サイド・ダイバーズメモリー   作:青いカンテラ

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フュー/【メンバー限定】ざつだんわく?なんだよー【配信】

 

 そこは赤いカーペットの敷き詰められた大部屋だった。壁には防弾仕様のガラスが嵌め込まれた二つの窓があり、何十着もの衣装を収められるクローゼットや、大人が手足を投げ出してもなお余裕のある天蓋付きベッドが置かれている。他には調度品代わりのデータキットやGスタチューといったものが室内の空間を彩っていた。

 

 その部屋の中で、床にぺたんと座り込んで作業をしている少女が一人。

 歳の頃は十代半ばといったところ。透き通るような白い肌に、外側が青まじりの銀、内側がベージュの二色に分かれている長い髪。頭には長短一対の異形の角が生え、手元に視線を落としている双眸は、濃い青と暗い黄色のオッドアイである。

 彼女が着ているのは黒いワンピースだった。裾が擦り切れてボロボロの青いリボンをベルトのように腰に巻き付け、短い角からは顔の半分を隠すように黒のヴェールを斜めに掛けている様は、どこかウェディングドレスを思わせる。

 

 彼女の名前はフュー。GBNという電子空間上に作られた第四世界で生まれた、特定電子生命体……通称ELダイバーの一人である。普段は後見人になっている二人のダイバー……終末の竜を自称するG-TUBERと、大酒飲みで知られるG-TUBERである……のどちらか、あるいは『おねーちゃん』と慕うELダイバーの少女と一緒にいることが多いのだが、いまこの部屋に三人の姿はなく、フューは暇を持て余していた。

 

「……めんばー、げんていでー……。よやく? は、なし……」

 

 薄い唇からひとり言をこぼしながら手元のコンソール画面を弄るフュー。床の上には緑色の丸いペットロボット……ハロに似た、G-TUBEで動画配信などを行うためのハロカメラが待機状態で置かれている。

 そう、彼女はG-TUBEで動画配信を行おうとしているのだ。配信中の二人は楽しそうで、たまにフューが配信に顔を出せば『亡者』や『ラバーズ』と呼ばれているリスナーたちは大いに盛り上がる。自分の行動や言葉に反応するコメントたちは、見ていてとても楽しいものだ。

 

「できた……。あとは、このボタンを、ポチッとな……」

 

 配信の設定を終えたフューは、ハロカメラの配信開始のボタンを押す。配信が開始されたことを示すように、ハロカメラの目に光が灯る。横に展開されているウィンドウにはドアップになっているフューの顔と、配信を見に来たリスナーたちが書き込んだコメントが表示されるコメント欄が配置されていた。

 

コメント/

『ちわー』

『お、ゲリラ配信?』

『メン限とは珍しいな』

『こんな平日の昼間に配信とは珍しいって、ちかっ!』

『ちっっっか』

『近い近い近い』

『目と目が合う』

『目しか映ってないから、そらそうよ』

 

 ハロカメラに顔を近づけているため、配信確認用の画面やリスナーたちにはアップになった青い瞳しか見えておらず、困惑したようなコメントが流れていく。

 

「……うつってる? どう? だいじょうぶ?」

 

コメント/

『この声は・・・』

『え、配信してるのフューちゃん!?』

『フューちゃんもG-TUBERデビューかー』

『チャンネルはママたちのだから・・・』

『映ってるぞー』

『俺たちは今、フューちゃんと目と目が合うしてるのか・・・』

 

「うゅ? あ、うつってた。やっほー、フューだよー」

 

 顔を離してウィンドウの方を見る。配信は滞りなく行われているのと、ちらほらとリスナーたちもやって来ていることを確認しカメラに向かって笑顔で手を振るフュー。その仕草だけでリスナーたちは浄化されたり、心臓が止まったり動いたりしている。荒ぶるコメント欄を楽しそうに眺めながら、口癖となりつつある言葉を口にした。

 

「……フューはね、ひまなんだよ……」

 

コメント/

『わしもじゃよ』

『ひまデッッッッ!』

『伏し目になっているフューちゃん、いい・・・』

『わかるマーン!』

『ママたちはいないの?』

『顔の右半分がヴェールに隠れてるのエッチだ・・・』

『正直好き』

 

「……んー? ママたちはね、おしごと? なんだってー。……ビスクおねーちゃんもいないから、フューひとりなんだよー」

 

 ぶぅー、ぶぅー、と不満そうに唇を尖らせるフュー。リアルの世界に生きる〝人間〟である二人は、生きていく上でどうしても仕事をしなければならない。そのことはフューにも分かっているのだが、寂しいことに変わりはないし、交友関係の狭さもあって暇を持て余し気味なのだった。

 

コメント/

『仕事・・・うっ、頭が』

『夜勤組のワイ、低みの見物』

『ネロ』

『忘れちまったぜ、仕事なんて言葉・・・』

『我ら亡者兼ラバーズには仕事も学校もない』

『学校はいけ』

『俺たちはお化けだった・・・?』

『亡者だし実質お化けみたいなもんやろ。ちな俺は休憩中に配信を見ている社畜亡者』

『社畜だから亡者になったのか、亡者だから社畜になったのか・・・』

 

「みんなも、おしごとしてる……。ニンゲンって、たいへん、なんだね……。フューもおしごとしたほうが……いいのかな?」

 

コメント/

『そのままのフューちゃんでいて・・・』

『仕事なんて進んでするものじゃないナリよ』

『フューちゃんは、こうして配信で俺らとお喋りしてくれてるのがお仕事みたいなものだから』

『嬢かな?』

『フューちゃんみたいな嬢がいたら毎日通いつめるわ』

『それなー』

 

「ジョー? ジョーって、なに?」

 

 たまたま目に留まったコメントを拾い上げ、目をぱちくりとさせるフュー。ELダイバーとしてある程度の知識こそあるが、それでも知らないことの方が多い。その言葉にリスナーたちはざわめき立つ。

 

コメント/

『そういえば、ママたちは家だとどんな感じなん?』

『い、いったー!』

『話題転換、ヨシ!』

『リアルの詮索はあまりよろしくはないが』

『まあまあ、メン限だし、少しくらいはいいんじゃねーの?』

 

「……んー? えっとねー……」

 

 それから始まる雑談という名の質問タイム。ママこと後見人のリアルについて、配信のこと、フューのリアルでの過ごし方、GBNで一緒に遊ぶELダイバーのことなど。リスナーたちの質問を、時に脱線しながら答えていく。

 

 しばらくの間そうして話をし、落ち着いてきた頃にアイテムストレージからミネラルウォーターを出してフタを開ける。

 

「……んっ、んっ、んっ、ぷへぁ……。えへ、お水、おいしい……」

 

コメント/

『エッッッッ!』

『あ゛あ゛~、水を飲むフューちゃんかわええんじゃ~』

『飲み方がチェリーママなんよ』

『500mm入りの半分一気になくなったやん』

『水飲んでるときの顔がチェリーちゃんそっくり』

『やっぱり母娘なんすねぇ』

 

「フュー、ママににてる? そっくり? そっくり? んふふ♪」

 

コメント/

『くっそかわぃぃぃ!』

『フューちゃんのお目目輝いてるのかわよ』

『尻尾ぶんぶんしてそう』

『カメラさん後ろ映して後ろ』

 

 後見人の一人にして、酒飲みG-TUBERとしても知られるダイバー『チェリー・ラヴ』に似ていると言われたフューは、上機嫌で残りのミネラルウォーターを飲むと何かを思いついたらしく、おもむろに立ち上がってカメラから離れていく。

 

コメント/

『お?』

『どうしたどうした』

『フューちゃんが立ち上がった時の、カメラを見下ろす表情がその、下品なんですが・・・ふふ』

『言わせねえよ?』

『もしもしガードフレーム?』

『カメラさんもっと下、下映して』

『どうして追従モードじゃないんだ・・・』

 

 リスナーたちの想いが届いた……かどうかは定かではないが、上を向いた状態で床に置かれていたハロカメラが徐々に傾いて、前を向く。そうして画面に映し出されるのは、フューがカメラに背を向けている姿。黒いワンピースの裾から伸びている、トカゲのものに似た細く長い尻尾が、ゆらゆらと左右に揺れている。

 

コメント/

『shiri』

『お尻』

『おみあし』

『足裏』

『は?好き』

『あっぶねー、心臓止まるかと思ったわー(心音Zero)』

『止まってて草』

『ここ切り抜きポイント』

 

 盛り上がるコメントたちの視線に気がついたかのように、フューはハロカメラのほうを見やってスカートを片手で抑える仕草をする。

 

「……なにみてるの? えっち……」

 

コメント/

『見てねえし、全然見てねえし』

『エッッッッッッッッ!』

『エチチチチチチ』

『み、みみみ、見てねえし!』

『おかわわわわわわ!』

『好きー!(画像略)』

 

「んふふ……。あった、これ……」

 

 フューは適当な大きさの台座を手にハロカメラの前まで戻ってくると、それを床に置いてカメラの位置も調整する。それから台座に片足を乗せて、精一杯蔑むような表情と視線でハロカメラを見下ろす。

 

「ねえ、こういうのがいいんでしょう? フューみたいな女の子にふみつけられて、いまどんなきもち?」

 

コメント/

『ミ゙ッ』

『すべて遠き理想郷はここにあった・・・』

『ありがとうございます!ありがとうございます!』

『不意の蔑み踏みつけは死人が出る』

『これであと10年は戦える』

『止まってた心臓が動き出したぞ』

 

「……チェリーママのはいしんあーかいぶ? で、楽しそうだったから、やってみた、よ……? どうだった? 楽しい?」

 

コメント/

『楽しいっていうか、ご褒美なんよ』

『一部の亡者&ラバーズ向けやな。俺は好きやけど』

『あんときの変態ニキ元気かなー』

『これで喜んでるのラバーズだけだろ・・・オレモソウダケド』

『草』

 

 いつもの表情に戻り、その場にぺたんと座るフュー。コメントで好評なのを見て、嬉しそうに笑みを浮かべる。合わせて尻尾もぶんぶんと振っているのだが、残念ながら画面には映っていない。

 

 そして、楽しい時間というものはあっという間に過ぎていくもので。そして唐突に終わりを告げるもので。配信の時間は残り少なくなっていた。

 

「……もうあと、ちょっと……みたい。きょうはフューとお話してくれて、ありがとー」

 

コメント/

『もうそんな時間か』

『終わらないで・・・』

『楽しかったぜ、フューちゃん』

『また配信してくれよな!』

『暇になったらいつでも配信してくれてええんやで?』

 

「んふふ……。それじゃあね、みんな……。しーゆーれいたーありげーたー、なんだよ」

 

コメント/

『乙』

『おつ!』

『乙カレー』

『おつっしたー』

『乙乙』

 

 

 

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