クーファ/クーファDEキッチン
清潔に保たれている厨房。その真ん中で、白いコック帽をちょこんと被り、白いエプロンを身につけた小柄な少女がハロカメラのセッティングをしていた。浮遊モードに固定され、空間投影のサブウィンドウでカメラが問題なく起動していることを確認すると、少女・・・クーファは開始の言葉を口にした。
「やっほー! みんな、元気してるデスカー! クーファDEキッチン、始まります!」
視聴者コメント
『きちゃ』
『キタ━(゚∀゚)━!』
『待ってた』
『さて、今回はどんな料理が出てくるんだ・・・?』
『厨房見習いたちよ、胃薬の貯蔵は十分か?』
配信開始と同時に、同接数が三桁ほどに増える。クーファはクーファで、コメントに向かって満面の笑みで手を振っている。
今日の配信の舞台は、彼女の簡素ながらも温かみのあるキッチン。背後の棚には、様々な調味料の瓶や調理器具が所狭しと並んでいる。
「今日のアタシはね、ちょっと背伸びした、大人の味に挑戦してみようと思うのデス!」
視聴者コメント
『大人の味!?』
『登っちゃうのか、大人への階段』
『そのままのクーファでいて・・・』
「というわけで本日のメニュー! じゃじゃーん!」
まるっこい可愛らしい手書き文字で『苦すぎるオムライスwithマーマレード&抹茶パウダー』と書かれたフリップを取り出すクーファ。まずここに初見がいれば五度見くらいしそうな文字が並んでいるが、安心してほしい。このチャンネルの通常運転である。
「どうデスか、アナタたち。この魅惑的な響き! この料理はきっと、今まで味わったことのない、深淵なる味の世界へアナタたちを誘えるはずデスヨ!」
そうクーファは自信に満ち溢れた表情で語るが、コメント欄は早くもざわつき始めている。
視聴者コメント
『苦すぎるオムライス・・・?それはオムライスなのか・・・?』
『何が始まるんです?』
『大惨事料理大戦だ』
『オムだよ!』
『毎度のことながら字面がひでぇ』
『前回はなんだっけ、酸っぱすぎ焼きそばwith練乳&魚醤だっけ』
『魚醤はしょっぱすぎるポトフ』
『マーマレードと抹茶の部分に突っ込めや』
このチャンネルを視聴している物好きたちですらざわめく料理発表。クーファの料理はとにかく極端で、見た目的にも味的にも字面的にもぶっ飛んでいることが多い。
「フフ、アナタたちはまだ知らないのデスネ! 苦味の中にこそ、至高の喜びがあるということを!」
ざわざわしているコメントを見て、クーファはしたり顔で頷いて見せる。苦味の中にある喜び、なんだかよくわからんがこれが通常運転なのだから覚悟と胃薬の用意をしておくしかない。
「さあさあ、それでは材料を紹介するデスヨ!」
クーファはテーブルの上に、これから使う食材を並べ始めた。まずは、つやつやとした新鮮な卵。
そして、炊きたてほかほかのご飯。鶏肉は、今日は控えめに、角切りにされたものが数切れ。玉ねぎは丁寧にみじん切りにされている。デキる料理人は材料紹介で既に下拵えを終えている。クーファの持論である。
「そして、今日の主役! まずはコチラ!」
じゃーん! と掲げたのは、オレンジ色のマーマレードの瓶。料理名にしれっと入れられているので本日の主役の一つなのは間違いがないが、これがオムライスにどんな作用を与えるのか全くの未知数である。
「見てください、この美しい琥珀色を! まさにアバンギャルド! デスネ! このマーマレードの甘みとほろ苦さが、オムライスに普通ではありえないような味の深みを与えるのデス!」
続けて、鮮やかな緑色の抹茶パウダーの袋が取り出された。
「続いてはこの高級抹茶! ご覧くださいこの気品さえ感じさせる緑! 抹茶の奥深い渋みが、マーマレードの味と絶妙にベストマッチ! する! はず! デス! 信じるか信じないかは、アナタ次第!」
視聴者コメント
『信アナ!』
『信アナじゃないんよ』
『もうオムライスに使う材料じゃないものしかでてない』
『これ黄色くて甘みのあるドロッとしたものがケチャップの代わりに掛かってるオムかケチャップと抹茶が掛かってオムしか想像できんのだけど』
『お前トーシロか?クーファDEキッチンでそんな安直なもの出るわけないだろ』
『そもそも&って付けられてるんだよなあ・・・』
「いやあ、今回の料理のために奮発しましたよ。おかげでお小遣いが無くなりましたが、料理の追求のためには尊い犠牲デシタ」
他には、バター、塩、胡椒と普通のオムライスでも使いそうな細々とした調味料を並べていき、最後に謎の小瓶を取り出した。中身はよくわからないが、怪しげな色をしている。
「さあ、調理開始デス!」
材料紹介が終わり、本格的な調理工程がスタートする。まずはフライパンをコンロにかけ、火力を調整する。クーファは手慣れた様子でバターを溶かし始め、「ジュワッ」という音と共に、香ばしい匂いがキッチンに広がる。
「まずはチキンライスから作りますヨ! 鶏肉と玉ねぎを炒めて・・・ん~、香りがたまらないデスネ!」
クーファは鼻をクンクンさせながら、楽しそうに調理を進めていく。その手つきは、普段の突飛な味付けからは想像できないほど、真剣そのものだ。
鶏肉と玉ねぎが炒められ、良い香りが漂ってきたところで、温かいご飯をフライパンに投入し、手早く混ぜ合わせた。ここだけ見れば、至極まっとうに料理をしている。
「ご飯一粒一粒に、アタシの愛情を込めるのデス! そしてぇ!」
視聴者コメント
『あ、』
『謎の小瓶が出てきた』
『何が入ってるんだよ!』
『わからん。わからんが、猛烈にイヤな予感がする』
「フッフッフッ、これはデスネ・・・クーファ秘伝のソース! 今日のオムライスを至高の味に仕上げるための、アタシのオリジナル調味料なのデス!」
小鬢の蓋を開けると、豪快にひと瓶使い切る勢いでドバッと投入するクーファ。隠し味ってなんだっけ? と問い質したくなるような暴挙だった。そしてフライパンで熱せられご飯と混ざった謎の隠し味は、ほんのりと酸っぱいような、甘いような、形容しがたい香りを放っている。
「よし、こんなものでしょう」
ケチャップもドバッとしてチキンライスを完成させると、クーファはそれを一旦ボウルに移し、いよいよ卵の調理に取り掛かる。
「さあ、メインイベントの始まりデスヨ!」
ボウルに卵を割り入れ、菜箸で丁寧に混ぜていく。「卵は優しく、 空気を混ぜるように・・・それが美味しいオムライスの秘訣デスヨ!」言っていることと手順そのものはちゃんと料理人をしている。ただ変なものをぶち込みまくるせいでおかしなことになっているだけで。
そしていよいよ、卵を焼くという段になって、ついに控えていたマーマレードの瓶の蓋が開けられた。
「さあ、 本日の主役となる隠し味! 気持ち多めに投入するデス!」
大きなスプーンでたっぷりのマーマレードをすくい上げ、卵液の中にぶち込む。だから隠し味ってなんだよ! と料理人にカチコミかけられそうなことをしているが、配信場所はクーファの所有している移動式キッチンなので襲撃される可能性はまずない。おそらく。黄色い卵液の中で異彩を放っているオレンジ色の果肉と甘ったるい味付けのジャムが、菜箸で混ぜられてごちゃ混ぜになっていく。
視聴者コメント
『イャァァァァァァァ!』
『キィィィィエァァァァァァァァァァ!』
『どうして、どうして・・・』
『え、えらいこっちゃ・・・』
『これは・・・甘さの暴力・・・?』
『もう虐殺だろこれ』
『卵のタンパク質とマーマレードの化学反応・・・実に興味深い・・・』
『ウソでしょ・・・』
あまりの暴挙に阿鼻叫喚となるコメント欄。これでもよく訓練されている視聴者たちなのだが、それはそれとして叫びたくなることはあるのだ。しかし当のクーファはそんなコメントたちを見て
「フフフ、アナタたちはまだ知らないだけなのデス。至高の域に達した料理の味を!」
と、さらにマーマレードを追加しようとする。
『ヤメロー!ヤメロー!』『胸焼けしてきた』『クーファ殿の料理への意欲的な姿勢、感服します!』『冒涜的の間違いだろ』コメント欄は騒然としているが、クーファは全く意に介さない。
「大丈夫デス! これが味の相乗効果によるシンフォニーを奏でるための、必要な量なのデス! つまり適量!」
結局マーマレードをひと瓶使い切り、卵と混ぜ合わせた液体を、熱したフライパンに流し込んだ。
「ジュワァ・・・」という音と共に、甘酸っぱいような、不思議な香りがキッチンに立ち込める。クーファはフライパンを傾けながら、手早く卵を焼き上げていく。しかし、マーマレードを混ぜた影響か、卵がなかなか綺麗にまとまらない。あちこちから果肉がはみ出し、焦げ付きそうな箇所も見える。
「むむ・・・ これは、なかなか難しいデスネ・・・。卵をまとめようとすると、マーマレードの果肉が突き出てしまうのデス」
額に汗を滲ませながら、どうにかこうにか卵(inマーマレード)を成形すると、先に作っておいたチキンライスと共に皿に盛りつける。マーマレードをぶち込んだことで、卵は所々焦げが見える。果肉も焼けすぎて少し黒っぽくなっている。見た目は、決して美しいとは言えないものだった。・・・まあ、見た目とかそれ以前の問題なのだが。さらに言えばまだ完成ではない。
「さあ、最後の仕上げデス!」
取り出したるは、高級抹茶パウダーの袋。鮮やかな気品も感じられる緑が、いまはさらなるカオスを引き起こすものにしか見えない。
「この、気品のある緑色が、見た目のインパクトをさらに高めるのデェス!」
ほぼ全額のお小遣いと引き換えにした高級抹茶パウダーを、惜しげもなく躊躇もなくオムライス全体に掛けていく。辛うじてまだ黄色だったオムライスは、瞬く間に緑色に浸食されていく。
それはまるで大地に雪が降り積もるかのように。緑色の粉がオムライスを覆い隠していく。こうして出来上がったものは、甘い香りと、ほろ苦い抹茶の香りが混ざり合い、なんとも言えない複雑な香りを醸し出していた。
「クーファ特製苦すぎるオムライスwithマーマレード&抹茶パウダー! おあがりよ! なのデス!」
視聴者コメント
『ザ・緑』
『目に優しい(現実逃避)』
『甘さと苦さのダブルパンチ?うまいのか?』
『わからん・・・』
『クーファの料理、これで意外と味は良かったりするからな・・・』
『味覚バグってるだけじゃんね』
『クーファ様のアバンギャルドな感性、脱帽です』
「ま、食べるのはアタシなんデスケド。それでは、いただきまーす!」
スプーンを手に取り、まずは一口と真っ緑のオムライスを切り分ける。緑と黄色の層から覗くのは、これまた奇怪な色合いのチキンライス。
「あーむ!」
それを食べて、瞬間、クーファに電流走る。
「~~~! デリシャス!」
カット目を見開いてガツガツとオムライスらしき緑を掻っ込む。
「こ、これは・・・想像を遥かに超える・・・苦さ・・・そして甘さ・・・! マーマレードの深い甘味と仄かな苦味、そして高級抹茶パウダーの優美な渋みが、まさにベストマッチ! これは、そう、チューニングがめちゃくちゃなオーケストラが奏でる演奏会のような不調和! だがそれがいい!」
視聴者コメント
『ウソでしょ・・・』
『味の不調和って言っちゃったよ』
『うまいのかまずいのかどっちなんだよ』
『味覚がぶっ飛ぶほどの味ってことだぞ』
「これが大人の味・・・。この苦味の中に薄っすらとうま味がある・・・。これが味の真理・・・? 到達しちゃった? 真理?」
視聴者コメント
『もうダメだろこのELダイバー』
『それ大人の味じゃないと思う』
『真理到達しちゃった』
「・・・ふぅ。ごちそうさまでした」
グラスの水を飲んで一息つく。一瞬変な扉を開きかけた気がする。オムライス(?)も平らげ、配信時間も残り少なくなって来たところで、今回の締めに入る。
「えー、今回作った苦すぎるオムライスwithマーマレード&抹茶パウダーデスガ、なんとも味のパラダイムシフトな料理デシタネ。この料理はちょっと人類には速過ぎるような気もしますが、気になった厨房見習いさんたちは作って味見をしてみてくださいね。数年後にはこの味がトレンド!」
視聴者コメント
『いやならんやろ』
『10年後にはドラセは一般性癖理論やめろ』
『10年どころか100年後も受けいれられるかどうか・・・』
『人類には速過ぎるってのはそうなんだろうな』
「今日もお付き合い、本当にありがとうございます! アタシはこれからも、味の追求をしていきますよー! もしかしたら次の料理こそは真に美味しい料理に出会えるかもしれないデスネ!」
最後に、クーファはいつものように元気いっぱいの笑顔を見せた。
「それでは、また次の配信でお会いしましょう! アナタの舌に会うアバンギャルドな味に、いつか出会えることを願って! バイバーイ!」
手を大きく振りながら、クーファは配信を終えた。
彼女の味の追求は終わらない。いつか至高の味に辿り着くその日まで、続いていくのだ。