「待ちなさーい!」
「これ以上の狼藉は許さない!」
「観念せぇや、このサメのバケモンが!」
アキナ/Rabbit Dollの微熱
とある商店街。まだ夜明け前の空には薄い藍色が溶け込んで、並ぶ店の多くはシャッターが閉じられている。そんな中で、少し奥まった場所に一軒だけ、柔らかな光を内側から滲ませる建物があった。そこはガンプラとDVDのレンタルショップ【Rabbit Doll】だった。
開店の数時間前。店内では、店長の
代わりに動きやすいジャージ姿のアキナはショーウィンドウの前でしゃがみ込み、一体のガンプラの角度をミリ単位で調整していた。それは、最新の
その隣にはもう一体の存在が鎮座している。それはぬいぐる用に仕立てられたスカジャンを着こなした、つぶらな瞳のうさぎのぬいぐるみだった。開店以来、彼の定位置はこの場所である。アキナは調整を終えたゼータガンダムを満足そうに眺めると、そのうさぎの頭を軽く撫でた。
「今日も一日、よろしくね相棒」
それから店内の奥へと移動すると、アキナはDVDコーナーの前に立った。日替わりでジャンルを変えて陳列しているこの棚の整理は、彼女の密かな楽しみの一つだ。今日はSFアクションの気分。
棚に並んだ無数のDVDの中から、アキナはジャケットのイラストとタイトルを吟味していく。ふと、モンスターパニックのコーナーに目をやる。そこには様々なタイトルのパッケージが並んでいるが、タイトルには決まって「サメ」か「シャーク」の文字が躍っている。
ある種異様な存在感を放っているそこだけは、いつ何時も変わらない。アキナの趣味で揃えられた専用のテリトリー。まれに来る新規の客には引かれるものの、常連客は決まって苦笑するのだ。「これがこの店の特色の一つだから」と。
日替わりのDVDの整理を終えてカウンターに戻ると、湯気の立つマグカップがアキナを迎えた。昨夜、徹夜で組み立てたばかりのガンプラを眺めながら、淹れたてのコーヒーをゆっくりと味わう。
プラモデル独特のプラスチックの匂いと、コーヒーの香りが混ざり合い、何とも言えない心地よさを生み出す。アキナにとって、この静かな開店前の時間は、一日の始まりを告げる大切な儀式のようなものだった。
今日のTo Doリストを確認する。通常の業務の他に、新しいレンタルガンプラの登録に、近所の模型店へのパーツの買い出し。さらにバトルシミュレータの調整もある。それらにざっと目を通し、壁に『アルバイト募集』と手書きで書かれた紙を張り付けた。
Rabbit Dollは裏路地に店を構えているが、それでも週末ともなれば常連客やこの店の噂を聞きつけてやって来る客でごった返す。今はアキナ一人で切り盛りできているが、あまりに客が増えれば対応が難しくなる。
DVDの貸し出しに返却、レンタルしているガンプラの問い合わせ、在庫の確認に、隙間時間での清掃やガンプラの製作。やることは意外と多い。だがアキナの体は一つしかない。そのうちにキャパオーバーを起こす前に、早めに手伝える人手を増やしておきたいというのが本音だった。
「はぁ・・・そろそろ、本当に誰かに手伝ってもらわないと・・・。誰かいい人、バイトの面接に来てくれないかなあ。できればガンプラと映画に興味があって、長続きしてくれる人」
開店まであと一時間。アキナは、店内に流すBGMを選び始めた。今日は、少しアップテンポなインディーズロック。彼女の好きなバンドの、まだインディーズ時代の少し粗削りなサウンドが、静かな店内に響き始める。
最後にアキナは大きな鏡の前に立ち、自分の姿をチェックした。昨夜はすっかりと徹夜をしてしまった。その疲れは、まだ少し顔に残っているかもしれない。ささっと軽くメイクを直して、跳ねた髪を整える。そして最後に、カウンターの隅に置いてあったスカジャンを羽織った。無数の缶バッチが窓から差し込む朝日を受けてキラキラと輝く。
「よし、今日も一日、頑張ろう!」
アキナは深呼吸を一つ。店の扉に手をかけ、鍵を開けた。Rabbit Dollのまた新しい一日が始まろうとしていた。
◇◇◇
◇◇◇
◇◇◇
開店から少しして、一人の青年が店にやって来た。彼の名前はサトウ・ケンタ。このRabbit Dollの常連の一人で、筋金入りのガンプラファンだ。青いチェック柄のシャツにジーンズ、足元は歩きやすさを重視したスニーカー。背中には使い込まれたリュックサックを背負っている。
「おはようございます、店長!」
「おはよー。ケンタくん。今日も元気だね~」
「へへ、元気が取り得っすから!」
ケンタの明るい声に、アキナは笑顔で答える。元気のいい挨拶ができる若者は気持ちのいいものだ。
「あれ、そういえば今日は大学は?」
「あ、今日は講義午後からなんで! それまでの時間潰しに来ちゃいました」
「うちの店としては長時間居座られると困るんだけどなあ。まあ、ケンタくんは常連さんだし何か借りていってくれるならいいよ」
「それはもちろん! あ、今日の日替わりはSFアクションなんですね。あとで何か借りていきます!」
「私の個人的なおススメコーナーのものでもいいんだよ? 実は昨日新作も入ったんだよね。まあ、品出しはまだなんだけど」
「あー、まあそれはまた今度で!」
チラリと店長おススメコーナーこと、サメ映画に支配されたテリトリーを横目で見てケンタはそう答えた。彼のまた今度は毎度言っているが、店長のアキナがサメ映画のことになると長くなることを知っているからだった。
「話変わるんですけど、何か新しいガンプラの情報って店長のところにあります?」
「新しいガンプラの情報ー? ふっふーん、もちろんバッチリと仕入れてるよー。ちょっと待ってねー」
アキナはカウンターの下から何枚かのコピーを取り出した。それは模型雑誌のガンプラ特集のページだったり、ネットで活躍している有名モデラーの新作についてのものだった。
「こっちが新作のガンプラで、こっちは参考にできそうなモデラーさんね」
「ありがとうございます、いつも助かるっす!」
ケンタとアキナは、店長と客と言う関係の他にも、同じガンプラファンとして時々こうやって情報のやり取りをしていた。ケンタは主に新しくできたガンプラショップや、パーツの品揃えがいいショップの情報を、アキナは新作ガンプラやモデラーの情報などを互いに提供し合っていた。それは、単なる店員と客という関係を超えた、ガンプラ仲間としての親愛の証だった。
「お、グシオンリベイクフルシティのフルメカニクスがついに出るんですね!」
「そうみたいだねー。これであとは、鉄華団のガンダムでフルメカニクスがまだ出てないのはフラウロスだけになったかな」
アキナに手渡されたコピーを見て、ケンタは目を輝かせた。ガンプラのフルメカニクスシリーズとは、財団Bが展開しているガンプラのブランドの一つだ。スケールは1/100スケールに準じ、同スケールの
鉄血のオルフェンズに登場するガンダム・フレームの中でも、今までにはガンダム・バルバトスやガンダム・バエル、ガンダム・ヴィダールといった面々は既に立体化されていたが、まだ鉄華団で活躍していたガンダム・グシオンリベイクフルシティやガンダム・フラウロスは出ていなかった。それが今回、グシオンリベイクフルシティが待望のフルメカニクスとして販売が決定したということで、ケンタは興奮を隠せないでいた。
「実は俺、ガンダムだとグシオンリベイクフルシティが一番好きなんですよ! それがついにフルメカニクスになるなんて、今から楽しみっすよ!」
「楽しみが増えることはいいことだね。私も出たら買ってみようかなー。うちの店ってMGはいくつか置いてあるけど、1/100スケールの他のブランドのガンプラって置いてないから」
「そしたら俺、一番にレンタルしますよ!」
「えー? ケンタくん自分で組んで使いなよー」
「もちろん自分でも買って組みますけど、やっぱり店長の作ったガンプラがよく動くんですよね。俺も色々ガンプラ組んでますけど、まだまだっす」
そう言ってケンタは、レンタルガンプラの並ぶ棚へと目を向ける。この店のレンタルガンプラはすべて、アキナが丹精込めて組み上げたものだ。彼女は今でこそガンプラバトルから距離を置いているが、これでも昔はGPDの世界大会初戦に出たこともあるらしい。ファイターとしては大分ブランクがあるが、ビルダーとしての彼女の腕前はいまもトップレベルだった。
「もー、おだてたってなにも出ないよー? ガンプラレンタル一回無料券くらいしか」
「いや出てるじゃないですか! まあでもくれるっていうならありがたく受け取って早速使わせていただきます!」
「はいはい。それで、今日はどの子を選ぶの?」
「もち、ガンダム・グシオンリベイクフルシティですよ!」
ケンタがレンタルガンプラの並ぶ棚から迷いなく手に取ったのは、カーキと白に塗装された一体のガンプラ。重厚な盾と大きなハルバードを持ち、背中にはサブアームとしても使用できるスラスターユニットが備わっている。鉄血のオルフェンズに登場するガンダム・フレームの中でも、ケンタはこの機体が一番のお気に入りだった。
「いつものね。扱いやすいように基本的な調整はしてあるけど、もし何か気になることがあったら遠慮なく言ってね」
レンタルの貸し出し手続きをしながら、早速バトルシミュレータのあるゲームブースへと足を進めているケンタの背中に向けてアキナはそう言った。レンタルとはいえいつでも万全の状態で動かせるよう、メンテナンスや調整は欠かしていないが、何か見落としが無いとも言い切れない。
「了解っす!」と答え、ケンタはバトルシミュレータにグシオンリベイクフルシティを読み込ませた。バトルミッションが始まり、派手な戦闘音が店内に響く。バトルシミュレータは、元々GPDの少人数バトル用だった筐体を改造したものだ。
ダメージレベルは最小限に調整しているため、思いっきり動かしてもガンプラがダメージを受けることはほぼない。隣には今流行りのGBNにログインするための家庭用機材が数台並んでいる。
アキナはその音を聞きながら、カウンターで次の作業に取り掛かる。先日入荷したばかりの、旧キットと呼ばれる少し古いガンプラのレストア作業だ。箱無し内袋無しシール無しの無し無し尽くし。
ランナー剥き出しで投げ売りされていたものを引き取ったのである。色褪せたパーツを丁寧に磨き、接着していく。それは最新のキットとはまた違った、気合いと根気のいる作業。だがアキナにとっては、ガンプラの歴史を感じながら、その魅力を再発見できる大切な時間でもあった。
「ふう・・・」
黙々と作業を続けて、一息つく。ふとアキナは、カウンターの隅に置かれた製作途中のガンプラに目をやった。複雑な形状のパーツがまだ完全に組み上がっていないその機体は、アキナにとっては特別な存在だった。かつてガンプラバトルで数々の勝利をもたらしてくれた、彼女の愛機。ガンダムTR-6ウーンドウォート。最近、少し時間を見つけては、メンテナンスと改修を続けている。
「そろそろ、こっちも仕上げてあげないとね・・・」
アキナは優しくウーンドウォートの頭部を撫でた。かつてのバトルで刻まれた小さな傷跡が、彼女の指先に微かに触れる。あの頃の熱い戦いの記憶が鮮やかに蘇ってきた。全国大会の激闘、世界大会の高い壁。そして、勝利の瞬間の高揚感に敗北の苦い味と無力感。
「もう、あんな無茶な戦い方はしないけど・・・。でも、やっぱりたまにはあの感覚を思い出したいな・・・」
アキナはそう小さく呟いた。かつての実力者としての血が、静かに騒ぎ始めているのを感じていた。しかし今の彼女は、一介のガンプラショップの店長だ。過去の栄光に浸るよりも、目の前のお客さんとの交流や店の運営に全力を注ぐことが、今の彼女の生きがいだった。
昼下がり、Rabbit Dollには穏やかな時間が流れていた。午前中の賑わいが嘘のように、店内には静かなBGMだけが響いている。ケンタは結局昼頃までバトルシミュレータでグシオンリベイクフルシティを乗り回した後、そのまま一週間の期限付きでレンタルし、大学へと向かって行った。
カウンターの中では、アキナがヤスリがけの続きをしながら時折、店内に置かれた小さなテレビに目をやっていた。そこには古いモノクロのSFホラー映画が映し出されている。夜の墓地で死者が蘇ったかと思えば、唐突に場面が切り替わり飛行士の夫妻が空飛ぶ円盤を目撃する。次のシーンでは宇宙人が地球の危険な兵器開発によって宇宙の平和が脅かされていると主張している。昼のシーンだったものが次のカットでは夜に代わり、その逆もまたしかり。
展開はしっちゃかめっちゃかで、シーンの繋がりに脈略がない。一見するといわゆる「クソ映画」なのだが、何とも言えない魅力のようなものを感じる不思議な映画だった。
「カランカラン」ドアベルの音を鳴らして一人の女性が店の扉を開けて入ってきたことで、アキナは作業の手を止めて顔を上げた。やって来たのは、近所に住む主婦のタナカだった。
彼女は毎週のようにRabbit Dollに来てはDVDを借りていく。主に深夜ドラマや恋愛映画といったジャンルのものを借りていくのだが、今日はなんだか少し様子が違っていた。
「こんにちわ、店長さん」
「はい、こんにちわタナカさん。前回借りていったのは人気のあった恋愛映画ですよね、楽しめました?」
「ええ、まあ・・・」
返却されたDVDを確認しながら、いつものように明るく応じるアキナ。しかしタナカは表情が優れない。物憂げにため息を吐いている。
「・・・何かありました? 今日はなんだか、少しお疲れのご様子ですけど」
「ええっと、その・・・」
タナカは少し困ったように眉をひそめた。言うべきかどうか悩む様な素振りを見せて、それから意を決したように口を開いた。
「実はちょっと・・・最近、夫とのことで気分が優れなくて。それで、何かこう、気分が変わるようなものはありませんか・・・?」
「気分が変わるもの・・・。うーん・・・」
アキナは、少し考え込んだ。いつものタナカの好みとは違うリクエストに、何を選んだらいいか迷っていた。彼女はいつも深夜ドラマや恋愛映画といったものを借りている。そんな彼女が気分を変えたい、と言うのなら今日の日替わりであるSFアクションの中から何作かピックアップした方がいいだろうか。しかしタナカがどれほどSFやアクションといった要素に興味を持ってくれるかわからない。それに、落ち込みがちな気分を吹き飛ばすようなものとなると・・・
「そうだなー。少々お待ちくださいね」
アキナは立ち上がると、DVDコーナーへと向かう。そして今日の日替わりであるSFアクションの前を素通りすると、自分の趣味をかき集めたその領域で足を止めた。
「えーと、タナカさん」
アキナは遠慮がちに聞いた。
「血が出たりするのって、大丈夫だったりします? あ、もちろんスラッシャー映画とかみたいなグロさとかじゃなくて、モンスターが暴れまわって人が吹き飛ぶー、みたいな感じなんですけど」
「え? えーと・・・大丈夫、だとは思いますけど・・・」
「だったら、これなんかどうですか?」
アキナが手に取って見せたのは、パッケージに大きく口を開けた海の怪物が描かれているDVD。彼女が愛してやまないサメ映画の一作だった。
「えっと・・・サメ、映画・・・ですか?」
「はい」
困惑しているタナカに、アキナは少し真剣な表情で頷いた。
「確かにこれは、いつもご覧になっているジャンルのものとは全く違いますよね。でもサメ映画は、作品によっては突き抜けたエンタメ性を持っているんです。ただサメが出て人間を襲うだけじゃなくて、人間も色々な手段でサメに対抗したり、サメだって人間と戦うために場所を選ばずに現れます。それは例えば砂漠だったり、雪山だったり、はたまたトルネードに乗って飛んできたり」
「ト、トルネード・・・?」
アキナの説明に、タナカの脳内は宇宙猫になっていた。サメ映画といえば、あの有名なジョーズのようにビーチで遊んでいる海水浴客が犠牲に・・・みたいなものだと思っていた。なんだ、雪山とか砂漠とかトルネードって。
「他にも悪魔化したり、幽霊になったり、温泉に住み付いたりもしますよ」
余計にわけのわからない要素を追加しないで欲しい。何が何だかよくわからなかったが、真剣な表情のアキナの熱に押されてか、はたまたサメ映画とは思えない単語が飛び出してきたからか、少しだけ興味を惹かれた。
「それじゃあ・・・。そのサメ映画を、借りようかしら」
「えへへ、ありがとうございます! サメ映画って、変なのも多いですけど名作は本当に面白いんですよ! 理屈抜きでハラハラドキドキできて、見終わった後には、不思議とスッキリするんですよ。日常の悩みなんて、ちっぽけに思えてくるかもしれませんね!」
結局タナカは、トルネードのやつと温泉のやつと幽霊のやつを借りていった。サメ映画はとにかく数が多い分、そのクオリティはピンキリが激しい。しかし数だけは多いのである。もし今回借りていったサメ映画がタナカのお気に目さなかったとしても、まだまだサメ映画のストックはある。シャーク!
タナカがサメ映画三本を借りていった後、店には再び静寂が戻った。アキナはカウンターに戻り、先ほどのSFホラー映画の続きを見始めた。モノクロの画面に映し出されているその映画は、相変わらず展開がめちゃくちゃで外のシーンでは昼と夜が交互に入れ替わったりしている。だがそんな荒唐無稽なストーリーでも、主張自体は何となく共感できるものだった。・・・本当にストーリーはアレな出来だが。
「さて、今のうちに仕上げちゃおうかな」
映画の合間を見計らって、アキナは中断していた作業の続きをする。旧キットは可動範囲が極端に狭く、間接も少し曲がる程度のものだ。バトルで使うためには相当手を加えないといけないため、これはレンタルではなく店頭ディスプレイ行きである。
残っていたパーツの表面処理に取り掛かる。細かい傷やパーティングラインを、丁寧にヤスリで磨いていく。その単調な作業は、アキナにとって、心を落ち着かせるための大切な時間だった。無心に手を動かしていると日々の雑念が消え去り、まるで瞑想をしているかのような感覚に包まれる。
「やっぱり、映画を流しながらのヤスリがけは最高だなあ・・・」
誰に言うともなく小さく呟いた。好きな映画に囲まれながら好きなガンプラを作る。それは彼女にとって何よりも贅沢な時間だった。
夕方になり、店には再び数人の客が訪れるようになった。学校終わりの学生に、家で見るための映画を二人で選んでいるカップル。そして仕事帰りと思われるスーツ姿のサラリーマン。アキナはそれぞれの客の好みや要望に合わせて、DVDのおススメをしていた。表に出していないものは裏の在庫から探してくる。
時にはふらりとやってきた常連客の返却手続きをしたり、噂を聞きつけてやって来た客にレンタルガンプラとバトルシミュレータの説明をしたり。アキナは忙しく動き回っていた。そんな中、一人の年配の男性がカウンターに近づいてきた。
「あのう、少しお尋ねしたいのですが・・・」
「はーい、なんでしょうか?」
「えーと・・・」
男性は少し困ったような表情で言葉を続けた。
「昔の、特撮のDVDを探しているのですが・・・。その、タイトルがどうしても思い出せなくて・・・」
「はい、大丈夫ですよ! タイトルが分からなくても、その作品の特徴を教えて頂ければ探せますから! 探しているのはどのような作品ですか? 内容とか、登場するキャラクターの見た目とか」
しばらく考え込んだ後、男性はぽつりぽつりと話し始めた。
「ええと・・・怪獣が出てきて、主人公が戦う・・・戦っていました。確か、赤い服を着ていたような・・・」
「怪獣が出てくるんですね。それで、主人公は赤色、と・・・。いくつか探してくるので少々お待ちください」
男性の口にした特徴をメモすると、アキナはバックヤードの在庫置き場に向かった。怪獣特撮、と分けられた保管場所から、赤い主人公が出てくる作品をいくつか手にしてカウンターへと戻る。
「主人公が赤くて、怪獣と戦う特撮映画でしたら、このあたりだと思いますけど、どうでしょう?」
「ふむ・・・」
カウンターの上に並べられたそれらのパッケージを、男性はしげしげと眺める。やがて一つのDVDに目が留まる。それは少しマイナーだが妙な人気のある、確かに赤い主人公と怪獣が戦う作品だった。ただしそれは、バトルと言うよりかは一方的な暴力に近いのだが・・・。時には無害な怪獣を崖から突き落として止めを刺したりするし。
「ああ、これだ。これに間違いありません。ああ、またこの作品を見れるなんて・・・」
男性の嬉しそうな表情を見て、アキナも心から嬉しくなった。探していたDVDが見つかる瞬間というのは何度立ち会っても、こっちまで嬉しくなってくるものだ。こうやって客の反応を間近で見ることができると、この仕事をしていた良かったと思えてくる。
「これ、借りていきます」
「はい、レンタルですね、ありがとうございます!」
DVDの入った袋を手に、男性は嬉しそうな表情で帰って行った。その男性の背中を見送って、アキナはこの仕事の喜びを改めて感じていた。Rabbit Dollは小さな店だけれど、ここには誰かの「好き」や「思い出」が詰まっている。そして彼女は、そのかけがえのないものを、繋ぎ止める役割を担っているのだ。
夜、空に星が瞬き始めた頃、一人の若い女性が、少し迷った様子でRabbit Dollの扉を開けた。彼女は休みを利用してこの街に観光に来ていた。スマートフォン片手に地図を確認しながら歩いていた彼女は、泊っているホテルで見るためのDVDを探しにこの店に訪れていた。
「あのー、すいません・・・」
少し緊張した面持ちで、店内に声をかけた。カウンターの中で作業をしていたアキナは顔を上げ、優しい笑顔で彼女を迎える。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「あの・・・。DVDを借りたいんです。ただ、種類がたくさんあって何を借りればいいかわからなくて・・・」
「なるほどー。でしたら何か気になるジャンルや、最近気になっている映画なんかはありますか?」
「えっと・・・」
彼女は少し考えた後、答えた。
「笑わないで聞いて欲しいんですけど・・・。私、魔法少女モノが好きで・・・。それもバトルがたくさんあるようなのが・・・でもそういうシリーズものって、一つの作品の話が多かったりして、中々最後まで見れなくて・・・」
「大丈夫、お客さんの好みを笑ったりなんてしませんから! それで、えーと、魔法少女がメインの作品で、バトルがたくさんあるものですね。うちにあるものですと・・・」
頬に指をあてながらアキナは考え込む。魔法少女モノと一口に言ってもその数は相当なものだ。特に息が長く派生シリーズが多く作られているプリティ☆キュアット! シリーズとか。初代と呼ばれる作品から数えても、その派生作品は優に50を超える。各タイトルの話も少々長い。あまり長い物は見切れないとのことだから、手軽に見れてバトルの多い魔法少女モノ。
「あ、」
そこまで考えて、思い出す。ちょうど先日そのような作品を仕入れたばかりだ。まだ表には出していないが、このお客さんの要望にはぴったりと当てはまるだろう。
「少々お待ちくださいね。いま裏から持ってきますので!」
そう言ってアキナはバックヤードに引っ込む。「サメ・シャーク」と分類された保管場所から、まだ箱詰めされているそれを開封する。そのDVDを手に取ると、女性の元へと戻った。
「これなんかどうですか? ちょうどつい先日に仕入れたばっかりの新作なんですけど。1クール12話で見れて、バトルもたくさんある魔法少女をメインにした作品ですよ!」
女性は差し出されたそのパッケージを興味深そうに覗き込んだ。そこに描かれているのは、いかにも今風なフリフリの魔法少女衣装に身を包んだ3人の少女と、サメと人間が合体したような奇怪な見た目をしたモンスターが大口を開けて対峙している絵だ。そのDVDのタイトルは・・・
「『魔法少女VSサメ怪人』・・・?」
「はい! 簡単に言うと、ニューヨコという架空の都市をサメと人間が合体したサメ怪人が襲うんです。破壊される街並み、次々とサメ怪人に襲われて命を奪われる人々! 警察もまるで歯が立たない中で、3人の魔法少女たちが立ちふさがるんです。あ、この作品はシャークウェーブ・ピクチャーズっていうアニメ会社が手掛けているんですけど、1クールのTVアニメなのにもうとにかく作画がすごくて! 魔法少女たちはかわいらしく、サメ怪人は凶悪で恐ろしく描かれていて、バトルシーンも手に汗握る展開で見ていて飽きないんですよ!」
「な、なるほど・・・」
熱の籠もったアキナの解説に、女性は若干引き気味だった。しかし、魔法少女とサメの怪人という異色ともいえる組み合わせ。そして何より1クール12話という通しで見るにしてもそれほど苦にならないであろう長さから、興味を惹かれていた。
「そ、それじゃあこれを・・・」
「はい、レンタルですね! ありがとうございます! あ、見終わったら続きもありますから! 続編の魔法少女VSサメ怪人2恐怖!サメ怪人再び!、新しい魔法少女の登場と、新しい魔法能力に目覚める魔法少女VSサメ怪人3新たなる覚醒、シーズン1の完結作になる魔法少女VSサメ怪人4深海のサメ帝国とありますから! 魔法少女VSサメ怪人の世界はきっとあなたを飽きさせませんよ!」
ギラギラとした目でアキナは女性客に迫る。それはまるで、獲物の微かな血の臭いを嗅ぎつけてやって来たサメのようだった。
◇◇◇
◇◇◇
◇◇◇
夜の帳が下り、街は静けさに包まれていた。Rabbit Dollの店内にはアキナ一人だけが残っている。閉店時間の少し前から降り始めた雨が店の庇を叩く音だけが、静かに響いていた。
アキナはカウンターの上を丁寧に拭き掃除しながら、今日一日の出来事をゆっくりと振り返っていた。朝一番に来て、最新のガンプラ情報に目を輝かせていたケンタ。少し元気がない様子だったけれど、アキナが勧めたサメ映画を借りていったタナカ。そして、魔法少女VSサメ怪人という一見するとイロモノでしかないアニメを借りた女性客。
何か大きな事件や、特別な出来事があったわけではない。けれど、この小さな店には今日も確かに、それぞれの日常が交差し、ささやかな物語が生まれていた。ガンプラを通して、映画を通して、そしてアキナとの何気ない会話を通して、人々はそれぞれの「好き」と出会い、小さな喜びや発見を見つけていく。
アキナは拭き終わったカウンターに肘をつき、ショーウィンドウのうさぎのぬいぐるみに目をやった。スカジャンを着たその小さな相棒は今日も一日、店の入り口で様々な人々との出会いを見守ってきた。
「今日もお疲れ様」
アキナは優しく声をかけた。返事はないけれど、そのつぶらな瞳はどこか温かい光を宿しているように見えた。
店の奥へと歩き、アキナは今日一日、客たちが手に取ったDVDやレンタルされていったガンプラたちが、元の場所に戻っているのを確認した。少しだけ棚が空いている場所もあるけれど、明日になればまた新しい物語や新たな出会いがこの場所にやってくるだろう。
最後にアキナは、自分が製作途中のウーンドウォートの前に立った。少しずつ組み上がっていくその漆黒の機体は、彼女の情熱と過去の記憶を静かに物語っている。
「そろそろ、完成させてあげないとね」
アキナはそう呟くと、明日もまたこの場所で誰かの「好き」と出会えることを願いながら店の明かりを消した。雨音だけが響く静かな夜の中でRabbit Dollは、また新しい一日を迎えるための静かな眠りについた。
【Rabbit Dole】
とある商店街。その奥まった所にあるガンプラ&DVDレンタルショップ。ショーウインドーには、店長の趣味でスカジャンを着たうさぎのぬいぐるみとガンプラが並んでいる。
DVDコーナーには日替わりで様々なジャンルのDVDが並ぶものの、モンスター・パニックモノについてはなぜかサメ映画に偏っている。また取り寄せもしており、タイトルがわかればどんなマニアックなDVDでも1週間もあれば取り寄せてくれる。
レンタルガンプラは無改造ながらどれも非常に出来が良く、とても扱いやすいと評判。店内のガンプラバトルシュミレータで試運転もできる。
現在バイト募集中。
【兎岳(ウサギダ)アキナ】
RabbitDoleの店長。一見学生にしか見えないが、ちゃんと成人済み。
インナーカラーが青の黒髪に、缶バッチを大量に付けたスカジャンという出で立ちながら、人当たりがよく明るい性格。客の好みに合わせてDVDのオススメもするが、モンスター•パニックモノになるとサメ映画を推してくる。
店に置いてあるレンタルガンプラは全て彼女が製作したもの。映画を流しながらヤスリがけをする時間が好きらしい。自分はビルダー気質でガンプラバトルの腕はそこそこと謙遜しているが、実はGPDの世界大会初戦に出たこともある実力者。甘く見ていると痛い目に遭う。ガンプラバトルで使用する機体はウーンドウォート。
「RabbitDoleにようこそ。お目当てはDVD?それともガンプラ?」
「うちのお店ってこじんまりしてるけど、一人で回すのはけっこう大変なんだよねえ。だからバイト募集中」
「え、私とガンプラバトルしたい?うーん、いいけど、私そんなに強くないよー?」
【魔法少女VSサメ怪人】
魔法少女とサメの怪人が、架空の都市ニューヨコを舞台に死闘を繰り広げるという異色の作品。元は単発のOVAだったものが人気が出て1クールのTVアニメになり、そこから続編である第二作目恐怖!サメ怪人再び!や第三作目となる新たなる覚醒に繋がっていった。
制作はシャークウェーブ・ピクチャーズ。TVシリーズは1クールのアニメ作品としてはかなり作画の評価が高く、魔法少女は可愛らしく、サメ怪人は凶悪で恐ろしく描かれている。特にサメ怪人は、製作会社にシャークと付くように圧倒的なまでのクオリティである。
サメ怪人たちは往年のサメ映画に出てくるサメたちを彷彿とさせるような特殊能力を持ち、魔法能力で戦う魔法少女たちを何度も苦戦させる。だがその度に魔法少女たちは仲間との絆や人々の応援によって力を増し、あるいは覚醒させ、サメ怪人の脅威を退けるのだ。
第三作からはメディアミックスも盛んで、コミカライズやノベライズのみならずゲーム化もされており、中でもノスタルジア・エンジンから発売されたゲームはいずれもファンからの評価が高い。