サイド・ダイバーズメモリー   作:青いカンテラ

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【ショートショート/ガンプラガール・モノクローム】
ガンプラガール・モノクローム/第1話モノクロームの邂逅


 朝のホームは、今日も灰色だった。

 

 電車のドアが開く音と共に、どこか諦めたような、くたびれたような人々の群れが車内へと流れ込む。

 その中の一人、タカナシ・マナカもまた、その無機質な人の波に逆らうことなく身を任せ、乗り慣れた電車へと乗り込んだ。

 

 時刻は朝の7時45分。スマートフォンを片手に、マナカはぼんやりとニュースフィードを眺めていた。

 手元の小さな画面の中には興味を引く記事は何一つなく、ただ時間が過ぎていくのを感じる。学校、授業、部活、帰宅・・・。決められた予定をただ繰り返すだけの色の無い毎日。

 

「(ああ、またこの繰り返し、か)」

 

 いつもの駅で降り、電車から吐き出された人の波に乗って改札へと向かおうとした矢先、足元で、何かがコツンと音を立てた。

 なんだろうと足元に視線を落とすと、シールやラメで派手にデコレーションされたタッパーがそこに落ちていた。

 

 なぜこんなところにタッパーが? と疑問に思いながらも、そのまま見過ごせば誰かに踏まれて潰れてしまうと思い、マナカはそれを拾い上げる。

 半透明の容器の中には何かが入っているようだった。振ってみても音はしないが、しかし、わずかに重量感があるのは確かだった。

 

「ない、ない、ない! どこぉ!?」

 

 人の流れの中心から少し外れたところで拾ったタッパーを眺めていると、朝の駅のホームの喧騒に紛れてそんな声が聞こえた。

 そちらに目を向けると、派手な金髪をサイドテールにした少女が、何やら慌てた様子でベンチの前でしゃがみ込んでいるのが見えた。前髪の隙間から覗く青い瞳は、焦りの色が滲んでいる。

 

 その少女は襟シャツの胸元が少しはだけ、スカートは短めで、腰には何かの柄物のセーターが巻かれている。マナカとは明らかに違う、鮮やかな色をまとった存在だった。

 

「(うわ、ギャルじゃん・・・。あんなに慌ててるってことは、何か落としたのかな・・・)」

 

 マナカは、いわゆるギャルが苦手だった。自分のような灰色とは違う、色鮮かな存在。

 

 自分が陰であれば、ギャルは陽。生きる世界が違う・・・そう思っていた。

 

「(ま、私が関わらなくても誰か気のいい人が助けてくれるでしょ)」

 

 そう自分に言い聞かせ、改札へと足を進める。しかし、そう思えば思うほどに、喧騒の中にあって探し物ギャルの声は、はっきりとマナカの耳に滑り込んでくる。

 面倒事に巻き込まれたくない。いつものように、無関心を装って通り過ぎればいい。それが灰色に生きるものの処世術なのだから。

 

「(・・・それでいいの? 本当に?)」

 

 しかし、脳裏にチラつく探し物ギャルの必死な様子が、マナカの心の奥底に眠る良心の呵責を刺激した。

 朝のホーム、通勤客でごった返す中で必死に探し物をしている。それほど大事なものなのだろう。このまま見捨てるような真似をしてもいいのか。

 

 刺激された内なる良心が淡々と問いかけてくる。ここで立ち止まらずに通り過ぎたら、どうせ後であの時立ち止まっていれば・・・と後悔するに決まっている。ギャルは苦手だが、服装を見るに学校は別だ。声をかけたところで、またばったり会って絡まれるなんてことも少ないだろう。

 

「・・・はぁ、仕方ない」

 

 もう間近にまで来ていた改札から踵を返して、マナカは駅のホームへと逆戻りした。あのギャルはまだ探し物をしている。近くに来たマナカにも気が付かないほど、周りが見えていないようだ。

 

「・・・えっと、何か、落としましたか?」

 

 意を決して声を掛ける。名も知らぬギャルは顔を上げ、マナカを捉えた。その瞳には、一瞬、警戒の色が浮かんだが、すぐに縋るような光に変わった。

 

「あっ、すみません! ちょっと、大事なものを探してて・・・!」

「大事なもの?」

 

 マナカは彼女の視線の先を追った。ホームの隅、ベンチの下あたりを、さっきから何度も覗き込んでいる。

 

「はい! あの、デコられたタッパーなんですけど・・・ピンク色の、キラキラがいっぱいついてるやつ!」

 

 デコられたタッパー。なぜにタッパーをデコる必要があるのか。陽のものであるギャルの考えはよく分からない・・・だが、デコられたキラキラしたタッパーには覚えがある。

 

「ピンクで、キラキラ・・・」

 

 さっき拾ったタッパーを見る。ピンク色の蓋がきっちりと閉められたプラスチック容器。大小様々なラインストーンやシールが貼り付けられ、光を反射して鈍く輝いている。

 

「あ、えっと・・・これ、ですか?」

 

 おずおずと、先ほど拾い上げていたものを差し出す。それを見て、ギャルの顔がぱっと明るくなった。

 

「あっ! そうそう、それです! あなたが拾っていてくれたんですね! ありがとう!」

 

 受け取ったタッパーを大事そうに学生カバン(これもピンバッジやらキーホルダーやらがジャラジャラ付いていた)に仕舞うと、彼女は満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、ホームの灰色の風景の中で、ひときわ鮮やかな色を放っていた。

 

「助かりました! ほんっとうにありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げるギャルに、マナカは戸惑いながらも「い、いえ・・・困ったときはお互い様っていうか・・・」としどろもどろになりがらも小さく返した。

 

「あの、お礼と言ってはなんなんですけど・・・」

「え?」

「これ、実はGBNで使うガンプラが入ってるんです」

「・・・ガンプラ?」

 

 マナカは思わず聞き返した。ガンプラ。それは確か、クラスの男子たちが熱中している、ガンダムのプラモデルとかいうもののことだ。

 プラモデルのオモチャに熱中するのはそれこそオタクとか、男子とかくらいだと思っていた、まさかこの目の前の派手な少女が、そのガンプラを持ち歩いているとは、想像もできない。

 

「はい! GBNって、略称で、ほんとはガンプラバトル・ネクサス・オンラインって言うんですけど! オンラインで自分の作ったガンプラを戦わせるゲームなんです! めちゃくちゃ面白いんですよ!」

 

 そう言ってギャルは目を輝かせながら、GBNについて語り始めた。マナカは、その熱意に少しだけ引き込まれそうになったが、やはりどこか他人事のように感じていた。

 

「へ、へぇ・・・そうなんですか」

 

 思わず適当な相槌を打つマナカに、ギャルは少し残念そうな表情を浮かべる。

 

「えっと・・・まあ、ガンプラって、男の子の趣味ってイメージですよね。でもでも、今は女の子でも結構やってるんですよ! あ、あたしはユズリハ・スレミって言います!」

 

「あ、えっと、私は、タカナシ・マナカ、です・・・」

 

 簡単な自己紹介を交わす二人。ギャル改めスレミは、電光掲示板の時間を見て「ヤッバ、遅刻じゃん!」と慌てたように電車へと乗り込む。

 

「タカナシさん、今日は本当にありがとう! じゃあまた! どこかで会えたらお話しましょうね!」

 

 スレミの乗った電車が走り去るのを見送り、マナカもまたハッとして慌てて改札を通る。

 

 学校に向かって全力疾走している間も、マナカの脳内にはあの、デコられてキラキラとしていたタッパーと、スレミの言っていたガンプラ、GBNと言った言葉たちがぐるぐると渦巻いていた。

 

 今まで男子の趣味だと思っていたガンプラを、あんなに派手な見た目の女子が熱中している。

 自分の作ったガンプラを、オンラインで他の誰かと戦わせる世界。それは、マナカの退屈な日常とは全く異なる、鮮やかな色の世界のように思えた。

 

 

 

「(ガンプラ、ガンプラかあ・・・)」

 

 学校でも、頭の中はスレミとガンプラのことでいっぱいだった。授業中も、先生の話がまるで耳に入ってこず、ノートの隅にピンク色のキラキラしたタッパーの絵を無意識に描いていた。

 

 代わり映えのしない毎日に、小さな、けれど確かな変化が訪れていた。それは、モノクロームの世界に、かすかな色の兆しが見え始めた瞬間だったのかもしれない。

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