セントラルロビーは、今日も多種多様なアバターが行き交い、活気に満ち溢れていた。
様々な目的を持つダイバーたちがそれぞれ行き交い、情報交換し、あるいは次の冒険への準備に余念がない。雑踏の中へと意識を向ければ、高らかに響く笑い声、熱を帯びた議論の声、そして思い思いのガンプラを自慢し合う声などが絶えず聞こえてくる。
まるで巨大な心臓が鼓動するように、このセントラルロビーに満ちる絶え間ない喧騒とエネルギーは膨大な熱量となって、電子の海に作られたGBNという世界を活気づかせているのだろう。
シュンもまた、そんなセントラルロビーの一角に佇み、周囲の喧騒をどこか遠い世界の出来事のように感じながら、ぼんやりと空間に視線を漂わせていた。バンデッド・レースでの、絶対覇者『パロッツ・パーティー』との激闘、そして憧れの『アナザーテイルズ』と鎬を削り合った熱戦。あの日の興奮と、レースの余韻は、まだじんわりと心の奥底に残っている。それほどまでに熱いレースだった。そして、まさに夢のような時間でもあった。
あれからパロッツ・パーティーには何度も挑んでいるが、そこはやはりバンデッド・レースの絶対覇者と呼ばれるパロッツ・パーティー。全身タイツに鳥の頭の被り物というイロモノ全開な見た目をしていても、その実力は本物であり、自分たち『オラージュ・ワゾー』はいまだ黒星の日々が続いていた。
あの変態の編隊は強い。見た目はともかく、このGBNで『速さ』を追い求める真摯な姿勢は尊敬に値する。あのアナザーテイルズとのレースを見て、バンデッド・レースへと身を投じたシュンとしても、そこは認めるところだった。・・・あの見た目はともかくとして、だ。
このままでは絶対覇者を降すのは夢のまた夢だろう。自分たちはさらに強く、速くならなければいけない。そのためにはどうすればいいのか。それが、ここ最近シュンが頭を悩ませていることだった。
「ん・・・?」
ふと、セントラルロビーの一角に設置された巨大なイベント告知用のモニターがシュンの目に飛び込んできた。カラフルな光を放ちながら、新たなイベントの名前と詳細が映し出されている。なんとなく眺めていると「ディメンション・クロニクル・グランプリ」という聞き慣れないイベントの名前が表示された。
それはバンデッド・レースと同じく、妨害ありのレースイベント。異なるディメンションを巨大なコースで繋げた長期レースであり、森林惑星を疾走する流線形のガンプラ、灼熱の砂漠を砂煙を上げながら疾駆する重武装の機体、氷の世界でスラスターを全開にする白いシルエット、そして重力さえも不安定な異空間を、繊細な操作で突き進む異形の機影がホロモニターの中に踊る。
「こ・れ・だ!」
シュンの脳内に、甲高いキュピーンという音が鳴った・・・ような気がする。次のイベントを告知し始めたモニターから目を離し、手元にウィンドウを出してついさっき見た「ディメンション・クロニクル・グランプリ」なるレースイベントの詳細を検索する。ホロキーボードを叩き、表示したイベントページの詳細を読み込むシュンは、ワクワクする心を抑えられなかった。
GBNで最高のレースはもちろんバンデッド・レースだと思っているが、そこはそれ。レースイベントというのはいくつあってもいいものだ。特に、妨害が認められているような危険なレースは。
単純に速さを競い合うレースとは違う、いかに相手の妨害を掻い潜るのか、相手の足を鈍らせるのか、チーム内で役割はどうするのか・・・。
そんな彼女の目に飛び込んできたのが「ディメンション・クロニクル・グランプリ」のイベント告知だった。複数の異なるディメンションを舞台とした長大なコースに、参加チームは200以上。
あくまで1対1のチーム対決であり、コースも眠らない街の大動脈とはいえ長さ自体は一般的なコースとそう変わらないバンデッド・レースとはまた違う、これまでにない壮大なスケール。
それは、シュンがこれまで味わってきたワクワクとはまた異なる種類の未知なる興奮を感じさせると共に、このレースを駆け抜けることができれば、オラージュ・ワゾーはさらなる飛躍を遂げるだろう。そう予感させた。
◇◇◇
◇◇◇
◇◇◇
数日後、オラージュ・ワゾーのメンバーは、セントラルロビーに併設されているカフェのボックス席に集まっていた。
黒地に金色の装飾をあしらったドレスを着た、頭に小さな山羊のような角が生えている少女・・・ドラリンドは、まだ湯気の立っているコーヒーを時折口に運びながら、難しい表情でホログラムのニュースフィードを目で追っている。
その隣、落ち着いた色合いのミリタリージャケットを着て黒髪に猫耳がぴょこんと生えている、どこか陰のある雰囲気の少女・・・メレンダは、運ばれてきたばかりのパフェを遠慮がちにスプーンで掬っていた。
そして、向かい側にいる片方の肩を出したアシンメトリーなトップスの少女、ストラは窓の外を飛び交う様々なガンプラたちを、青い大きな三つ編みを揺らしながら飽きもせずに眺めていた。
バンデッド・レースで絶対覇者に挑み続けるガールズフォース『オラージュ・ワゾー』の3人は、それぞれ思い思いにくつろぎながら、自分たちを集めたフォースリーダーの到着を待っていた。
「ごめんごめん、お待たせー!」
奥まった場所のボックス席に息を切らしてやって来たのは、シュン。緑色の髪を高い位置でサイドテールにし、蛍光色のラインが目を引くレーシングジャケットは、彼女の活発さをそのまま表しているようだ。
「まったく、遅いですわよ。呼び出したあなたが遅れてくるとは、どういうことですの」
「あはは、だからごめんって。調べものとかしてたら遅くなっちゃった」
「はあ・・・まあいいですわ。それで? 今日わたくしたちを呼び出したのはどういう用件ですの?」
「あ、そうそう。みんな、これ見て!」
シュンがテーブルの上に置いたのは、あの「ディメンション・クロニクル・グランプリ」のイベントパンフレットだった。カフェの照明に照らされ、様々なディメンションを舞台に疾走するガンプラの姿が、メンバーの瞳に映し出される。
「こ、これって・・・。長距離、レース、ですか・・・? なんだか、大変そう・・・」
「それもバトル有りの耐久レースですわね。複数のディメンションを繋げるということは、かのGHC主催の「大戦争イベント」と同じくサーバーを一時的に貸し切り状態にでもするのでしょうね。金持ちの道楽ですわ」
「レースを通じていろいろな世界に行けるのですね! わあ、ワクワクします!」
三者三様。反応はそれぞれだ。困ったように眉根を八の字にして覗き込んでいるメレンダ。ふん、と鼻を鳴らして冷ややかに見ているドラリンド。そして、今まで体験したことのない壮大なレースにまるで子供のように目を輝かせ、片翼をパタパタとさせているストラ。
そんな三人の反応を確認してから、シュンは口を開いた。
「実はこのレースに参加したいと思っているんだよね。フォース『オラージュ・ワゾー』として」
「本気ですの?」
「本気も本気。でなければみんなを集めてこんな話したりしないって」
ドラリンドの切れ長の赤い瞳がシュンの瞳を覗き込む。目を逸らすことなく見つめ返して、数秒か、数分か、緊張の糸が張り詰めて引き伸ばされていくような感覚の中、ふっとドラリンドの方から視線を外した。
「・・・まあ、ことレースにおいてあなたが冗談の類を言わないことは知っていますわ。でも、大丈夫ですの? このレース、参加条件は最低でもダイバーランクB以上になっていますけれど」
「ああ、そこは大丈夫。私とストラちゃんはついこの前Bランクになったから! メレンダもBランクになったんだっけ?」
「ふぇっ、えっ、あっ、えっと・・・は、はい・・・えへっ、がんばりました・・・えへ、えへっ」
黙々とパフェの残りを食べていたメレンダは、急に話を振られてあわあわとしながらも答える。バンデッド・レース初戦、そしてアナザーテイルズとのレースの時にはB寄りのCランクだった彼女も、正式にBランクへと昇格していた。
「ストラたちの参加条件はすべてクリアされています! 憂いはありません!」
「そうだね。ストラちゃんの言う通りだ。私たちのフォースの誰も、参加条件に引っかかって出られないってことにはならないよ」
「このレースに参加するための必須条件なのだから当然でしょうに・・・。とはいえ参加するとなれば厳しいレースになることには変わりありませんわね」
「そうだね・・・。周りは私たちと同じくらいか、もっと上のランクのチームが集まってるってことだし、妨害もありだからバトルに巻き込まれると厳しいのは確かかもね」
「それだけではありませんわ。複数のディメンションを繋げて一つの長大なコースにしているということは、切り替えが発生すれば環境もガラッと変わるということですわ。これは単純なスピードの他にも、様々な環境に対応できる汎用性、適応力も試されるということになりますわね」
細い顎に手を当てて、そう冷静に分析するドラリンド。パンフレットに記載されているだけでも、森林に砂漠、氷の世界と環境がそれぞれまったく異なるディメンションがコースとして登場している。
場合によっては宇宙からいきなり水中へと飛ぶ、なんてこともあるだろう。いずれかの環境に特化対応したものではなく、様々な環境を想定した万能機に近い汎用性を持つビルド。参加条件が最低でもBランク以上となっているのは、そういった点も加味してのことだろう。GBNではプラグインを使えば環境適応のステータスは変化させられるが、結局のところそれも元のガンプラの完成度が高くなくては焼け石に水である。
「い、いろんな環境の、ディメンションを走るレース・・・あ、あたしもいて・・・いいんでしょうか・・・」
改めてレース概要を確認して、メレンダは自信なさげにそう呟く。彼女の使う『ザク・デスティニー』は、ベースが汎用機のザク・ファントムではあるものの、砂漠や極寒の地といった極限環境の中でレースを走り切れるかについては疑問符がつく。参加してもどこかのレース区間でリタイアしてしまうのではないか・・・。そんな不安が、メレンダの心の内に揺れる。
「大丈夫だよ、メレンダ。ガンプラの改修なら私たちも手伝うし、プラグインだってみんなでミッションを回ればすぐに手に入るでしょ。それに、色んなディメンションをみんなで一緒にレースするって、なんだかワクワクしない?」
「み、みんなで・・・。た、楽しそう、です・・・みんなでレース・・・えへ」
「はい! ストラたち四人で大きなレースに参加するのはきっと楽しいです!」
メレンダは少しだけ顔を上げて、頷く。まだ完全に不安がなくなったわけではない。それでも仲間の期待に応えたいという気持ちが、彼女の瞳の奥に垣間見えた。
シュンは改めてディメンション・クロニクル・グランプリのイベントパンフレットを見つめた。バンデット・レースでのレースを思い返す。
絶対王者『パロッツ・パーティー』との激闘。憧れの『アナザーテイルズ』との白熱したレース。いずれも夢のような瞬間で、そして、パロッツ・パーティーとはいまも最速の座を賭けて競い合っている。
いまだに最速の翼を捉え切ることは出来ていない。しかし、この参加チーム200以上、複数のディメンションを跨ぐ壮大なレースに参加し、そして一番にゴールテープを切ることができたのならば。チームとして、フォースとして、大きく前進することができるはずだ。
「バンデット・レースで、私たちは色んなことを学んだ。チームワークの大切さ、最後まで諦めない気持ち、そして、何よりもワクワクすることの力。バンデット・レースでの経験は、きっとこのレースでも活かせるはずだよ。もちろん、まったく違う環境でのレースになるし、どんな困難が待ち受けているかも分からない。けれどそれこそが、このレースの面白いところだと思うんだ」
シュンの言葉には、バンデット・レースで得た自信と、新たな挑戦への揺るぎない意欲が込められていた。
「このディメンション・クロニクル・グランプリは、きっと私たちにとって、新たな挑戦の場ってだけじゃない、何か成長のための糧になる。私はそう思う。私はこのレースを通じてもっともっと強くなりたい。みんなで力を合わせて、この壮大なレースを走り抜きたいんだ」
シュンの言葉は静かでありながらも、力強く彼女たちの心に深く響いた。
ストラは再び目を輝かせ、ドラリンドは、切れ長の瞳に一層の光を宿し、そしてメレンダの表情にも、微かながらも決意の色が浮かび上がった。
新たな挑戦への予感が、オラージュ・ワゾーの四人の間に、確かに芽生え始めていた。
【To be continued・・・】
TIPS:
【ディメンション・クロニクル・グランプリ】
信頼できる仲間たちとチームを組み、過酷なレースを走り抜け!
ディメンション・クロニクル・グランプリは、その名の通りに複数の異なるディメンションを舞台とした、長期にわたる大規模なガンプラレースイベントです。
鬱蒼とした森が広がる森林惑星、太陽の日差しと砂嵐が襲いくる砂漠、極寒の氷に閉ざされた大地、霧が立ち込める機械化都市など、様々な特性を持つ複数のディメンションがレースの舞台となります。
GBNで不定期に開催される大規模レースイベント。バンデット・レースの熱気に惹かれた金持ちが、自分もバンデット・レースのようなレースイベントをしたい!と札束で運営を殴ったのが始まりとされる。
様々なディメンションをコースとして繋げた長期のレースであり、コース外からの攻撃以外は何でもありなのはバンデット・レースと同様。こちらはそれに加えて、ディメンションが切り替わる度に変化する周辺環境にも気をつけなければならない。
その特性上、参加する機体には汎用性や適応力が求められ、プラグインの選択もより重要となる。途中にはいくつか機体の補給と修理ができるメンテナンスポイントが用意され、過酷なレースの中で一時の休息を取ることができる。
参加条件はダイバーランクがB以上であること。エントリー時点でB未満でも、レース参加当日までにB以上ならOKである。優勝チームには莫大な賞金と過酷なレースを走り抜いたことを証明する称号が贈られる。