サイド・ダイバーズメモリー   作:青いカンテラ

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【ショートショート/ルイン】
ルイン/孤高の決闘代理人


 夜景を見下ろす高層マンションの一室。機能的なスチール製のデスクと、エルゴノミクスデザインのチェアが置かれた、実用的な空間。壁には、世界各地の風景をモノクロで捉えた写真が数枚飾られている。

 

 そのデスクに向かい、女性は静かにタイピングをしていた。身につけているのは、アイロンのかかったシンプルな男性用白ワイシャツと、ダークグレーのスラックス。袖口はきちんとボタンで留められ、飾り気のない彼女の日常を象徴している。

 

 ヘッドセットは首にかけられ、微かに漏れ聞こえるのは、オンラインニュースサイトの淡々とした音声だ。アイスブルーの瞳は、PCの画面に映る無数の情報を行儀よく追いかけている。すらりとした長身。その姿は、知的なビジネスパーソンのようでありながら、どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。

 

 ふと、軽快な通知音が、控えめに部屋に響いた。女性はタイピングの手を止めると、脇にあった三角形の角が切り落とされているような形の端末を操作する。―――仕事だ。

 深呼吸を一つしてヘッドセットを装着する。意識を集中させると、彼女の精神は、GBNへとダイヴしていく。

 

 

 

 意識が鮮明さを取り戻した瞬間、女性―――ダイバーネーム「ルイン」は、熱気とエネルギーが渦巻く荒野の片隅に立っていた。枯れた木がぽつぽつと立ち、ゴツゴツとした岩が地面から突き出ている荒れ果てた茶色の大地。

 

 土煙を上げて、深緑色の機体・・・ガンダムルブリスウルが、その巨体を大地に横たえた。その機体は所々が破損しており、頭部は完全に破壊されていた。バトルフィールドに立っているのは、モノクロカラーのゴッドガンダムである。「よし! 勝った!」「マジかよ、全財産賭けてたのによ~!」「やっぱ接近戦ならモビルファイターに分があるな」観客席にいたガタイのいい男たちが喜びのガッツポーズを取ったり、頭を抱えたりしている。

 

 おそらくついさっきまで行われていた戦いに賭けをしていたのだろう。その内の一人が荒野に出現したルインに気がついた。「おい見ろ、決闘代理人様だ」「なにっ、てことは受けたのか、依頼を!」「クソ~、ルインが来るって知ってたらこっちに財産全賭けしてたのに!」やいのやいのと騒いでいる男たちを無視して、ルインは送られてきた依頼内容をもう一度確認し、次の決闘に向けての準備を始めた。

 

 ここはデュエル・ディメンション。ダイバーたちがBCやゲーム内アイテムだけでなく、様々なものを賭けて戦う場所。・・・そして、ルインにとっての仕事場でもあった。

 

 ルインは自身の愛機であり分身とも言える、飾り気のない漆黒のガンダム・ヴィダールをコンソールから呼び出すと、そのコクピットに飛び乗った。GBNではスタンダードタイプと呼ばれる、三方のモニターと光の球に操縦桿が組み合わさっているその内部に立つルインの姿は、現実世界とは全く異なっていた。漆黒の、男性用貴族服をアレンジした戦闘服。

 

 複雑な装飾が施されたその衣装は、彼女の凛とした佇まいを際立たせ、まるで中世の騎士のようだ。長い黒髪はうなじのあたりで一つにまとめられ、白い首筋を露わにしている。アイスブルーの瞳は、現実世界の色を深く残したまま、周囲の状況を冷静に観察している。

 

 今日の依頼主は、GBNの中堅ダイバーを名乗る女性だった。仮想コンソールに表示されたメッセージには、悲痛なまでの切実さが滲み出ていた。

 

 「どうしても、どうしても勝ちたいデュエルがあるんです。ただ、相手は、デュエル・ディメンションでも屈指の射撃の名手。私の機体では、遠距離から一方的に撃ち抜かれてしまうんです。ですから、どうか、お願いです。私の代わりに、あの男を倒してください―――」。添付されていた報酬は、彼女が苦労して手にしたという、希少な射撃管制システムだった。ルインにとって、報酬の価値よりも、依頼人の声に宿る、切実な願いが、彼女の静かな心の奥底に、小さな波紋を広げた。彼女は、無言で依頼を受諾した。

 

 遠くの空が、眩い光を放ちながら歪み始めた。対戦相手の機影が、高速で接近してくるのが視認できる。それは、ガンダムエアマスターバーストをベースとした改造機だった。機体各部に追加された大型のキャノン砲と、背部に装備されたウイングバインダーが、圧倒的な火力を予感させる。

 

 機体全体は、砂漠の迷彩のようなカラーリングで統一され、遠距離からの狙撃に特化したカスタマイズであることが見て取れた。パイロットからは、自信に満ちた、どこか尊大なメッセージが送られてきた。

 

 「ふん、代理人か。遠距離戦なら、誰にも負ける気がしないね。せいぜい、俺の砲火を掻い潜ってみせるんだな!」その言葉には、対戦相手への侮蔑と、自身の射撃技術への絶対的な自信が滲み出ていた。

 

 ルインは、静かにヴィダールのメインカメラを起動させた。アイスブルーの瞳を映す無機質なレンズが、砂漠の迷彩を纏った改造機を捉える。周囲の喧騒は遠のき、彼女の世界は、目前の敵機とその武装だけへと研ぎ澄まされていく。指先は、阿頼耶識システムへの接続を促すインターフェースに、確実にかかった。

 

 

 

 決闘開始のブザーが、デジタル空間に乾いた音を響かせた。その瞬間、『デザートファントム』と名乗るガンダムエアマスターバーストの改造機は、その巨大なキャノン砲をヴィダールに向け、容赦のない砲撃を開始した。

 

 炸裂するエネルギー弾が、砂塵を巻き上げながらヴィダールへと殺到する。背部のウイングバインダーを展開し、機体をホバリングさせながら、デザートファントムは遠距離から一方的な攻撃を仕掛けてくる。

 

 追加されたセンサー類が、ヴィダールの位置を正確に捉え、精密な射撃を可能にしているようだ。その砲撃の威力と命中精度は、確かにランカーの名に恥じないものだった。

 

 対するルインは、降り注ぐ砲火を前に、微動だにしない。彼女の意識は、阿頼耶識を通じてヴィダールと完全にシンクロし、周囲の風の流れ、砂の粒の動き、そしてエネルギー弾の軌道まで、ありとあらゆる情報を鮮明に捉えていた。

 

 砲撃のタイミング、エネルギー弾の速度と着弾地点、デザートファントムの機体の向きと砲身の角度、そしてパイロットの微細な操作―――それらの情報が、彼女の脳内で瞬時に解析され、最適な回避行動へと変換されていく。ヴィダールは、まるで砂漠を舞う幻影のように、迫り来る砲弾の間を縫うように躱していく。

 

 無駄なブーストは一切使わない。最小限のエネルギー消費で、最大の回避効果を発揮する。それは、研ぎ澄まされた空間認識能力と、卓越した操縦技術、そして何よりも、冷静な状況判断能力の賜物だった。

 

 観戦チャットでは、デザートファントムの圧倒的な火力と、それをまるで踊るかのように回避するヴィダールの姿に、驚きの声が溢れかえっていた。

 「なんだあの動きは!?」「ありえない!全部避けてるぞ!」「あれが、噂の決闘代理人の実力か・・・!」デザートファントムのパイロットは、自身の自慢の砲撃が、まるで手応えなく空を切っていくことに、焦燥感を募らせ始めていた。彼の尊大な表情は、徐々に苛立ちと焦りへと変わっていく。

 

 「く、くそっ!なぜ当たらない!」焦りは思考を焦げ付かせ、集中力を削いでいく。そして集中力が削がれるということは、彼の自慢としている射撃の精度が下がるということだ。どんなに強力無比な武装だろうと、当たらなければ脅威になどならない。

 

 阿頼耶識システムによる拡張された感覚と、精密な機体制御。どこまでも冷徹な戦闘機械のように必要最低限の動きで弾幕の雨の中を踊るヴィダールの姿に、彼はますます焦りを募らせる。

 

 そして焦りに任せた攻撃は、致命的な隙を生む。ビービービー! と甲高い警告音がデザートファントムのコクピット内に響く。男はハッとなってステータスウィンドウへと目をやった。そこに表示されているのは、オーバーヒートの赤い警告文字。

 

 「しまった・・・!」デザートファントムの全身に装備されていた射撃武装が、熱暴走による自壊を防ぐために停止する。圧倒的な弾幕による制圧。それが無くなった好機を、もちろんルインとヴィダールは見逃すはずもない。

 

 ヴィダールは、静かに、しかし確実に、砂塵を巻き上げながらデザートファントムとの距離を詰めていく。ブーストを最小限に抑え、相手のセンサーに捕捉されないよう、地形を利用しながら、音もなく接近する。

 

 デザートファントムのパイロットが、ヴィダールの接近に気づき、慌てて機体を旋回させ、近接戦闘用のビームサーベルを起動させた。しかし、そのアクションを起こすには何もかもが遅すぎた。ヴィダールが、神速の踏み込みで、その懐に飛び込んでいた。

 

 飾り気のない、漆黒のバーストサーベルが、静かに、しかし確実に、デザートファントムの右腕を切り裂く。装備されていたキャノン砲と、発振されたビームサーベルが、その腕ごと宙を舞い荒野の焼けた大地に落ちる。

 

 動揺したデザートファントムは、残ったもう一つのキャノン砲をヴィダールに向け、至近距離から発射しようとする。しかし、ルインはそれを許さない。一度懐に入ってしまえば、遠距離射撃を得意とする機体は、もはやただの的だ。

 

 阿頼耶識の限界に近い高負荷に、彼女の脳は悲鳴を上げるが、意識は研ぎ澄まされ、ヴィダールの動きはさらに加速していく。デザートファントムのキャノン砲が火を吹くよりも前に、ヴィダールのバーストサーベルは、その胴体を深々と抉っていた。

 

 内部から吹き出すエネルギーが、機体を内側から破壊していく。爆発音と共に、砂漠の迷彩を纏った改造機は、無残な姿を晒し、戦闘不能に陥った。

 

 チャットウィンドウには、「ウ、ウソだろ・・・」「射撃の腕前だけなら三桁ランカーにだって負けねえってのに・・・」「近接戦に持ち込まれたら、為す術なしか・・・」といった、驚愕と畏怖が入り混じったコメントが洪水のように押し寄せた。

 

 しかし、漆黒のヴィダールのコクピットの中で、ルインのアイスブルーの瞳は、依然として静けさを保っている。彼女にとって、勝利は、依頼を遂行するための、必然的な帰結に過ぎなかった。

 

 

 

 デュエル・ディメンションでの決闘を終え、GBNからログアウトして現実世界へと帰還したルインは、静かにゲーミングチェアから立ち上がった。仮想空間の砂塵と爆音の残響が、まだ彼女の神経を微かに刺激している。彼女は、無意識のうちに、うなじの長い髪に手をやった。

 

 自室の窓の外には、薄暮の都会の街並みが広がっている。オフィスビルの窓に灯りが点り始め、帰路を急ぐ人々の流れが、まるで小さな川のように見える。GBNの中の、一瞬の判断が生死を分けるような緊張感とは対照的な、穏やかで、どこか郷愁を誘う光景だった。

 

 ルインは、デスクの上のマグカップに、丁寧にコーヒーを淹れた。湯気が立ち上り、部屋にほのかな香りが広がる。彼女の日常は、規則正しく、無駄がない。

 

 朝は決まった時間に起床し、軽い運動と朝食を済ませる。日中は、オンラインでの情報収集や、過去のデュエルデータの分析に時間を費やすことが多い。時折、プロのゲーマーとしての仕事の依頼が入ることもあるが、彼女が積極的に表舞台に出ることは稀だ。

 

 報酬として得た、希少な射撃管制システムは、デスクの隅に置かれた、精密機器用のケースの中に大切に保管されていた。依頼人の女性は、いったいどれほどの時間と労力を費やしてこのパーツを手に入れたのだろうか。

 

 ルインには、その感情を完全に理解することはできない。彼女自身は、物に執着するという感情をほとんど持たないからだ。しかし、そのパーツから確かに感じられる、依頼人の強い願いの重みだけは、静かに受け止めていた。

 

 普段、ルインは他者との深い関わりを避けている。オンラインゲームの世界では、卓越した実力を持つ『決闘代理人』として、多くのダイバーから畏敬の念を抱かれているが、現実世界では、さらに孤独を好む傾向がある。必要以上の言葉を発することはなく、他者との間に、見えない壁を築いているかのように見える。

 

 コーヒーをゆっくりと味わいながら、ルインは今日のデュエルを振り返っていた。対戦相手の射撃技術は確かに高かったが、パターンを読むことは容易だった。彼女にとって、最も重要なのは、相手の思考を読み解き、その裏をかくことだ。その点、阿頼耶識システムは、彼女のその能力を、物理的に拡張してくれる。

 

 マグカップを空にしたルインは、再びPCに向き直った。新たな依頼のメールが数件届いている。彼女は、それらに目を通し、内容と報酬を確認していく。そのアイスブルーの瞳には、常に冷静な光が宿っている。それが、『決闘代理人』ルインの、変わることのない日常だった。

 

 

 

【END】




TIPS:

【ルイン】
 デュエル・ディメンションで知らぬダイバーはいない、とされる凄腕の『決闘代理人』。

 GBNは多くのガンプラ好きが集まり、日々ミッションにバトルにレイドにと戦う機会も多い。その中でも特にデュエル・ディメンションはダイバー同士の戦いが盛んであり、何かと決闘で決めることも多い。
 しかし、このディメンションに集うダイバーは誰しもが腕に覚えのある者だけではない。そんな時、彼女は決闘の場に立つのである。

 彼女は依頼人の代理として決闘に挑むが、その報酬は膨大であり、そして何でも受けるわけではないのだ。彼女の興味を引くに足る理由が無ければ、いくら報酬を積まれようが彼女は首を縦には振らないのである。

 だが一度、彼女を頷かせることができれば、勝利は約束されたも同然である。なぜならば、デュエル・ディメンションの代理決闘において彼女に黒星を付けられたものは極僅かなのだから。

 使用するガンプラは飾り気のない漆黒のガンダム・ヴィダール。目立った改造もされていない機体だが、扱いの難しさで有名なプラグイン、阿頼耶識[厄祭戦仕様]による高い反応速度と、神速の踏み込みによるバーストサーベルの一突きは、トップランカーですら仕留めうる強力無比な一撃である。
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