ケンタロウ/深煎り珈琲のモーニング:不意の出会い
その日、西日が差すオフィス街にけたたましいサイレンの音が響き渡った。
定時間際に追加の仕事が入ったことで今日は残業確定だな、と覚悟をしていたケンタロウは、遠くから聞こえてくるサイレンの音に最初この近くで何かがあったのだろうかと考えていた。しかしその音が近づいてくるにつれて、様子がおかしいことに気がつく。共にフロアで働いていた人たちが、ざわめき立っている。
何だ何だと思っていれば、フロア内に設置されていた警報装置が鳴り響いた。「火事だ!」誰がそう叫んだのかは定かではない。だが現実に、非常事態が起きていることはさすがにケンタロウにも察することができた。幸いにも彼が働いていた部署は避難経路の近くにあり、すぐさま外に飛び出すことができた。
着の身着のままで外に出てみれば、そこには大量の野次馬と、そしてサイレンを鳴らして駆け付けた消防車の姿があった。振り返ってみれば、会社ビルからは火の手があがり黒煙が濛々と上がっているのが見えた。
「ウソだろ・・・」
思わずそんな声が漏れる。今日はもう仕事どころではない。それどころか、明日も明後日も、どうなるかわからない。ビル火災である。中にある物も燃えてしまう。放水が開始されれば仕事に使っていたPCも水浸しになるだろう。「危ないですから下がって!」と警察官だか消防士だかに押されるまま、その場から離れてもケンタロウは真っ白になった頭のままで茫然としていた。
・・・それからどうやって帰ったのかはわからないが、ケンタロウは気がつけば自室のアパートにいた。結局手元に残っているのは、保険証と各種カードの入った財布とスマートフォンと自宅の鍵だけだった。
仕事に使っていたPCも書類の入っていたカバンも会社に残したままで、今頃はもう燃えているか水浸しになっているだろう。戻ろうにも警察が一般立ち入りを禁止しているだろうし、火災直後の現場に入るのも危険がある。
どちらにしても、いまできることはなかった。今後については会社から連絡が来るだろう。せめて財布とスマホが手元にあるだけまだマシと思った方がいい。もう何もする気力がなかったケンタロウは、そのまま敷きっぱなしの布団に横になるのだった。
◇◇◇
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それから数日後、ケンタロウの姿は実況見分が行われている自社ビルの前にあった。幸いにも初期消火が速かったおかげでビル自体は全焼こそ免れたものの、近くに隣していた築数十年物の古いアパートに引火。そちらは全焼してしまった。
結果として死者こそ出なかったものの、本社は今回の火災で発生したビルの被害確認と、飛び火で全焼してしまったアパートの住民への弁償にと大忙しになるだろう。
対する自分は暇を出されてしまったのだが。仕事をしようにも、すべては燃えたビルの中だ。つい数日前まで忙しく仕事に追われていたというのに、急にその仕事が無くなってしまい、どうしたものかと途方に暮れている。
貯めに貯めていた有給こそあるが、ビル火災となると復旧の目途はいつになるかわからない、というのが現状だった。自分はいつも通りに仕事をしていただけなのに、なぜこうなったんだ。答えの出ない問いに頭を抱えるか、ため息を吐くしかできなかった。
「・・・はあ、どこかで何か食べるか・・・」
朝早くから火災現場で忙しくしている警察や消防の人たちには頭が上がらない思いをしながら、ケンタロウはひとまず朝食を取るためにその場をあとにした。
ふらふらと移動していると、都心から少し離れたところにある、とある商店街へと辿り着いた。そこはレトロなゲームセンターに鮮魚店、総菜屋といった店が並ぶ、昔ながらの少し懐かしさを感じる場所だった。朝から開いている店もあるが、まだシャッターの閉まった店もある中を、歩く。
そして商店街の一角にひっそりと立つ喫茶店の前で足を止めた。メイド喫茶「ありあんろっど」と看板のあるその店は、ケンタロウが行きつけにしている店だった。外見はこれまたレトロ風味のある、年季を感じさせる店構え。
しかし一歩中に入れば、内装はアニメ「鉄血のオルフェンズ」に登場する組織「ギャラルホルン」の地球支部「ヴィーン・ゴールヴ」を意識した落ち着いたもので、店員たちは全員ケモ耳に尻尾を付けたメイド服姿。
外見と中身に大分ギャップがあるものの、提供されるメニューはどれも素晴らしいものである。味のいい料理に、マスター自慢のコーヒー。ケンタロウはいつの間にかこの店の虜となっていた。
最初に仕事の外回りでふらっと入った時には、その店の外観と店員の恰好とのギャップで違和感こそあったが、いまやもう慣れたものである。いまも仕事の合間に立ち寄っては軽食を取っていた。もっともその仕事先もつい先日に放火の憂き目にあって営業停止中なのだが。
どこかで何か食べようと思って、この店に足が向いてしまう自分に少し苦笑しつつドアを開ける。カランカランとベルの音が鳴った。朝の早い時間ということもあってか、店内にいる店員は一人だった。
窓際の空いている席に座ると、入店してきたケンタロウに気がついた店員がやって来る。ふさっとした狐耳と尻尾を付けた、落ち着いた雰囲気のメイドさんである。
「いらっしゃいませ、ご主人様。ご注文はお決まりですか?」
「えーと、モーニングを一つください」
「はい、モーニングでございますね? 少々お待ちください」
ぺこりと品のある所作でお辞儀をして、その狐耳メイド店員は奥へと向かって行った。この店のモーニングは厚めに切ったパンに、よく焼かれたベーコンエッグとサラダ、そしてコーヒーが一杯つく。このコーヒーはマスターのオリジナルブランドであり、それがまた美味しいのだ。
「さて・・・」
注文したモーニングを待つ間、ケンタロウは家から持ってきたダイバーギアでニュースフィードを見る。スマホで見るのもいいが、こうする方がなんだか様になっているような気がするのだ。
会社ビルの火災の件は、大きくニュースになっていた。オフィスビルで突如起きた火災。当初は設備の老朽化などによる出火だと思われていたが、調査の結果、放火による人為的なものであることが判明した。
犯人は何か恨みを持っている者の犯行か、あるいは悪質なイタズラだったのではないかなどなど・・・コメンテーターたちが物知り顔で好き勝手にコメントをしている。出火の原因がどうであれ、いまこうしてケンタロウが仕事をなくしているのは事実だ。
放火の理由についてもアレコレと憶測が飛び回っているが、実際に被害を被ったケンタロウからすればとんだ大迷惑だ。しかも隣接していた古いアパートにも飛び火し、あげく全焼させているのだから、本当に死人が出なかったのが奇跡としか言いようがない参事である。
「はぁ・・・。ニュースを見てても気が滅入るだけだな・・・。気分転換にいつものを見るか」
ニュースを閉じてG-TUBEに繋ぐ。マイリストに入れている動画から、推しのガンプラアイドルの動画を選択。出先なので音量は無音にして、ダイバーギアの画面の中で流れるアイドルのライヴ映像を見る。すでに何度も何度も見返している動画だ。音声が無くても彼女たちの歌声や観客たちの歓声が脳内再生できる。
「あ、あの、モーニングお待たせしたのです!」
ライブ映像を見ていたケンタロウの元に、モーニングが運ばれてくる。見れば猫耳と尻尾を付けた、小柄なメイドさんである。前は見掛けなかった顔ぶれだ。ここ最近に入って来たのだろうか。
「ああ、ありがとう」
運ばれてきたモーニングセットは、シンプルながらも温かみがあった。丁寧に焼かれた厚切りトースト、香りの良いベーコンエッグ、そしてマスター自慢の深煎りの珈琲。この店で人気のあるモーニングセットだ。
早速食べようとすると、猫耳メイド少女の視線がテーブルの上にあるダイバーギアに向けられていることに気がつく。画面の中では、センターを任されているアイドルの少女が歌っているところだった。
「そ、その動画・・・」
「ああこれ、『デルフィニウム』っていう、ガンプラアイドルのライブ映像なんだ。僕はこのアイドルグループのファンでね。いつも会社で遅くまで仕事して、どんなに疲れてても彼女たちの元気な姿を見ると元気が貰えるんだよね」
ライブ映像を見ながら、ケンタロウはしみじみと言う。ガンプラアイドル、デルフィニウム。デビュー当時から彼女たちを追いかけているケンタロウにとって、彼女たちの元気な姿は自分にとっても明日の活力を与えてくれる掛け替えのないものだった。
「お兄さんは遅くまでお仕事しているのです? お疲れ様なのです!」
「まあ、うん。ただその会社も、不審火で燃えちゃってね。隣にあったアパートまで飛び火して全焼する大事件になったんだよね。それで、いまは仕事もなくなってどうしようかなって途方に暮れてるところ」
いくらなんでも初対面の店員の女の子に話すようなことではないと思いつつも、ケンタロウは「たはは」と乾いた笑いをこぼした。だが今は、この心の内に溜まったものを吐き出したかった。言われた方は、会社が燃えて仕事が無くなった、なんて言われたところで反応に困るだろう。そう思っていたが・・・
「お、お兄さん」
猫耳メイド少女は、胸の前で手をぎゅっと握ると、意を決したように口を開いた。
「そんなに悲観しなくてもいいのです。リンも、住んでいたお家が無くなってしまって、明日どころか今日、どうしたらいいかも分からなくて、泣いていました。けれどこのお店の店長さんに拾って貰って、こうしてメイドさんとしてお仕事をしているのです。だからお兄さんも、きっと、何かいいことがあるのです」
「・・・」
「あ、なにも知らないリンが出しゃばったことを言ってしまったのです! ごめんなさいなのです!」
はっとして、あわあわと慌てだす、リンと名乗った猫耳メイド。そんな、小動物を思わせる彼女に、ケンタロウは怒るどころかふっと微笑んだ。
「いや、いいよいいよ。僕は会社が燃えたけど、君は家を無くしてるなんて、お互いに大変な目に遭ってるんだな・・・。そうだな、この先何かいいことがあるかもしれないよな。君が人の心の温かさに触れたみたいに・・・」
どこかの赤い人は「人の心の温かさが地球すら破壊するのだ」と言っていたが、こうして人の心の温かさに救われている人を見ると、世の中案外捨てたものではないと思えてくる。
かつて赤い人のライバルだった男は「貴様ほどに急ぎ過ぎてもいなければ、人類に絶望もしちゃいない!」とも言っていた。不審火で会社のビルが燃えたことで、少し自暴自棄になっていたのかもしれない。
「・・・うん、なんか元気出てきたな。ありがとう」
「い、いえ! リンは何もしてないのです! それではごゆっくりしていってください! なのです!」
ぱたぱたと去って行く猫耳メイド。ケンタロウはその後ろ姿を見送って、ふと、いまもダイバーギアの画面の中で歌って踊っているアイドルたちの方を見た。
「あの子・・・。いや、まさかな」
ガンプラアイドル『デルフィニウム』のセンターを務めるアイドル。その彼女と、いまの猫耳メイドが似ていたような気がするが、まさかこんなところで推しのアイドルのリアルと出会うなんてことはないだろう。世の中には似た人が三人はいるというし、きっとそういうあれだ。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「ありがとうございました。また、いつでもいらしてくださいね」
モーニングを食べ終え、ケンタロウは会計を済ませた。後から店に来たウマ耳のメイドさんに見送られ、店を出る。朝は少し曇っていた空は、ケンタロウの心の内と同じく青く晴れ渡っていた。
温かなモーニングに美味しいコーヒー、そして推しのアイドルに似ている猫耳メイドとの不意な出会いは、彼の心の靄を晴らしていた。
「よし、今日も一日頑張るか」
歩き出したケンタロウの足取りは軽やかだった。
深煎り珈琲のほろ苦い香りと、一瞬の出会いがくれた温かい光を胸に、彼は新しい一日へと歩き出したのだった。
【END】
※喫茶「ありあんろっど」は真莉藻さん作「ガンダムビルドダイバーズ〜お狐メイド長のGBNライフ〜」よりお借りしています。
※ガンプラアイドル「デルフィニウム」と「リン」は守次 奏さん作「ゆるふわお姉さんのGBN探訪録」よりお借りしています。
TIPS:
【ハマツナ・ケンタロウ/ケーン】
とある世界的大企業の日本支社の一社で働く男。在庫管理部の所属で、営業のような外回りもしていた。ある日の夕方に働いていた会社が火事に遭う。しばらく仕事ができなくなり途方に暮れていたが、行きつけの喫茶店「ありあんろっど」で出会った新人の猫耳メイドに励まされ、前向きな気持ちに切り替わる。
GBNではダイバーネーム「ケーン」として活動し、所属している企業の大型クランとは別にサブ垢で「第七機甲師団」のパロディフォースを仲間内で結成。その中で「グレイズ