約束の時間になっても一向に来ないオグリキャップが心配になった俺とタマモクロス。まずは彼女が所属している栗東寮へと向かってみる事にした。本人がいればそれでいいし、最悪目撃者がいればなんとかなるかもしれない。
「オグリキャップはよく迷子になるんですか?」
「よくって次元じゃないで?毎回や」
「毎回...」
「いつもは気ぃつけてるねんけど、前もって知ってへんと対応でけへんしなぁ...」
「...なんかすみません」
オグリキャップと初めてあったその日。あれはただ興味本位で見知らぬエリアに来て迷ったのではなく、普通に歩いて迷っていたということになる。
なるほど...だからオグリキャップは俺の部屋に来るようになった時に――『やっと教室からここまでの道を覚えられたんだ』と言っていたのか。...ん?覚えられた?
「でもタマモクロスさん?オグリキャップは前に私の事務部屋までの道を覚えたと言っていましたが」
「そこや!ウチが気になってるのは」
ビシッと人差し指をこちらへ指しながらタマモクロスが息巻く。俺から見てタマモクロスの身長はあって150cmあるかどうかも怪しい。あまり身長の高くない彼女の手が目の前に迫ってきて俺は反射的に軽くたじろぐ。
「うおっ!?」
「あのオグリがや。あんっっっっなに道を覚えない、覚えられないオグリがやで?どうして大槌さんの所には行けるんや?どんな魔法使うたん?」
「魔法だなんて...私は何もしてませんよ。そもそも部屋に来いなんて言った覚えもありませんし」
「ほほ~ぅ?となるとオグリ側っちゅぅ訳か...なんやおもろなってきたなぁ!」
「面白がってないでオグリキャップを探しましょうよ...普段迷ったらここに行く、とかないんですか?」
「んなもんないで?アイツは立ち止まるって事を知らんからな...誰かに声掛けられるまで徘徊し続けるんや」
「とにかく動いて探すしかない...ですか」
「そゆこっちゃ!ま、そのうち見つかるやろ」
なんともまぁ楽観的ではあるが、日常的なことだから半分諦めてるんだろうな...。
「っと、お~い!寮長!」
ため息をつきながら栗東寮前まで来た俺ら。タマモクロスは栗東寮の玄関前で壁に寄り掛かりながら空を眺めていた寮長と呼ばれるウマ娘へ声を掛けた。
寮長はこちらに気づくとタマモクロスへと近寄る。...タマモクロスに向ける目に慈愛を感じるのは気のせいだろうか?訝しく思いながら眺めていると相手もこちらに気がついた。
「おや?タマモクロスじゃないか。それと...そちらは?」
「整備課に勤務している大槌というものです」
「あぁこれはどうも。私は栗東寮の寮長をしているフジキセキです」
フジキセキ...聞いたことがある。前に同僚が彼女の事が好きでグッズを買い込んでいたような気がする。なんでも、後輩を『ポニーちゃん』と呼んでいるらしく、青毛のショートカットというのもあって仕草がカッコいいんだとか言っていたな...。にしても本当にいるんだな、ボーイッシュな容姿の王子様的な子って。創作の中だけだと思っていた。
「それで...お二人はどうしてここに?もし中に入られるおつもりならば、ウマ娘以外を寮へ入れることは禁じられてますのでお断りさせていただきますが」
フジキセキの目が軽く据わる。目に見えて警戒されているが、そんな事する気は毛頭ない。というかそんな事知ってるし。
「違いますよ。ちょっとオグリキャップを探していまして」
「大槌さんとオグリが待ち合わせしてたみたいなんやけど、全然来えへんのや」
「オグリが?うーん、残念ながら私がここに来てからは見てないなぁ。急ぎですか?」
「一応朝食を一緒に摂ろうと言われたので待ってたんですが来ないもので」
「なるほど...少しお待ち下さい。1人心当たりがありますので」
そう言うとフジキセキはスマホを取り出し誰かに電話を始めた。しかし心当たりか...迷子センターでもあるまいし、大丈夫なのか?
「ほんとどこ行ったんやろな。外には流石にいってへんと思うし」
「食事をする余裕もなくなるかもしれませんね」
「あれやったらウチがオグリにキツーク言うとくさかい、先食べたらどうや?仕事あるやろ」
「それもそうですが...」
ここまで来てしまった手前、今から一人で食事というのも...今も周りから好奇の目に晒されているというのに、このまま1人で戻るなんて辛すぎる。それに――
「程度はどうあれ、オグリキャップが頭まで下げたんです。はいそうですか、で先送りにはできませんよ」
「...薄々思うとったけど、大槌さんもけったいな人やな。ちぃと真面目すぎるんとちゃう?」
「約束ですからね。勝手にこっちが破る訳にはいかないでしょう?」
「そんくらいウチが言うとくって」
「いいんですよ。それこそちゃんと話を聞いて、なぜ私に白羽の矢を立てたのか聞かないといけませんし」
「そっか。ならオグリの事頼んだで!」
「えぇ。あ、それと――」
今回の尻拭いは案内してくれたことでチャラにしておきますよ。
「はぁっ!?」
元はと言えば彼女が適当に誤魔化した事から始まっている。まぁ、付き合うことにしたのは自分だから本当は彼女は全く関係ないのだが...。反応が見たかったってやつだ。
「アンタ割と人が悪いな!なんやいい雰囲気やったのに!」
「人聞きが悪いこと言わないでくださいよ」
「ったく、恩着せがましくしおって...ほんまにオグリはこんな奴と一緒で大丈夫なんか?!」
両手で頭を抱えているタマモクロスにおもわず苦笑する。前言撤回とは言ったがここまで変わるか。もはや方向が180度変わってるじゃないか。
リアクションがいいから少しからかってやろうと思ったがあまりいい手ではなかったようだ。...慣れないことはすることじゃないな。
「お待たせしました...何やってるんだタマモクロス」
「おぉ、フジか...なんでもあらへんよ、...なんでも」
言葉とは裏腹にじっと俺を睨むタマモクロス。それを察してかフジキセキはため息まじりに話題を変えた。
「程々にな...。それと大槌さん、今電話をしたらオグリは保護されているようでした」
「保護...ですか。場所はどちらですか?」
「あぁ、一先ず学園の食堂まで連れて行くように伝えました」
「わかりました。ありがとうございます」
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フジキセキに言われたままに食堂へとやってきた俺とタマモクロス。未だにブツブツと俺を軽く睨みながら後ろを着いてくる彼女には今度何か買ってあげよう...。変に嫌われたくはない。
「さて...オグリキャップはどこに...」
「あっ!来ましたよオグリちゃん!」
食堂の外に姿が見えず、どこにいるのかと中に入ると、近くの席にオグリキャップと見慣れないウマ娘が座っていた。見慣れない子は俺に気がつくとオグリキャップの肩を叩いて振り向かせる。
「探しましたよ」
「すまない...返す言葉もない」
オグリキャップは俺を見るなり立ち上がり頭を下げる。だから俺はすぐに頭を上げさせるが、あることに気がつく。
「...なぜ君はタマモクロスさんに抱きついているんですか?」
俺の後ろにいたタマモクロスは見知らぬ子に見つかるやすぐに飛びつかれ頭を撫で回される。しかも無抵抗で。
「えぇ~だって朝からタマちゃんに会えると思ってなくて~」
「...」
しかし嬉々として抱きついている側とは正反対にタマモクロスの表情は硬く、暗いというより魂が抜けている。これはもう諦めていると言ってもいいのかもしれない。
それにオグリキャップは
「クリークはタマが大好きだからな。それにしても君がタマと一緒にいるとは思わなかった」
「たまたまですよ」
それにしてもクリークという子はなんというか、凄いな。さっきのフジキセキとは違うベクトルで慈愛の念――いや、これはもうすでに親が子に向けるソレの様な...。
「ウチはコイツ連れて行くさかい...後は頼んだで...」
そう言い残すとタマモクロスはとぼとぼとクリークに手を取られながら遠くの席へと行ってしまった。
すれ違い様にブツブツと「なんで...なんで...」や、「ウチがアホやった...」などと言っているように聞こえた。...これ、あの子のメンタル相当ヤバいのでは?
「とりあえず私達もご飯にしよう。お腹が減ってしまった」
それには同感だが、あれを見ても何も思わないのかオグリキャップよ。
あぁ待ってくれ。先にスタスタと行かないでくれ。
「今日は和食が多いみたいだ。どれにする?」
「君のオススメは?」
「全部だ」
「...」
それオススメって言わないでしょ。とりあえず目に留まったこのA定食にするか。ご飯、味噌汁、卵焼きに焼き鮭。十分だろう。
「私はA定食にしますよ。君は?」
「そうだな...時間もあまりないしここから...ここまでにしよう」
ん?複数食べる気なのかこの子は。あ、そういえばタマモクロスも言っていたか、注目される理由の一つが『飯の量や』と。
たしかにこれは...いやしかし、俺は標準的なウマ娘の食事量を知らない。まだ決めるには早いな。
「どうした?」
「いや、なんでも...さ、注文しましょうか」
いくら朝とはいえ全く他の子達がいないという訳ではない。メニューを見たい子もいるだろうし、長居するべきではないな。
俺は軽く急かす様にオグリキャップと注文を済ませて定食を受け取り、あまり人に聞かれなさそうな席へと落ち着く。
「うーっし、やっと落ち着けますね...」
「そうだな。...で、どうだろうか?」
「はい?」
「その...なぜ私が浮いてしまうのか」
いきなり本題か。
たしかに今までチラチラと周りの子達を見てきたが、ちょっと特殊な理由がありそうなのは理解した。
ここからでも見えるが、クリークという子がタマモクロスにベタベタとスキンシップをとっている光景に周りの子はさほど興味を持っていない。日常的な事なのかもしれないが、それにしてももっと微笑ましく眺めるなり、話の種にはなりそうなものだが、そんな様子もない。
むしろ彼女達の視線は俺達の方へ向けられている。視線が向けられる事自体は予想通りだ。トレーナーでもない俺がここにいることが珍しいのもわかる。ただその中に俺へ不信感や嫉妬のような鋭い視線も感じる。
「...大体の察しはつきました」
「本当かっ!?もうわかったのか!?」
ガタッと立ち上がるオグリキャップ。オグリキャップの声と椅子の音で更に視線が強くなるが、致し方ない。まぁまぁ、とたしなめて一先ず座らせる。
「凄いな...私は全く見当もつかない」
「自分の事というのは気が付きにくいものです」
「そ、そうか...」
しかし彼女達の熱の入り具合が少し異常だ。まるでこれでは
「アイドルみたいだな...」
「え?」
「あぁ、すみません。独り言です」
つい口に出てしまったようだが、まぁいいだろう。
だが困った。新聞にも載るぐらいの子だ。人気があるのだろうとは思っていたが、まさかここまでとは。少しはウマ娘について勉強しないとここで生きていく上では俺もヤバいかもしれない。
「君はこの視線をどう思っていますか?嬉しい?うっとおしい?」
「...理由による。もし私が何かしてしまっているのであれば治さなければならないだろう?」
あぁ、そうか。この子は羨望の目で見られている感覚がないのか。
「少なくとも嫌われているという訳ではなさそうですよ?」
「ならいいんだが。ならなぜ私はこうも見られる?」
落ち着かないんだ、と力なく零し、器用に喋りながら食べていたオグリキャップの手が止まる。
「私はここのご飯が好きだ。美味しいし、いっぱい食べてもおばちゃんに嫌な顔をされない」
でも、とオグリキャップは続ける。
「私は視線が苦手なんだ。勿論レースやインタビューの時はなんとかなっている。ただ今もみたいな時もとなるとずっと気が休まらなくて」
だからなんとかしたいんだ。そうオグリキャップの本心からの言葉に俺はどうにかしてやりたい、という気持ちと思い上がるな、という気持ちがせめぎ合う。
俺はトレーナーではない。ましてや友達でも。...そうだ、そうじゃないか。まだ俺はアレを聞いていない。
「なんで私にこの相談を?」
「...なんでだろうな。君は...この学園の人達とは違う雰囲気を感じるんだ」
「雰囲気?」
「うまく言葉にできないんだが...君は私を私として見てくれるだろう?」
言葉遊びか?少し彼女の言っている意味が理解できない。
「わかってない感じの顔だな...。そうだな、一つたとえ話をさせてくれ」
「え、えぇ...」
「私がトロフィーのレースで勝った。その時君は私になんて声を掛けてくれる?」
「うーん...おめでとう、ですかね?いやぁ私レースに疎いものですから、そのレースがどういうものかわからなくて」
事実、俺は前にも何らかのレースにオグリキャップが勝っていてもおめでとうとしか言えなかった。
「ふふっ。それだ。私はこれでも凄いレースに出ているぐらい結果を出している。だからだろうか...皆私のことを見ていない」
「え?」
見ていない?そんなバカな。今だって俺に痛々しいぐらいの視線で攻撃をしている子が何人も...。
「壁を感じるんだ。皆の目を見ても、彼女達の目に映っているのは私じゃない別のものに見えるんだ。だから...目の前に人がいるのに寂しいんだ」
驚いた。俺はてっきり何もわかっていない子とばかり考えていたが...彼女はちゃんと気がついている。ただその事象に合致する言葉を知らないだけ。
「でも君は違った。最初から君は私を見てくれていた。...君だけじゃない。タマやクリーク達もそうだ」
だからダメもとで頼んでみたんだ、とオグリキャップは食堂に来てから始めての笑顔を見せる。
ただ今言われた中にトレーナーの名前がないということは...そういうことなんだろうな。
彼女達の目に映っているのはレースやインタビュー記事で見た上っ面のオグリキャップ。オグリキャップは彼女達の事を何も知らないのに、逆に彼女達は一方的に輝いているオグリキャップを知っている。
そのズレと憧れや期待、様々な感情が折り混ざってできた各々の中にあるオグリキャップというフィルターを通して見られることが彼女には耐えられない。といった所だろう。
年頃の女の子だ。そりゃ色々と悩むはずだ。
「トレーナーにこの事は?」
「話していない」
「一先ず言えることは、私ではなくトレーナーと視線について相談をしてください。思っていたより楽観できない状態のように見えましたので私では力不足です」
「そんな...」
「私はあくまで業者の人間で、指導の資格を持ってるわけでもありません。...それにトレーナーと腹を割って話せないというのはさすがにないでしょう?」
「それはそうだが」
「...私の立場ではこれが限界です。色々思うでしょうがこれで納得してください」
「そうか...」
目に見えてシュンとしている彼女を見るのは心苦しいが、ここは我慢だ。相手が無名ならまだしも、それなりに活躍している子であるなら尚更だ。
「悪感情からくる目線ではないとだけは断言できますから、もっと胸を張って堂々としていればいいと思いますよ」
「...わかった」
しかしこのままでは流石に可哀相だ。なにかフォローを...そうだ。
「――あぁ、それと。これは"顔見知り"としてのアドバイスですが、シッカリ自分を見てくれている人がいるとわかっているのなら、その人の事は大切にしてくださいね。数少ない理解者なんですから」
「っ!」
よくあることだ。ちょっとしたことがキッカケでネガティブな要素の方ばかりに目がいってしまい、肝心な事を見落とし、その後一握りの希望さえも零れ落ちてしまう。
今の彼女はこの一歩手前なのだろう。さっきもタマモクロス達を目で追ってはいてもどこか上の空の様な、そんな違和感の理由はおそらくこれだ。
言葉では友達と言っていても、実のところ上の空で周りばかり気にしてしまう。その事に友達が気がついているかはわからないが、おそらく彼女はこのまま悩み続けていたら友達も離れていってしまっていたかもしれない。不安要素は小さい芽の内に摘み取っておくが吉である。
現に彼女は俺の言葉に思うことがあったのだろう。タマモクロス達の姿を探し、今も彼女達がいる方を思いつめた顔で眺めている。
「...少しタマ達と話してくる」
「わかりました。では私は一足先にこれで」
「ありがとう大槌さん」
ドキッ。一瞬体を硬直させてしまった。なぜ彼女が俺の名前を?
そしたらオグリキャップは苦笑しながら答えてくれた。おそらく顔に出てしまったのだろう。
「さっきクリークに教えてもらったんだ。名前を聞いたことなかったからな」
「...大槌和哉です。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく頼む。それじゃ」
「えぇ、また」
心なしか軽い足取りでタマモクロス達の方へ向かっていった背中を見守りつつ、俺も空きの食器達を返却口へと持っていく。とりあえずいい落とし所にはなったと我ながら思う。このままストレートに話してもトレーナーに目をつけられる可能性があるし、逆に突き放せば...ないとは思うが人間不信になられても困る。
理由はどうあれ、彼女が俺に心を開いてくれている以上、こちらも無碍にできないだろう。やれることは少ないが、できる範囲でサポートでもするかね。
『ほぅ...彼が...』
一段落し、まるで仕事終わりかのような清々しさすら感じていた俺は知らなかった。
俺とオグリキャップが会話をしていたテーブルからそう離れていない物陰に1人、ウマ娘が聞き耳を立てていた事に――。