ウマ娘とは不思議な生き物だ。
言葉を話すし道具も使う。人間と全く同レベルのコミュニケーションを行いながらも、人間では到底再現できないレベルの身体能力を有する上位的存在。更に"娘"となっているだけあって女性しか産まれない特異性も面白い。そんな彼女達は身体能力を活かして競う祭典「トゥインクル・シリーズ」に向け特訓を日々行っている。
俺はそんな彼女達が特訓した後の練習場や学園中の整備を担当する整備課に所属し、日々彼女達が万全の状態でトレーニングに励めるよう設備の手入れをしている...のだが。
「また君はこんな所にいて...どうしました?」
整備課のような裏方の人間は日中活動することはあってもウマ娘と交流する事はほとんど無いと言っていい。勿論打ち合わせや報告で一部のウマ娘とは合うことはあってもあくまで事務的な作業であり、世間話をすることも珍しい。しかし今日――否。数日前から、先日道に迷っているのを助けてから俺の割り振られた事務部屋に入り浸るウマ娘がいた。
「用は...特にない。ただ来たかっただけだ」
「なんですかそれは。それにここは「ウマ娘が来るような所ではない、か?」...」
彼女の名前はたしか――オグリキャップ。長く伸ばした芦毛が特徴的で、落ち着いたトーンで話す事もあり本人にその気はなくとも近寄りがたい雰囲気を醸し出してしまう少し可愛そうな子だ。
ま、俺としても普段遠くから眺めることしかできない彼女達と交流できるなら悪くはない。こっちからお願いして来てもらっている訳でもないし。
「まぁいいです。ですが本当になぜここへ?悩みでもあるんですか?」
「本当になんでもないんだ。ただ...」
「ただ?」
「やっと教室からここまでの道を覚えられたんだ。なら来るしかないだろう」
「???」
何を言っているのか理解ができない。道を覚えた?は百歩譲っていいとしよう。
「理由なくここへ来て君は何をするんだい?」
「さっきから言っているだろう。特に無い」
「...」
駄目だ。全く理解できない。彼女は何がしたいんだ。...やめてくれ、本気で怪訝そうな顔をしないでくれ。俺が間違っているのか?
「頭を抱えないでくれ...私がここにいたら迷惑か?」
「迷惑云々の問題じゃないですよ...。君達は図書室やカフェを使えるでしょう?態々校舎から離れたここに来なくてもいいじゃないですか」
彼女達が日々生活している校舎と我々整備課の建物は少し離れており、外通路を少し歩かなければならない。座学の時間に縛られている彼女達からすれば面倒この上ないはずなのだ。
そんな俺に困惑しながらも仕方ない、といった様子でオグリキャップは真剣な表情になった。
「...わかった、話そう。君は私の事は知っているか?」
「君を?偶に君が新聞に載っているのを見るぐらいですよ。この前のレースもおめでとうございます」
「ありがとう。...なら私が地方出身なのは知っているか?」
「笠松でしたっけ?凄いですよ。ここに転入してきて尚実力を発揮し続けているのは」
トレセン学園は全国にあるウマ娘養成学校のトップに君臨するエリート学校。所謂『中央』というやつだ。他の学園は『地方』となる。
その中で、地方出身のウマ娘の中で優秀だった娘は中央へと編入し更なるスキルアップを目指すのだが、中央のレベルについて行けずに出戻るウマ娘も決して少なくない。それでも今尚ここに残っているということは、彼女の実力は本物だということだろう。そのぐらいは疎い俺でもわかる。
「私はここでやるべき事がある。笠松にいる皆の為にもここで頑張らなければならない...。だが困ることがあってな」
「というと?」
「私はどうしてか目立ってしまうらしく、どこに居てもチラチラ見られて落ち着かないんだ...」
はぁ...と大きく肩を落とす所を見るに相当堪えているらしい。
ただわからなくもない。いきなり転入してきた新人が頭角を表し、早くから中央で鍛えていたウマ娘達を抑えて優勝するのだから。実力を彼女自身以上に周りが評価しているのだろう。それで浮いてしまっているのだろうか。
「なるほど...ちょっと待っててください。お茶を用意するので」
「え?...いいのか?」
「休み時間もそうないですが、すぐ用意できますから」
俺はカウンセラーではない。だから彼女達の悩みを解決するなんてことはできないし、それをするのは校医や彼女達のトレーナーだ。出過ぎた真似はしないほうがいいだろう...適当にお茶を飲ませて切り上げるに限る。後は単純に息抜きだな。
「どうぞ」
「ありがとう...ん、おいしい」
「それは良かった」
茶葉はただのスーパーで買った安物だが、淹れたては何でも美味しいものだ。
「ふぅ」
「落ち着きましたか?」
「あぁ。ありがとう」
一般的にウマ娘は総じて美形というが、間違っていないようだ。さっきまでの凛々しい顔もそうだが、柔らかい笑顔もまた綺麗だ。俺が学生なら惚れてるな。
「人気者は大変ですね」
「人気者...なのかはわからないが不思議な感覚だ。私からすれば皆の方がキラキラしていて眩しいんだがな」
「私からすれば君もキラキラしてますよ」
「そ、そうなのか...?」
...いや物理的にキラキラしてる訳じゃないからね?なぜ不思議そうに自分の体見回してるんだこの子は。さては天然か?
「例えですよ。たとえ」
「そ、そうか...皆が眩しいから私も光を放ってるのかと思ったぞ」
そんな発光現象あってたまるか...
「それよりそろそろ次の授業では?時間は大丈夫なんですか?」
「ん、そうか。もうそんな時間か...」
ぐいっと残りのお茶を飲み干すとオグリキャップは足早に部屋の扉に手をかけ振り返った。
「お茶ごちそうさま。また来る」
「え...またですか?」
「あぁ。ここは居心地がいいからな。それじゃ」
「え、あぁ...」
また来るのか...と俺は唖然としながらバタンッと勢いよく閉められた扉をただ眺めるしかなかった。
初回はウォーミングアップということでここらへんで。
レース時期や学年などは敢えてぼかします。原作もぼかしてますからね。