知らせていたんだ。そのサインが氣膜の途切れたあの瞬間、それが分岐点。いくら戦いから一年間も離れていたお前と言えど、平常時のお前ならソイツを見逃さずにその進言を受け入れていただろう。だが、お前の理性がそれを拒否した。狂おしい程に倒したいからこそ、全力で殺しにかかってきた」

 

それは…確かに、拒否しがたい誘惑やった……。うちもなまったもんやで……、昔やったら絶対に見逃さんで、そんなサイン。それにしたって……、

 

「勝負を仕掛けたのはうちからの方やけど……、まさか……負けるとは思ってへんかったわ。いいとこ引き分けぐらいちゃうか、ぐらいの気持ちやったんやで……。実力差を図れなかったうちの完敗ってワケやな……」

 

長距離走からのゴール前130mのストレートを全力スプリントで駆け抜けたような心地よい倦怠感に包まれながら、声高らかに宣言した。

 

「負けた、負けたっ!!うちの完敗やっ!!」

 

その声が響き渡るのと同時に鍛練場を覆っていた結界と糸による刻印が解除されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空気中に溶けていく結界を眺めながら、床に転がっている鶴子(ブタ)を米俵のように肩に担ぐ。

 

「ちょっ!?逸識はん、そこは普通お姫様抱っこやないんかいっ!?そこは空気読もうやっ!!」

 

なんかブツブツ言っているが無視だ無視、ていうか脚をバタバタさせるなよ。前が見えない。

 

「あ~っ!!うっとおしい、前を塞ぐな、前を!!空気を読んだ所でしょうがないだろ、今ので空気の流れが変わるワケでもあるめぇし!!」

 

背中で騒ぐ鶴子の口を左手で塞ぎ、蓋をする。

 

「う~う~む~む~、うぅ~~~~~~」

 

掌から伝わる鶴子の体温や吐息、それに生暖かい【ナニ】かが這いずり回る感覚やら固い感触って……。

 

「おわっ!?気持ち悪ぃから手を舐め回すじゃんねぇよ、汚ったねぇ。うえぇ……、指の間とか唾液まみれじゃねえかよ……」

 

手にべったりと付いた唾液を振って、振り落している俺の前に一人の男が立ち塞がった。

 

「貴様っ、どんな卑怯な手を使って鶴子さんに勝ったんだ!!お前のような奴が青山最強と呼ばれている人に勝てるワケが無いだろう!!」

 

そいつは如何にも挫折を味わった事がありません、といった風貌のお坊ちゃんカットだった。

 

「おい、鶴子。あの坊っちゃんカットの奴、知り合いか?」

 

陸に打ち上げられた魚が死ぬ一歩手前の状態になっている鶴子に尋ねる。

 

「あ~、正直全然覚えてないわ、昔の事は。というかあの当時は青山というか神鳴流全体から煙たがれとったからなぁ……。どの色に誰がいたとか全く興味なかったし。なぁ?」

 

先ほどから防御陣を描いていた糸を回収していた千草に尋ねて帰ってきた返答は実にシンプル、かつ鶴子の心を抉る勢いの答え(アンサー)だった。

 

「それ、ただボッチだっただけやん」

 

素子も、

 

「そうですね、私もそう思います」

 

追い打ちをかけるように同意した。

 

「うぅぅ……」

 

プルプルと羞恥に震えたように身体を揺らす鶴子に問い掛ける。

 

「お前…、ボッチだったのか?」

 

「ち、ちがうわっ!!ボッチやなくてただ一人が好きやっただけやしっ!!い、逸識はんもそないなかわいそうな子を見るような視線を向けんなやっ!!」

 

「いや、大丈夫だ。そうだよな、ただ一人が好きだっただけなんだよな。俺には分かってる、分かってるさ、心配するな」

 

後輩をイジるような快感を覚えながら会話に花を咲かせていると、

 

「ぼ、僕を無視するなっっ!!」

 

名も知らぬ坊ちゃんカットが斬りかかってきた。

 

「はぁ……、何処の場所にも馬鹿はいるもんだな……」

 

担いでいた鶴子を上に放り投げ一瞬の間に両足を肩幅ぐらいに開き、両手を開いた状態で身体をやや前屈気味に傾けた【虚刀流の五の構え、夜顔】から、合掌の形に移行してから繰り出される【虚刀流が五の奥義、…………】。

 

「喰らえっ、斬岩剣!!」

 

合掌から両手を突き出し、掌底を当てる。

 

飛花落葉(ひからくよう)っ!!」

 

飛花落葉は、打撃の力を外側にのみ伝えて攻撃するという技だ。内部に衝撃を伝えるということは加減を間違えればソイツは死んでしまう、だが飛花落葉は外部にのみに伝える。

 

つまり、手加減することが可能。

 

「悪いな。加減はしたから死んではいないだろうが、おそらく一生剣は握れない生活を余儀無くされるかも知れないがそっちから先に仕掛けてきた事だ、恨んでくれるなよ」

 

吹き飛んで気絶した坊ちゃんカットに聞こえているかは知らないが、周りには聞こえる声で語りかける。

 

この件が広まれば馬鹿の一つ覚えみたいにちょっかいをかけてくる奴らは、多小少なくなるだろう。

 

「逸識さん、上っ!!上っ!!姉さん、姉さんをっ!!」

 

「ちゃんとしっかり覚えてるから、安心しとけ」

 

左手で鶴子の背中を受け止めたのだが、女にあるまじき悲鳴が口から洩れ聞こえた。

 

「ぐえぇ……」

 

「獣みたいな呻き声上げるなよ、女だろ。一応」

 

「ぐぎぎ……、一応は余計や」

 

溜め息を吐きつつ、煙草(ブラックデビル)をくわえて火を点けようとしても、愛用しているジッポからは火がつかなかった。

 

「……不幸だ」

 

 

 

 

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